8.最強対常勝(後)
「驚いたろ?」
「いや、悪魔諸侯だ。その程度の理不尽は、むしろあってしかるべきだろう」
「ケハハッ! こいつはいいな」
「修羅場をくぐってる目だぜ」
気に入ったと、二人の不殺剣魔が哄笑する。
十字になった通路。
その角に立つジニィ・オ・イグル。中央に位置取るヴァルトルーデとで三角形を描き、刃の上を歩むような緊張感をまき散らしながら、両者は話を続ける。
「あたいは、ただただただただただただただ力と強さを求め続けてよお」
「しばらくしたら、戦える奴がいなくなっちまった」
「だから願ったのさ」
「自分自身と戦いたいってさ」
その願望は、少し。ほんの少しだけ、ヴァルトルーデ・イスタスにも理解できるものだった。
しかし、願望は願望。
普通なら叶いはしない。
「だが、悪魔諸侯ゆえに実現したのか。否、その特徴ゆえに、悪魔諸侯まで登り詰めたのか?」
「どっちだっていいさ。こいつは便利だぜ。あたいを殺しても、あたいは死なねえからな」
「相討ちのときは、さすがにちょっと焦ったけどなぁ。ケハハッ!」
あからさまに、二人同時に殺さねば滅びないと言い放つ不殺剣魔へ、鋭い視線を送るヴァルトルーデ。
そんな施しを受ける理由はないが、記憶を消すこともできない。
「二対一のハンデのつもりか?」
「無理やり呼び出した詫びってことでも良いぜ」
「楽しませてくれるんなら……なッ」
二人のジニィ・オ・イグルが同時に、地を蹴った。それぞれ長剣を手にして。
進路が交差したため片方に標的を絞りきれず、ヴァルトルーデはその場で迎え撃つことしかできない。
金属音が、奈落のヘレノニア神殿に響き渡った。
一方を籠手と一体化した盾で、他方を熾天騎剣で受け止める。皮肉なことに、《巨刃》がかかったままの剣は、もうひとつの盾となっていた。
拮抗は一瞬。
お互いの力に耐えきれず、不殺剣魔の武器が砕け散った。
「ケハハッ!」
「もっと! もっとだ!」
左側のジニィ・オ・イグルが、武器を引くよりも早く剣林から刺突剣を抜く。そのまま、残像が見えるほど速い突きを放った。
上位の冒険者でも蜂の巣にするだろう攻撃も、このレベルでは牽制。
ヴァルトルーデはあえてそれに全力で対処した。《自律》がかかっていても、自分で振るえぬわけではない。
盾をかざし、一歩も引かず、攻撃の切れ目に合わせて振り下ろしの斬撃を放つ。
元々バランスは悪かった熾天騎剣が、さらに巨大化している。それでもなお、ヴァルトルーデの力と技は悪魔諸侯を捉えた。
肉を裂き、骨を断つ手応え。
だが、不殺剣魔は笑っている。
「良い一撃だッ」
「お返しするぜッッ」
行動の自由を得た、右側にいた不殺剣魔は天井にいた。比喩でもなんでもなく、天井に直立していた。
そして、剣林から取り出した鉾槍を鍬のように振り下ろす。
「ぐっ」
振り子のように急接近する斧頭に、ヴァルトルーデは背中を強かに打ち据えられた。バランスが崩れ、《押出》で距離が離れていたはずのジニィ・オ・イグルの懐へ入ってしまう。
「ようこそ」
マスクで口元は隠れて分からないが、目は愉悦に彩られていた。
刺突剣は捨て去り、代わりに短剣を両手に構え、聖堂騎士の肩に突き立てる。
躊躇も慈悲も。負傷の影響も感じさせないない一撃。
「させんっ」
接触する寸前、ヴァルトルーデが沈んだ。
地面を転がって攻撃を避けながら、寸法調整の効果を持つ玻璃鉄の鞘に、巨大化した熾天騎剣を収める。
(失敗だった……ッ)
傷は浅い。魔法銀の鎧がほとんど吸収し、多少違和感が残るだけだ。久々に負傷したからと、動揺もない。
だが、判断ミスは簡単に忘れられそうにない。
普通の戦闘であれば、危険を承知で敵の数を減らすのはありだ。生半可な攻撃では通用しないヴァルトルーデであればなおさら。
しかし、この相手は片方だけ倒すことなどできないのだ。
「ユウトなら、それを確かめることができたからいいとでも言うか」
頭上の不殺剣魔が投射する手投げ槍を転がりながら回避しつつ、愛する人の思考をたどる。
それだけで、忘れられないと思っていた失敗が風化し、冷静になれた。
壁に衝突する寸前、ヴァルトルーデはぐるりと体を回転させ強引に立ち上がる。
「選定」
そして、波打つ剣身を抜き放つ。
「そうでなくっちゃなぁッ!」
熾天騎剣を見て、地上にいるジニィ・オ・イグルが歓喜の声を上げた。
地・水・火・風・光・闇。それぞれの源素の力を宿した黄、青、赤、紫、白、黒――六色で彩られた剣身を。
「この熾天騎剣で、最も攻撃的な組み合わせだ。その身で確かめてみろ」
「やってみろよっ!」
不殺剣魔が声を上げながら、戦斧を振り上げる。だが、ほとんど形だけ。
ヴァルトルーデは敵の戦斧を跳ね上げると、そのまま袈裟懸けに万色の刃を振り下ろした。
鋭い、ほとんど光としか見えない一撃。
ジニィ・オ・イグルは隙だらけだったが、仮に警戒をしていたとしても、絶対に避け得なかった一撃。
斬り下ろすと同時に、万色――黄、青、赤、紫、白、黒の光が爆発し、地・水・火・風・光・闇――すべての源素が踊り狂う。
魔術と親和性の高い吸血竜の牙を加工した刃だからこそ可能な斬撃だ。
「ケハハッ! こいつはすげぇっ!」
驚喜。
あるいは、狂気。
刃をその身に受けて、斬り裂かれて、満足そうに叫ぶと不殺剣魔の片割れは塵となって消えた。
「ヒャハハハハ。こいつは、ヘレノニアに殺られたとき以来だぜっ」
「あんときは、殺せないってばれたら呪いかけられて難儀したぜ」
天井に立ったままだったジニィ・オ・イグル。そして、その影から、もう一人の彼女が音もなく現れる。
「厄介な……」
強い。
確かに強いが、対抗できないほどではない。
イル・カンジュアルやイグ・ヌス=ザドのほうが圧倒的だったし、ヴェルガのほうが恐ろしかった。
しかし、不殺剣魔ジニィ・オ・イグルは、それ以上に厄介だ。
行動原理が迷惑極まりない。能力も嫌らしいが、これに尽きる。
相手をした時点で、せざるを得なかった時点で、こちらは一敗しているのだ。
「そこから取り戻さねばならぬからな……」
「さあ、ヴァルトルーデ・イスタスッ!」
「次のお楽しみと行こうぜェッ!」
剣林から揃って刀を抜き取り、地上へ降り立つ。
「楽しみなどとっ」
今度は待ち受けたりなどしない。
両者の中間地点で、武器と武器とが激突する。
斬り、切り返し、受け、突き、かわされ、体勢を入れ替えて、挟まれ、避ける。
少し前までヴァルトルーデがいた空間を二人のジニィ・オ・イグルが振るった刃が通過し、自分自身で束の間鍔迫り合いを演じる。
「楽しいだろうッ」
「そうさッ。その通りさッ」
二人は素早く離れ、横薙ぎに振るわれた熾天騎剣を同時に迎撃した。
完全に、二人は同一なのだろう。
重なるような動きにもかかわらず、決して邪魔にならない。それどころか、上手く遮蔽幕になってこちらの対応が遅れる。
だが、関係ない。
踏み込みが浅いと見て取ったヴァルトルーデは、魔法銀の鎧に当たるに任せ、さらに踏み込み万色の刃を放った。
強引だったため手傷を負わせた程度。だが、主導権は握っている。
「あたいに殺されたら悪魔になるって、信じてねえのかっ!」
「疑ってはいないが、死ぬ気もない」
「はっ。狂ってるなッ」
ただ、確信があるだけだ。
しかし、そう言い返す暇もなく、胸元へと胴へと次々と攻撃が繰り出される。
それをいなし、かわし、受け止めながら、ヴァルトルーデは次の動きを待つ。
「単純すぎたかぁッ」
「いや、基本だろう」
むしろ好ましいと、意識を下に集中させてから頭部への攻撃に切り替えた不殺剣魔と刃を合わせる。
言葉では解り合える気がしない。
だが、剣で意思は通じる。
楽しい。
そう思ってしまった。
「ヴァルトルーデ様っ。無事でありますかっ!?」
だからではないだろう。
単純に、今まで襲いかかってきていた悪魔たちが姿を見せなくなったので、確認に来ただけだ。
けれど、アレーナ・ノースティンが不殺剣魔ジニィ・オ・イグルの視界に入ってしまった。
背後から聞こえるその声に、冷水を浴びせかけられた気分になる。
「あいつ殺したら、もっと本気になるか?」
「ケハハッ! 試してみりゃ良いだろ! ストックはまだまだあるんだからよ!」
刀を持ち替えるようなことはせず、そのまま振り返ってアレーナへと投げつける。
「キサマっ」
怒りに震えるヴァルトルーデが無防備な背中に切りつけるが、投げられた刃は止まらない。追おうとしたが、もう一人のジニィ・オ・イグルの牽制があり果たせない。
「舐めないでほしいでありますよっ」
アレーナとて、油断していたわけではない。また、腕に憶えがないわけでもない。
投擲に向かない刀を無理やり、しかも、背後から斬られながら投擲しているのだ。しっかりと盾を構えて防御態勢を――
「駄目だ! 避けろ!」
すべてが遅かった。
刃が盾に衝突し、飴のように斬り裂き、飛び続け、アレーナの左肩に突き刺さり、吹き飛ばす。
その過程が、スローモーションのように見えた。
くるくるくるくると、刀と一緒に彼女の片腕が飛んでいく様も。
「ちっ、外したかぁッ」
「まあ、血を流して死ぬさっ。いや、死なねえけどな。ケハハッ――」
笑う不殺剣魔を一刀のもとに斬り伏せるヴァルトルーデ。完全に、目が据わっていた。
「こっちは、大丈夫であります! これくらい……」
「無理はするな!」
「なかなか根性あるじゃねえか」
「楽にしてやるのが、優しさだろこりゃ」
再び復活した悪魔諸侯の耳障りな声。
だが、確かに決め手が欠けている。
本気になれ、必死になれと倉庫にこもる神官たちを手にかけられたら、守り切れない。
そう。彼女一人では――
「間違いを正しに来たぞ、不殺剣魔ジニィ・オ・イグル」
剣風吹き荒れ、血が流れ落ちる奈落のヘレノニア神殿。そこに、虹色の空洞が姿を現した。
「ユウト!」
本物だ。間違いない。状態感知の指輪が。いや、二人の絆がそれを教えてくれる。
「ヴァル、遅くなった」
ヴァイナマリネンだけでなく、ダァル=ルカッシュにまで協力を仰ぎ、なんとか開通させた次元門。
そこから現れたのは、大魔術師ユウト・アマクサ。
片腕を失ったアレーナを背後にかばうように立ち、二人の不殺剣魔を間に挟んだまま、愛する人と色気のない再会の言葉をかわす。
「もっと、なんかあるんじゃないのー? 愛してるとかなんとか」
「ラーシア、それどころじゃないぞ」
もちろん、ユウトだけではない。
緊張感のない言葉を交わしたラーシアとエグザイルに加え、アルシアもヨナも現れた。
解析に手間取り、現地の動揺を収めてもらうためヴァイナマリネンとアルサス王は同行できなかったが、逆に言えば、仲間たちは全員揃っている。
「《重篤治癒》」
まずは傷口を塞ぐのが先決と、なにも言わずにアルシアが神術呪文を唱えた。腕を取り戻すには別の呪文が必要だが、応急処置には充分だ。
「さっきみたいにやっちゃう? ヴァルも巻き込むけど」
「ケハハッ! そいつは派手で良いな」
「だが、無粋だぜ!」
「言っただろ。その勘違いを訂正してやるってな」
「ユウト、そいつらは――」
「地上で調べてきた。不殺ってのは、二重の意味があったんだな」
殺せず。
そして、殺されず。
思う存分、剣に戦いに耽溺する悪魔。
それが、不殺剣魔ジニィ・オ・イグル。
「まあでも、どうでもいい。どっちにしろ、両方殺すからな」
「急がないと、結婚式に間に合いませんからね」
式を執り行うことになっているアルシアが、アレーナの治療を終え立ち上がる。
「ウェディングドレスなら、皆で守っているであります」
「そいつは最高だ。あとでお礼するよ」
「身内だけで喋るんじゃねーよ」
「ったく、死ね。いや、殺す」
「簡単なことだよ」
むき出しの殺意を向けられても、ユウトは怯まない。そんなもの、こちらの怒りに比べたらなんでもない。
「ヴァルトルーデが必死になるよう、本気になるよう、こんなことをしたんだろ?」
結婚式という一大イベントの当日を選び、人質を取り、神殿を奈落に落とした。
それもこれもすべて、最高のヴァルトルーデと一対一で戦うため。
「そいつがすべて間違いなのさ」
「このクソ魔術師」
「話が回りくでぇんだよ!」」
「それには同感」
あっさりと裏切った草原の種族が矢を放つ。
それは二人の悪魔諸侯の喉と心臓へとほぼ同時に突き刺さった。
「ウオォォッ」
次いで、狭い通路を錨のように巨大なスパイク・フレイルが占拠し、またしても不殺剣魔を二体同時にたたき伏せようとする。
さすがに、受けきれるものではないと飛び退るが――ある意味で、それは岩巨人の思惑通り。
「狙いはこっちかッ」
「好きにやりやがって!」
エグザイルのスパイク・フレイルはジニィ・オ・イグルの肉体には触れず。
けれど、その周囲の剣林をなぎ払った。
タラスクスさえ退けた彼が、悪魔諸侯の物とはいえ、ただの武器を壊せないはずもない。周囲に、武器の破片が飛び散った。
「《エレメンタル・ミサイル》――マルチプル!」
それにあわせて、攻城兵器と見まごう巨大な氷の槍が二本発射され、不殺剣魔の肉体をえぐる。
「征くぞ」
そのタイミングで、聖堂騎士が動いた。
一方、強かに損傷を受け、武器を失おうとジニィ・オ・イグルは怯まない。残っていた間合いの広い両手剣を剣林からつかみ取り、二人揃ってヴァルトルーデの足元目がけて横に振るった。
殺傷ではなく、バランスを崩すことを狙った攻撃。
「考えることは同じかよ――《大震》」
呪文書を8ページ斬り裂き、悪魔諸侯の足元に展開。にわかに、立っていられないほどの震動が発生する。
あくまでも、呪文で引き起こした地震。ゆえに、呪文への耐性も意味がない。
悪魔諸侯たちもバランスを崩し、攻撃も防御もできなくなる。
「はっ、それじゃヴァルトルーデ・イスタスも巻き込むだろ」
「そんな馬鹿な話があるものか」
ヴァルトルーデは飛んでいた。こうなることを見越していたかのように、飛行の軍靴を起動して。
「《雷光進撃》」
足払いと地震を飛行状態で避け、光となって突撃し、その勢いのままジニィ・オ・イグルの胴を両断した。
続けて発生した万色の爆発が、悪魔諸侯を打ち砕く。
「ケハッ――」
まず一体。
その瞬間、残った不殺剣魔と目が合う。
笑っていた。
口を開けて――マスクは両側に開き大口を開けて笑っていた。
その口腔から、長い長い舌が飛び出てくる。マスクのなかに隠していたのか――蛇のような舌は短剣を握っていた。
だが、ヴァルトルーデに動揺はない。
「聖撃連舞――陸式」
空中で急制動をかけ、右目へ向かって差し出される刃を見据えながら、《降魔の一撃》の六連斬を一呼吸で放つ。
それは過たず、不殺剣魔を斬り裂き切り刻み粉砕する。
片眼を代償に悪魔諸侯を滅ぼした――わけではない。
「《光盾》」
そうなる寸前、トラス=シンク神の聖印を象った盾が現れ攻撃を防いだ。
「ヴァル、もうちょっと慎重に」
「問題ない。信じてたからな」
ヴァルトルーデもヨナも、アルシアのなかでは変わらないのかも知れない。
幼なじみ二人の会話にそんな感想を抱きながら、ユウトは最後の謎解きをした。
「分かったろ? 最高のヴァルトルーデは、俺たちと一緒に戦ってるときのヴァルトルーデなのさ」
「ケハハッ! そいつは盲点だった――」
最後まで言い終えることができず、不殺剣魔の肉体がぐずぐずと溶けていく。
「まったく、赤毛の女が嫌いになりそうだ」
ヴァルトルーデにしては珍しい、辟易したような声音。それを上げさせただけで、ある意味快挙だったかもしれない。
殺せず。
殺されず。
そのはずだった悪魔諸侯は、不可能事である後者を達成され滅び去った。
心の底から、満足をして。




