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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第四章 発展編

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8.ユウトの覚え書き

今回は、ちょっと実験的。


「ユウト?」


 執務室の扉を叩きながら、ヴァルトルーデが部屋の主へ呼びかける。

 しかし、応答はなくノックの音が響くだけ。


「ユウトーー!」


 一緒にいたヨナも同じように部屋の外から呼びかけるが、返事がないのは変わらない。ヨナにだけあったら、そっちの方が嫌だがなとヴァルトルーデはちらりと考える。


「いないのか?」

「ユウトが部屋にいないわけない」


 酷すぎる断定と共に、ヨナが扉を開いた。

 それはあまりにも……と思ったヴァルトルーデだったが、扉の向こうに見つけたのは、執務室の机で突っ伏しているユウト。

 なんともいたたまれない気持ちになってしまう。


「やっぱり、いた」


 気にせず部屋の中に入っていくヨナの後についていくヴァルトルーデが、ふと気付いたように声を漏らす。


「そういえば、この部屋は鍵をかけた方が良いのではないか?」


 不用心さに眉をひそめつつ、散乱する書類を片づけていく。

 もっとも、それは杞憂だった。

 元々この部屋は《魔法の鍵(マジック・ロック)》の呪文で施錠されており、ユウトの承諾がない限りは入ることができない。


 ただし例外設定も可能で、その例外には当然ヴァルトルーデ、アルシア、ヨナが含まれていた。

 その事実を二人が知らないのは、単純な伝え忘れ。

 ユウトは伝達済みのつもりだったが、このように説明したつもりでできていない事実が他にも結構ある。


「ヴァル、ユウト起きない」

「いや、なにをやってるんだ」

「起こそうとしてる」

「それは見れば分かるが……」


 いつものようにと言ってしまえばそうなのだが、机に突っ伏して寝ているユウトの上に乗っかって頬を突っついていた。

 それで起きないユウトも大したものだが、とりあえずヨナを引きはがす。


 今日はブルーワーズでは安息日とされている、地球で言えば日曜日に当たる日だ。

 地・水・火・風・光・闇の六源素が月・火・水・木・金・土の各曜日に相当し、安息日には神殿へ詣でる習慣となっている。


 実務には関わらないヴァルトルーデ――演説や祭儀でも執り行おうものなら、逆に大混乱を招きかねない――と、自由人なヨナがせっかくだからとユウトを誘ってどこかへ出かけようというつもりだったのだ。


 あの決闘騒ぎから一ヶ月。

 干渉してくれば痛い目を見るぞと警告をしたつもりが、逆に贈り物や園遊会、自領への招待など、今まで付き合いがなかった貴族たちから交遊を求められる始末。


 完全に誤算だったとぼやきながら捌き続けたユウトに訪れた、久々の休日だったのだが……。


「まあ、このまま寝かせてやろう」


 ヴァルトルーデがユウトを抱き起こし、いわゆるお姫様抱っこと呼ばれる状態で、隣接する寝室へ運んでいく。

 彼女の筋力なら、ユウト一人ぐらい荷物にもなりはしない。

 後に伝え聞いたユウトが、さめざめと涙を流したというお姫様抱っこだ。


「さて、予定が変わってしまったが、二人でどこかへ……。何をしているのだ、ヨナ?」


 執務室へと戻ってきたヴァルトルーデが、勝手に机の上の書類を読みあさっているヨナを見とがめる。


「ユウトのメモを見てる」

「堂々としていれば許されるものではないのだからな?」

「……ユウトはたいてい許してくれる」

「それは呆れているというのだ」


 ヴァルトルーデ自身もあきれた口調で、ヨナが持っている数枚のメモを取り上げる。


「なにするの」

「勝手に見て良いものではないだろう」

「仲間なのに?」

「それはそうだが。そもそも、私たちが見て理解できるものなのか」

「このバカ」

「……は?」


 突然の、しかし感情のこもらない罵倒の言葉に思わず呆然とする。


「そんなだから、ヴァルはだめだめだめだめだめ」

「それはまあ、確かに私は剣を振るうぐらいしか能のない女だが……」

「だいじょうぶ、超美人だから。他にも能はある」

「ヨナは、私をどうしたいんだ?」

「待っているだけじゃだめだってこと」


 そう言うと、ヨナは他のメモを集めると彼女には高かった椅子から勢いを付けて降り、ソファへと移動する。

 当然のように、ヴァルトルーデに取り上げられた分も回収するのを忘れない。


「はい、こっち来て」

「なにをするつもりなんだ……」


 そうは言いつつも、ちゃんとヨナの対面に座るヴァルトルーデ。

 末っ子に甘いのか、それとも本質はお人好しということなのか。


「ヴァル、いい? このメモには、ユウトの考えが雑に書いてある」

「雑なのか……」

「そう。雑ってことは、まだ固まってないってこと。つまり、生のユウト」

「生のユウトか……」


 意味は分からないが、蠱惑的な響きだった。


「ユウトの国の軍略家は言っていたらしい、『彼を知り己を知れば百戦して殆うからず』と」

「彼とは、つまり敵のことか? 良い言葉だな」


 冒険者の情報収集を心掛ける戦い方にも通じるものがある。

 それは良いのだが、引っかかりを憶えるのも確か。


「そういう話、私は聞いたこと無いぞ。いつしているんだ?」

「ユウトの仕事中とか」

「邪魔をしているだけではないか……」


 ユウトはヨナに甘すぎる。どうにかせねば。

 そう決心するヴァルトルーデだが、ヨナは気にせず話を進めた。


「ここには、生のユウトを知る手がかりがある」

「なるほど……?」

「そして、後から相談されるかも知れないアイディアがある」

「私にも分かってきたぞ。先にそれを知ることで受け身ではなく、こちらから攻めの姿勢に出られるわけだな」


 その言葉を聞き、ヨナが弟子の成長を喜ぶ老師のような微笑みと共に大きく頷く。


「というわけで、一枚ずつ読んでいく」

「よろしく頼む」


 こうしてアルビノの幼女からメモを読み上げてもらう現役伯爵という図が誕生した。



●馬車鉄道

 メインツから、トロッコの試作品完成の連絡あり。

 対応早すぎる。ドワーフ脅威のメカニズム? 別に良いけど。

 ブレーキも、自転車のブレーキみたいなのは元々あったらしいので助かった。

 トロッコレベルでは特に問題がないようだが、馬に引かせるサイズとなると重量やセキュリティの問題がありそう。

 セキュリティに関しては一度殲滅作戦を実行したうえで、《大地鳴動(ムーブ・アース)》でどうにかなる?

 触媒でコストがかさむが……まあ、良いか。

 コストなんて、馬を買う(飼う)時点で気にしても仕方ないし。

 最後は金で解決しよう。



「ユウト……」

「相変わらずだね……」


 最後の一行をヨナが読み終えた瞬間、二人は頭を抱えた。

 他に方法がないのは分かる。

 代案もない。


「だが、これはどうなのだろうな?」

「ユウトだから」


 これはしっかりフォローしないとねと決意を新たにするヨナ。

 次のメモは、ちょうどその点に関することだった。



●宝物庫の怪

 また資産が増える。ありえない。

 だが、事実。

 累計で金貨10,000枚相当。どう考えても、計算違いじゃねえ。

 支出分と重なっている部分もあるはずだから、累計だともっと?

 あの部屋に入れるのは、俺たちだけ……となると、犯人はヨナ?

 問い詰める?



「ふむ……」


 そういえば、そんなことを言っていたなとヴァルトルーデが思い出す。

 減っているのではないから問題ないのではないかと返したような気がするが、こんな心労を抱いているとは気付かなかった。


「ヨナ、なにか知っているか?」


 犯人と決めつけることはせず、ヴァルトルーデが問いかける。

 この辺り、公正な人格がよく現れているが……。


「しらない」


 ヨナには通用しない。

 しかも、彼女はイタズラを隠しているつもりはなく、善行がばれたら恥ずかしいぐらいの感覚だったので、不信感を抱かれることもない。


「そうか……。まあ、これはアルシアとも相談しよう」


 アルシアに頼んで、トラス=シンク神からの啓示を受けるのも選択肢のひとつだろう。

 そう結論づけ、次のメモへと移る。



●メイドさんを雇おう

 いや、執事でも良いんだけど。

 とにかく、下働きが必要かも知れない。

 自分のことは自分で済ますし、城塞の掃除は《従僕(サーヴァント)》の呪文でどうにかなるから放置していたけど、世間体が……。

 あと、増えてきた文官たちのサポートにも必要かも。

 でも、どのくらいの人数が必要?

 クロードさんに投げる?



「ユウトが、他力本願をおぼえた」

「良い傾向だな」


 最初メイドさんと聞いて動揺を隠せなかったヴァルトルーデも、内容を最後まで聞いた今では平静を取り戻している。


「ヴァルがメイドになる?」

「……一瞬、役に立つのならそれも良いかと思ってしまったぞ」

「ユウトは喜ぶ。ぜったい、ぜったいに」

「ふむ……。いや、やらんぞ!」

「作戦失敗。次に行く」



●街灯の敷設

 柱の部分の作製は問題なし。

 シャッターの開け閉めのつもりだったけど、検討を重ねた結果、竿の先にカップのような物を吊して、それをかぶせることに。

 ランタンの構造に引っ張られすぎた。反省。


・盗難対策

 盗まれても良いんじゃ?

 警備よりもコストが安くなる可能性もある……けど、割れ窓なんとかを考えると、そうもいかないか。

 簡単に取られないようしっかり溶接でもする?

 →交換もできないじゃん。却下。


 一番良いのは、扉みたいに開くようにして合言葉(テスト・ワード)解除型の《魔法の鍵》を使うことかな。一緒に強度も上がるし。

 ……そんなに呪文使えねえ。

 手間だけど交換は滅多に発生しないものとして、普通の鍵を複数つけるかな。

 これがコスパ良さそう。

 とりあえず、当面は見回りや警備を増やす。

 アレーナたちには苦労してもらおう。



「……なんだか、人を使うというよりは投げやりになっているようにも見えるな」

「気のせい」

「まあ、そんな人間が机で眠るはずもない……か」


 さっきのユウトの寝顔を思いだし、心配そうな表情を見せるヴァルトルーデ。

 もっとも、同時に今更ながら彼を抱き上げたときの感触を思いだし赤面してしまったのだが。


「あ、これはなんか新しいことやろうとしてる」

「そ、そうか。それはチェックしなければならないな。ヨナ、頼む」


 ヴァルトルーデの焦ったような声にも表情ひとつ動かさず、アルビノの幼女が五枚目のメモを読み上げ始めた。



●上下水道の整備

 整備というか、整備はできてる。

 《大地鳴動》便利すぎる。

 問題は、下水の処理。今のところ、街から離れた場所にため池を作っておくぐらいしかない。

 手段を色々調べたけど、正攻法じゃ無理っぽい? というか、江戸時代凄すぎ。

 そうなると呪文や魔法具(マジック・アイテム)でどうにかするしかないんだけど、手持ちに良さそうなのがない。

 アルシア姐さんに要相談。



「まあ、私に相談されても困るな」

「《ディスインテグレータ》で消滅させちゃう?」

「それは最後の手段だろうなぁ」


 最後の手段としてキープしておくところが恐ろしいのだが、それを指摘できる人間は幸か不幸か誰もいなかった。


「あっ、もうこれで最後だ」

「そうか。なんだか、生のユウトを知れたとは思えぬのだが……」



●バブル崩壊の危険性

 あると思う。

 でも、農地の増大、北の塔壁周辺から移民の受け入れ(現地には、屯田兵の移入もセットで?)と農地の拡大、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)を始めとした産業の育成、隣国も含めた貿易の増大と伸びしろはまだまだある。

 なので、今は心配する必要は無い。

 とりあえず、資産の実態以上の高騰には気をつけるようハーデントゥルムの評議会へ注意喚起する。

 それから、いざという時のため、ヴァイナマリネンのじいさんにも話を通しておくことにする。



「いざという時のため……か」

「ヴァル?」

「いや、なんでもない」


 ユウトが何を危惧しているのか具体的には分からなかったが、その書き方からして中長期的な問題なのだろう。

 そして、その頃には――


「なんか気付いたらベッドにいたんだけど……って、なにやってんだよ二人で」


 その思考は、ユウトの乱入により中断させられた。

 あわてて、説明――あるいは言い訳――を考えるが、先にヨナが口を開いた。


「生のユウトを知るため」

「いや、普通に訳分かんないんだが。そもそも、俺はなんでベッドで寝ていたのかも分からん」

「どこかへ出かけようと誘いにきたら寝ていたのでな、このユウトの覚え書きをヨナと読んでいた」

「ああ……。そう……」


 寝起きで頭が回っていないからか、ユウトからそれ以上の追及はなかった。


「まあ、今日は問題ないか。どこに行く予定だったの?」

「馬!」

「ああ、牧場。いいよ、行こうか」


 視察がてら、ファルヴの近くに開設した馬の牧場で遊ぶのも悪くはない。

 早速準備を始めるユウトをヴァルトルーデとヨナが不思議そうに見つめる。


「どうした?」

「いや、ユウトがあっさり出かけると言い出したので拍子抜けしただけだ。行くのなら問題ない。さあ行くぞ」

「まだ準備できてないって」


 そんな抗議も通用しない。

 ラフにローブをまとっただけのユウトを、二人で引きずっていく。


 ここで躊躇したら、どうせ仕事を見つけるに決まっているのだから。

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