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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 9 結婚狂想曲 第三章 その時に

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6.不殺剣魔ジニィ・オ・イグル(後)

「さすがだなぁ。ああ、さすがだぜヴァルトルーデ・イスタス」


 邪悪と言うには純粋過ぎ、賞賛と表現するには狂気がこもった声が響き渡る。

 犀の悪魔ソウグジアムスの首を飛ばした直後。姿は見えず、声だけが奈落に堕ちたヘレノニア神殿に響き渡る。


「何者でありますか!?」


 遅れてやってきたアレーナが、倒れ伏す犀の悪魔にぎょっとしながらも、虚空へ向かって声を上げる。

 それに応えてかは分からないが、神殿の入り口にひとつの影が現れた。


 赤毛をウルフカットにした、獰猛な剣士。顔の下半分を硬質なマスクで覆った彼女は、一目で分かるほど手足のバランスが崩れている。

 それがだまし絵のように見え、生理的な嫌悪感さえ催してしまう。


 天へ昇った悪の女帝と共通する特徴に、ヴァルトルーデは眉をひそめる。


 だが、一般的には、最も目を惹くのは彼女自身ではなくその周囲だろう。


 長剣(ロングソード)両手剣(グレートソード)、刀、戦斧(バトルアックス)短槍(ショートスピア)長槍(ロングスピア)鉾槍(ハルバート)


 いかなる力によるものか、彼女の周囲を十重二十重と直立した武器の群れが取り囲んでいた。

 まだ数メートルは離れているが、その異質さは嫌と言うほど分かる。


「ハーデントゥルムで会った武芸者か? それに、その武器は……。いや、悪魔であればありえるか」

「まあ、そんなとこさね。誘いに乗ってもらえなかったんで、あたいの城、聖者の赤き涙に招待させてもらったぜ。無論、無理やりだ。当然、了承を得るつもりもないがなぁ!」

「聖者の赤き涙でありますか? まさか――」

「そう。あたいは不殺剣魔ジニィ・オ・イグル。ヘレノニアの聖女とじっくりねっとり殺し合いを希望する者さッ」

「……ヘレノニア神の代わりに意趣返しというわけか」


 不殺剣魔と呼ばれる悪魔諸侯(デーモン・ロード)と“常勝”ヘレノニアの因縁は、ヴァルトルーデさえも知っている。

 ここが奈落だと分かっていた以上、その登場に驚きはない。


「偉大なるお方の代わりになるかは分からぬが、ならば、私一人を標的にすれば良い。他の者と神殿はファルヴへ戻せ」

「それじゃあ、つまらねーだろうがよ! あんた、面白味のない人間だと言われてるだろ!」

「決めつけるな」

「裏で言われてるんだよ! 最後まで言わすんじゃねえ!」


 その根拠のない誹謗中傷が終わると同時に、変化が訪れた。

 かの不殺剣魔を基点に、壁が床が天井が、徐々に黒く変色していく。


「ケハハッ! ゲームの始まりだ。ルールをよーく憶えておけよ、ヴァルトルーデ・イスタス。そうでないと、つまんねえからなぁ」

「アレーナ、頼む」

「丸投げでありますか!?」


 違う。適材適所だと、心の中でだけ言って言葉を待つ。


「このクソ忌々しいヘレノニアの神殿は、このままだと奈落に染まって帰還ができなくなるぜぇ。分かりやすく、建物が真っ黒に染まったらゲームオーバーだッ!」

悪魔(デーモン)らしく、一方的で勝手な話でありますな。それで、どうすれば良いのでありますか?」

「簡単だッ。これからあたいの手下が押し寄せてくるから、殺して殺して殺しまくれ。そうすれば、侵蝕は止まるぜ」

「解決になっていないようだが」

「気づいたかッ。ケハハッ!」


 なにがそんなに楽しいのか。

 マスクで覆った顔を喜悦に歪め、ジニィ・オ・イグルが愉悦の言葉を紡ぐ。


「まあ、そりゃ気づくわなぁ。これまた簡単だ。このあたいを滅ぼしたらクリアだ。簡単だろ? 憶える必要もねえなッ」

「ならば、やはり一騎打ちで構わんだろう」


 熾天騎剣(ホワイト・ナイト)玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の鞘に収めながら、聖堂騎士(パラディン)が宝玉のような瞳で悪魔諸侯を見据える。

 ユウトたちとは遠く離れてしまったが、だからといって負ける気もない。


「だ・か・ら! それじゃつまんねえって言ってんだろ? なにせ、俺と、俺の手下に殺されたやつは、もれなく悪魔になるんだからな。少しは、葛藤ってもんを楽しめよ」


 一方的に趣味を押しつけ、くっくと不殺剣魔が笑う。その動きに合わせて、周囲の剣林も上下に動いた。


「そう聞いては、なおさら逃がすわけにはいかんな」

「熱烈に愛されるのは嬉しいが、あたいは楽しみはあとに取っておくタイプでな!」

「聞いていないし、私が愛するのは生涯ただ一人だ」


 ユウトがいたら心臓を押さえてしまいそうな台詞と一緒に、ヴァルトルーデが地を駆ける。

 予想を遙かに超えるストライドの踏み込み。

 彼我の距離を一瞬でゼロにし、熾天騎剣が悪の住む世界で閃いた。


「はんっ、のろけにゃ興味ないぜ」


 対するジニィ・オ・イグルは、その場から動かない。武器を構えようともしない。ただ、足元に転がる犀の悪魔ソウグジアムスの亡骸を蹴り上げ、遮蔽幕とした。


 熾天騎剣が首のない死体を斬り裂き、ヴァルトルーデはさらに歩みを進める。だが、すでにそこに不殺剣魔の姿はない。

 聖堂騎士の疲弊を狙ったわけではないのだろう。ただ、彼女が戦う姿を苦しむ姿を堪能してから刃を合わせたいというだけ。


 一瞬、アレーナたちは置いてジニィ・オ・イグルを追いかけたい衝動に駆られる。


 だが、近づいてくる震動で、それは捨て去らざるを得なかった。


 不殺剣魔ジニィ・オ・イグルが支配する<無量戦野>。

 ヘレノニア神殿が堕とされたその地平線を無数の悪魔が埋め尽くす。


 震動は、その大群が移動する地響きだった。


「さすが本場だな」

「それどころではないでありますよ!?」

「落ち着け。まずは、神殿内の人間を集めて、一番奥の倉庫に行くんだ。そして、そこで立てこもろう」

「それでは、この神殿を明け渡すも同然でありますよ」

「死ぬよりはよほどいい」


 事も無げに言い放ち、ヴァルトルーデはアレーナを走らせた。彼女自身は、その場から動かず悪魔たちを待ちかまえる。

 数えきれないどころか、数える気にもならない大群だ。

 時間を稼ぎながら、合流するしかない。

 

 彼女にしては消極的だが、理由がある。

 地上から、そして天上から離れすぎたためか、神の意思が届きにくい。神術呪文の使用はできても、普段通りとはいかないだろう。

 さらに、いかなる効果によってか、魔法銀(ミスラル)の鎧や盾の魔力も減衰しているようだ。地球ですらなかった現象が起こっている。


 熾天騎剣は大丈夫だが、たった一人でアレーナたちを守り切るのは難しい。トラス=シンク神のウェディングドレスは、諦めるしかないだろう。


 仕方がない。


 そう思いながらも、心に翳が落ちる。


 けれど、いつまでもその感情に身をゆだねている時間はなかった。ヴァルトルーデの視界を、雲霞のごとく押し寄せる悪魔たちが占拠する。


「さて、エグザイルをうらやましがらせるか」


 気負いも絶望もなく。

 再び熾天騎剣を鞘に収めて魔化を施しながら、ヘレノニアの聖女は薄く笑ってそう言った。






「《理力の棺(フォース・コフィン)》」


 ユウトが呪文書から8ページ切り離し、ヘレノニア神殿があった場所を取り囲む。呪文書のページは、静止すると同時にそれぞれが光で結ばれ立方体の頂点となった。


 この第八階梯に分類される理術呪文は、純粋な魔力で作られた檻で対象の周囲を取り囲み行動を制限する。

 物理的な手段では破壊することはできず、一部を除いて呪文すら寄せ付けない。


 ゆえに、奈落から溢れ出す悪魔たちを閉じ込めたも同義。


「ケハハッ! そいつは何分持つんだ魔術師(ウィザード)! 10分か? 20分か?」

「まあ、それくらいだな」


 事実を指摘され、ユウトはさばさばと認めた。いくら第八階梯の強力な呪文であろうと、対症療法に過ぎないことは自覚している。


 同時に、それで充分だとも。


「《狙撃手の宴(スパイナーズ・レイヴ)》」


 数十メートルは離れた物陰から5本の矢が飛来し、剣林を掻い潜って背後から不殺剣魔に突き刺さる。

 頚椎、心臓、足首。人体の急所を的確に打ち抜くその腕前は、まさに神業。


「お待たせー。ちなみに、悪魔は内臓あるから好きだよ」

「ないのもいるけどな」

「そいつらは嫌い」


 エグザイルに遅れて到着したラーシアが、距離を取った場所から益体もない感想を述べる。第三者がいたら、その内容と緊張感のなさに呆れるに違いない。


「というか、遅いぞ」

「まあ、援軍を連れてきたら許してよ」

「このような状態にもかかわらず、いつも通りで安心するな」


 抜き身の宝剣を手にし、微笑をたたえた貴公子が戦場に降臨する。

 ヴァルトルーデがいない今、人間としては最高の剣の使い手――アルサス王が、トレイターを構えてジニィ・オ・イグルと対峙した。

 廷臣としては、王を危険な場に立たせるなど、許されざることだろう。だが、この状況ではこの上なく心強い援軍だ。


「ロートシルトの王、アルサス・ロートシルト」

「不殺剣魔ジニィ・オ・イグル」

「相手が悪魔諸侯とは、不足はない。いや、絶好の機会だな。ヘレノニア神の聖堂騎士として、お相手願おう」

「ケハハッ! 言うねえ。気に入ったぜ!」


 全身に突き刺さった矢を無造作に抜きながら、楽しそうに嬉しそうに気持ちよさそうに悪魔諸侯が挑戦に応えた。


「そっちの草原の種族(マグナー)も弓矢なんか捨ててかかってきな」

「やだよ。弓のほうが強いもん」


 身も蓋もない台詞で、にべもなく拒絶。ラーシアにとっては、戦闘は目的を達成する手段に過ぎない。それ自体を楽しむ精神とは無縁だった。


「ユウト」

「――分かった」


 その間に、エグザイルとユウトが短い言葉と視線だけで意思を通じ合う。


「征くぞ――」

「来い!」


 美少年としか見えないアルサス王が、宝剣トレイターを腰だめに構え振り抜く。

 不殺剣魔が剣林から分厚い両手剣を手にして受け止める。

 タイミングをあわせて、ラーシアが矢を放つ。


 一方、エグザイルは待機したまま動かない。


「《次元扉ディメンジョン・ポータル》」


 ユウトが巻物入れ(スクロールケース)から取り出した呪文は、短距離の瞬間移動を行わせるためのもの。

 それを待っていたかのように――実際、待っていた――岩巨人(ジャールート)は、ためらいもせず門へと飛び込み転移した。


 《理力の棺》のなか。悪魔の群れの中心へ。


「ヌオオオッッ」


 同時に、スパイク・フレイルの嵐が吹き荒れた。破壊の暴風となったエグザイルは、当たるを幸いに悪魔たちを駆逐していく。


「ケハハッ! 随分、楽しいことになってるじゃねえか」

「よそ見をしている余裕があるのか?」


 アルサス王がトレイターを引いた。

 同時に鋭く踏み込み、連続で突きを放つ。


「はっ、付け焼き刃じゃねえか」


 意外な攻撃ではあったが、両手剣は突きに用いるものではない。不殺剣魔は簡単にいなし、逆に鋭い斬撃を放つ。


 通常ならば避けられないはずの一撃。それこそが待ち望んだ瞬間だった。


 ジニィ・オ・イグルの致命の一撃は、だからこそ、トレイターの秘めたる魔力により、自動的に受け止められた。


「おもしれぇっ!」

「これでもか?」


 不殺剣魔の一撃を受け止めたトレイターの刃を滑らせ、流れるように剣を振り抜く。軌跡が白線となって夜明けの大気を斬り裂いた。


「ああ。おもしれぇぞ」


 刃で胴を半ばまで切断されながら、それでもマスクの奥から笑い声を上げる悪魔諸侯。


 死と尊厳をチップにせぬ戦いなどつまらない。それは、自分自身の命であっても、同じだ。


「もっと楽しませてくれよ!」

「残念。長引かせるつもりはないよ」


 物陰からステップして射線を確保したラーシアが、矢を放ちながら言う。


「はっ。あたいはそのつもりだぜ」

「援軍を連れてきたって言ったよね? 一人じゃ、軍とは言えないでしょ」


 しかし、それは不殺剣魔を狙ったものではなかった。それどころか、その矢に殺傷能力はない。

 直線ではなく放物線を描き、うなり声を上げて地面に突き刺さった。


「離れてください――《光彩の砦フォトン・フォートレス》」


 空中から聞こえる声。

 それにあわせて、アルサス王が大きく後退。


 同時に、地面に刺さった矢をつなぐ光の壁が不殺剣魔ジニィ・オ・イグルを取り囲む。絶望の螺旋(レリウーリア)の触手をも、一時的に退けた第八階梯の神術呪文。

 それは身を守る強固な壁と同時に、悪を封じ込める檻となる。


「《フレアバースト》――エンハンサー!」


 だが、今回は、いずれの用途でもなかった。言うなれば、被害を広げないための防波堤だ。


 《光彩の砦》を使用したアルシアと並ぶ援軍――ヨナが、精神力を限界まで練り込み、注ぎ込んだ超能力(サイオニックパワー)を解き放った。まるで、太陽そのものが落下してきたかのよう。


「けひゃひゃひゃひゃ」


 頭上から降り注ぐ、力と熱。つまり、エネルギーの塊。《光彩の砦》で内部だけを焼き尽くす、小さな太陽。

 それを抱きしめるように、迎え入れるように悪魔諸侯は両手を広げた。


 着弾。


 夜明けのファルヴに、ふたつ目の太陽が出現する。

 荒れ狂い、奔流となって奏でられる、光と熱の輪舞曲(ロンド)


 不殺剣魔ジニィ・オ・イグル――悪魔諸侯の一柱が、そのなかに溶けて消え去った。

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