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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 9 結婚狂想曲 第三章 その時に

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3.その前日(後)

「いらっしゃっているのであれば、一言欲しかったのですが……」


 友好的な雰囲気だった老人から引き離し、石畳で舗装されたファルヴの街を行きながら、傍らを歩くゼラス神の分神体(アヴァター)に話しかける。

 ただ、探して街中を走り回った疲労にどっと襲われたため、内容は愚痴っぽく足取りも重たかった。


「なに、忙しい時期に気を使わせるのも悪いと思ってね」


 初めて会ったときのような気高い威厳は薄れ、かなり気安い様子で答えるゼラス神。定命の者の言葉を咎めはしないが、罪悪感も感じられない。案外、本当にそう思っているのかも知れなかった。


「それに、神が信徒に啓示を与えてなにが悪いというんだい」

「そういうのは、夢のなかとかでやってください。あと、本当に悪いと思っていたら、そういう言い方はしないと思います」

「その鋭さを、人間関係に回すべきではないかと私は思う」

「結婚式を明日に控えた人間へのアドバイスとしては不適ではないかと」

「知識神として、事実は譲れない」


 弟だとしてもなお、傍らを歩く金髪の美少年は年若い。そんなゼラス神の分神体に、ユウトは言い返すことができなかった。

 それでも、今のところ文句も言わずに付いてきてくれている。とりあえずは、それで良しとすべきか。


「まあ、それは良いですが……。そもそも、こんな頻繁に降臨されて良いものですか? いや、良いものじゃないでしょう?」

「もちろん。しかし、世の中には例外というものがあるわけだ。例外の塊である天草勇人に言うのもなんだがね」

「例外の塊ですか?」

「自覚もなしか。本当に面白い」


 恐らく、知識神は本当に感心している。

 それが分かっていてもなお、よりによって神からイレギュラー呼ばわりされなければならないのかと渋い顔になってしまう。


「つまるところ、例外はこの街さ」

「そりゃ、まあ、そう言われればブルーワーズのなかでも珍しいというのは分かりますが……」


 治安も良いし、健康保険まである。上下水道に街灯も完備。さらに、神の手による城塞や劇場もある。

 クロニカ神王国への編入を強要できる程度には、特異な街だ。


「ヘレノニアの城塞はともかく、リィヤが劇場も作っちゃったし、必要があったとはいえ何度か降臨したし、そのうえタイロンも居着いちゃったからね。善の勢力におけるヴェルガ帝国にしてしまうべきだという結論に」

「――はい?」

「ところであの島、式典が終わったら処分するんだって?」

「ええ。〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)の本拠があったところに置いてこようかと」


 黒妖の城塞が飛び立ち窪地になった場所。昆虫人(インセクティアン)が巣を築き上げたそこに、封印というわけではないが、移動させるつもりだった。

 露骨に話の流れを変えられているのは分かるものの、素直に答えざるを得ない。どうせ、最後の最後まで着地点を知らせないつもりなのだろうから。


「なるほど。もうひとつところで、この街には墓地がないね」

「今のところは、トラス=シンク神殿の地下墳墓で間に合っていますから。でも、それがいったい?」

「うむ。なら、あの島をもらおうか」

「……どこに持っていくんです?」

「持ってなど行きはしない。あれは、あのままあそこで使うのさ」

「…………」


 なるほど。絶句とはこういうことか。こういう気分か。

 巡礼者用の土地を用意しただけなのに、あとでこんなことを言われるとは予想もしていなかった。


「まず、うちのが墓地を作るだろう? それから、私が図書館だ。そして、レグラが練兵場を置くと言っている」


 ユウトは、思わず立ち止まった。

 立ち止まらずにはいられなかったし、それでいてなにも言えなかった。


「そういえば、バハムートも元嫁にお灸を据えてくれた礼をしたいって言ってたかな。まあ、そんな感じでここを聖域(サンクチアリ)化して、我々の橋頭堡にしようという神の計画があるわけなのさ」

「……素敵なお祝いをいただいてしまい、言葉もありません」

「遠慮は無用だ」


 めまいがする。

 過労だ。過労に違いない。


 そう。これは夢だ。起きたら机の上には山積みの仕事が待っているのだ。素敵な現実だ。


 だから、視界の端に映る両親と愛犬。それに、ヨナとヴァイナマリネンが一緒に街を歩いている光景など幻覚だろう。そうに決まっている。


「む? 彼らも、この世界(ブルーワーズ)の人間じゃないね」

「幻じゃなかったか……」

「幻?」

「いえ、こちらの話です」


 こうなったら無視するわけにもいかない。

 毒杯を最後まで飲み干す決意で、ちょうどこちらへ向かってくる一団へと声をかける。


「ヨナ!」

「ユウト……?」


 なぜか不思議そうに首をひねりながら、アルビノの少女が駆けだした。遅れて、リードを振り切ったコロも。

 一人と一匹はすぐにトップスピードになり、大人顔負けの速度を緩めることなく、ユウトへと突き進む。

 そして、ヨナが有袋類のようにしがみついた。


「お、おまえ……。加減を知れ……」


 樹木ならぬ大魔術師(アーク・メイジ)の肉体では、少女の体重を支えるのは難しい。それでもなんとか衝撃に耐え、ヨナを抱える。

 そうしながらも、足元にまとわりつく愛犬のリードを握るのを忘れない。


「ユウトが外にいるはずがない。偽物かも知れないと思って」

「殺す気だったのか……」

「場合によっては」


 相変わらず、アルビノの少女は好戦的(アグレッシブ)だ。なぜか、それが非常に和む。

 そんな気分も、両親が合流するまでの短い間だったが。


「二人とも、観光?」


 両親がこちらに来たのは、一週間ほど前のことだ。

 那由多の門インフィニット・ポータルは、まだ賢哲会議(ダニシュメンド)には知らせたくなかった。そのため、一ヶ月もの休暇をなんとかやりくりして駆けつけてくれたことになる。

 それなのに、両親の世話はアカネやヨナに任せきりとなっては、まったく頭が上がらない。もっとも、アカネに関しては彼女の両親は調整が付かず不参加となって露骨に安心していたので、そこまで罪悪感は感じていなかった。


「ええ。ヨナちゃんとヴァイナマリネンさんが案内してくれるって言うから」


 ころころと穏やかに笑う母、春子にコロのリードを預ける。

 足元から不満げな声が聞こえてきたが、さすがに無理だ。


「迷子か?」


 不機嫌そうに――つまり、いつも通りで――聞いてきたのは、父の頼蔵。ユウトと一緒にいた見憶えのない子供の詳細を尋ねる。


「ええと……」

「ほう。いるとは思っておったが、知識神か」

「それはこちらの台詞だ、大賢者」


 一触即発とはいかないが、ピリピリとした雰囲気をまとう両者。


(なんか因縁とかあったのか?)


 もちろん、ユウトとてすべてを知り得ているわけではない。だが、この二人の反応は予想外に過ぎた。


「随分、異世界の物品を持ち込んでいるようではないか」

「ワシが対価を払って手に入れた物よ。文句をつけられるいわれはないわい」

「だが、仮にも大賢者と呼ばれる者ならば、それを知識神に献上するぐらいの信仰心を持ち合わせているべきではないかな?」

「欲しければ自分で買いに行けばいい」

「なるほど」

「煽るなよ、ジイさん!」


 神が地球に行く。

 もちろん、本体ではなく分神体だが、どんな騒動が起こるか想像もできない。したくない。


「それはそうだ。あのヴェルガも行っているわけだしな」

「それは、あちらの受け入れ次第ということで」


 賢哲会議――というよりは、真名に丸投げすることを決め、ユウトはこの不穏な話を打ち切った。

 そんな彼に、父が難しい顔で話しかけてくる。


「勇人、今、知識神などと言っていたようだが?」

「そう。この子がこの世界の知識を司る神、ゼラス様です……って言ったらどうする?」

「……顔色が良くないな。少しは、休め」

「優しくされると泣きそうだ……」


 あの父に。厳格な父に言われるということは、相当なのだろう。


(俺、明日結婚するんだよな……?)


 これ以上考えるとよくない結論に至りそうだったので、ヨナを下ろしコロを撫でて気分を入れ替えることにした。


「そういえば母さん、あんまり相手できなくてごめん。楽しんでくれてる?」

「ええ。ヨナちゃんがいろいろなお店に案内してくれたし。それにしても、ここはヨーロッパみたいねぇ」

「その評価はどうなのかなぁ……」

「新婚旅行で行ったイタリアを思い出すわ」

「うん。まあ、気に入ってくれたのなら、それでいいや」


 のろけ話など聞かされてはいたたまれないと、ユウトはストップをかけた。そんな犬を玩んでいる大魔術師の目を見ながら、ヨナが言った。


「だいじょうぶ。代わりに聞いておく」

「ヨナには、そういうの求めてないかな」

「だいじょうぶ。外堀から埋めておく」

「そういうの、ほんとに求めてないから!」


 しかし、ヨナを抱きかかえていたにもかかわらず両親からなにも言われていない時点で、半分は埋まっていることには気づいていない。


「とりあえず、俺たちは城に戻るけど」

「そうか。ワシは、小僧の父御と明日の打ち合わせがあるからな」

「……聞いてないんだけど?」

「いや、ギターのな……」

「暇なときにこつこつ手を入れておった、作曲ソフトが日の目を見るときだからな。万全を期さねばならん」

「あんた、忙しいときなんてあんのかよ……」


 この二人が組んだら止められない。

 いや、口で言ったぐらいでは止まらない。


 まずは分神体の確保が急務だと、ユウトは両親たちと別れた。愛犬だけは連れて帰ろうとしたが、散歩の途中だと断られてしまったのだが。


「ところで、他の方々は?」

「うちのは、ヘレノニア神殿の新婦の所だね。ウェディングドレスを用意してくるとご機嫌だった。まあ、二度目だし上手くやるだろう」

「二度目?」

「そう。二度目さ」


 よく分からないが、説明するつもりもないようだ。追及は諦めて、核心を問う。


「今回は、お二人だけで?」 

「いや、あとレグラが一人で下見に行っている」


 下見とはつまり、あの島か。練兵場を作るというのは本気らしい。

 岩巨人(ジャールート)たちなら喜んで使うだろうし、将来のことを考えれば必要でもある。


「今回は、それだけだ。既にファルヴに施設のあるリィヤとヘレノニアは留守番だね。まあ、彼女はドゥコマースに捕まってなにかやっているようなので、もともと来られなかったかも知れないが」

「左様ですか。しかし、あそこを聖地化するのであれば、地名を付けないと……」

「とりあえず、神の台座とでも呼べばいいのではないかい?」

「そうしましょう」


 名前など記号である。共通認識が得られれば良い。

 ドライにそう判断したユウトは、再びゼラス神を連れて城塞へと移動を始める。


「しかし、これから大変だぞ」

「すでに大変なんですけど……」

「安心するが良い。神は乗り越えられない試練を与えたりはしない」


 つまり、分神体が降臨しているとはいえ、昆虫人のときのようなことがあっても基本的には手出しをしないということなのだろう。

 当然だ。地上は既に人間の世界。

 その営みは、主役に委ねられるべきなのだから。


「とりあえず、城塞へお越しいただけるということは、図書館建設の下見は終わったのでしょうか」

「ああ。それに、今はそちらの仕事も一段落したようだし、私の図書館に異世界の書物を収蔵する件について少し話し合おうじゃあないか。今回は来られなかったリィヤも興味津々でね」

「……いつの間に確定事項に」


 ユウトが思わず天を仰ぐ。

 図書館に、読めない本を入れて意味があるのか? それとも、ヴァイナマリネンが持っていた言語翻訳の眼鏡でも置くつもりなのか。金貨数千枚はする魔法具(マジック・アイテム)を。


「さあ、早くヘレノニアの城塞へ行こうか」

「まあ、街中で騒動起こされるよりは良いです」


 それに、神々の忠告や下賜品が役に立たなかったことはない。


(これから大変だと、ゼラス神が言うほどの試練か……)



 ヴァルトルーデが、仲間がいれば問題はない。

 このときのユウトは、そう信じて疑わなかった。

モンスター文庫の公式サイトで書籍版2巻のカバーが公開されました。

よろしければ、ご覧ください。

また、2巻の発売日は2/27日となりますが、詳細を活動報告に記載いたしました。

こちらも、目を通して頂ければ幸いです。

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