6.最高の剣(後)
「わ、わりゃしは、うれひぃんです」
「おう、そかそか」
「なら、飲め飲め」
洞窟のなか、岩の上に腰を下ろした竜細工師のウルダンがドラヴァエルたちに囲まれながら、一気に酒杯を呷った。
鞘に収めた長剣を抱きながら、優れた職人である彼らに自分の仕事を認められた嬉しさを語る。
(もう、十回目ぐらいかな……)
それを離れた場所から素面で聞いていたユウトは、少しだけ顔を上げてウルダンの様子を観察する。かなり酔っていてろれつも回っていないようだが、前後不覚とまではいかない。
本当に喜んでいるだけなのだろう。その表現方法が少し特殊なだけ。
《瞬間移動》で連れてきたときには――もちろん、ちゃんと意思確認してから――目を白黒させていたが、同じ職人同士の交流でだいぶ距離も縮まったらしい。
危険はないだろうと判断したユウトは、手元のメモ帳に視線を落とす。そこには、ボールペンで日本語の走り書きが記されていた。
それは、ヴァルトルーデに贈る『最高の剣』へ魔化する効果の候補だった。
武器の扱いやすさや切れ味を増す《魔器》は基本であり、外せない。
さらに破壊力を増す《鋭刃》や、アルシアが使用したこともある《光輝なる刃》も付与することができる。
もっとも、後者の効果は、鎧や鋭い外皮を貫く代わりに魔導人形のような物体や不死の怪物相手には刃がすり抜けてしまうので悩ましいところだ。
他にも、悪の相を持つ生物への損傷を増加させる《聖化》に、悪魔やジャイアントなど魔化段階で指定した特定の種族へより深い傷を与える《絶種》、地水火風光闇の源素力を付与する効果もある。
列挙すればきりはないが、これらはすべて理術および神術呪文により一時的な付与もできた。いや、だからこそ武器にそれを封じ込められるというべきか。
魔術師や司祭の支援を受ける前から強化された状態で戦士たちは戦闘に臨むことができ、魔術師たちも自らの行動を他に回すことができる。
双方にメリットのある話だが、当然、望む効果をすべて付与し魔化することはできない。金も時間もかかりすぎ、あまりにも効果を重ねると器となる武具は耐えきれず崩壊してしまう。
つまり、ヴァルトルーデという使い手と、彼女の敵に合わせた選択が求められる。
「《魔器》で5枠取られるのは痛いよな……。討魔神剣は、聖堂騎士に専用化されてて、そこは“軽く”してたんだよなぁ」
しかし、それは神の御業だからこそ可能な効果だった。いくら大魔術師といえども、さすがにその領域には手が届かない。
「いや、今回は例の報酬を使うから、その分でなんとかなるか? それなら、《聖化》は必須として、悪魔への《絶種》ぐらいは乗せられる……?」
「酒も飲まんと、なにをしとん」
「ああ。頼んだ剣に、どの効果を魔化するか考えていてさ」
それは自分の分野ではないと興味を失うかと思いきや、ドラヴァエルは腕を組んで何事か考え込んでしまった。
意外な展開に、髪と髭の間から覗くつぶらな瞳を凝視してしまう。
「あの二番目の女子に合う魔化を考えちょるか」
「そういうこと」
「ふんむ」
岩漿妖精とも呼ばれる小人が真剣に思慮を巡らす姿は実にユーモラスで、自分がおとぎ話の世界に入り込んだような錯覚を抱いてしまう。
(もともとファンタジーではあるけどさ)
しかし、その小人が数十もわらわらと集まるとなったら話は別だ。ついでに、酔っ払った竜細工師までいる。
正直、不気味だ。
けれど、そんな感想を吹き飛ばす一言が、ドラヴァエルからもたらされた。
「最高の剣、答えが出たかも知らん」
「……マジで?」
「マジとはなんじゃき」
「いや、えっと。本当に?」
「嘘なんぞ吐かん」
不愉快だと言わんばかりに、ドラヴァエルたちが一斉にうなずく。
取り残された人間二人は、顔を見合わすばかり。
まだ、竜細工師と酒を酌み交わしただけだ。実際の作業はなにもしていない。ブレインストーミングぐらいは必要だろうと思っていたが、そんな過程はあっさりと吹き飛んだ。
「最高はひとつでなか」
「状況によって変わるが道理よな」
「じゃっど、その道理をぶち壊す」
口々に確信を持って言ってくるが、まったく理解できない。荒波に晒された小舟のように翻弄されている。
「つまり、どういうこと?」
結論を急ぎすぎたかも知れない。
そんな心配は、ドラヴァエルが事も無げに口にした衝撃的な結論ですべて吹き飛んだ。
大魔術師が。否、大魔術師だからこそ、その暴論としか言えない『最高の剣』に否定の言葉が出かかる。
「そんなこと……。いや、言い切る以上はできるのか」
「これも、ドゥコマース様のお導きよう」
ドゥコマースの秘奥。あの神王セネカから借りた聖遺物が、その突拍子もない『最高の剣』の元らしい。
「面白い」
驚きから脱したユウトは、逆に不敵な微笑を浮かべた。
常識外れだとは、今でも思っている。
それでも、できるというのであれば、とことんまでやってやろう。
実現できるのであれば、確かに『最高の剣』を名乗ることができる。それなら、失った討魔神剣を凌駕することが出来る。
ドラヴァエルのプランは、ユウトの魔術師魂にまで火をつけていた。
「ただし、いろいろと必要なもんがあるぞい」
「白隕鉄もいるぞ」
「アダマンティンで金床と鎚もじゃな」
「中心は、できるだけ年寄のドラゴンの牙じゃな」
「火力と鎚を打つ力も忘れちゃあならん」
口々に、必要な素材を述べるドラヴァエルたち。
アダマンティンの金床と鎚はともかく――それでも、普通に考えれば目玉が飛び出すような道具だが――白隕鉄は厄介だ。
「里から、最高の牙を持ってきますよ!」
酔いが覚めたのか、興奮でそれどころではなくなったのか。
竜細工師のウルダンが、上擦った声で請け負った。
「白隕鉄は責任持って俺が用意しよう」
白隕鉄はその名の通り、時折地上へ落下する隕石から採取される隕鉄の中でも特殊な金属だ。隕鉄と名は付いているが、鉄なのかどうかも分かっていない。
なにしろ、水銀のように常温では液体になっているのだ。そのうえ、滅多に発見されることもない。
なにに使うのか、現時点では見当もつかないが――その希少金属の入手先に、ユウトはひとつだけ心当たりがあった。
「いやぁ、さすが竜神の元奥さん。かなりの強敵だったね」
空の人となった草原の種族は、つい先ほどの激戦を振り返って陽気な声を上げた。
「まったくだ」
そのすぐ横で岩肌よりも鋭くごつごつした場所に座る岩巨人が、真っ先に重低音で同意する。
「あの爪、あの牙。イグ・ヌス=ザドやタラスクスに匹敵。いや、それ以上だったな」
何度も死を覚悟したと、エグザイルが楽しそうに笑う。
実際、至近距離――エグザイルにとってもパーラ・ヴェントにとっても、10メートル程度は近接距離だ――で、両の爪に牙に翼に尾の乱舞をまともに受けた彼は、生死の境をさまよいかけた。
その後、狂乱状態でスパイク・フレイルを振るい、きっちりやり返してはいるが。
「その隙に、アタシが短剣で刺しても怒らせただけだったね。あれにはびっくり」
「いや、痛がってたよ。ただ、図体がでかくて」
珍しく同行したリトナが、楽しそうに振り返る。天上から追放されたドラゴンであれば、分神体の彼女も、力を振るえるようだ。
「武勇伝はいいですが、治すほうの身にもなってください。ユウトくんもいないのに、こんな無茶をして」
「だ、だから助っ人も用意したではないか」
さすがのヴァルトルーデも、魔法銀の鎧や盾には傷が目立つ。彼女といえども、かの赤火竜パーラ・ヴェントには無傷ではいられなかったのだ。
つまり、アルシアに心労をかけたのは彼女も同じであり、これ以上、この話が続くのは避けたかった。
「小僧へのプレゼントとやらのためにワシを引っ張り出すとは、見上げた根性だな」
怒っているわけでも呆れているわけでもない。感心したとばかりに、水を向けられた大賢者ヴァイナマリネンが呵々大笑する。
地球への行き来がやりやすくなることは大賢者にとってもメリットがあるし、赤火竜の宝物庫からは戦利品も得ていた。
だから、一方的に恩義を感じる必要はない。
それでも、ヴァイナマリネンによって使用された《完全属性耐性》で赤火竜パーラ・ヴェントの灼熱の吐息を防ぎ、《対竜防御》により、ドラゴンからの攻撃に耐性を獲得し――その他惜しみない支援がなければ、今日の勝利はなかっただろう。
そもそも、パーラ・ヴェントほどのドラゴンであれば、大魔術師級の理術呪文を本能として使用できる。それに対抗してもらっていなかったらと思うと、ラーシアでさえもぞっとする。
加えて、無限とも思えたあの耐久力。
ラーシアの矢とリトナの短剣が急所を抉り、ヨナの《エレメンタル・ミサイル》で弱点の水の元素による攻撃に晒され、ヴァルトルーデの連撃を受けてもなお沈まなかった。
どこかでミスをしていたら、勝敗の天秤は逆に傾いていたはずだ。
「しかし、私のわがままに付き合わせて済まなかった」
今さら――と思われようと、言わないよりは良い。罠を仕掛けることに反対し、正面からの決戦を挑んだとなれば、なおさらだ。
赤火竜パーラ・ヴェントの財宝から首尾良く那由多の門を手に入れたヴァルトルーデが、これで愛しい人に良い報告ができると仲間たちに感謝を捧げた。
「いいよいいよー」
「オレも満足したしな」
「そうですよ。ヴァルとユウトくんのためであれば、それは全員のためです」
実際、これは渡りに船でもあったのだ。
まず、労せずして、ヴァルトルーデをユウトの計画から目を逸らさせることができた。
今の彼は、外出が目立つというだけでは済まないのだ。なぜなら、白隕鉄を手に入れるため、許す限り《流星落雨》を使用しなくてはならない。偶然、召喚した隕石に白隕鉄が含まれていることを期待して。
今日も、誰にも迷惑をかけないよう南方の砂漠地帯――ヨナが“家出”をした場所――で流星を落としていることだろう。
そして、もうひとつ。
「しかし、今さらだがパーラ・ヴェントに財宝を運ばせる必要があったのか?」
そう。赤火竜パーラ・ヴェントは冒険者たちに敗北を喫した。しかし、命までは取られてはいない。その財宝も、半分以上は無事だ。
それでも莫大なため、空中庭園リムナスの一部を箱状に加工し、元の持ち主にイスタス侯爵領へと運んでもらっている。
敗者である赤火竜に否やはない。
そして、今ヴァルトルーデたちが乗っているのは、堕ちた竜の背中というわけだ。
例外はヨナ。
「空飛ぶ絨毯より、ずっとはやーい」
アルビノの少女だけは、ご満悦でパーラ・ヴェントの頭の上で空の旅を満喫している。《エレメンタル・ミサイル》で散々痛めつけられたため、赤火竜も大人しく従っていた。
「わざわざ言うことか、それは」
「アカネが、ドラゴンに乗ったら言わないといけないって」
「そうか」
首をひねるヴァルトルーデだったが、アカネとユウトがよく分からないことを言うのはいつものことだ。それ以上は追及しなかった。
ヴァイナマリネンが分かった風に笑っているのは、少しだけ気になったが。
その様子を見て、アルシアは安心して胸をなで下ろす。
財宝を運ばせるというのは、表向きの話なのだ。
その後、この堕ちた竜神の眷属にはドラヴァエルたちの住処へ飛んでもらわなければならない。
ドラヴァエルたちが求めた火力。
それには、赤火竜パーラ・ヴェントの吐息が必要なのだから。
さらに、エグザイルも鎚を振るうことになっている。その筋力をいかんなく発揮することができ、本人は満足そうだった。
知らず知らずのうちに、二人のプレゼントは因果の糸が混じり合う。
多くの人々に支えられ、そして、一ヶ月後。
大魔術師と聖堂騎士は、お互いの贈り物を手にしてファルヴの城塞の地下。
――二人が初めて出会った場所に集った。




