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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 9 結婚狂想曲 第二章 大魔術師の贈り物

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5.聖堂騎士の贈り物(後)

「それで、ボクが呼び出されたわけ?」


 不機嫌そうとまでは言えないが、雁首揃えてなにやってんの? と言葉に出さずに態度で示し、ラーシアがわざとらしく嘆息する。


「ぐぬっ」


 屈辱に表情を歪めつつ、それでもヴァルトルーデは錆び付いたような動きではあったが、頭を下げた。


「頼む。知恵を貸してくれ」

「もー。仕方ないなー」


 からかうような微笑はそのままだが、あきれた様子は消えている。それを見て、同席しているアカネとアルシアもほっと胸を撫で下ろした。


「とりあえず、ヴァルたちの贈り物ならなんでも良いんじゃない? ってのは、『なし』なんだよね?」

「そういうことだ。どうせなら、ユウトが欲しい物をプレゼントしたい」

「そりゃ、難しいよね」

「簡単に断言するわね」


 アカネの言葉に、ラーシアは大げさにうなずいて答えた。


「ユウトが欲しいと思ったら、自分で作るか手に入れるかできるし」

「それは、私たちも同じ考えには至っていますが……」

「あと、一番欲しかったものは既に手に入れてるってのもある」


 草原の種族(マグナー)はそう言うと、意味ありげに自分を半包囲している友人の婚約者たち――なんとも一般的ではない表現だ――を見回す。


「そこから導き出される結論は、ひとつ」

「ちゃんと続きがあったのか!?」

「ボクをなんだと思ってたのさ?」

「それは、言わないほうが良いんじゃないかしら」

「アカネは、わりとボクに辛口だよね。まあ、それはともかく」


 ラーシアは一度言葉を切り、少しだけもったいつける。

 悪戯好きで、状況を引っかき回すのが大好きなトリックスター。だが、仲間たちのなかでは最も人生経験が豊富で、情も深い。


 そんな彼が出した結論は――


「子供には見せられない格好をして、ベッドの上で待ってれば良いんじゃない」


 ある意味で的確。しかし、投げやりな提案。

 それを考えなかったと言ったら嘘になるアカネとアルシアは、気色ばんで立ち上がろうとする。

 けれど、それはイノセンスなもう一人によって打ち消されてしまった。


「……子供には見せられない格好とは、どういう意味だ?」


 これには、ラーシアも二の句が継げない。

 もちろん五割程度しか本気ではなく、過剰反応したヴァルトルーデをからかおうという魂胆もあったのだが……。


「まさか、正面から真面目に返答されるとは思わなかったんだけど」

「私は常に真剣だ」

「はいはい、はーい。ヴァル以外、こっちへしゅーごー」


 椅子から飛び下りたラーシアが狭い領主執務室の隅へ移動し、二人を招集した。彼女たちも積極的にというわけではなかったが、放ってはおけないと重い足取りで移動する。


「いやいや、ヴァルもなにも知らないってことはないよね? オズリック村って、そんな厳格じゃなかったよね?」

「もちろん、夫婦の営みのなんたるかは知っているはずですが」

「つまり、自分がプレゼントになる的なのを理解も想像もしていないってことよね」


 全員でしゃがみ込み、膝を突き合わせてひそひそと語り合う。

 かなり異様な光景だが、本人たちは真面目だ。内容は聞こえないし聞かないようにしているが、重要な話のはず。

 だから、ヴァルトルーデも邪魔をせずに黙って座っていた。

 さすがに、まぶたは閉じて余計な情報はシャットアウトしようとはしていたが……。


「ユウトは苦労しそうだね」

「まあ、ヴァルができない部分は私たちが頑張るってことで」

「私もですか!?」


 重要な話をしている……はずだ。


「とりあえず、そういう方向性はなしね」

「まあ、今は仕方ないか。時間も余裕もなさそうだし。今は」

「そうですね。脇道……でもないような気もしますが、本題に戻りましょう」


 提案したアカネがぱんっと手を叩き、怪しい集会はお開きとなった。何事もなかったかのように、元の位置へと戻っていく。


「アカネ……。いったいなにが?」

「いいのよ、ヴァルは。そのままの君でいて」


 聖堂騎士(パラディン)の肩に手を置き、アカネが慈母のような微笑を浮かべる。


 わけが分からない。


 分からないが、それ以上の追及もできなかった。


「それで、ユウトへのプレゼントだけどさ。靴とか、どう?」

「靴? 靴か……」


 それは考えていなかったと、ヴァルトルーデがそのままつぶやく。


「そうそう。地球から履いてきたのをずっとでしょ」

「よく壊れなかったわね」

「《物品修理(リペア)》の呪文で綺麗にしながら使ってたからね」


 ユウトが愛用している靴は、スニーカーまでラフではないが、通学に使っていた普通のカジュアルシューズだ。

 それでも、ブルーワーズの靴よりも履き心地が良かったのだろう。


「でも、欲しければ今なら地球からいくらでも……」

「だから、魔法具(マジック・アイテム)にするんじゃん」

「なるほど」

「確かに、ユウトくんにとって有用な魔化がされた物であれば喜ばれるかも知れませんね」


 機会はいくらでもあっただろうに、履き替えようとはしなかったのだ。それほど不満もないのだろうから、『欲しい物』という意味からは外れるのだろうが、使ってくれそうな気がする。


「さすがラーシアだな。私たちとは、目の付け所が違う」

「目の付け所っていうか、君らの視野が狭まりすぎだった気がするんだけど」

「そ、そうだわ。ちなみに、ラーシアが欲しい物って?」


 あわてて話を変えようとするアカネ。あまりにも露骨で、ラーシアの攻撃対象になるかと思いきや、草原の種族は虚を突かれたように押し黙る。

 そして、遠くを見つめながら言った。


「自由……かな?」





「それで、オレが呼び出されたわけか」


 一通りの事情を聞いたエグザイルは、低く重たい声で唸るように言った。

 ラーシアからひとつアイディアは出たようだが、それだけでは心許なかったのだろう。


 なにしろ、神々から贈られた報酬にしても、物品は求めなかったユウトだ。物欲がないわけではないのだろうが、枯れていると表現しても差し支えない。


「そうだ。靴というのも悪くはないのだが、今ひとつとも思えるのだ」

「直感は大事にしたほうが良いな」


 語り合う前衛二人が、深くうなずく。


「しかし、これは難問だ」


 エグザイルがいると、ただでさえも狭い部屋がさらに圧迫感のあるものとなる。そんな息苦しい空間で、岩巨人(ジャールート)の言葉を固唾を飲んで待つ。


「……子供だな」

「やっぱり、そっちに行くんだ……」

「うん? オレが一番嬉しかった贈り物を言ってみただけなんだが」

「穢れてた! 私、穢れてた!」


 ラーシアがここにいたら、吸血鬼(ヴァンパイア)のように浄化されていたかも知れない。


「そんなプレゼントができれば、確かに良いのだろうが……」

「確かに、そうね。今はさすがに無理があるわ」


 将来のことはともかく、現時点でとなると首を横に振らざるを得ない。いきなり「私たちの子供だ」などと連れてこられても困るだけだろう。


「そうね。犬猫じゃあないんだから……」

「なら、犬でいいのではないか?」

「犬? なるほど、ペットね」


 それはいいかもしれない。


 愛犬コロへの溺愛を知る婚約者たちは、感じ入ったように笑顔を見せた。愛玩犬が売っているかは分からないが、探せば子犬を譲り受けることぐらいできるだろう。


「でも、今のユウトに世話できるかしらね」

「逆に考えましょう。お世話をするために、仕事をセーブするようになるかも知れないと」


 アルシアの見解は希望的観測にも思えたが、あり得ないとも言い切れない。


「勇人だしね」

「ユウトだからな」


 ヴァルトルーデとアカネがうなずき合う。

 どうせなら、魔法具の靴と両方でも良い。


「問題は、さらにもう一匹犬を飼うことになるそのことを受け入れてくれるかどうかですね」


 浮気ではないが、滅多に会えないとはいえ愛犬がいるところにプレゼントされて、ユウトがどう思うかは未知数だ。

 話が決まりかけた瞬間、アルシアからのそんな指摘でご破算にさせられる。


「……なるほど。そんな心配もあるか」

「要らないからって、なかったことにもできないわねぇ」


 冷水を浴びせかけられたような表情で、再びヴァルトルーデとアカネが顔を見合わせた。安易に飛びつかなくて良かったと思うものの、そろそろ疲労感すら抱いてしまいそうになる。


 もう、靴で良いんじゃないか。


 そう思考力が低下してきたところで、エグザイルが再び口を開く。


「そういえば、彼女には聞いたのか?」

「ヨナちゃんのこと?」

「いや、ダァル=ルカッシュだ。ユウトの仕事のことなら、あのドラゴンが一番知っているだろう」





「心当たりはある」

「……本当ですか?」


 執務室へと戻る羽目になった次元竜(クロノス・ドラゴン)ダァル=ルカッシュの端末。その光を反射しない硬質な瞳からは、なんの感情も読み取れない。

 それは、感情感知の指輪を身につけたアルシアも同じ。


「ただし、達成は極めて困難であるとダァル=ルカッシュは最初に言い置く」

「結論から言うと?」

「地球と呼ばれる世界との気軽な行き来。これが、ダァル=ルカッシュの主が現時点で最も欲していることだと、ダァル=ルカッシュは認識している」


 何度目かの沈黙が、執務室を覆った。

 言われてみれば、確かにそうだ。


 いや、誰もが、それがユウトの望みだろうとは感じていた。ただ、達成する手段を思いつかなかったため、俎上にすら載せなかっただけで。


「それは可能なのだな?」

「不可能ではない。細かい理論は、理解されないだろうから省略させてもらうが」

「問題ない。私たちは、ダァル=ルカッシュを信じている」


 溢れんばかりの生命力に満ちたヴァルトルーデと、無機質なダァル=ルカッシュ。二人がしばし正面から見つめ合い、ふっと緊張感を緩める。


「現状は、30から60日程度の周期で、数時間の行き来を実現している。それとは別に、3から5日周期で数十分ほどの行き来を可能にする方法がある」


 それが本当なら、もっと気軽にユウトやアカネの家族と顔を合わせることができる。もちろん、真名とも。

 期待以上の内容に、思わず身を乗り出しそうになる。


「一度明らかにしてしまった以上、制止は不可能と判断する。しかし、最初にダァル=ルカッシュが警告したとおり、非常に困難であると改めてダァル=ルカッシュは注意を促す」

「分かった。それで、なにをすればいいのだ」


 アルシアは「なにが分かったですか……」と、小さな声で呆れたように言うが、それだけ。決して制止しようとはせずヴァルトルーデに判断を委ねている。


那由多の門インフィニット・ポータルという秘宝具(アーティファクト)がある。地球との次元扉(ゲート)の素材となったミラー・オブ・ファーフロムの上位版。否、大本になった秘宝具」

「どこにあるのだ?」

「赤火竜パーラ・ヴェントの宝物庫に」


 かつて竜神バハムートの配偶者の一人だった、赤火竜パーラ・ヴェント。赤竜(レッドドラゴン)のなかでも、もっとも強大で優美だった彼女は、いつしか金銀財宝への強すぎる欲求に囚われ、天上を追放された。

 今では、彷徨する空中庭園リムナスに引きこもり、神々の宝物庫から奪い去り、あるいは長年かけて集めた宝物の上で永い永い眠りについているという。


「那由多の門の奪取は、ダァル=ルカッシュの主の協力なくしては不可能。否、協力があっても非常に困難。ただでさえ、討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを失っている今では、自殺行為」


 もっともだ。

 その心配はもっともだ。


 同時に、もう遅い。


 彼が一番喜ぶ物を知ってしまった。

 ならば、相手が堕ちた竜王であろうと関係ない。警戒をする相手ではあっても、手を出さない対象ではなくなってしまったのだから。

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