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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第四章 発展編

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7.一対百

 一週間後。

 ユウトは再び、王城内の練兵場に立っていた。


 空は高く、青い。一週間前に、ヴァルトルーデとアルサス王子が模擬戦を繰り広げた時と変わりない。

 違いは、その中心に立っているのがユウト自身であること。


 そして、相対しているのが百名近い軍勢であることか。


「よく集めたもんだ」


 珍しく。

 本当に珍しいことに侮蔑を込めて、ユウトは相手――否、敵を睥睨する。殺意のこもった瞳だが、幸運なことに誰もそれに気づいてはいない。


 練兵場には即席の観客席が設置されていた。

 サッカースタジアムで言うところのバックスタンド側に設けられた木造の簡素な雛壇は、絹の覆いと運ぶだけで苦労を感じさせる立派な椅子で飾られ、高貴な人間を最低限迎え入れる準備はできている。


 すでに、チャールトン国王、アルサス王子、その婚約者であるユーディットが最も上の段を占拠している。他にも、宰相のほか、王都セジュールにいる主立った貴族に近衛の責任者などが勢ぞろいしていた。

 当事者であるバルドゥル辺境伯とイスタス伯爵であるヴァルトルーデは、観客(ゲスト)とは離れた場所に陣取っている。やはりサッカースタジアムで言えば、お互いのゴール裏の位置だ。


 決闘が開始されるまで、後数分。

 審判役の老人が声を張り上げ、ルールを説明する。


「イスタス伯爵側代表者、イスタス伯爵家家宰ユウト・アマクサ! バルドゥル辺境伯側代表者、バルドゥル辺境伯家嫡男マティアス・バルドゥルほか97名! この両者の決闘により、両者の諍いの決着を付ける!」


 一拍の間。


 審判役の老人がユウトの方を見て、ニヤリと笑う。

 突然現れて審判役に収まった老人――大賢者ヴァイナマリネンは、厄介ごとを楽しむかのように。いや、実際に楽しんでいる風情で進行を続けた。


「両者が取る、いかなる戦術も制限されぬ! 決着後の殺人は、これを認めぬ! 遺恨を場外に持ち出すことは、これを認めぬ!」


 近くで聞くときはうるさいだけだったヴァイナマリネンの大声も、この広い練兵場ではよく通る。

 直前になっていきなり現れた老人に不審感を抱いていたユウトだったが、まあ、適任かも知れないなと思い直していた。

 それに、これで本当に遠慮の必要がなくなった。


「バルドゥル辺境伯家が勝利した暁には、イスタス伯爵家が金貨15万枚を支払うものとする! イスタス伯爵家が勝利した暁には、バルドゥル辺境伯家の『銀嶺』(シルヴァリオ)をその手にするものとする!」


 百名からなる敵軍。

 魔導師(ウォーロツク)級を一名含む、四人の魔術師。二十名からなる騎兵。残る七十人以上の歩兵。

 その奥に、バルドゥル辺境伯家の代表者、マティアスがいる。

 家宝でもある『銀嶺』と呼ばれる装備の一式を身につけ、威風堂々と全軍を指揮するものの貫禄をも身にまとっていた。


 だが、その口元は愉悦に歪んでいる。

 これから手に入る物の大きさに、笑いが止まらないのだ。


「勝敗は、代表者の戦闘不能あるいは降伏により決定するものとする!」


 最後の宣言により、俄に緊張感が高まっていく。


 この決闘に至るまで、一応は王国側の仲裁も受け、お互いに顔を合わせて交渉もしたが、予想通り話し合いにもならなかった。

 相手は金を差し出して当然と思っているし、こちらは野盗にくれてやる金など銅貨一枚無いのだから当然だ。

 それでもと、相手の意図を確認するため、ユウトはミラー・オブ・ファーフロムによる《念視》を行ったのだが……。

 その過程で盗み聞きをした内容に、ユウトは激怒した。





 バルドゥル辺境伯を対象に《念視(リモート・サイト)》を行うと、姿見に辺境伯家が王都セジュールに所有する私邸の一室が映し出される。

 そこで、親子が酒を酌み交わしながら話し合いをしていた。 


「生意気にも決闘を申し込んできましたぞ、父上」

「決闘か……。相手は英雄だぞ。勝てるのか?」


 息子――マティアスの言葉に、当主は心配そうに水を向けた。


「無論、決闘と言っても一対一とは限りません。私が私兵を率いて粉砕してやりましょう」

「多勢に無勢というわけか。黄金の夢が見れそうじゃ」


 心配はなくなったとばかりに酒をあおる。


「もし、金が払えなければそうですな。あの女を寝所に呼び出してやりましょう。あの美しい顔が屈辱に歪む様を想像するだけで――」


 即座に呪文を打ち切り、ユウトは床を蹴り上げた。

 怒りで拳が震え、絶叫を抑えるのに理性を総動員せざるを得ない。


 もちろん、《念視》を正当化するわけではないが、悪いことをしているという認識はユウトにはない。むしろ、《瞬間移動(テレポート)》で乗り込んで鏖殺しないだけ感謝してほしいところだ。


「ああ、良いだろう。徹底的にやってやる」


 許容も慈悲もない。


 すぐさま戦略を練り上げたユウトは、五割増しの金額で相手を釣り出し、一対百の決闘を了承させた。条件はただひとつ、お互いの戦闘行為に一切の制限を課さないこと。

 渡りに船と、相手もすぐに乗っかった。


 これが、惨劇の引き金だと知る由もなく。




「始めよ!」


 思い出したくもない経緯を、しかしあえて回想したユウトは、ヴァイナマリネンの号令と同時に、呪文書から9ページ分を切り裂いて宙に浮かべる。


 対するバルドゥル辺境伯側の魔術師たちは、ユウトの呪文を警戒して、打ち消しのための呪文詠唱を一斉に開始した。


 同時に、歩兵たちが弓を引き絞り矢を放つ。

 数十の矢が雨のようにユウトへ殺到する。


 終わった。

 もし多数決でユウトの生死が決まるのであれば、今この瞬間、彼の鼓動は止まっていたに違いない。


 だが……もちろん、そうはならなかった。

 ユウトの純白のローブに鏃が触れた刹那。

 事前に付与していた防御呪文《反転(サクリファイス)の矢(アロウズ)》の効果により、矢はすべて射手のもとへ戻っていった。


「ぐぁぁっっ」


 数十の絶叫。

 勝利を確信した瞬間の理不尽すぎる反撃に、恐慌状態に陥る。


「怯むな!」


 総大将であるマティアスが、バルドゥル辺境伯家の象徴とも言える『銀嶺』の剣を手に、兵を鼓舞した。

 『銀嶺の剣』は、それを持つものと周囲から恐怖を打ち払い、高い士気を与える。

 『銀嶺の盾』は、合い言葉を唱えると同時に全身を覆うほどの巨大な姿を現し、使用者の周囲を浮遊して自動的に防御をする。

 『銀嶺の鎧』は、敵意を持って攻撃してきたものに、冷気による反撃を与える。


 『銀嶺』の力により危機を脱したバルドゥル辺境伯軍は、まず騎兵隊がユウトへと殺到した。


 その瞬間、ユウトの呪文が完成した。


「《魔力解体(アイソレーション)》」

「《対呪抗魔(カウンターディスペル)》」


 同時に、待機していた魔術師たちが、ユウトの呪文を打ち消そうと一斉に呪文を唱える。

 持続している魔術の効果を打ち消し、あるいは発動直前の呪文を霧散させる第四階梯の呪文《対呪抗魔》。


 ただし、それには呪術者の力量が互角であればという但し書きが付く。


 当然ユウトには敵わない、勝てるはずがない。そこには、単純で残酷なまでに力の差があった。

 魔術師たちの顔が絶望に染まる。それは、ユウトが放った呪文の意味を理解していたからであり、理解しているが他に対抗手段が無いからでもあった。


 黒檀の狂熱の宝珠(エボニィ・オーブ)と共に黒妖の城郭を消去したので証明されている通り、《魔力解体》は一定の範囲内のあらゆる魔術効果を消去する第九階梯の大呪文だ。


 そこに、条件も例外もない。


 まず、事前に使っていた火炎・冷気・雷撃・音波・強酸への耐性を付与する呪文《源素耐性(レジスト・エレメンツ)》の効果が打ち消された。身体能力を上昇させる各種の呪文も霞のように消える。


 そして、あらゆる魔法具から魔力が失われた。


 例外はない。


 『銀嶺の剣』は、それを持つものと周囲から恐怖を打ち払い、高い士気を与える。


 例外はない。


 『銀嶺の盾』は、合い言葉を唱えると同時に全身を覆うほどの巨大な姿を現し、使用者の周囲を浮遊して自動的に防御をする。


 例外はない。


 『銀嶺の鎧』は、敵意を持って攻撃してきたものに、冷気による反撃を与える。


 例外はない。


 そのすべてが、永久に。

 ただの鉄屑となった。


「馬鹿な……」


 『銀嶺』が欲しかったのではない。鉄屑にした後、文句をつけられぬように条件を出したのだ。

 それに気づいた貴族たちに怖気が走る。誰に喧嘩を売ったのか、今更ながら理解したのだ。


「反則であろう!」


 たまらず、バルドゥル辺境伯が立ち上がって絶叫する。


「異議があるなら、要点をまとめてきっちり喋れい!」


 すぐに、大賢者の一喝で黙らされたが。


「《刀槍からの防御(ウェポンイミュニティ)》」


 そんな外野の騒動などどこ吹く風と、ユウトは次の呪文を完成させるや散歩でもするかのようにバルドゥル辺境伯軍のただ中へと歩き出していった。


 再び衝撃から立ち直った騎兵隊が進軍を開始し、槍や剣をユウトの身に突き立てる。

 今度は、反転するようなことはない。


 刃が穂先がユウトの体に深々と突き刺さり――ただ、そのすべてが素通りしていった。


《刀槍からの防御》


 あらゆる武器を受け付けることがなくなる第七階梯の防御呪文。効果時間はほんの数分だが、今のユウトには充分すぎた。


 百人からなる敵軍を、無人の野を行くかのようにユウトは進んでいく。


 もはや、誰も止めようとはしない。


 魔術師たちは、あまりにもあまりな力の差に、完全に心が折れていた。

 兵士たちも、矢傷の痛みを忘れユウトに視線を注ぐことしかできない。


 『銀嶺』を失って地面にはいつくばることしかできない男の前までやってきたユウトは、冷たく一言で宣告する。


「降参しろ」

「認めぬ、認めぬぞ」

「そうか」


 その言葉を待っていたと、薄く笑う。

 だが、その酷薄な微笑を見る者はない。


「なら仕切り直しをしよう。俺と一対一で決闘をしようか」


 そう言って、ユウトは練兵場の中央まで戻っていく。

 その行動に、ユウト自身を除く誰もが目を疑った。ヴァルトルーデすらも、ユウトの意図を計りかねている。


 大賢者だけは、面白そうに笑っていたが。


 よろよろと、執念――あるいは義務感だけでマティアス・バルドゥルがユウトのもとへと近づいていく。

 その様子を、感情の宿らぬ瞳でバカ息子(名前など覚えていない)を見据えながら、ユウトは再び呪文書を9ページ天へと放る。


「《竜身変化(ドラゴン・チェンジ)》」


 誰もが目をむいた。


 呪文書がユウトへと吸い込まれていくと、プリズムが体を覆う。

 その反射は徐々に強く大きくなり、ひとつの姿を象った。


「ド、ドラゴン……」


 それは誰のささやきだっただろうか。


 光の多面体が収まると、そこには緋色の怪物がいた。

 頭頂部から尻尾の先まで、優に10メートルはあるだろう。人間サイズには充分な練兵場も、その体躯には窮屈に見えた。


 赤竜(レッド・ドラゴン)


 紅玉よりも赤く、鮮血のような鱗。

 強靱な四肢、強大な爪や牙。

 ちろちろと炎が漏れ出ている巨大な口腔。


 ユウトが変じた姿だと、説明を受けずとも皆が本能で悟っていた。


 それでも、マティアス・バルドゥルは剣を構え、盾を持ち戦意を失ってはいなかった。


 そこに、耳をつんざく咆哮。


「ガアァァッッッアッ」


 それで、ただそれだけで。

 バルドゥル辺境伯家の嫡男は、心が折れた。


 力なく武器を落として膝を折り、虚空を見つめてぶつぶつぶつぶつと意味を成さない呟きを漏らしている。

 いや、心を木端微塵に砕かれたとでも言うべきか。


 鋭い爪を振るうこともなく、巨大な牙と強靱な顎の力を見せつけることもなく、灼熱の吐息(ファイア・ブレス)を放つこともなく。


 ユウトは《竜身変化》を解き、人の姿に戻る。


「勝者、ユウト・アマクサ!」


 降伏の声はない。

 だが、どこからもその宣告に異議など出なかった。


 同時に、勝者を祝福する声が出ることもなかったが。


 審判役は終わりだとヴァイナマリネンはユウトのもとへ歩み寄ると、拳と雷を落とした。


「よくやった!」

「いってええなぁ、なにすんだジジイ!」

「まったくバカすぎて最高だな! 好きな女のために戦って、その女をドン引きさせるとはな!」

「うっせぇ! 火の粉を払っただけだぞ。何が悪いってんだ!」

「悪いに決まっているだろう!」


 観客席から飛び出たヴァルトルーデも参加し、ユウトを糾弾し始める。

 ユウトも、自分の怒りの根元を説明するわけにもいかないので、お仕置きを受け入れるしかなかった。


 しかし、それを微笑ましいと眺めているのはアルサス王子と、そんなアルサス王子を見つめているユーディットだけ。


 これが〝虚無の帳〟を討った英雄の力かと、列席者は驚嘆する他に無かった。


 否、その英雄たちの一人の力である。

 では、彼らが集団で相対したならば……?


 バルドゥル辺境伯家がなんの尻尾を踏んだのか同情しながらも、二の轍を踏むわけにはいかぬと体を縮こませた。

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