3.最高の剣(前)
神王との予期せぬ遭遇を果たしたユウトは、その直後、《遠距離飛行》の呪文を使用してドラヴァエルの住処を訪れた。
こちらが、本来の目的地だ。
勝手知ったるではないが、二度目ともなるとためらう理由も特にない。
どうせ迎えなどないだろうと、ドラヴァエルたちが住む洞窟へ入り込み、厄介な注文――あるいは挑戦――をした溶岩だまりのある空間へとたどり着く。
《耐熱・耐寒》の呪文による防御があっても、なお息苦しさを感じる環境。だが、鍛冶の妖精である彼らにとっては、格好の立地だ。
「また頼み事があってきたよ」
周囲には、岩と溶岩しかない。
にもかかわらず、ユウトは親しげに声をかけた。
「おお、久しかな」
その岩から声がする。同時に、ひょこひょこと小人が現れた。
岩漿妖精ドラヴァエル。
暗褐色の髪と髭は境目が判別できず、ほぼ全身を覆っている。服を身につけてはいるものの、粗末で、やはり髪に隠れてほとんど意味はなかった。
表情も、髭と髪の間からわずかに垣間見える大きな鼻と瞳だけではうかがい知ることなどできない。
ドワーフが偏屈と評する彼らは、しかし、顔なじみの大魔術師を取り囲んで歓待の様子を見せる。
いったいどこに、これだけ潜んでいたというのか。いや、岩と見えていた物が岩漿妖精だったのか。
あっという間に、数十のドラヴァエルたちに取り囲まれる。
激しい熱気もあって、ユウトも認識が揺らいだ。以前来たときはアルシアと一緒で、彼女の真紅の眼帯による知覚力を無意識に頼りにしていたのかも知れない。
だが、今回はサプライズのためにも、単独行動が必要だ。
「まずは挨拶代わりに――」
無限貯蔵のバッグから、地球産の酒を取り出していく。以前は分神体に飲まれてしまってほんの少しだけだったが、今回は違う。
日本酒、ウィスキー、焼酎、ワイン、梅酒などなど。居酒屋が開けそうなほど大量のアルコールがドラヴァエルたちの眼前に積まれていく。
賢哲会議のほうも慣れたもので、なにも言わなくても、酒屋ができるほど用意してくれている。真名が持ち帰った資料は貴重で膨大なため、対価としては微々たる物。遠慮する必要などない。
「飲んでよかか?」
「もちろん」
前回は、勝手に飲み干していた。それを思えば、彼らとの信頼度もそれなりに高まっているのだろうか。
(ヴァイナマリネンのじいさんといい、偏屈な老人に好かれる性質なんだろうか……)
正直、それは遠慮したいと心の底から思う。だが、オズリック村のゼインには好かれているとは言えないだろう。
(セーフだな、セーフ)
例外で心を慰めていると、もう、ほとんどの酒瓶が空になっていた。確かに、ドラヴァエルたちは、わらわらと数十人集まっている。その人数で飲めば一瞬なのかも知れないが、それにしても早すぎる。ざるを通り越して、底が抜けているのではないかと疑ってしまう。
「今回は、剣を作ってほしくて来たんだ」
「武器は要らぬのではなかか?」
「あん船も武器のようなものじゃっだろ」
「悪いけど、事情が変わったんだ」
「ほかほか。誰に、どんな剣を作るかじゃ」
前言を翻すことは、特に問題ではないようだ。
実は、この時点で断られるかも知れないと考えていたのだが、まったくの杞憂だった。
「ヴァルトルーデ……。あの聖堂騎士で分かるか? 船を引き渡してもらうときに一緒だった……」
「おお。あの二番目の女子か」
どうやら、最初に同行したアルシアが一番。ヴァルトルーデは二番と認識されているようだ。しかも、訂正するのも難しそうに思える。
「ああ、そのヴァルトルーデなんだが。今度、俺と結婚することになって、記念に剣を贈りたいんだ」
「おお。それはめでたかな」
「子供さ、作れ。たくさんな」
「言われんでも作るじゃろ」
「ほだな。じゃが、一番の女子はどうなるとな」
「ちゃ、ちゃんと責任取るから」
「ならばよか」
「甲斐性ある男子じゃ」
ユウトは悟った。
まともに相手をしていると、話が進まない。多少強引にでも、本筋を押し出していくべきだ。
「前は、討魔神剣という、ヘレノニア神から賜った長剣を持っていたんだけど、この前の戦いで失ってしまってさ」
そう。自分を救うために、ためらいなく武器を捨てた。
それを引け目に感じることはない。だが、感謝の気持ちは伝えたい。
「だから、その代わりにじゃないけど、彼女に最高の剣を贈りたいんだ」
「最高の……」
「剣か……」
そのフレーズを聴いた瞬間、ドラヴァエルたちが揃って腕を組み考え込む。
初めて会ったときなら異様さに気圧されていたかも知れないが、今はとてもユーモラスに見える。ツバサ号のミニゴーレムたちで慣れたのだろう。
それでも、ユウトを中心にぐるぐる回り出したときには、こちらの目も回りそうで、暑さもありドラヴァエルたちがバターになる幻覚まで見えかけた。
「作るんは、長剣でよかか?」
「威力は、両手剣が上じゃろうよ」
「最強でんなく、最高の剣ぞ」
「そも、最強とはひとつか?」
「当たり前んこつ言いな。最強がふたつも三つもあるかぁ」
「じゃっど、一振り作ってそれが最強言うこつも難しかろ」
「んだんだ」
なにを議論しているのか、なんとなくは伝わる。しかし、いろいろ混ざった方言と強い訛りで、自分がどこにいるのか見失いそうになってしまう。自動的に翻訳されるのも善し悪しだ。
「じゃったら、それぞれが作ってみっか」
「そうすっか。材料はアダマンティンにするか」
「魔法銀はどうじゃ」
「奈落の冷鋼は、どないか」
「あん二番目の女子は、聖堂騎士じゃろ。それに、奈落の金属は最高とは言えんだろ」
「確かに、ヴァルトルーデらしいのがいいな」
ようやく、口を挟むことができた。
それで、今まで圧倒されていたため忘れていた聖遺物の存在を思い出す。
「そうだ。借り物なんだけど、こんなのを預かっている」
無限貯蔵のバッグから、取り出した金属装丁の書物。つい先ほど神王セネカから預かった、ドゥコマースの秘奥。
どうせ理解できないだろうと内容を確認してもいないが、彼らに渡すために神託が下ったのだろうから問題ない。
「ほほー。ドゥコマース様の奥義書じゃ」
「まことか」
「こん男子は、とんでもなかな」
「いや、借り物だから……」
ほめられても困る。
そんなユウトの内心など知らず、ドラヴァエルたちは聖遺物のページをめくってはのぞきこんでいく。
返すんだから汚したり破いたりしないでほしい――という彼の心配など、どこ吹く風。バスケットボールのようにどんどんと回し読みされ、時折うなり声が上がる。
「材料だけ考えるんでは、あかんな」
「やはり、炉よ」
「んにゃ、鎚よ、金床よ」
「それより、知らん製法が山のように載っておるでよ」
なにが書いてあったのかは分からないが、いろいろと刺激を受けているのは確からしい。
「なにか必要なものがあったら言ってくれ。可能な限り集めるから」
「アダマンティンも魔法銀も、まだ前の残りがあったはずよな?」
「うむ。問題なかなか」
「最高を目指すんであれば、他の材料も欲しかな」
「ただの鉄など、今さら必要なかろ」
「話が戻っとるがや」
「あー。そういえば、金属じゃないけど――」
ふとした思いつき。
それを口にしようとした瞬間、ドラヴァエルたちが議論をストップさせ、ざっと一斉にこちらを見てきた。
くぼんだ瞳が爛々と輝き、視線が集まっている。
怖いわけではないが、その迫力に思わず後退ってしまう。
「金属ではないとは、どういうことかや」
「どうって……。知り合いって程じゃないけど、竜の爪とか牙を武器の素材にしてる人がいるんだけど……」
フォリオ=ファリナで面会した、竜細工師のウルダン。
ドラゴンの遺骸を武具以外に使用する提案をしておきながら俎上に載せるのは気が引けるが、思い出したのだから仕方ない。
「ドラゴンかぁ!」
「そいつは、盲点じゃったぁ」
「あ、鉄じゃなくても良いんだ……」
途中で気づいたのだ。
鍛冶の妖精である彼らに、ドラゴンの爪や牙を使ってはどうかなどという提案は、失礼なのではないかと。
しかし、彼らはひたすらに純粋だった。
ユウトが持ち込んだ無理難題――最高の剣を作り出すために、自らの矜持を二の次にして働こうとしてくれている。
その姿勢に、感動すら憶えてしまう。
「そん職人と、ドラゴンの牙や爪ば、ここに持ってきんしゃい」
「分かった。確約はできないけど、話をしてみるよ」
このドラヴァエルたち相手に、普通の人が対応できるだろうか。それとも、職人同士、意気投合するのだろうか。
思ったより、大事になってきた。
そう感じつつも、ユウトは自然と頬が緩むのを止められずにいた。




