1.結婚指輪を
「この度は、ご迷惑をおかけしました」
数日後、再び執務室に集まってもらった仲間たち――リトナは除いて――を前に、ユウトは頭を下げた。
「ん。分かれば良い」
少しだけ背伸びして、その頭を良い子良い子と撫でるヨナ。屈辱というよりは微笑ましい光景。それに、今回ばかりは鈍かったという自覚があるため、なすがままだ。
「ヨナちゃんは分かってるみたいだけど、つまり、ヴァルが変わった理由に気づいたってことでいいのよね?」
「やっとな」
アカネが言わずもがなな確認をして、ようやく頭を上げる。そう言ったユウトの表情は、さっぱりとして魅力的だった。
ただ、それで困る人間もいる。
手が届かなくなったアルビノの少女には、しかし、彼女に諦めるという選択肢は存在しない。今度は、果敢に背中へ取りつき、よじ登り、肩へとたどり着いた。
つまり、いつも通りだ。
「特に迷惑は被っていませんし、謝るようなことはありませんよ。それよりも、自分で気づいてくれてなによりです」
アルシアが優しげに微笑んで祝福する。今さら亀裂が発生するなどと思ってはいなかったが、幼なじみと自らの婚約者と、その両者にとって最善の結末だった。
「それはそれとして、ヨナ。いい加減にユウトくんから下りなさい」
ユウトがなにも言わない以上、あまりうるさく注意するのもどうかと遠慮していたが、一度、本格的にお説教をすべきだ。
「むー。アルシアが独占欲」
「そんなものでは、ありません」
先ほどまでは穏やかだった、トラス=シンクの愛娘。真紅の眼帯により目は見えないものの、声は明らかに怒気をはらんでいる。
ラーシアとエグザイルは、視線で「図星なんだ!」「図星だったな」と会話しようとしたが、彼女の婚約指輪である感情感知の指輪の存在に気付き、瞬時に取り繕った。
アカネは、むしろ良い傾向だとうなずき、ユウトはヨナをフォローすべきかと口を開きかける。
だが、その考えはすぐに捨て去った。
この場合、下手にかばったほうが、ヨナのダメージは大きい。
「アルシアに言われたら仕方ない」
天上と奈落の分かれ道を敏感に察し、逆行するイモムシのようにのっそりと肩から下りるアルビノの少女。そして、今度はソファに座るアルシアへとダイブした。膝の上で猫のように甘え、ご満悦だ。
「まったく……」
仕方がないと、きちんと膝の上に座らせてやる。ヨナに一番厳しいと自認する保護者がこれだ。初等教育院で面倒を見るテルティオーネの悪態が聞こえてきそうだった。
「そんで、まさかボクらを呼び出して、それだけってわけじゃないよね?」
「それはもちろんそうだ」
今まで立っていたユウトも、ラーシアの隣に座り、向かいのソファのアカネやアルシアと向き合った。エグザイルは、壁際で床に直接腰を下ろしている。
(大きめのソファでも用意しとくべきかな……)
無理をすれば座れないわけではないので必要性に気づかなかったが、そうしたほうが良いかも知れない。ただ、そうなると益々居着かれそうで困るのだが……。
そんな思考とは別に、ユウトは本題を口にする。
「ヴァルに、結婚指輪を贈ろうかなって」
「それは当たり前だけど、おじさんたちに頼んだんじゃなかったの?」
「それとは別にさ」
「ああ。魔法具のをってこと?」
アルシアが感情感知の指輪を贈られたように、アカネも婚約指輪として守護の指輪を受け取っている。その三連になった金剛石の指輪は、着用者が被る肉体的・精神的な損害を三回まで無効化することができる。
当然、ヴァルトルーデにも特別な婚約指輪を贈っているが、今回も同じようにするつもりなのだろうか。
「う~ん。言葉にしにくい」
けれど、そういうことではないのだとユウトは首を振る。かといって、具体的にどうするとは言えなかった。
なにかを贈りたいという気持ちばかりが先走り、イメージが固まっていない。
「あれ? 武器を渡すんじゃないの?」
そこに、ラーシアが意外そうな疑問の声を上げた。武器と聞いて、エグザイルもぴくりと反応する。
「武器、武器か……」
討魔神剣の代わりになるような武器を贈る。そのアイディアは悪くないように思えた。受け取ってもらえるかを度外視すれば、だが。
来歴や思い入れを考えれば、代替品などとは軽々しく言えない。
「ヴァルから、なんか怪しいお姉ちゃんがハーデントゥルムにいたから注意してくれって言われたから、てっきりそれ関連かと」
「え? 聞いてないんだけど?」
「そうなの?」
思いがけない展開に、草原の種族が素で目を丸くした。どうやら、仕事の話に気を取られ、ユウトへ伝えるのを忘れていたようだ。
「まあ、ヴァルらしいんじゃない?」
「そうですね」
「その甘さを分けてほしい」
幼なじみとして友人として同じ男を愛する仲間として、二人はヴァルトルーデをかばおうとするものの、一番年下の少女に見抜かれる程度でしかない。
「とりあえず、ボクが聞いた話だけど――」
少しだけ真面目になったラーシアが、マスクを身につけた赤毛の女武芸者について知っている限りの情報を伝える。
「赤毛……か」
「今は、うちの舎弟に探らせてるけど」
「まだカタギに戻ってないメンバーがいたのか」
ハーデントゥルムの裏社会を牛耳ったラーシアは、玻璃鉄城など観光業にも力を入れ、やむを得ず裏社会に身を落とした者たちの社会復帰も積極的に行なっていた。
「光の世界に馴染めない連中もいるのさ」
「ラーシアも、エリザやリトナと一緒に光の下へ出れば良いだろう」
「ちょっとー。この岩巨人、既婚者風吹かせすぎなんですけどー」
「子持ちでもあるぞ」
「くっ。負けるか!」
勝ち負けで言えば、ラーシアはエリザーベト女王やリトナに負けている。
ただ、それを指摘しないだけの優しさを、ユウトは持ち合わせていた。
「調査結果次第だけど、ヴァルが悪だと断じてないのであれば、そこまで気にする必要もないか……?」
「そだねー。まあ、ただの武芸者だって言うんなら、放置で構わないと思う」
「オレとしては、強敵であることを望むがな」
「どうして、戦う前提になっているの?」
アカネの指摘はもっともだが、岩巨人とはそういう生き物だ。エグザイルは特に。
「それは置いとくとしても、武器。その武芸者がエグの言う通り強敵だった場合、やっぱ、予備武器じゃ不足だよな」
その認識には、どこからも反論は出ない。討魔神剣には及ばないが、それなりに使える。だからこそ、予備なのだから。
「ああ。ヴェルガがいなくなって油断してたのかもしれんが、再び悪の半神に匹敵する敵と遭遇するかも知れぬわけだしな。まあ、そのときはオレが相手をしても良いが」
「タラスクスだけに飽き足らず……」
エグザイルの指摘にはうなずかされるところがあったが、そういう実利的な面だけではない。
「やっぱ、ヴァルには相応しい剣を持っていてほしいな」
本人には迷惑かも知れない。それでも、そう思ってしまうのだ。
「だから、ヴァルに新しい剣を贈るというのは良いかも知れないな」
「勇人、結婚指輪代わりに剣を渡すつもり?」
「確かに、普通じゃないけど……」
それはとてもしっくり来る。ヴァルトルーデらしい。
「ただそうなると、製作期間の問題もあるし、例の報酬を使わせてもらうことになりそうだな……」
「んなの、反対するわけないじゃん」
口に出して言ったのはラーシアだけだが、全員同じ気持ちなのは雰囲気で伝わってくる。
「ありがとう」
もう一度ユウトが頭を下げ、方針が決まる。
「しかし、どんな剣をヘレノニア神へお願いするつもりですか?」
言外に、使うのはヴァルトルーデなのだから、彼女に相談しなくてもいいのかと聞くアルシア。彼女へ、大魔術師は首を振って答えた。
「いや、頼むんじゃない。どうせなら最高の剣を作ろう」
「ほう。最高の剣か」
真っ先に食いついたのは、やはりというべきかエグザイル。
「しかも、それを作るのか」
「もちろん、俺が打つわけじゃないけどな」
「法隆寺を作ったのは、大工さんじゃなくて聖徳太子ってわけね」
日本の学生にしか分からないだろう話を笑顔で交わし、ユウトは現実の問題を検証する。
「素材は、なにがいいかな? 金はいくらかかってもいいから、選び放題だけど」
「玻璃鉄はどうなのだ? 最高の剣は良いが、贈り物であれば配慮も必要だろう」
「確かに玻璃鉄なら受け取ってもらいやすいだろうけど……。あれは、武器としては重たいけどそれだけだって前にドワーフの職人から言われてるんだよな」
「ヴァルであれば、重さは関係ない」
岩巨人に、いや、人型生物の極限まで筋力を鍛えたエグザイルのお墨付きというのもどうかと思うが、実際にその通りだから反論もできない。
「そうか……。でも、あえてってわけにもなぁ。とはいえ、どこかで使いたくはあるよな……」
「まあ、そこは専門家に相談すれば良いんじゃないの?」
「ああ、そうか。ドラヴァエルたちか……」
ツバサ号をとんでもない性能にした、髭に覆われた小人たち。彼らなら、この無理難題にも。いや、無理難題だからこそ大喜びで協力してくれるだろう。
ただ、ヴァルトルーデに見つからないように事を進めねばならない。
「《瞬間移動》を使えば、どこへ行くかはばれないけど」
「でも、何回もってなると、ヴァルでも怪しむ」
ヨナの指摘はもっとも。なにか、カムフラージュできる理由が必要だ。
「よし。街作ってくる」
数分後、ユウトが出した結論。
それを聞いて、アカネが頭を抱えた。
「勇人……。あんた、大丈夫?」
「大丈夫だって」
そうは言いつつも、説明の必要性は感じる。
「アルシア姐さんなら、分かるでしょ?」
「ああ、そういうことね」
ユウトの問いかけそのものがヒントだった。
「クロニカ神王国の租借地は、ドラヴァエルたちの住処に近かったわね」
つまり、貿易拠点となる街を作るという名目であれば、頻繁に外出しても怪しまれないということ。
まさか、隣国との貿易という重要な案件が、目くらましに使われるとは思わない。
「それ、相手にもめっちゃ失礼よね」
「仕事が早く進むんだから、むしろ感謝してほしいぐらいだ」
ユウトは、臆面もなく言い切った。




