表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 9 結婚狂想曲 第一章 決断の余波

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

269/627

2.結婚式も楽じゃない(後)

「センパイ、短い間ですがお世話になりました……と言って良いのでしょうか?」

「そう言われてしまうと、俺の立つ瀬がないなぁ」


 執務室から離れ、客室へと足を踏み入れたユウトが肩をすくめる。そんな大魔術師(アーク・メイジ)へ地球から来た魔術師(ウィザード)は貴賓室のソファを勧めた。


 当時は王子だったアルサス王とユーディットが、ファルヴの城塞を訪れた際にも使用した貴賓室。

 一流ホテルのスイートルームをも凌駕する、豪華な内装。光源は見えないのに部屋全体は暖かな光に包まれ、魔法的な効果が働いているのか室温は常に快適に保たれている。

 調度も、城塞ができたときから備え付けられており恐ろしく質が高い。文句を言うのは、ファルヴの城塞を改築しようとした前科のある美と芸術の女神リィヤぐらいのものだろう。


「もっと怒っていいんだぜ。せっかく来てもらったのに事件ばっかりで、本当に悪いと思ってる」

「確かに、色々なことがありましたね……」


 正面ではなく、ふたつのソファの角と角に座った二人。距離感としては、これが適切だ。そんな状況で、真名がブルーワーズに来てからの出来事を回想していく。


 まず、転移して早々、現地の神に出会った。

 あまりにも異常すぎる状況。他者からこんなことを言われたら、最近なにか辛いことがあったのかと、親身に相談に乗ってあげたくなる。


 そのうえ、呪文を使用するためのデバイスが自意識を持った。

 他者からこんな報告をされたら、自分の手には負えないと、意を決して通院を勧めることだろう。


 さらに、ブルーワーズ最大の都市フォリオ=ファリナで竜の骨というファンタジーの象徴のようなものに遭遇してなんとか立ち直ったと思ったら、痴情のもつれで世界が滅びかけた。

 端役にすぎないとはいえ、そんな大事件の当事者になったことが信じられない。


「……申し訳ないじゃ済まないな」

「訴訟起こしたら、確実に勝てるレベルですね」

「示談でなんとか」


 ユウトも、真名と同じく回想でもしていたのか。言い訳のしようもないと天を仰ぐ。


「まあ、その分、資料はたくさんもらってしまいましたからすでに示談は成立しているようなものでしょう。正直、いくらか突き返したいほどですが」

「要らなければ――というか、持ち帰りたくなければ、この部屋に置いていっていいけど」


 どうやら、この豪華な貴賓室を真名の部屋として扱うつもりらしい。そこからしてまず、彼女は異議を申し立てたいところだった。

 広くてきらきらして、落ち着かないことこの上ない。


「次に来ることがあれば、もっと質素な部屋をお願いします」

「悪いけど、他に客間なんて――」

「お願いします」

「……はい」


 ユウトが押し負けるのは珍しい。だが、ヴァイナマリネンを相手にしているように辟易した様子はなく、どこか楽しんでいるようにも見えた。


ご主人様(マスター)教授(プロフェッサー)は、急激に上昇した地位や責任を完全に我が物としているわけではありません。ともすれば調子に乗っていると自覚があるなか、自らにノーと言える人材が好ましく思えるのです。一見、歪んではいますが、正常な心の働きといえるでしょう」

「長い。まとめて」

「教授はマゾヒストではありません」

「……分かったわ」

「なぜ、ちょっと残念そうなんだ」


 呆れたように言うユウトに対し、なにも言わず曖昧な笑みを浮かべる真名。この程度の意趣返しは許されるだろう。なにしろ、どうしても置いてはいけない物が、最大の劇物なのだから。


「もっとも、一番の問題はこの子ですね……」


 ローテーブルに置いたタブレット――マキナを指で弾いて、憂鬱だとため息を吐く。

 ブルーワーズの知識神と死と魔術の女神によって覚醒した呪文書は、地球においてもオーバーテクノロジー。存在を知られたら、賢哲会議(ダニシュメンド)からなにをされるか分からない。


 幼少時から組織のなかで育った彼女だったが、この点に関しては隠蔽にためらいはなかった。


「地球、生まれ故郷。楽しみですね。まずは会話時のインターフェースとして、アイコンを作ってもらわなくてはなりません」


 にもかかわらず、マキナに危機感はない。


「是非、美少女タイプでお願いします。動物はしゃべりません」

「それだけなら、美少女である必要は……」

「美少女タイプでお願いします」

「だってさ」


 この先は、俺の専門外だとユウトは丸投げした。

 最悪、ブルーワーズへ逃げてくればいいとでも思っているのかも知れない。


「この子を見捨てるわけにはいきませんからね」


 巻物(スクロール)を取り込ませただけで新しい呪文を憶えるという、普通の魔術師からすると反則でしかない性能。だが、それは真名にとっては副次的なもの。

 デジタルガジェットそのものであろうとも、感情も自意識もあり、会話できる。

 そんな存在が自分を「ご主人様」と呼ぶのだ。守ってやらなければならない。


 そう決意する真名を、ユウトは無言で見つめていた。





 ブルーワーズと地球とを結ぶ次元門(ゲート)が開かれたのは二日後のことだった。

 ファルヴの城塞の地下。オベリスクが屹立していた空間は、今では常時桜が咲き誇る、次元竜(クロノス・ドラゴン)ダァル=ルカッシュの住処となっている。


 次元門となる鈍色の鏡面の側で、二人の少女が別れの挨拶を交わしていた。


「マナさん、また会いましょうね」

「……そうね」

「今の間はなんですか、今の間は!」


 一分の隙もなく高校の制服に身を固め、帰還の途につこうとしていた真名。そんな彼女に、すがるように抱きついて別れを惜しむペトラ。

 しかし、すげない態度に、サイドテールにしたアッシュブロンドを揺らして抗議する。


 ペトラとの別れは哀しい。


 それは間違いないのだが、彼女がここにいる原因自体が、まず憂鬱の種。


 そう。ペトラは、真名を見送るためだけに、ファルヴへやってきたのではない。フォリオ=ファリナ事変の後始末の過程で、末端とはいえ関係者となってしまった彼女をそのままにはできなかったのだ。

 命を狙われることはないにせよ、公式発表を超える詳しい情報を得るために、強引な手段がとられるかも知れない。

 そこで、ヴァイナマリネン魔術学院付属初等教育院の講師としてファルヴへ派遣されることになった。


 彼女の母親の強い後押しを受けて。


 それ自体、確かに憂慮すべき事態だが、その他の意図を感じざるを得ない。

 例えば、ペトラとユウトの距離を縮めさせるといった邪な意図だ。既婚者に対してなにをしようとしているのか。しかも、それが先輩と友人である。心配をするなというほうが無理だ。


「いいですか? 私がいなくても、ちゃんと仕事をするんですよ? あなたの仕事は、学校の先生ですからね?」

「なぜ、そんな念押しを……」


 そんな微笑ましいやりとりを眺めていたユウトが、二人へ近づきながら声をかける。


「忘れ物はないね?」

「ありません。いっそ忘れてしまいたい物は、ありますが」


 来たときの数倍に膨れ上がった荷物を眺めやりながら、真名が嘆息する。


 イスタス侯爵領やフォリオ=ファリナの地勢をまとめたレポートや、様々なサンプル。そして、辞典や史書、教典などの資料。

 それだけで充分なところ、お詫びのつもりなのか巻物(スクロール)魔法薬(ポーション)まで持たされた。


「いっそ、無限貯蔵のバッグを持ってく? それなら、魔法の武器とか持って帰れるだろ」

「絶対にいりません。帰り際に荷物を増やすなんて、親戚のおばさんですか」


 真名から飛び出た意外な言葉に、ユウトは肩をすくめた。


「じゃあ、そろそろ行こうか。ヴァル」

「ああ、私はいつでも構わない」


 ファルヴの地下にいる最後の人物。ヴァルトルーデが鷹揚にうなずく。真名を見送るためこの場にいるのは、正確にはペトラだけ。

 アカネたちはすでに別れは済ませており、ユウトの両親へ報告をするため二人はいた。


 そのためか、ヴァルトルーデは司祭(プリースト)としての祭服を身につけている。《悪相排斥の防壁ウォール・オブ・ヴァーチュー》を使用したときと同じ、ヘレノニアの象徴色でもある純白のローブ。

 光沢のある薄絹の衣装が、彼女の美しさをさらに輝くものへと変えているが、ユウトはそれを素直に称賛できない。状況を考えればふさわしい服装なのは分かっているが、最近の彼女らしからぬ行動と、どうしても合わせて考えてしまう。


「どうした?」

「いや、なんでもない。ダァル=ルカッシュ、頼む」


 じっと控えていた次元竜(クロノス・ドラゴン)が鋭角な肢体をわずかに動かし、主の命に応える。首をもたげ、大きく口を開き、可聴域を超えた叫びを発した。


 鈍色の泉が、虹色に輝く。


 ペトラの見送りを受け、ユウトが先頭に立って、その次元門へと順番に足を踏み入れていった。





「というわけで、結婚します」


 自分の部屋に降り立ったユウトは、その気配に気づいた両親が入ってくると同時に宣言した。「私がいないところでやってください」と真名が視線だけで訴えてくるが、黙殺。こんなこと、勢いと思い切りがないとできない。


「私はユウトなしではいられません。どうか、彼とともに過ごすことを許してください」


 続けて、ヴァルトルーデも頭を下げる。緊張して、どれだけ大胆なことを言ったのか、自覚してもいない。


「まあ、まあまあ。おめでとう!」


 そんな二人を前にして、母の春子は春に咲く花のように顔をほころばせ、一人明るい雰囲気を振りまいた。冬の海のように不機嫌な夫とは、実に対照的。


「勇人。どうしていつも、結論だけ先に持ってくるんだ。反対されるのが嫌なのかも知れないが、それではこちらも賛成できないのだぞ。不承不承、事後承諾を与えるだけになる」

「はい……。ごめんなさい」


 いろいろあって盛り上がってしまった結果ですとは、言えない。絶対に言えない。特に、人を殺してきたような表情が初期値の父親には。

 しかも、苦言を呈してはいるものの、反対はされていないのだから。


「それで、結婚と言っても、式はどうするんだ。そっちでやるのか?」

「うん。俺もヴァルも貴族だから、そこそこ盛大に」

「貴族?」


 頼蔵の瞳が、標的を見つけた暗殺者のように光った。

 失策を悟るものの、もう遅い。


「あっちに行ったあと、叙爵されて……。断ることもできず……」


 そういえば言っていなかったと、ユウトは恐る恐る父、頼蔵の表情を観察する。いや、見られているのはこちらのほうだ。値踏みでもするかのように、息子をじっと直視している。

 アカネも同じだなどとは、絶対に言えない雰囲気。


 そんな親子と同じ空間で、真名はひたすら居心地悪そうにしており、母はヴァルトルーデの祭祀服をほめそやしていた。


 緊張感漂う室内。


 ただ、それも長くは続かない。


「ハッハッハッ」


 開けっ放しにしていた扉の向こうから、天草家の愛犬コロが猛烈な勢いで走り寄ってくる。久々に会う家族の姿を見つけると、興奮した様子でぐるぐると走り回り、終いには撫でろと言わんばかりに自ら腹を見せる。


「あー。よしよし。久しぶりだな。俺、今度結婚するんだぜ」

「ワウッ」


 分かっているのかいないのか――確実に分かっていないはずだが――元気よく、コロが返事をする。それで、室内の緊張感もだいぶ緩和された。


「ゆうちゃんが結婚なんて、早いものね……。ふたつの意味で」

「もう結婚する息子に『ゆうちゃん』はどうかと思うんだけど?」

「ああ。早く、孫の顔が見たいわ」

「孫などと……」


 だが、それも良いことばかりではない。

 日だまりのような笑顔を浮かべた春子が、ほのぼのとした空気に合わせてとんでもないことを言い出す。


 孫、つまり子供。


 産むのだ、自分が。

 無意識に、ヴァルトルーデは手を腹に当てていた。


 できるのだろうか。

 いや、世の母親はみんなやっている。ならば、できぬ道理はない。


「と、とりあえず俺の部屋から出ようか。狭いし」

「そうだな。向こうでのことを、聴取したほうが良さそうだな」

「いやいや。時間もあんまりないし、先に結婚式の話をしようよ。頼みたいこともあるし」


 具体的には、結婚指輪。

 婚約指輪は、それぞれに合わせた魔法具(マジック・アイテム)だった。だから今度はシンプルに、こちらの技術を使った物にしたい。

 それが、二人にとって一番ふさわしいはずだから。


 それに、結婚式に出てもらうとなると、一ヶ月は仕事を休んでもらわなければならなくなる。それが不可能に近いことは分かっているが、こちらには不可能を可能にするコネクションがあった。


「悪いけど、真名。俺たちが帰ったあとに、相談に乗ってくれ」

「……仕方ありませんね。コネと権力は使いようです」


 もう、毒食らうなら皿までだと、真名は請け負う。


「とりあえず、私は物資の運び込みや報告があるので行きますね」


 そのうえで、天草家から逃げ出すように飛び出していった。


「時間は常に有限だが、今は金よりも貴重だ。きちんと考えをまとめて、簡潔に話すんだぞ」

「は、はい」


 久々に会った親子の会話とは思えないが、父の主張は正しく反論もできない。あわてて靴を脱いだユウトは、リビングへ引きずられるように移動していった。

 足下にまとわりつくコロは愛らしいが、強制連行には変わりない。


 そんな二人と一匹の姿が消えると、春子は義娘の瞳を正面から見据えて口を開いた。


「ヴァルトルーデさん、変わったわね」

「そうでしょうか?」

「ええ。なんだか、腹が据わった感じがするわ」


 ほめてるのよと、手を縦に振りながら続ける。


「でも、その分、ゆうちゃんが浮ついてるわね。しっかりお願いね」

「もちろんです」

「奥さんがいっぱいいる家庭なんて、私にも分からないけど、相談に乗るから」

「ありがとうございます。その……お義母さん」


 絶世の美少女からそう言われ、春子は満開の花のような笑みを浮かべた。


(孫ができたら、私たちもゆうちゃんと同居しようかしら)


 これだけ可愛い義娘と息子の子供だ。それはもう、天使に違いない。

 そんな移住計画を立てながら、それぞれの夫を追って部屋を出ていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ