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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第三章 絶望を越えて

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エピローグ 未来の笑顔のために

 ヴァルトルーデが討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを失い、悪神と悪の愛妻は自らの矜持に従い消滅した。

 想像もしなかった幕引きに、誰もが言葉を失う。


 例外は一人、当事者のみ。


「ユウト、あれはどうするのだ?」


 目は開いたものの、玉座から動かず、言葉を発することもないヴェルガ。それを指して、大魔術師(アーク・メイジ)へと問いかける聖堂騎士(パラディン)


「ああ……。いや、助かった。すまん。っていうか、大丈夫なのか?」


 なんとか返事をしたユウトに対し、ヴァルトルーデが屈託なく答える。


「大丈夫だ。予備の武器もある」


 彼女の言うとおり、サブウェポンの準備は冒険者であれば常識。最近は岩の切り出しにしか使用していなかった、アダマンティン製の長剣(ロングソード)を抜いて有事に備えている。


「そういう意味じゃないんだが……」

「ユウトくん、ヴァルのことは任せて」

「アルシア姐さん……」


 討魔神剣は、ただの武器ではない。ヴァルトルーデにとっては、信仰の象徴。彼女が為してきた偉業の一部だ。それを失ったのだから、表面上はいつも通りに見えても、そのまま受け取るわけにはいかない。

 なにより、その犠牲で自分は救われたのだ。なにをしても、それに報いることなどできない。


「ユウトくん。逆の立場だったら、どう思います?」

「……よろしくお願いします」


 なおも逡巡していたところ、少しだけきつい声で叱咤された。

 逆、ユウトが大切なものを犠牲にして、ヴァルを仲間たちの命を救ったらどう思うか。


 決まっている。

 当たり前のことをしただけだと答えるだろう。


 ユウトは動き出す。

 すれ違いざまに、最も愛する人の頭に手を置いて、極上の感触を誇る髪を撫でる。


「助かった。ありがとうな」

「うむ。あとは任せたぞ、ユウト」


 恋人たちは一瞬だけ視線を絡め、そして、別れた。 


「妾からは、なにも言えぬわ」


 敵の武器が消滅――彼女自身、幾度も傷を付けられた武器だ――したことを喜ぶべきなのだろう。だが、虚像とはいえ両親の魂が救われたのは紛れもない事実。

 ヴァルトルーデにそれを言えば、ユウトを救うためだと答えるだろう。


 ゆえに、なにも言わない。それこそ、悪の半神の“良心”なのか。小さなヴェルガは沈黙を選び、自分へと向かうユウトの背を追った。


「うー」


 その様を見て、ヨナが不満のうなりを上げるが、抗議はそこまでにとどまった。


(逆に、あとが怖いな)


 そう思いつつ、ユウトは玉座のヴェルガと相対する。

 彼女の体を包む、漆黒の二重螺旋は、さらに厚みを増していた。これがさらに膨張し、限界に達したならば、絶望の螺旋(レリウーリア)が顕現するのだろう。


 ユウトは、悪の半神へと手を伸ばし、その頬に触れる。

 そうするのが正解だと知っているかのような行動。

 

 次に、彼女のまぶたに触れ、目を閉じさせる。


 ユウトがヴェルガから手を離したその瞬間、世界が漆黒に包まれた。





 どこまでも広がる漆黒の空間。

  四方八方。どこまで行っても果てなき広がり。


 その中心――あるとすればだが――で、ユウトは玉座で眠るヴェルガと二人きりになっていた。


「さしずめ、絶望の領域といったところかの」


 いや、二人きりではなかった。

 もう一人の小さなヴェルガが、ユウトの肩に乗りながら耳元でささやく。


「妾が絶望の螺旋から接触を受けた空間へ転移したようだの」

「つまり、あのヴェルガをどうにかすれば、絶望の螺旋は元の世界へ帰還してくれるわけか」


 善と悪の神々により、永遠の眠りのなかにある絶望の螺旋。それが地上へ顕現する際にはオベリスクのような“扉”が必要となる。

 今回は、その役目を赤毛の女帝が担った。


 逆に言えばつまり、ヴェルガを“扉”でなくしてしまえばいい。

 それを実現するため、小さなヴェルガが算段を整えた。ダクストゥムとベアトリーチェを打ち倒すという手順を踏むことで、彼女を“扉”から解放するという法則(ルール)を定めたのだ。


 そして、ユウトはここにいる。

 あとは、ヴェルガを消滅させるだけだ。


「要は、殺せってことか」

「心中をしても構わぬ――と、この妾は思うているだろうがの」

「悪の半神の“良心”はどう思ってるんだ?」

「婿殿が自主的にそれを選ぶなら構わぬぞ」

「紙一重すぎる」


 一瞬で苦笑を消し、意識をヴェルガへ集中させる。

 不意に、彼女との思い出が走馬燈のように去来した。


 簡潔に言えば――それは、迷惑をかけられ続けた歴史だ。けれど、自分でも意外なことに、すべてが悪い記憶とは思えなかった。

 まだ、精神世界での記憶が影響をしているのかもしれない。


「《贖罪(リデンプション)》のおかげで変に前向きになったという可能性もあるな」


 いずれにしろ、物理的に彼女をどうにかする気は失せてしまった。

 再び、ヴェルガの顔へと手を伸ばす。他意はない。他は蠢く二重螺旋で覆われているからだ。


「長く……はないけど、濃密な付き合いだったな」


 ユウトは、おもむろに口を開いた。


「ヴェルガに翻弄されっぱなしだったけど、終わってみれば、まあ、まったく楽しくなかったわけでもないな。二度はごめんだけど」


 なにを言うべきか。なにを言ったらいいのか。

 頭は空白だ。


 それなのに、次から次へと言葉が溢れてきた。


「俺は、一生をかけてヴァルを朱音をアルシアを愛する」


 少しだけ、肩の上にいる小さなヴェルガが気にかかる。

 だが、言ってしまったものは仕方がない。取り消す気もない。


「だから、ヴェルガ。その愛を受け取るわけにはいかない。受け入れることはできない」


 はっきりとした拒絶。

 とはいえ、「なら、素直に受け取れるようにすればいいのであろう?」と言うのがヴェルガだ。いや、実行しさえする。

 ユウトが、わずかに苦笑を漏らす。


 そのまま、数十秒。

 呼吸を整え、思考をまとめ、再び口を開いた。


「だけど、こんな別れになったのは残念だと思う」


 もしかしたら、期待していたのかもしれない。

 数十年後、蘇った彼女と再会することを。そして、ヴァルトルーデとアカネとアルシアと、ヨナとエグザイルとラーシアと、このはた迷惑で美しい悪の半神のことを思い出のように語り合うことを。

 もちろん、ちょっかいを出してくるのなら、全力で迎撃するけれど。


 だが、それは叶わないだろう。


 絶望の螺旋に囚われた彼女が、他の神々と同じように復活できるとは思えない。

 

「まあ、これなら浮気にはならぬであろう」


 ユウトの告白を聞き終えた小さなヴェルガが、精一杯背を伸ばした。

 その妖精(フェアリー)のように小さな唇が、ユウトのそれと触れる。


「誰も見ておらぬしな」

「“良心”が聞いてあきれる」


 まったく成長していない。どちらも。

 ローブの裾で唇をぬぐいながら、嫌悪感に襲われる。


 そんな彼を置き去りにして、小さなヴェルガは己へと近づき、自分自身と唇を重ねた。


 それが、最後の引き金。ユウトの告白を聞いて、真意を知って、少しだけ満足してしまったヴェルガを絶望から引きはがす。


 ヴェルガを覆っていた漆黒の二重螺旋が、大きくうねった。

 その向こうに、ねじくれた巨人。いくつもの海洋生物が混ざった合成生物。とぐろを巻く羽虫の集合体。実体を持たぬエネルギーの塊の幻像が浮かぶ。


 しかし、それだけ。

 それで、終わり。


 世界が、徐々に色を取り戻していく。黒が分解され、万色へと変化する。


「お別れだな」

「さて、それはどうかの」


 なおも信念を貫く彼女だったが、二人が徐々に混じり合い、そして崩壊していくなかでは強がりにしか聞こえない。


「妾が民に告ぐ!」


 そんななか、赤毛の女帝が最後の秘跡(サクラメント)を使用する。

 意外にも、それは帝国へ向けた言葉。


「妾は、もう間もなく逝くであろう。ゆえに、後継者を定む」


 秘跡により、全臣民の心に直接語りかける。


「妾の後継者には、最も強き者がなるべし! 大いに争い、覇を唱え、戦乱の世を生きるが良い!」


 その内容に、ユウトは絶句した。

 あまりと言えばあまり。らしいと言えば、そう表現するしかない。 


「世に混沌を、欲望を肯定し、悪を忌避するなかれ。さすれば、やがて妾が降臨し、勝者を祝福するであろう」


 忘れるな、偉大なる悪の半神を。

 妾が民は、血の一滴まで女帝のものである。

 ゆえに、その復活が一刻でも早くなるように、悪徳で世界を満たすのだ。


「さあ、婿殿。妾は天上でそのときを待つとするかの」

「……もう、好きにしてくれ」

「たまには、婿殿から会いに来てくれても、構わんのだぞ?」

「うるさい、さっさと行け」


 必要以上に邪険にして、ユウトは横を向いた。


(なにが、こんな別れになったのは残念だ。他の神々と同じように復活するとは思えないだ。本人は、復活する気満々じゃないか!)


 風が吹いた。

 冷たい夜風だ。


 けれど、それは淀みを吹き散らす清冽な風でもあった。


 絶望の領域は消えた。 

 ブルーワーズへと戻ったユウトは、じっとその場から動かずに、無言でたたずむ。


 漆黒の繭玉も、もう存在しない。

 眼下の海上には、ツバサ号が見える。みんな、脱出したのだろう。


 世界の危機は去った。


 ヴェルガも、もういない。


 どれだけ、そうしていただろうか。

 頬を濡らす冷たい雫に、ユウトは我に返る。


 雨が降っていた。天に空いた虚無の穴を除いて。


(あの下で、雨宿りでもしようか)


 その思いつきを、自分で一蹴した。


 行くべき場所は、他にある。いや、他にはないと言うべきか。


 そう。彼女の隣こそ帰るべき場所だ。


 帰ったら、ヴァルトルーデの側にいたい。いて欲しい。そして、結婚式の準備をするのだ。


「具体的になにから準備するのか、まずそこからだな。ヴァルの武器も、どうにかしないとだし」


 問題山積だ。自分の計画性のなさにあきれる。だが、言い出した以上、撤回などできない。する気もない。


 無限の未来を掴むため、ユウトは最愛の人が待つ場所へゆっくりと降りていった。

これにて、Episode8は終了となります。

感想・評価などいただけましたら幸いです。


なんだか最終回っぽくなってしまいましたが、まだ続きます。

ですが、プロット作成や書籍版の作業のため、しばらくお休みをいただきます。


次回は、1/19から再開とさせていただきます。


それでは、今後とも本作品をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヴェルガ推しだから、悪ユウトのifストーリー求む。
[一言] 甘いところを見せなかったのは、 褒めるべきところか、 奥手のなせるところか…
感想一覧
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