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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第三章 絶望を越えて

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6.贖罪(後)

「……これは、どういう状況だ?」


大魔術師の縮地ステップス・オブ・アーク・メイジ》で、ヴァルトルーデが切り開いた通路を踏破したところで彼女が目を覚ました。

 ユウトの肩の上で周囲を見回し、前後の記憶を整理しようとする。盲目状態は、既に回復していた。


「俺たちだけで逃げてきた」

「……ふむ」


 エボニィサークル内の通路に出たこともあり、これ幸いと聖堂騎士(パラディン)を足から床に下ろす。進んだ距離に比べて担いでいた距離は短いが、軽量な魔法銀(ミスラル)とはいえ鎧を着た人間を持ち上げるのは一苦労。

 というより、抱えられただけほめてほしいぐらいだ。


「情けないが、それが最善か……?」


聞け、冒涜の声を(ブラスフェミィ)》の影響から脱したヘレノニアの聖女は、頭を押さえながら状況を判断する。悪から逃げ出す形になったのは忸怩たるものがあった。だが、今から戻ろうとするほど視野狭窄もしていない。

 あのまま残っていれば回復次第戦力になっただろうが、それまで足手まといになることも確かだ。


「俺たちが結果を出したら最善になるよ」

「確かに、そうだな」


 ユウトの言葉に、ヴァルトルーデがうなずく。

 屈託のない彼女とは対照的に、彼の表情は冴えない。


「どうかしたのか?」

「いや……」


 後ろ髪を引かれつつも、玉座の間を目指して移動を開始する。だが、そこに至っても、ユウトの足取りは重たい。


「『いや』ではあるまい。おかしいぞ」


 無理やり進もうとする婚約者の前に立ち塞がり、両手を肩に置いて押しとどめる。

 真剣で、必死で、本気で心配をしているヴァルトルーデ。その美貌がまぶしくて、まぶしすぎてユウトは思わず目を背けた。


 いつものように、照れて直視できなくなったわけではない。

 やましい気持ちを見抜かれそうで、知られたくなかったから。けれど、それは完全に逆効果だった。


「私は神ではないのだ。言葉にしてもらわねば分からぬぞ。まあ、言われても分からないことはたくさんあるが」

「俺のはぐらかしを先に潰すの止めてほしいんだけど」

「何年付き合っていると思っているのだ」

「3年も経ってないだろ」

「だが、普通の3年間よりも濃密な3年間だ」

「……あっさりとみんなを見捨てた自分に、ショックを受けていた」


 間近でユウトから告白を受けたヴァルトルーデだったが、そこまで深刻な話だったかとすぐには理解できなかった。


 実のところ、彼らが抜けても戦力はそこまで低下しない。ヴァルトルーデの代役はエグザイルがいるし、ユウトの代わりはヨナが務め上げてくれるはずだ。

 そういう意味で、本当に替えがきかないのはアルシアだろう。ラーシアも同じだが、純粋に戦闘という局面だけで見ると、わずかに劣る。


 もちろん、ユウトとヴァルトルーデがいることで更なる底上げになるし、六人揃ってこそとも言える。

 だから、彼の言うことも分からないではないのだが……。


「こんな状況だ。私たちが先に進むこと自体は、理に適っている」


 明白なタイムリミットやカウントダウンがあるわけではないものの、悠長にしていられないのも確か。

 一晩おいたのは、《奇跡(テウルギィ)》や《大願(アンリミテッド)》による封印があったからと、そもそも回復に努めなければ役に立たない人間が多かったから。


 だから、エグザイルたちが足止めをしている間に、先へ進むというのは正しい。ヴェルガが関わっているとなれば、ユウトが行くほかないし、その相棒であればヴァルトルーデだ。

 また、あのダクストゥムの思考がどうなっているのかは分からないが、ユウトが存在することで、苛烈な攻撃を引き起こす可能性もある。


 それに、司令塔であるならば、冷静でなくてはならない。ゆえに、非情とも言える判断を下したことに非難はあっても、間違いと言い切れる人間はいないはずだ。


「……分かってるよ。ヴァルがそう言ってくれるだろうことは、みんなもそう思ってくれるだろうことも」


 では、なにが問題だというのか。


「その決断を、俺はなんの迷いもなくやれたんだよ」


 効率的だ。

 効果的だ。


 それだけで、判断を下した。


 そこに、残った仲間たちが危険にさらされるという心配はなかった。


「やっぱり、俺はあの世界で変わってしまったのかも知れない。いや、もともとそうだったのかな? どっちにしろ、変わらないか。偉そうにヴァルが好きだなんて言ったけど、今の俺にヴァルから好かれる――」


 その自暴自棄な言葉は、物理的に中断を余儀なくされた。

 仕方がないだろう。

 唇を唇でふさがれては、喋ることなどできはしない。


 呼吸と同時に、時も止まった気がした。


「私自身と、私の好きな人を侮辱するような真似はやめてもらおう」


 永遠とも思える数秒が経過し、ヴァルトルーデが離れていった。二人の間に銀色の橋が渡っていたが、それもすぐに消えてしまう。


「……悪かった」

「分かれば良い。だが、これでは、根本的な解決にならぬな……」


 本人の言う通り、精神世界での振る舞いにより、様々なバランスが崩れているのだろう。


「なぜ、夢の行いをそこまで気にするのだ? 誰も死んでも、苦しんでもいないのだぞ?」

「あの世界での出来事が、完全に夢だと割り切れないんだ」

「……悪いが、その感覚は分からん」


 当然のことだと、ユウトは苦笑する。そんなに夢を気にしてどうするというのだ。


「だが、割り切れないというのは分かる。よし、ユウトその場にひざまずくんだ」

「はぁ?」

「いいからやるんだ」


 その強引さに抗しきれず――というよりは、本気になったヴァルトルーデに筋力で太刀打ちできるはずもなく膝をついた。

 犬の「おすわり」だって、もう少しましだろう。


「汝の罪を、汝が罪と思う事柄を告解せよ」


 そう疑問と不満を抱く彼の耳に、凛とした声が響いた。

 声だけで、美しい。感銘を受けるとはこのことか。


 どんなに頑なな罪人でも、喜んで口を開くだろう。


 それは、ユウトも例外でなかった。


「俺はあの世界で、同じ人間の奴隷を解放せず、農奴として扱ってしまった」

「奴隷は、ヘレノニア神も認めてはおらぬ。本当に、解放することはできなかったのか?」

「ヴェルガ帝国の農業生産は、各種族の王の下で、人間の奴隷が細々と担っていた。それを解放なんかしたら、周辺諸国に大規模な略奪を行う必要があっただろう」

「では、農奴となった人々を虐待したのか?」

「そんなことはしていない!」


 顔を上げ、ユウトはヴァルトルーデの目を見て叫んだ。こうすれば、本当か嘘か分かるだろうと、目と目を合わせる。

 彼女は、真剣な表情をしたまま、有罪も無罪も告げず次の問いを重ねる。


「他の罪を述べよ」

「戦争を起こした。より効率的に侵略するため、島をひとつ落として有利な条約を結ばせたり、傭兵を送り込んで裏切らせたり……」

「その結果、どうなった?」

「人が死んだ、送り込んだゴブリンたちも死んだ。領土は広がったけどな」

「それを、汝はどう思った」

「……嬉しかったよ。認められたような気がした。恩返しができたと思った」


 認めた。認めてしまった。

 ゲーム感覚とまでは言わないが、変な全能感があったことは否定できない。


 ユウトの証言を聞いたヴァルトルーデが、聖印を握って祈りを捧げる。

 天に棲まう神との対話。

 身じろぎできない緊張感がユウトを包む。なにしろ、これから判決が言い渡されるのだろうから。


「『罪無しとは言えぬ。なれど、罰を与えるには及ばず』。ヘレノニア神は、そう仰せになっている」

「……意味が分からない」

「ユウトに分からぬものが、私に分かるはずがないだろう」


 今までのやりとりはなんだったのか。

 怒りさえにじませ立ち上がろうとしたユウトを迎えたのは、慈母のような彼女の微笑。


「赦す」

「……はあ?」

「どのような悪行であろうと、赦されぬことなどありはしない。我らが罰を下すのは、改悛を促し、償わすため。既に悔い、罪に苦しむ者に与えられるべきは赦しだ」

「そんな……」


 だが、納得いかない。そんな軽いものであるはずがない。


「良いではないか。見方によっては、奴隷の待遇を改善した英雄だぞ」

「詭弁だ。それに、戦争の件では……」

「仕方のないことだ。そのような環境に追い込まれたのだからな。それとも、ヘレノニア神は情状も斟酌せず罰を下す頑なな神とでも思われているのか?」


 交神の影響が残っているのか、ヴァルトルーデにしてはムズかしい言い回しを使った言葉。それに、ユウトは反駁しようとする。


 所詮、きれい事だ。

 例外など、いくらでもある。


 だが、言葉にはならなかった。


「《贖罪(リデンプション)》」


 罪を悔い、赦しを請う者にのみ効果のある神術呪文。

 ヴァルトルーデが触れる肩から光が広がり、ユウトの全身を包んでいく。それに呼応するかのように、罪の意識が薄くなり、心が軽くなっていった。


 忘れたわけではない。


 ただ、必要以上に自分を責めるのはやめた。


(そうか。これが、救いか)


 新たな発見に、むしろユウトは感心していた。同時に、神の偉大さに初めて気づく。


「たまには、建前に乗っかるのもいいだろう?」

「自分で建前とか言うなよ」

「そもそも、誰も死んでないのに気にするユウトのほうがおかしいのだ。私の、お、夫になるのだから、もっと鷹揚に長生きしてくれねば困る」

「そうだな、困るよな」

「うむ。困るのだ」


 ようやく、ユウトは立ち上がった。

 浮かべる笑みにも影はない。


「さて、ユウト。この城の仕組み、どう見ている?」

「ヴァルも違和感を憶えてたか」


 感慨に浸る間もない問いに、しかし、ユウトは正面から答えた。

 もう、意識は切り替わっている。問題はない――わけではないが、些細だ。優先順位を間違えたりはしない。


「ああ。入るまでの苦労に比べて、やけにぬるい(・ ・ ・)。いや、あの二人だけの思い出を見せつけてやると言わんばかりの悪意ある映像は別だが。まったく、憤懣やるかたないとはこのことだ。」

「あれはヨナや今ヴァルが言ったとおり、見せつけるためだけだったと思うけどね」


 正直、そこに触れられたくはない。

 誤魔化すわけではないが、ユウトは話の方向性を変える。


「とりあえず、俺の印象を簡潔に言うと――まるで、クリアを待っているようだった。そう思ったよ」


 本気で排除するつもりなら、もっとやりようはあったはず。少なくとも、外側での攻防はもっと苛烈だった。

 だが、イベントを用意し、ガーディアンを配置するこの状況は、まるで試練を越えて会いに来いと言っているかのよう。


「もう見抜くとはの。さすがよ」


 闇の向こうから、聞き覚えのある――二度と聞くことはないと思っていた声がした。


「ようやく会えたの、婿殿」


 淫猥で、蠱惑的で、思考を蕩けさせる響き。

 身じろぎひとつできず、ユウトは闇から彼女が出てくるのを待ち受けていた。


 それしか、できなかった。

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