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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第三章 絶望を越えて

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4.過去の迷宮

 女帝ヴェルガと絶望の螺旋(レリウーリア)が同化した、漆黒の繭玉。

 その内部には、城があった。


「エボニィサークルか」


 ヴェルガ帝国の中枢。黒御影石で造営された黒檀の城。黒妖の城郭にも似た、尖塔を備えた偉容。

 あの夢の記憶は薄れつつあるが、さすがに二年間も過ごした場所はよく憶えていた。


「脈絡がなさ過ぎる気がするんだけど」

「ヴェルガの心象という意味では首尾一貫してるだろ」

「本当に一貫してるかは、中に入ってみないと分からないけどねー」


 そう言いつつ、ラーシアが一人ツバサ号から下りる。

飛行(フライト)》の呪文によりゆっくりと地面を目指す草原の種族(マグナー)が、魔法の短杖(マジック・ワンド)を振るった。

 しかし、見た目にはなにも起こらない。


 あの魔法の短杖に込められているのは、第二階梯の理術呪文《瞬間捜索フラッシュ・サーチング》。半径5メートルほどの範囲を入念に調べたかのように、異常を発見する。

 ただし、その精度は呪文の技量ではなく術者の捜索スキルに依存する。盗賊(ローグ)でありながら理術呪文も学んだ、ラーシアのためにあるような呪文だった。


 脳裏に、周辺の詳細な情報が流れ込んでくる。10秒ほどかけ、そのなかから異常と危険を探す――問題はなさそうだ。

 その判断に従い、ラーシアが確かめるように黒い大地を踏んだ。


「いきなり足が消滅するってことはないみたい」

「分かった」


 その報告を受けて、ヨナも地面へ飛び下りた。

 確認するかのように、辺りを走り回るが異常はない。


「まあ、飛べば良いだけの話ではあるのだがな」

「やっぱ、人間は地面を歩く生き物だよ。それに、地面に落とされたら消滅しましたじゃ洒落にならない」


 続けて、エグザイルとユウトも船から下りる。最後に、アルシアと合流したヴァルトルーデも大地を踏みしめ、全員が揃った。


「さて、あの城へ向かうということで良いな?」


 リーダーであるヴァルトルーデからの確認に、反対の声は上がらなかった。あの繭玉の内部は、それほど広くないようだ。

 ヴェルガの居城エボニィサークルがあるだけで、他には向かうべき場所もない。暗き深淵の宝玉オーブ・オブ・ディスラプトで空けた穴も、急速に閉じられようとしている。


「案内は、俺ができると思う」

「ユウト、頼りにしているぞ」


 それで話は決まった。


 先頭はラーシア。そこから少し離れてエグザイル。殿にはヴァルトルーデが位置し、二人の間にユウト、アルシア、ヨナが挟まれるようにして入った。

 冒険者時代からの隊列。なにを言わずとも自然と組まれるポジションに、ユウトは自然と顔をほころばす。


 このエボニィサークルでのことは、まだ憶えている。

 それでも、自分の居場所は、やはりここだと再認識していた。





「それで、ユウト。どこを目指せば良いと思う?」

「……とりあえず、玉座の間に行こう」


 ジャイアントでも問題ないように、天井の高いエボニィサークルの内部。

 その正門をくぐったところで、先頭を行くラーシアから方針を尋ねられ、ユウトは少し考えてから答えた。


 ここが赤毛の女帝の精神世界が顕在化したものだという推測は、まず間違いないはず。だが、絶望の螺旋との関連が分からない。


 そのため、完全にヴェルガの精神世界そのものだと判断してしまうのも危険だ。

 考えようによっては、すでに彼女の精神など完全に消滅しており、そう思わせる罠かも知れない。

 けれど、ユウトは多少迷いつつも、ヴェルガを信じた。


 あの悪の半神が、その程度で屈服するはずがないと。


「りょーかい」


 軽快なステップで先陣を切りながら、ラーシアが《瞬間捜索》の魔法の短杖を振る。最大級の警戒をしている証拠で、呪文を使いながらのため行軍速度はどうしても落ちてしまう。

 それほどに、警戒が必要だということだ。


 ユウトたちも漆黒の城内を、油断なく進んでいく。


「あの扉の向こうから、なんか感じる」


 角を曲がったところで、草原の種族がハンドサインも使って注意を発した。全員の 警戒レベルが一段上がる。


「あの先は確か、舞踏場(ダンスホール)だったはず」


 式典などにも使用する場所で、かなり広い空間だ。パーティの余興で、ヴェルガと踊ったこともあったことを思い出す。もちろん、夢のなかの話だが。


「わ、私もそれくらいある」

「ボクが思うに、対抗すべき時間、場所、場合じゃないね」

「あとで、好きなだけ踊れば良い。みんなで」


 ヨナのユウト以外は得をする提案で、その場は収まった。


「まずは、あそこからということで構いませんね?」


 改めて、精緻な飾りが施された巨大な扉へ集中する。

 アルシアの確認に、エグザイルはスパイク・フレイルを構えることで応えを返した。もちろん、肯定の。

 漆黒の廊下を慎重に、しかし素早く進んであっという間に扉の前へ。


「罠は……ないみたいだね。鍵もかかってないや」

「分かった。では、開けるぞ」


 これも、昔からの形。

 手早く捜索したラーシアに代わって、ヴァルトルーデが扉を開く。ゆっくりと、確実に露わになる内部の様子。


「……なにこれ」


 かろうじて反応できたのは、ラーシアだけ。アルシアを除いた他の面子は、二の句が継げない。


「これ、たぶん初めて会ったときのだな……」


 アルシアが反応できなかった理由は、舞踏場の一面に映像が流れていたから。映画館をも超える巨大なスクリーンに、赤毛の女帝と大魔術師(アーク・メイジ)が映し出されていた。


『妾は、心底感心しておるよ。破壊的な力を抑止力に平和をもぎ取る。なかなか思いつくことではあるまい』

『ああ……。残念ですが、俺の故郷では当たり前にやっていることですので。俺が偉いわけではありません』

『ほう。なかなか妾好みの世界のようじゃが、それでも評価は変わらぬよ』


 帝都ヴェルガ近郊に島をひとつ落としたときの会話。

 警戒感をあらわにするユウトに対し、ヴェルガは心底嬉しそうで淫蕩な笑顔を浮かべている。


 思えば、このときからずっと赤毛の女帝は変わらない。


 本当にぶれないなと苦笑していたため、ユウトはこの先に触れたら後悔する台詞が待っていることをすっかり忘れていた。


『ユウト・アマクサよ、妾の婿とならぬか?』

『……ふぁ?』

『なんじゃ、その気の抜けた返事は。傷つくのぅ』

『……どうも、翻訳が上手く働いていないようで』

『ならば、もう一度言おう。妾の婿となれ。その思考、智謀、大胆さ、力。数百年、妾の隣を空きにしていた甲斐があったというものじゃ』

『お断りします。婚約者が二人もいる身ですので』

『なんと、出遅れたか。まあ、寝取るのも悪くはあるまい。妾は乙女じゃがな」

『は、はあぁ……』


 この時点で既に、周囲の視線が痛く冷たい。

 初対面でプロポーズされたことは言っていたが、もちろん、会話の詳細までは伝えていない。初めての情報に、ユウト以外の全員が興味津々だった。


『なんじゃ、微妙な反応じゃの。男は、初物が好きなのではないのか?』

『そういう意味では、俺も初物なんで、なんとも』

『そうか、そうか。婿殿も、初物か』


 ここで上映が終わる。この先は、ヴェルガ帝国への招待に関しての話だったはず。今となっては、見せる必要がないということなのか。

 広大なダンスホールが闇に閉ざされ、沈黙の帳が降りた。


「ユウトくんは、きちんと断っているではありませんか。それに、過去のことですよ」


 真っ先にアルシアが擁護の声を上げるが、それは映像を見ていないからかも知れない。あの恋する乙女のようなヴェルガの表情を。


「分かっている。今さら、嫉妬するような内容ではないのは分かっているのだが……」

「なんか、納得いかない……」


 ヴァルトルーデもヨナも、どうにも感情を持て余しているようだ。

 一方、ユウトを除く男性陣は前向き。


「とりあえず、良いネタができたと思って、この部屋を調べようか」

「そうだな」

「オッサン、その肯定は前半と後半のどっちに対してなんだ」


 エグザイルは歯をむき出しにして笑うだけで答えない。答えないことこそが、答えだとでも言いたげだ。

 そんな状態だったが、ユウトも舞踏場の捜索に参加する。


 しかし、《燈火(ライト)》で照らした室内に、異常は見当たらない。いくつか置かれた丸テーブルも、部屋の装飾も、いつも通りだった。


 その意味を考えようとした途端、再び舞踏場にスクリーンが現れる。


『俺が、貴女の求愛を受け入れられない。その理由を語ろうかなと』

『それは興味深いのう。と、いうことは、他の女子(おなご)に惚れているからという下らん理由ではないわけじゃな?』

『俺が生まれてから今まで培ってきた価値観と、ヴェルガ……貴女の。貴女たちの思考はあまりにも違いすぎる』

『確かにつまらぬが……。根源的な理由ではあるの』


 今度は、ユウトがヴェルガに拉致された地下室でのこと。

 ベッドに座って語り合う男女の姿が大写しにされる。


「次が始まったぞ」

「地味に嫌がらせだよね」

「主に、俺に対するな」


 だが、思わず手を止めて、そちらに注目してしまう。


『人が家畜を食らう。巨人が、人を食らう。そこに、いかなる違いがあろうか」

『知能が違う、なんて言うつもりはないよ。違うのは、文化だ。そしてそれは、俺たちの行動を規定し、好悪の判断をする基準になる』

『これは異なことを』

『正義? 善? いかにも、自己催眠の好きな輩が言い出しそうなことよ。気にくわないのであれば、抵抗すれば、実力で止めれば良かったのだ』


 ヴェルガの蠱惑的な顔が、ノイズが走ったかのようにぶれる。


「なんという言いぐさだ」


 怒りのあまり討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターで斬りつけたヴァルトルーデが、息を荒くスクリーンをにらみつける。

 そう。その一撃をもってしても、上映は止まらなかった。


『なれば、婿殿がこの国を統べ、変えてみるかや?』

『なん……』

『善だの悪だの、妾にはこだわりなどありはせん。臣民の性に任せておるだけのこと。なれば、婿殿が指揮を執り、巨人どもに開墾をさせ、ゴブリンどもに作物を育てさせ、オーガどもに人ではなく家畜を食らえと命じれば良い』


 ヴェルガが精神世界で仕掛けたのは、まさにこれだ。

 まだ第一段階として人間の奴隷による農業を始めたばかりだったが、あのまま順調(・・)に進んでいたら、彼女が言うとおりの道に進んでいただろう。


『力こそすべてよ。婿殿に力があれば、皆、喜んで従うであろうよ』

『それは机上の空論だ』

『違わぬよ。いや、違っていても構わぬ。婿殿が望む結果となれば、そこになんの違いがあろうか』


 ヴェルガがベッドの上でユウトに迫り、彼は後ずさり、それができなくなったところで押し倒される。

 馬乗りになったヴェルガの淫蕩な表情は、映像だと分かっていても思わず目を逸らしてしまう。同時に、完全に目を背けることもできない。


「分かった」

「なにがだ? って、ヨナに見せちゃダメだった」

「これ、見せつけたかっただけ」


 ユウトが慌てて目を閉じさせようとするが、それは中断を余儀なくされた。

 まるでヨナの推測が正解だというかのように、スクリーンがくしゃくしゃに丸まり圧縮され、渦のような次元門(ゲート)に変わる。


「……どうやら、ヨナが正解のようですね」

「こんな状況になっても性質の悪さは変わらずか」


 げんなりと、ユウトの婚約者二人が心労をねぎらいあう。

 そして、フラストレーションが溜まっているのは、エグザイルも一緒だった。


「殴ってもどうにもならんのは、いらいらするな」

「なんか焦点がずれてるけど、ボクらにはこういう搦め手のほうが効くからねー」


 その間に、ユウトは次元門を調べていた。

 どうやら、別の世界へ飛ばされるようなものではないようだ。


「そもそも、この繭玉の外に《瞬間移動(テレポート)》できるかというと、疑問が残るけどな」

「これが、このダンジョンを攻略する順路であるという可能性が高いわけか」


 ユウトの言わんとするところを正確に理解したヴァルトルーデは、あっさりと決断を下す。


「ならば、進むしかあるまい」


 リーダーの決断に反対は出ず、ラーシアから順番に、虹色に輝く次元門をくぐる。

 一瞬の酩酊感。


 次の瞬間に、彼らは地下室にいた。

 日の光がないから地下と断じたわけではない。先ほど、見せつけられた地下室――“愛の巣”と同じ光景が広がっているからだ。


 だが、ひとつだけ先ほどの映像にはなかった存在がある。


 それは、背高椅子に座る隻眼の美少年。

 思春期のはつらつとした生命力の輝きとは裏腹に、纏う霊気(オーラ)は暗く重たい。風になびく黒髪が、また異質な美しさを強調する。


「悪神ダクストゥム」


 それは、誰のつぶやきだったか。

 ヴァルトルーデが奉じる“常勝”ヘレノニアの兄弟神にして、不倶戴天の大敵。力による支配を肯定し、博愛や自己犠牲を唾棄する悪なる存在がそこにいた。

本年の更新は、これにて最後になります。

投稿を始めて10ヶ月が経過しましたが、ブックマークが1万件を超え、書籍化までするとは想像もしていませんでした。


それもこれも、ご愛読、感想、評価をいただいている読者のみなさまのお陰です。

まだまだ本作は続いていきますので、来年もお付き合いいただければ幸いです。

といっても、明日も更新する予定なのですが(笑)。

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