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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第四章 発展編

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5.王都にて

 鋼が打ち合わされる鋭い音が、王都セジュールの青空に吸い込まれ消えていく。


「はぁっっ」

「やあっっ」


 瞬時に繰り出される、致命的な攻撃。

 急所を狙い。あるいは、急所に刃を届かせるため何手も先を読んで振るわれる刃。


 しかし、それが奏功することはない。

 まるで予め打ち合わせをされた殺陣のように、めまぐるしく攻守が入れ替わっていく。


 視線や足捌きによるフェイント。

 力で防御を貫く一撃。

 技巧による駆け引き。


 近衛の訓練場を借り切って行われているヴァルトルーデとアルサス王子による模擬戦は、開始から10分が過ぎ、白熱の度合いを増していた。


 お互い、愛用の鎧は身につけていない。

 装備しているのは、行動を阻害しない代わりに急所を簡単に守っている革鎧のみ。それでいて、二人とも武器には愛剣の討魔(ディヴァイン・)神剣(サブジュゲイター)と魔剣トレイターを使用していた。


 炎の精霊皇子を滅ぼした討魔神剣の威力は説明するまでもないが、魔剣トレイターもロートシルト王国の国宝とされていた上級魔法具(マジック・アイテム)

 討魔神剣と打ち合うことに不足はない。


 一応、ヴァルトルーデは大盾を装備しているが、近衛が訓練に使っているただの木製の盾でしかないし、トレイターは両手剣のためアルサス王子に至っては盾も使ってはいない。

 ユウトからすると、武器もせめて模造刀にしてくれと言いたくなるのだが、まあ、達人二人の試合だ。滅多なことは起こらないだろうと、無理やり納得させた。


 最悪の場合、《瞬間移動(テレポート)》でアルシアを連れてくればなんとかなると自分を誤魔化すしかないとも言える。

 あの二人が振るえば、訓練用の模造刀でも大差はないだろう。


 そんな心配を抜きにすれば、二人の闘い(訓練とは言いたくない)は、見応え十分だった。

 直接的な荒事に慣れていない分、実際の力量に開きはあるが、魔法を使わない純粋な戦闘力で言えば、ヴァルトルーデを100としてユウトも50いや、20ぐらいはあるつもりだ。


 そんなユウトでも、二人がなにをやっているのか辛うじて理解できるといったレベル。


 また、ヴァルトルーデの美しさは当然として、アルサス王子も白皙の美少年。

 頬が上気し、陽光できらきらと金色の髪が輝く様は、同性から見ても思わず溜息をもらしてしまう。


 ロートシルト王国で最高の剣士による、最も美しい剣戟であることは疑う余地がなかった。


(それを見学するのが、たったの二人じゃもったいないな……)


 そう思いつつ、傍らで共に見守る少女の様子を盗み見る。

 少女。そう、少女だ。

 少なくとも少女にしか見えないし、エルフの血が入っているということもない。


 ユーディット・マレミアス。


 マレミアス侯爵家の息女にしてアルサス王子の婚約者でもある彼女は、このロートシルト王国でユウトが最も警戒する女性でもあった。

 砂糖菓子のようなウェーブのハニーブロンドはまるで人形のよう。しかし、ひだまりのように暖かな微笑みは、人形のような生気の無さとは対極のイメージを与える。

 ユウトやヴァルトルーデよりもやや年下だろうか。少女から大人の女性へと羽化する狭間にある華奢な体つきと幼い顔立ちは、男の庇護欲を刺激する。


 アルサス王子とは、絵本から抜け出たようなお似合いの王子様とお姫さまと言えた。


 そんな彼女を警戒する理由は多々あるのだが、彼女――ユーディット・マレミアスがアルサス王子と同い年の婚約者であるという事実をあげれば納得してもらえるだろうか。


 そう。


 二十年近くも石化したまま年を取っていないアルサス王子とだ。

 ユーディット・マレミアスは、アルサス・ロートシルトをただただただただ一途に愛し、愛し続けている。アルサス王子からも愛されていることを知っていたし、彼の性格も熟知していた。


 故に、どのような姿で彼が帰還してもお互いに引け目を感じぬよう、彼女は成長することを止めた。


 人の意志でどうにかなることではないが、事実、彼女は年を取らなくなった。少なくとも、外見上は。


 呪文や魔法薬(ポーション)を用いれば、そして副作用を無視すれば不可能ではないのだが、そのようなものを使用していないことは、事実を把握した当時のマレミアス侯爵家の大騒ぎを見れば明らかだった。


 そんな娘を恐れたのか。あるいは、死者を待ち続ける娘を不憫に思ったのか。ユーディットを他家に嫁がせようという動きを感知するや、彼女はマレミアス侯爵家を乗っ取った。


 その手法は、外部には伝わっていない。ユウトにも、分からなかったし、あえて知りたいとも思わなかった。


 表向きの当主は80を超えた彼女の祖父ではある。だが、それが事実とイコールでないことは、ちょっとした事情通なら平民でも知っている。

 更に、マレミアス侯爵家の権力を総動員し、アルサス王子を廃嫡しようとする動きをすべて叩き潰した。

 花園が似合うこの乙女が――愛のために。


 異常だ。


 異常だが、彼女が依頼人となって広く冒険者を集めアルサス王子捜索を長く続けた結果として、〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)が隠然とした勢力を誇っていた現イスタス伯爵領にある程度の秩序をもたらしたという功績は無視できない。


 結局のところ、ユウトが警戒でとどめているのはユーディットのアルサス王子への愛を認めているからだ。アルサス王子を救出したのは他ならぬ自分たちなのだから。

 しかし、絶世の美女であるヴァルトルーデに、ユーディットが妬心を抱かないと思えるほど信用もしていない。


 つまるところ――


(ヤンデレとは関わりたくねぇ)


 これに尽きる。


 一際甲高い金属音が鳴り響き、ユウトの意識が練兵場の二人に引き戻された。


 二人が顔を近づけんばかりに、鍔迫り合いを演じる。両者一歩も引かない。

 石化から回復したばかりのアルサス王子の膂力を称えるべきか、女の身でありながら希代の剣士とまともに打ち合えるヴァルトルーデに呆れるべきか。


 しかし、そんな疑問が些細に思えるほど、二人の剣士の姿は美しい。嫉妬も感じずに、そう思うしかなかった。

 ただ、ため息しか出ない。


 そのまま、しばらく。

 合図もなにもなく、唐突に二人は離れた。


 そして、刃を鞘に戻しながら頭を下げる。


 終わったようだ。

 達人にしか分からない呼吸なのか、他になにか理由があったのか。ユウトに理解できるはずもないが、無事に終わって良かったと胸をなで下ろす。


 同時に、ユーディットはアルサス王子に向かって走り出していた。タオルを持って駆け寄るその様は、あこがれの先輩と女子マネージャーのようにも見える。

 甲斐甲斐しく世話を焼くその姿は実に微笑ましい光景だったが、その好意が転じてこちらに牙をむかれるかと思うと気が気ではない。

 引き分けに終わって良かったと、今更ながら幸運に感謝する。


「お疲れ様」

「ああ……」


 満足そうな顔に疲労の色をにじませて、それでもしっかりとした足取りでヴァルトルーデがユウトのもとへ戻ってきた。

 ユウトも同じようにヴァルトルーデの頭にタオルを掛け、水袋を手渡してやる。


「む? 甘いな」

「ああ、運動の後には良いだろう?」


 水袋の中に入っていたのは、ただの水ではなくユウト自作のスポーツドリンクだ。


 といっても、水に塩とハチミツとレモンの絞り汁を混ぜただけ。地球で飲んでいた清涼飲料水には比べるべくも無いが、ヴァルトルーデは気に入ってくれたようだ。


「なかなか美味いな」

「それは良かった。ただ水を飲むよりも、スポーツドリンクの方が体に良いんだ」

「スポーツドリンクか。ユウトの故郷の飲み物なのだな? とにかく、体に良いのは、良いことだ」


 真っ正面からの称賛に抗しきれず、ユウトは視線を外して頭を掻く。会話の内容に照れるべき要素も青春の甘酸っぱさも存在しないが、その笑顔は反則だ……。


「さて、この後はアルサス殿下のお誘いによる昼食会です、伯爵閣下」


 意趣返しというには八つ当たりの成分の多い口調で、この後のスケジュールを伝える。


「分かっているぞ。ただ、ドレスを着るのはな……」


 ユウトの口調に、ヴァルトルーデは昼食会で着るドレスを揶揄されたものだと勘違いして遠い目をする。

 元はただの村娘だった彼女からすると、着飾って王子様と食事など面倒以外のなにものでもなかった。


「あと、伯爵閣下は止めろ。バカにされているみたいだ」

「分かったよ、ヴァル子」

「むうぅ……。そっちの方がまだマシだが、しかし……」

「とりあえず、行こうぜ。俺は準備なんて無いけど、ヴァルは水浴びぐらいしたいだろ?」

「結局、そこに戻るのだな」


 主催者がいる場では露骨に嫌そうな顔を見せるわけにもいかない。

 心のうちを見せないようにしながら、ヴァルトルーデは先に練兵場を後にした。

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