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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第三章 絶望を越えて

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3.突破(後)

 相談の結果、操船はヴァルトルーデが担当することとなった。順当な人選と言えるだろう。本人は甲板で剣を振るいたかったらしく、やや不満そうだったが。


「そもそも、討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターでも通じるとは限らないし」


 だから納得してくれと言うユウトに対し、操舵室で操船のオーブを前にしたヴァルトルーデは不満げに頬を膨らます。それが見られただけで眼福だという気持ちはもちろんあるが、放置してはおけない。


「命を預けることになるんだ。それなら、ヴァルがいい」

「ユウトはずるい。どうせ、ラーシアあたりには任せたくないと続くのだろう?」

「それがないとは言わないけどさ」


 苦笑を浮かべるユウトの胸に、ヴァルトルーデが飛び込んだ。


「だが、それを嬉しいと思ってしまう私も大概だ」


 なぜなら、弛んだ顔を見せるわけにはいかないから。


「喜んでもらえたのなら、恥ずかしい台詞を言った甲斐がある」

「恥ずかしい? あんなことを言っておいて?」

「人を羞恥心のない人間みたいに、言わないでくれ」


 微笑を浮かべながら、ヴァルトルーデがユウトの胸から顔を上げた。

 重みと熱が離れてしまうのは残念だったが、今は仕方ない。あとで、堪能させてもらえばいいだけの話だ。


「あとで、か……」

「そう。あとでだ」


 結婚式をすると言ったことは、しっかり憶えているぞと笑顔で伝える。

 そうして、表情と意識を切り替えた。


「やるぞ」


 それは、自分への宣言と言うよりはユウトへの警告。

 籠手を片方外すと、予備武器の短剣(ダガー)で指先を切り裂いた。鮮血が、雨垂れのように操船のオーブへと落ちていく。


 躊躇しないその思い切りの良さに、ユウトはなんとも言えない表情を見せた。地球へ行ったとき、アカネの両親の前でも同じことをやったが、場数を踏めば慣れるというわけでもない。


「そんな顔をしないでくれ。必要なことなのだからな」

「まあ、分かってるけどさ」


 二人の視線の先には、操舵室の中心に置かれている操船のオーブがあった。

 昨日はアカネが手を置いていたそれは、聖女の血を受け光を放つ。一瞬で操舵室を満たしたそれは、消え去ることなく船体を覆った。


「おお、羽が生えたー。あれ? なんか、エリザーベトの船を思い出すね……」

「そんな嫌そうな顔をするものじゃあないぞ」

「エグだから、そんなことを言えるんだ……」


 内容はともかく、話の内容で成功したことが分かる。


「これで、ほんとにツバサ号」


 ヨナは上手いことを言ったと若干得意げだが、ユウトたちからはその表情を見ることはできない。


「成功したようだな」

「でなきゃ、困る。人の婚約者に痛い思いをさせてるんだからな」


 ヘレノニアの信奉者の血を捧げることで、この船は完成する。


 ヴァイナマリネンの言葉通りに儀式――とも呼べないような簡単なものだが――を終え、ツバサ号は新たな能力を得た。

 いつものユウトなら、「これで終わりとは思えない。どうせ、まだなんか隠し機能があるんだろ」ぐらいのことを言いそうだが、不機嫌さを隠そうともしていなかった。


「別に、痛くなどないのだがな」


 彼女が言うとおり、大げさにするような傷ではない。

 実際、ヴァルトルーデは平然と魔法薬(ポーション)を飲んで傷を回復させていた。


「悪い。ちょっと、ナーバスになってたみたいだ」

「そういうときは、後に待っている楽しいことを考えると良いぞ」

「楽しいことね……」


 突入前の最後の準備、ヴァルトルーデに、彼女の装備に支援呪文をかけていきながら、ユウトは考える。

 そして、2秒で結論を出した。


「やめとこう」

「なぜだ?」

「そういうのは、俺の故郷じゃ死亡フラグって言うんだ。戦争へ行く前に恋人へ『この戦いが終わったら結婚しよう』なんて言うと、男のほうが戦場で死ぬとかそんな感じで」

「まさに私たちではないか」

「……確かに、手遅れか」


 まさかこんなことになるとは思わなかった――と、ユウトは笑う。

 それで、それだけで気鬱がどこかへ吹き飛んでしまった。


「つまり、ヴァルが俺にとって楽しいことになるのか?」

「そこは、もうちょっと言いようがあるだろう」

「たとえば?」

「私に、そのような難しい問題を聞くな」

「確かに」

「――ヴァル、ユウトくん。そろそろ、出発したいのですが……」


 このまま延々と続いていきそうだった会話を、遠慮がちにアルシアが中断させる。その呆れた声からも分かるとおり、悪いのは二人のほうだ。


「ああ、はい。こっちはもう、大丈夫です」

「それは良かった。私も、準備はできているわよ」

「う、うむ。そうか。アルシア一人に任せて済まなかったな」

「良いんですよ。二人が仲睦まじくすることは、義務ですらあるんですから」

「アルシア、なんか怒っていないか……?」

「怒っている? まさか」


 真紅の眼帯に隠され、瞳は見えない。

 だが、口元は確かに微笑を象っていた。それは間違いない。なのに、なぜ汗が出ているのだろう。

 ヴァルトルーデは、昔――10年以上も前だ――不心得者を折檻したとき一緒に水車小屋まで吹き飛ばしたことを思い出していた。

 あのときも、アルシアに――


「じゃあ、俺は外に出てるよ」


 不穏な雰囲気を感じ取ったユウトは、即時撤退を選択した。

 正しい。その選択は、正しい。


 しかし、正しい選択が素晴らしい未来を約束するとは限らない。


「ユウトくん、ヴァルが優先されるのは当然ですが、それだけではダメですよ?」

「あ。は、はい」


 拗ねたようなアルシアの声音に、ユウトは滅多に見せない焦燥を露わにする。


 嫉妬されている?

 そう思うと、頬が熱くなる。


(やっぱり、世界が滅ぶんじゃないか?)


 そんな他人には聞かせられない――特にアルシアには――感想は胸にしまい込み、ユウトは甲板に出た。


 中天に、漆黒の繭玉を覆う光り輝く八角形は、しっかりと存在している。

 けれど、それを補強する《大願(アンリミテッド)》で生み出した鎖は、細くなりひび割れていた。


 もう、猶予はない。


 それを確認したユウトは、表情を引き締めて船の縁へと向かう。海風で白いローブがはためき、アルシアを従えて進む様は、威厳すら感じられた。


 向かった先に、ヨナたちも固まっていた。

 それは、別れを済ますため。


「じゃあ、行ってくるわ」

「気をつけてね」


 縁から顔を出したユウトが、砂浜に下りた幼なじみの少女と別れをかわす。深刻さは皆無。このシチュエーションで、紙テープみたいなのを持ってたほうが良いんじゃないかと二人して気づいてしまい、余人には通じない感覚を共有しているほどだ。


「私が祈っても無駄でしょうし、センパイたちなら全力を尽くしてくれることでしょう。だから、私はただ普通に待っています」

「ああ。そうしてくれ」


 真に迫った真名からのはなむけの言葉に、ユウトは力強くうなずいた。魔術師(ウィザード)にしては唯物的だが、実に彼女らしい。


「なんか、乾いた別れだねぇ」

「ここで愁嘆場を演じられてもな。エリザーベトさんなら、もっと嘆き悲しんでくれそうだけど」

「はい。出発しよう、しゅっぱつー」


 反撃されると分かっていても、言わなければならないのが草原の種族(マグナー)なのだ。


 すっかりささくれた心が癒されたユウトは、操舵室へと合図を送る。

 ヴァイナマリネンやメルエルもアカネたちと一緒にいたが、言葉を交わす必要などない。


「出るぞ!」


 ヴァルトルーデが宣言すると同時に、帆が風をはらみ、滑るようにツバサ号が海上を進みだす。

 そのまま十数メートルも移動した頃、波濤を切り裂く船体が浮いた。

 舳先が斜め上を向き、船底が完全に海から離れた。


「浮いてる浮いてる」

「でも、空飛んでるだけだし」

「それは同感。というか、これじゃ風を感じられないね」


 ヨナとラーシアがこの現象に歓声を上げたものの、すぐに、大したことじゃないやと平常心を取り戻した。

 ヴァルトルーデが一緒だったら、拗ねているところだろう。


 そうユウトが、子供たちを生暖かい視線で見つめる。


「あっ! 今、ヨナと同類にされた気がする」

「仲間」

「ええい、ボクは成年男子だよ。肩を組もうとするんじゃあない」

「緊張感のないことですね」


 そう評するアルシアも、声は笑っていた。


「それで、あのままで突っ込めるのか?」


 一人黙然と空に視線を注いでいた岩巨人(ジャールート)が、ぽつりとつぶやく。


「まさか。そりゃ無理だ」

「ええ、まずは封を解くことからですね」


 順調に空の旅を続けるツバサ号。

 ほんの数分で目的地へとたどり着き、船首が《奇跡(テウルギィ)》による封印に触れようとしたその瞬間。


「道よ、開け」


 アルシアのめいに従い、包んでいた鎖と一緒に、ガラスが割れるように崩壊した。

 漆黒の繭玉が露わになると同時に、幾本ものねじくれた触手が襲いくる。ユウトたちを警戒してというよりも、この世の者はすべて滅ぼすというだけだろう。


「しっかり、掴まっておけよ」


 操舵室から聞こえる、余裕のない声。

 練習もできずに、掴まったら終わりという攻撃を回避しなければならないとあって、聖堂騎士(パラディン)の声も切羽詰まっている。


 だが、操船は見事だった。


 矢弾のように飛来する滅びの触手を、船体を傾けて避け、急停止と急降下をも駆使して避けていく。あっさりと、三次元機動をものにしているのには、ユウトも驚いた。


「なにやらせても、ヴァルはすげえな。これが天才ってやつか」

「勉強以外は」

「言うなって」


 ヨナのストレートな指摘に苦笑を返しつつ、天を仰ぐ。全員に《長距離飛行(オーヴァ・フライト)》の呪文を使用しているので、余程のことがない限り振り落とされる心配はしなくて良い。


 問題は、やはり敵の攻撃だ。

 今のをかわしたからといって、それで終わりではない


「オレが迎撃するか」


 二の矢三の矢が向かっているのを見たエグザイルが、提案の形をした確認を口にする。


「止めといたほうが良いと思うなー」


 それを止めたのは、相棒である草原の種族。

 無造作に矢をつがえ、天を射る。


 その神業とも言える腕前で、ねじくれた触手を見事に射貫くものの、痛撃は与えられない。なぜなら、触れた瞬間に矢が消滅してしまったから。


「うん。どうしようもない」

「じゃあ、《エレメンタル・ミサイル》」


 続けてヨナが超能力(サイオニックパワー)を放つが、結果は一緒だった。


「出番なしか」

「中に入ってから、いくらでもあるさ」


 ユウトが、軽い調子でエグザイルをフォローする。

 実際、この程度は想定の範囲内。


「ヴァル、操船は任す。とにかく、あの黒い繭玉に取りついてくれ」

「承知した――ッッ」


 ツバサ号が加速した。次々と迫るねじくれた触手をかわし、時折遠回りしながらも、絶望の螺旋(レリルーリア)の一部へと近づいていく。

 名は体を表すではないが、白銀の優雅なフォルムの船は空を征くに相応しい。


 風景が、あっという間に後ろへ流れていく。


「さて、そろそろかな」


 ヴァルトルーデ以外の誰が操船しても、途中で消滅させられていたことだろう。それほどまでに、彼女の腕は際立っていた。


 しかし。


「限度があるな、これは」


 先頭に立つエグザイルが、低く重たい声で目の前の光景を評する。

 実に、的を射た表現だった。


 なにしろ、ねじくれた触手が絡み合い、壁のようになって行く手を阻んでいるのだから。


「ユウト、征くぞ!」

「ああ。頼む!」


 それでも、彼らは前進を選んだ。

 無論、自暴自棄でもなんでもない。


「《光彩の砦フォトン・フォートレス》も、長くは持ちませんよ」

「一瞬あれば充分さ」


 アルシアがツバサ号の周囲を覆うように準備していた、《光彩の砦》。

 第八階梯の神術呪文により、触手は退けられる。


 ねじくれた壁に、穴が開いた。


「オッサン、頼む」

「任せろ」


 同時に、《光彩の砦》も破られた。

 あらゆる悪と暴力から守護する強力な結界も、一時しのぎに過ぎない。


 だが、先ほど言ったとおり、ユウトにとってはそれで充分だった。


 ヴァイナマリネンから渡された暗き深淵の宝玉オーブ・オブ・ディスラプトを、エグザイルに預ける。

 そして、岩巨人は――事前の打ち合わせ通り――漆黒の繭玉へと投擲した。


 暗き深淵の宝玉は、しかるべき手順を踏むことで周囲に破壊をもたらす秘宝具(アーティファクト)だ。

 例えば、対となる秘宝具、輝く無の宝珠(ホワイトオーブ)をぶつけるといった方法があるが、今回は、それはできない。


 では、どうするのか。


「さすが、ラ・グで鍛えただけのことはある」


 ほめているのかどうか分からない声を上げると同時に、ユウトは呪文書から9ページ分引き裂いた。

 《光彩の砦》が消えたことで猛烈に吹き付けるようになった風が、髪を乱す。


 それでも、集中が途切れることはない。


「《魔力解体(アイソレーション)》」


 最強の対魔術呪文。

 その光が、秘宝具を包む。


《魔力解体》は、魔法具(マジック・アイテム)をがらくたに変える。バルドゥル辺境伯家の銀嶺(シルヴァリオ)のように。


 では、秘宝具に使うとどうなるのか?


 その強力な魔力すべてを無効化するのは困難だ。

 ユウトが、黒檀の狂熱の宝珠(エボニィ・オーブ)を消滅させたような例外を除き――爆発する。


 そして、それが狙いだった。


 暗き深淵の宝玉が、周囲に滅びをぶちまける。


 絶望の螺旋が内包する滅びの性。

 ゆえに、抗することなく。いや、抗することなどせず、ねじくれた触手は取り払われ、繭玉に大穴が開いた。


 所詮は、一時的な状態。間を置かず、再生することだろう。

 だが、ユウトが何度も言っているとおり、ほんの短い時間で良いのだ。


 その間隙を縫うように、ツバサ号は悠々と繭玉に開いた大穴から内部へと侵入した。

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