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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第三章 絶望を越えて

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1.一夜明けて

 東から太陽が昇る。

 まだ世界が存続していることに感謝を捧げつつ、ユウトはツバサ号の甲板から暁を眺めていた。

 明け方の体を芯から冷やすような寒さに、思わず首をすくめる。《対熱・耐寒(コージネス)》で防寒すればよかったかとちらりと思うが、それも堕落しているようで気が引けた。


 マストに寄りかかりながら、奇跡と願いにより封じられた漆黒の繭玉へと視線を動かす。


 アーモンドのような形のそれから触手が何本も生え、聞く者を不安にする擦過音が始終鳴り響いている。時折垂れ落ちる黒いなにかは、《奇跡(テウルギィ)》により生み出された封印の一部を同じ色に染め上げていた。


 それでも、世界は滅びていない。

 無事夜が明けて、世界で最も喜んでいるのは間違いなく彼だ。


 ヴェルガが扉となったことに責任を感じている――からではない。では、あの手を取ればよかったのかということになってしまう。

 それは、ありえないことだ。


「ひどい顔だな、ユウト」

「おっさん。思春期の若者に、それはひどくない?」

「思春期がよく分からんが、若者がそんな言い方をしないことは分かる」


 甲板に上がってきたエグザイルと、他愛もない会話を交わす。彼の低く重たい声が、今は耳に快い。

 それだけで、ユウトの心は軽くなった。


 タラスクスとの死闘を終えた岩巨人(ジャールート)に、疲労の色はない。この緊急事態に力を借りようと《瞬間移動(テレポート)》で迎えに行ったユウトが絶句したほどの負傷も、アルシアにより治癒されている。


「まあ、ひどくやられてたみたいだしな」


 ユウトが夜明けを迎えられて安堵した理由。

 重傷を負ったばかりのエグザイルが「ひどい顔」だと表現した訳。


 それは、ユウトが代わる代わる受けた折檻と糾弾と哀訴と誘惑と。一言では言い表せないいろいろが、夜の間に行われていたからだった。

 会話のなかで思い出してしまい、夜明けの寒さとは別の理由で体を震わせる。


「おっさんも気をつけたほうがいいぞ。今回だって、スアルムさんが知ったらただじゃ済まない」

「スアルムはそんなことにはならんさ」

「俺も、ヴァルやアルシア姐さんは違うと思ってたよ」


 アカネが入っていないのは、どういうことなのか。

 その理由が気になったが、エグザイルはなにも言わない。ただ、経験者の言葉は尊重すべきだろうと結論づける。

 臆病は敵だが、慎重さは美徳だ。特に、岩巨人にとっては。


「言いたいことは分かったが、それでもオレがそこまで心配されることはないな」

「タラスクスと一騎打ちしておいて、よく言うぜ」


 ユウトの返答はもっともだったが、どうにも説得力に欠ける。

 それは、寝起きでしょぼくれた「ひどい顔」をしているだけでなく、頬に叩かれた痕が残って「ひどい顔」をしているをしているからに違いない。


「まあ、今回は全面的に俺が悪いしな」


 背中を預けていたマストから離れ、ユウトは甲板をゆっくりと歩く。昨日の激戦を示す痕跡は、なにひとつ残ってはいなかった。

 エグザイルも散歩に付き合った。考えてみれば、彼はツバサ号の見学もろくにしていない。


「そうやって認めるから、あんなことになったんだと思うがな」

「だって、変に言い訳するのも見苦しいっていうか――そういうものなのか?」


 潔さがすべてを肯定するとは限らない。

 早朝の甲板を歩きながら、ユウトは昨夜のことを思い出していた。





 ヴェルガ――絶望の螺旋(レリウーリア)をいったん封じ込めたあとの話だ。

 変に武士道精神のようなものを発揮してしまったユウトは、エグザイルの送迎を終えると、船室の床に正座した。自主的にしたのか、それとも周囲からの圧力に屈した結果なのか。

 部屋で待っていた仲間たちの顔を見たとたんに阿吽の呼吸で行なったため、それを判別することは難しい。


「大変、ご迷惑をおかけいたしました」


 即座に、全面降伏。

 土下座までとはいかないが、堅い床に正座したまま頭を下げる。


 周囲を取り囲む、ヘレノニアの聖女、トラス=シンクの愛娘、女騎士爵、アルビノの少女、異世界の魔術師(ウィザード)

 彼女たちは一様に押し黙り、不機嫌の見本市といった様相を呈していた。


 その輪から離れた位置に草原の種族(マグナー)がいる。

 椅子を前後逆にし、背もたれにあごを乗せた格好で、にやにやと笑っていた。ユウトの船室に備え付けられていた椅子ではこうはできない。わざわざ、自分の船室から持ち込んだものだ。


 エグザイルは重傷を負った直後のため別室で休ませ、ペトラは両親が心配しているだろうと実家に帰している。


「とりあえず、立ってくれ。話しにくい」


 ヴァルトルーデが代表して、ユウトを促した。不機嫌というよりは困っているように見える。


「まあ、そう言うなら」


 逡巡したものの、確かに話が進みそうにないと判断し、ユウトは立ち上がる。そして、ベッドへ移動。皆もベッドや持ち込んだ椅子に座り、話し合いの準備が整う。


「ねむい……」

「寝ていいんだぞ?」


 ただ、ヨナだけはユウトの背中へ妖怪のように体を預けていたが。


「まずは、どういう状況かを説明してほしいのですが」

「それもそうだな」


 小さく手を挙げる真名の要望はもっともだ。

 アカネも完全に理解しているわけではないはずだが、一度実物を見ているのは大きい。


「ヴェルガ――悪い神様が、世界を滅ぼすもっと悪い神様に取り込まれて、宇宙が危ないってところか」

「……よく分かりました。人知を超えた存在ということが」


 聞いたところで、どうにかなる話ではなかった。


「となると、対処法の有無が問題になると思われますが、教授(プロフェッサー)

「なくはない……と思う。一時的にせよ、封印はできているし」

「そうですね。ただ、封印がいつまでも有効とは思えません。時間をかけることで、絶望の螺旋が完全なる顕現を果たしてしまう可能性もあります」


 目は見えなくとも、気配や感情感知の指輪で水を向けられているのは分かった。

 ユウトの求めに応じ、自らの知識と神託で得た情報を総合して現時点で最も確度の高い推論を口にする。


「いずれこちらから封印を解いて、あの内側に潜入。扉となったヴェルガを消滅もしくは救出しなくてはならないでしょう」

「つまり、ダンジョンに潜って敵を倒すわけだ。今まで通りじゃん」


 やや輪から外れたところにいるラーシアが、茶化すように言った。

 場の雰囲気をどうにかするためか、それとも本心なのか。どちらでもありそうだ。


「そうだな。やることは変わらん。イル=カンジュアルのときもイグ・ヌス=ザドのときも、まかり間違えていたら世界は滅んでいたわけだしな」

「いや、そういう開き直りは一般人としては歓迎できないんだけど……。そもそも、何度滅びかけてるの、この世界……」


 さすがファンタジーと感心していいのだろうか? しかし、戦う術を持たないアカネでは、ユウトたちに任せるしかないのも確かだ。


「分かりました。私にできることがあれば、なんでも言ってください。大したことはできませんが」

「ありがとう。その言葉だけで嬉しいよ」

「それでは、あとは婚約者の方々にお任せします」

「え?」


 真名が、船室の入り口まで下がって距離をとる。ここからは、恋人たちの時間だ。


「そうね。勇人が眠ってる間にどうなってたのか、はっきりさせておかないとね」

「センパイが夢のなかでなにをしたかは、私の記憶に残っていますから」

「その通りです、教授」


 あるいは、マキナが保存したデータを上映するのが手っ取り早いのかもしれない。だがそうすると、あの恥ずかしい告白まで暴露される危険性もある。

 慎重で有能な一級魔導官は、延焼を防ぎながら糾弾の場を整えた。


「今はそれどころじゃないんじゃ……」

「世界が終わる前に、聞いておかないとね」

「そうですね。ユウトくんが本当に嫌なら無理にとは言いませんが」

「率直に言えば、気になる」

「……ぐぬ。いや、世界を終わらせる気はないけどな」


 旗色が悪いというレベルではない。

 それに、秘密にするのも不誠実だ。夫婦円満の秘訣は、隠し事をしないことだと父も言っていたではないか。黙っていても、不思議な嗅覚でかぎつけられると。

 

「なにをって、まあ、やり直しをさせられたようなもんだな」


 ブルーワーズへ転移した直後、ヴァルトルーデたちではなくヴェルガと出会っていたらどうなっていたか。

 そのシミュレーションをさせられていたのだと、ユウトは言った。


 悪の相を持つものたちに囲まれた、エボニィサークルでの生活。

 そのなかで、副宰相へと出世する過程。

 大魔術師(アーク・メイジ)となるまでの修業風景。

 最後に、ヴァルトルーデと出会い、精神世界から脱したこと。


「明白な嘘はありません」

「ないない」


 最後に真名とヨナがそう保証し、ユウトの告白は終わる。


 さすがに、ヴェルガと親愛を育んでいた部分に関しては視線も雰囲気も極寒だった。生きた心地がしないというよりは、死んだほうがまし。

 エグザイルとこの感情を分かち合いたいと思ってしまうほどに。


 だが、誰も深入りはしない。

 そのコンセンサスが形成されたあと、真っ先に反応したのはアカネだった。


「勇人……。あんたは、自重って言葉を胸に刻みなさい」

「必死だったんだよ」

「それでもよ。っていうか、あんなことにならなかったら、そのアイディアを実行されてたんじゃない?」

「どうだろうなぁ……」


 その心配は当然だが、可能性は低いと思っている。

 それどころか、ヴェルガに、帝国の発展や拡張という野心はほとんどないのではないかと疑っているほどだ。


 ユウトが思いついた政策を、数百年あるヴェルガ帝国の歴史上、誰も考えなかったとうぬぼれてはいない。

 あくまでも想像だが、彼女には未来が見えていたのかもしれない。帝国が世界を征する未来が。だから、つまらなくなった。

 クリアが見えたゲームを投げ出すのと同じ理屈だ。


「まあ、分かったわ。帰ってきたんだから、これ以上は言わない。できれば、あの女吸血鬼の人は思い出したくなかったけど……」


 教育に悪いし、密かにトラウマだった。


「そうだな。むざむざヴェルガに囚われたのは腹立たしいところだが……」

「それは本当に面目ない」

「いや、それは私たちにも責任があることだ。それに、なんだ……」


 今さらながら、あの告白を思い出し語尾がどんどん小さくなる。

 戦闘の高揚状態だったから受け入れられたが、今改めて聞かされたら、どうにかなってしまいそうだ。


 ヴァルトルーデがなにを言いたいのか気づき、ユウトも赤面する。

 なんだか、公開処刑されている気分だ。やはり、はっきり全部言ったのは失敗だっただろうか?


「正直、悪いユウトもありだと思う」


 眠い目をこすりながら、ヨナが危険な感想をもらす。けれど、それは挙動不審なヴァルトルーデ同様、綺麗に黙殺された。


「しかし、私とヨナがいないのは、どういうことなのでしょうか……」


 そして、今まで一言も発しなかったアルシアの関心は別に向いている。人一人いないだけで、それほど歴史が変わるのだろうか。

 それとも、ユウトがそれほどの定めを持っているからか。


 彼女としては、彼が戻ってきてくれた時点で、すでにわだかまりはなかった。

 それは、久々に名前だけで呼ばれて、浮かれているから――というわけではない。もちろん、嬉しくないわけでもないが。


「アルシア、笑ってるー?」

「そんなことはありませんよ」

「とにかく、ヴァルはヴェルガに勝ったわけだ。ユウトのナンバーワンだよ、おめでとう」

「うっ。まあ、そうか? そういうことになるのか?」

「そうそう。でも、痴情のもつれには気をつけないといけないよね!」


 ラーシアが、手を叩いて笑う。

 逆の立場になったら――なにかやらかしてリトナとエリザーベトに詰め寄られたら――どうしてくれようかと恨みがましい視線を送るものの、八つ当たりに過ぎないことは分かっている。

 そして、ユウトがそう内省していることを知りつつ煽っているのだから、草原の種族は心底性質が悪い。


 もちろん、嫌がらせではなく、こうしたほうがユウトの罪悪感も薄れるだろうと思ってのこと。本当だ。間違いない。


 ――と、少なくともラーシアは、そう信じている。


 だから、このあと乱入してきたヴァイナマリネンに思いっきり折檻されるユウトを目の当たりにしても、微笑むだけで手出しはしなかった。


 はっきり叱ってもらったほうが、後腐れがなくなる。


 そんな、心の声を聞かれたら、「草原の種族が言えたことか」と反射的に指摘されそうな感想を抱いて。


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