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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 幕間2

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それぞれの決着

今回は幕間です。

 悪の半神が、絶望の螺旋(レリウーリア)の狂気に飲まれる少し前のこと。

 百層迷宮にも、奇跡が訪れようとしていた。


「《大願(アンリミテッド)》」


 ヴァイナマリネンが行う現実改変。

 大賢者とうたわれ崇敬を集める彼でもなお、《大願》のみで大氾濫を停止することはできない。


 それくらい百も承知だ。 


 大賢者ヴァイナマリネン。

 百層迷宮を踏破した冒険者『パス・ファインダーズ』の一員であり、たった一人で天上へ赴き叡智を手に 入れ、数々の呪文を開発し、世界各地の王家からも助言を請われながら気が乗らなければ一顧だにしない。

 近年は別世界の歴史や技術に魅せられ、さらなる研鑽を積んでいるという。


 その彼が、願った。


 無貌太母コーエリレナトに巣くい、大氾濫を起こしている元凶。

 それを、目前に顕現させることを。


 宝石が砕け散り、百層迷宮の一角を絢爛な光のアートで彩った。

 永遠の輝きなど不要。

 閃光のような一瞬の輝きこそ永遠。


 果たして、現実に変化が訪れた。


 大賢者とその弟子であるメルエルの目の前に、大蛇を引き連れた妖艶な美女が姿を現す。 


 リリト。 

 闇の聖母とも呼ばれる悪の天使(エンジェル)。姦淫と産卵を司り、ハーピィやセイレーンなど、女性型の魔獣を数多く生み出したとされる。悪の神に仕えるものだが、コーエリレナトの眷属と分類する賢者もいる。

 秘跡(サクラメント)により、無貌太母のなかに埋め込まれ、異常な出産――モンスターの出現――の原因となったもの。


 老人たちと美女が、迷宮のなかで顔を合わせる。


 異常な邂逅。

 メルエル学長が引き連れる黒色竜兵(マヴロ・スパルトイ)と相まって、名状しがたい光景となった。


「メルエル、口説いてみるか?」

「私など、相手にされないでしょう」

「ふんっ、相変わらず淡白な奴よ」


 面白くなさそうに鼻を鳴らし、ヴァイナマリネンは会話を打ち切った。弟子の色恋沙汰を心配しなければならないような年齢でもない。


 一方、リリトは混乱していた。

 無理もない。悪魔諸侯(デーモンロード)の意識を部分的に乗っ取り、モンスターを大量発生させていたと思ったら、大魔術師(アーク・メイジ)二人が目の前にいるのだ。

 可能なら、今一度コーエリレナトと同化したいところだが、それもヴェルガの秘跡あってこそ。


 逃げるしかない。

 

 人外の美貌を歪ませながらそう決断したリリトだったが、それを大賢者が許すはずもない。


「《四門竜召喚(フォース・ドラゴン)》」


 ヴァイナマリネンが呪文書のページを切り裂き、悪の天使の周囲に展開。それは即座に巨大な門へと姿を変えた。

 扉が開き、現れたのは四体のドラゴン。

 それぞれの門から首をもたげた黄金竜(ゴールドドラゴン)赤竜(レッドドラゴン)白竜(ホワイトドラゴン)黒竜(ブラックドラゴン)が、大きく口を開く。

 同時に放たれる、四種の吐息(ブレス)


 その亜神級呪文(イモータリィ・スペル)を受け、リリトは跡形もなく消滅した。


「さて、外も終わっている頃だな」


 部屋の片づけを終えたといった風情で、ヴァイナマリネンは弟子に語りかける。メルエルも慣れたもので、苦笑ひとつ浮かべていない。 


「どういう終わりかは分かりませんが」

「それを確かめに行くんだろうが」

「では、後始末は受け持ちましょう」


 黒色竜兵を従えたメルエルが、さらに地下を目指す。

 大氾濫の元凶を滅ぼしたとはいえ、その間に出産したモンスターが消えるわけではない。それを駆除しないわけには、安心できない。


 師弟の道が交差し、また別れる。


 地上へ戻った大賢者ヴァイナマリネンは、ヴェルガを扉として顕現しようとする絶望の螺旋(レリウーリア)を目の当たりにし……。

 とりあえず、ユウト()の頭に拳骨を振り下ろした。





 戦場の喧噪は、後方から聞こえる。


 転移を終えたアルサスは、思わず苦笑した。

 無理もない。周囲には見渡す限り、敵敵敵。 


 ヘレノニア神の分神体(アヴァター)は、彼を確かに北の塔壁へと転移させた。

 彼自身、それを望んだ。


 それでも、ゴブリンとホブゴブリンとコボルドとオーガとトロルとジャイアントと。ありとあらゆる悪の相を持つ亜人種族に囲まれている状況は笑うしかない。


 だが、それはあまりにも一方的な感想だろう。


 後方――彼らから見て――で出番を待っていたところ、見るからに立派な聖堂騎士(パラディン)がいきなり現れたのだ。ぎょっとして、反応できない。


「なるほど。こうなると私が有利か」


 トレイターを振り切って周囲のゴブリンの首を刎ね飛ばしながら、アルサスがつぶやく。確かに、覚悟ができていたのは彼のほうだろう。

 けれど、十重二十重に囲まれている状態を「有利」と表現するのは、常軌を逸している。


「指揮官は誰だ?」


 オーガの胴を両断しながら聞くが、当然ながら応えはない。ようやく放心から脱した悪の相を持つ亜人種族たちが、叫声を上げて殺到する。


 こうなっては仕方がない。

 乱戦状態のまま、アルサスは宝剣を振るう。


 当たれば、即ち致命傷。

 そして、この状況なら、目をつぶっていても当たる。


 オーガの棍棒が、ゴブリンの錆びかけた槍が、前後左右から襲いきても、まるですべて予知をしているかのように、トレイターで受け止め、反撃を放つ。


 どのくらいそうしていただろうか。

 さすがのアルサスも、倒した敵を数えるのを放棄した頃に、トレイターが光をはらんだ。

 そして、炸裂。

 清浄なる光が5メートルほどの範囲を覆い尽くし、悪を討つ。


 第五階梯の神術呪文、《聖光(ホーリーブラスト)》と同じ能力。任意のタイミングで放てるわけではないが、それを敵が知るはずもない。


 それで、心の弱いゴブリンたちが武器を捨てた。ジャイアントがその幾匹かを潰して綱紀粛正をはかるが、混乱に拍車をかけただけ。


 考えてみれば、僥倖だ。


 後方を攪乱するだけでも意味があるし、このまま進めば敵の指揮官に行き着くのは火を見るより明らか。

 それを打ち倒し、北の塔壁を救援する。


 なにもおかしい話ではない。順番通り。実に、論理的だ。


 督戦隊のような働きをするジャイアントを斬り殺し、一人進軍を開始するアルサス。その被害者は、ヴェルガ帝国軍だけではない。

 北の塔壁で奮戦する、味方も異なる意味で被害者だった。


 玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の双眼鏡を持つ物見が、敵陣のただ中で《聖光》を目撃する。目を凝らせば、一人の聖堂騎士が。

 同時に王都から緊急の《伝言(メッセージ)》が飛び、神の手によりアルサス王が単身北の塔壁へと転移したという報告が届く。


 王が敵に囲まれ、悪を駆逐し、前へ前へと進んでいる。

 それなのに、我々はなにをしているのか。


 王の背中を見て、王の背中を追うために、兵士たちの士気(モラル)が沸騰する。クロニカ神王国からの義勇兵が間に合わなかったことを愚痴っていた者も、そんなものは必要ないと宗旨替えせざるを得ない。


 アルサス王がいれば、何者が相手でも屈しはしない。

 王が最前線を征くのに、奮い立たないものなどいない。


「王を追えーー」

「絶対に、傷つけさせてはならんぞ!」


 北の塔壁から上がった叫びがうねりとなって、戦場を支配した。


 今日この日から、アルサスは迅雷王と呼ばれることになる。

 それは彼が欲した、英雄の証だった。





 タラスクスは歩みを止めない。止める理由がない。

 沈みゆく夕陽のなか、赤く染まる岩巨人(ジャールート)の存在など、気づくはずもない。


 両者には、それほどの隔絶があった。


 それはあまりにも高く、広く、長く。

 非生物に対する形容を用いざるを得ないほど、非常識な存在で。

 つまり、巨大だった。


「ふんっ」


 射程内――10メートルほど――に入ると、エグザイルは力任せにスパイク・フレイルを振るった。一息で、6回はタラスクスの脚に命中しただろうか。

 その度に、反動で岩巨人からの血が流れる。


「グオオオオオッッンンッ」


 あまりの衝撃に、タラスクスが悲鳴を上げた。


 無限とも言える耐久力、あらゆる障害を踏みつぶす破壊力、捕まえた対象を丸飲みにする悪食。それに、魔力を反射する甲羅。

 伝説……いや、神話に出てくるような怪物だ。


 それが、悲鳴を上げた。


「ラーシアくんの友達は、パワフルね」

「そういう問題じゃねえだろ」


 癖っ毛を帽子に収めた草原の種族(マグナー)のリトナと、ユウトの魔術の師テュルティオーネが嬉しそうにあきれたように言う。

 二人は、離れた場所から岩巨人と怪物の殴り合いを見守っていた。というよりは、介入を拒否されたというべきだろう。


 足手まといを気にかけていられる相手ではないのだ。


「グォオオオオッッッッンンッ」


 なぜ殴られたのか、タラスクスには分からない。

 ただ歩いていただけなのに。


 それは、虫けらなど気にしない人の傲慢さに似ていた。だから、反射的に塔のような脚を振り下ろす。


 それで、不快な痛みは終わり――には、ならない。


 エグザイルは一歩も引かず、それを正面から迎撃。散々にスパイク・フレイルを打ち付けると、最後には自律稼働する大盾が側面からぶつかって、脚の軌道を変える。


 轟音とともに、タラスクスの脚が地面を踏み砕く。エグザイルのすぐ横に地割れが生まれた。


 まるで、災害だ。

 地震や台風に戦いを挑むなど、喜劇の登場人物にも存在しない。


 だが、エグザイルは絶望などしない。

 イグ・ヌス=ザドと対したときのように、狂奔もしない。


 たった一回の攻撃で、あの怪物はこちらの存在を認識した。

 それはつまり――


「殴れば死ぬ、攻撃は避ければいいし、捕まらなければ食われることもない。そして、呪文には頼らず、やはり、殴ればいい」


 確実に勝てる勝負。

 恐らく、30分も殴り続ければ、相手は動けなくなるだろう。


 分神体であるリトナでさえも、驚きに口を開けるだろう見通し。

 それを肯定するのは、エグザイル本人を除けば、ユウトしかいないはずだ。


 この二人の見解が一致する。つまり、事実と同義。


 殴って殴って殴って潰されて殴って殴って殴り抜いて。


 若干予想を超えた38分後。

 タラスクスが脚をすべて失い動けなくなったことで、それは現実となった。


「はぁはぁはぁ……」


 夕闇が迫るなか、エグザイルが地面に倒れ伏す。

 思ったよりも充実感はない。地図を持って目的地へ歩き始めたら到着したという当たり前の話。


「ユウト、無事なのか……?」


 端から見れば、無事ではないのは岩巨人のほうだ。

 体中の至る所から出血し、装備もぼろぼろ。満身創痍の見本のような状態。


 それでも、胸をよぎるのは海を隔てた向こうにいる仲間のこと。


 この大敵を倒した直後に、世界の危機と相対することになるとは、エグザイルは想像もしていなかった。

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