表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第二章 収束する戦場

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

255/627

8.Falling Down(後)

 どこまでも広がる漆黒の空間。

 四方八方。どこまで行っても果てなき広がり。


 その中心――あるとすればだが――で、ヴェルガはゆらゆらと揺れ動いていた。


 たゆたうヴェルガの心を、冷たく、ぬめった触手が撫で上げる。

 未体験の感触。思わず心が震える手触り。 


 びくんびくんと、意志によらず肉体が反応する。


 いや、それは本当に肉体なのか。

 肉体は朽ちかけ、最後の策も空振りに終わった。


 あとは、滅びを待つだけ。

 その後、近い未来に再び彼と出会い、今度こそ添い遂げる。


 そのはずではなかったのか。


「さて、蘇るまでの待機場所……といった風情でもないようであるが」


 善と悪の諸神が住まう天上。

 悪魔(デーモン)が支配する奈落。

 それらとブルーワーズら物質界の狭間に存在する異空間。


 既知のどの世界とも違うこの空間。


 悪の半神は、ゆっくりと身を起こした。

 しかし、やはり肉体の感覚は薄い。精神――魂だけで存在しているかのようだ。


 身は軽く、けれど、なにも感じない。

 鋭敏な半神の知覚能力をもってしても、なにも分からなかった。


 生命の気配も、大地も天空も、方向も、重力も。

 なにもかもが存在しない。


 虚無。

 この世にそれがあるとするならば、ここ以外にあるまい。


「では、そのなかにおる妾はなにものなのか」


 不毛な哲学問答をするつもりはなかった。

 そもそも、不躾にも赤毛の女帝の精神に接触した輩がいるはずだ。


 ヴェルガは、脳裏にユウトの姿を思い浮かべる。

 彼ならば、まずはしっかりと情報を収集し、その後、持てるすべてを出し切って難局を切り抜けるはずだ。概ね、破壊か殺害という方向で。


 それに倣い、ヴェルガは両目を見開く。

 見えはしない。だが、集中の焦点としては充分だ。


 なにも存在しない、果てなき空間。

 そのはずだった世界。


 唐突に、悪の半神の目前に影法師が現れた。


 漆黒の虚無で、踊るシルエット。

 闇よりもなお、深きもの。


絶望の螺旋(レリウーリア)……ッッ」

 

 その姿を目の当たりにしたことなどない。

 だが、神の直感により、一足飛びに正解へとたどり着いた。


 ねじくれた巨人。

 いくつもの海洋生物が混ざった合成生物。

 とぐろを巻く羽虫の集合体。

 実体を持たぬエネルギーの影。


 影が揺らぐ度に、異なる姿を取る。

 そのすべてが絶望の螺旋であり、そのすべてが絶望の螺旋ではない。

 

 その不定形のカミが、再びヴェルガへ触手を伸ばす。

 触れられるのには反吐が出そうだったが、あの世界を無にするモノがなにを言い出すのか、興味はあった。


「―――__――__―__――――」

「……ッッ」


 だが、ヴェルガの予想は裏切られる。絶望の螺旋が言語など操るはずもなかったのだ。


 でたらめな意思が巨岩のような衝撃を伴って、超越者たる悪の半神に迫り来る。精神が粉々に砕け散ってもおかしくはなかった。いや、本来であれば、そうなるところだった。

〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル )の指導者であるトリアーデたちのように。


「絶望、滅び……」


 それほどの精神波を受けても、赤毛の女帝は壊れない。

 断片的な思考をつかみ、考え事をしているかのようにつぶやきを漏らす。 


「絶念……自暴・破滅――」


 幾度となく、触手の形をした絶望がヴェルガの肢体を撫で回す。物理的にそうあるわけではないだろうが、粘液でぬめり、吸盤が吸い付き、太くねじれた触手だ。

 それは徐々に徐々に、彼女の精神を侵していく。


 何度もの接触に耐えきったのは、悪の半神なればこそ。


 しかし、繰り返される度にイメージが、絶望の螺旋の意思が明瞭になっていく。


 ――ユウトは、永遠に手に入らない。


 それは、恐怖。

 そして、薄々気づいていた絶望。


 彼は光を選んだ。

 ヴェルガを選ばなかった。


 ヴァルトルーデ・イスタスを選んだ。


 数年後、数十年後なら選んでもらえるなど、なぜ言い切れるのか。ありえない。そんなことは、決してあり得ないのだ。

 星をつかもうと手を伸ばしても、届きなどしないのと同じだ。だからこそ、彼に恋い焦がれたというのに。


 ヴェルガの心がむき出しになり、自信が確信が打ち破られていく。


 それは元々あった、精神の綻び。絶望の螺旋はそれを突き、えぐり、拡大する。


 そんなことを許容できるのか。


 許せない、認められない。

 だが、事実は変わらない。


 捨てられた。選ばれなかった。


 彼が手に入らない世界に意味はあるのか。

 そもそも、生命に意味などあるのか。


 人も神も、不滅ではいられない。


 ならば――


「なるほど。これが、絶望か」


 ふわりと、ヴェルガは微笑む。

 身を焦がすような激情も、今は快い。


 絶望の螺旋は世界に滅びをもたらすもの。

 善と悪の諸神が手を携え封じた唯一のもの。


 それに侵されたとあれば、ユウトも慌てふためき、救出に動くだろう。


 絶望のなかの唯一の希望。


 最後にはそれすら切り離し(・・・・)

 ヴェルガは絶望に身を委ねた。





 ユウトへと手を伸ばし、ついにそれが届くことはなかったヴェルガ。

 静かに朽ちようとしていた赤毛の女帝が、不意に身を強張らせた。


 なにが起こっているのか。なにが起ころうとしているのか。

 分からない。根拠はなにもない。

 にもかかわらず、ユウトは思わず叫んでいた。


「ヴァル、離れろ!」


 婚約者へと警告を発すると同時に、ユウトも飛び退る。

 視界の中心に、夕陽のなかで空に浮かぶヴェルガがいた。もし彼女に意識があれば、淫蕩な微笑みで喜びを表していたかもしれない。


 そんなことを考えながら、ユウトはヴァルトルーデと合流し、ゆっくりと落下してツバサ号の甲板に降り立つ。


「いろいろ、悪かった」


 真っ先に近づいてきたのはラーシア。次いで、鋼鉄の魔導人形(アイアン・ゴーレム)にモンスターの処分を任せたアルシアも合流する。


「それは、あとで諸々請求するけどさー」

「されるのか」

「あれは、どうなってんのさ」


 ラーシアの視線の先。

 宙にたゆたうヴェルガから、黒い霊気(オーラ)が放出されていた。

 不吉で、邪悪で、おぞましい霊気だ。


「禍々しい気配を感じますが……」

「なんだか、怖いです」


 遅れて合流した真名とペトラも、不安そうに天を見つめる。


「まだ、終わってはいないようだな」 

「いいえ。終わりはしました。次が始まっただけでしょう」


 神に仕える二人が、確信とともにうなずいた。あの邪悪は、放置し得るものではないと。


「とりあえず、やれることをやろうか」


 あくまでも気楽に、草原の種族(マグナー)大型弩砲 (バリスタ)に取り付き、問答無用で発射した。ほとんど角度はなかったが、ラーシアの腕前であれば関係ない。

 槍と見紛うばかりの飛翔体が仰臥するヴェルガへと直進する。ここまで巨大な矢であれば、急所もなにもない。胴体に当たればそれだけで致命傷だ。


 そう、命中すれば。


 ヴェルガの闇色のドレスに達する遥か手前で、大型弩砲の攻撃は打ち落とされた。ヴェルガの背から生えた捻くれた触腕で。

 いや、打ち落とされたでは正確ではない。触腕に接した瞬間、跡形もなく消滅したのだ。


 それで、理解した。


「絶望の螺旋……ッッ」


 思わず、ユウトがうめく。奇しくも、それはヴェルガと同じ反応だった。

 それを知る由もなく、大魔術師(アーク・メイジ)は頭脳を回転させる。


 どうやったのかは分からないが、オベリスクではなくヴェルガを扉として顕現しようとする絶望の螺旋。それを退ける方法は――決まっている。


 いくつもの奇跡が必要だ。


「アルシア!」


 身も世もなく、ユウトは声を荒らげる。叫ばずにはいられなかった。そうしながら彼も、呪文書のページを切り裂く。

 ヴェルガの肉体は、内圧に耐えかねたように大きく膨らみ、体全体から邪悪な霊気を噴出している。


「死と魔術の女神トラス=シンク、究めし御方よ! 我は牢獄を望む! 邪悪なるもの、世界を無に帰すものを封じる永久の牢獄を!」


 知覚するのも困難な速度で、ヴェルガの肉体がめくれる(・・・・)

 変じたは、漆黒の繭。

 もはや、赤毛の女帝の面影はどこにもない。


「――《奇跡(テウルギィ)》」


 その黒い繭を光の壁で包み込む。夕陽を反射する八角形のプリズムが、絶望の螺旋をその場にとどめおく。

 青き盟約(ブルーワーズ)が結ばれたフォリオ=ファリナで、奇跡が生まれた。


「《大願(アンリミテッド)》」


 さらに、第九階梯の大魔術が続く。

 惜しむ様子もなく高価な宝石を粉砕し、現実改変を実行する。


 その願いは、奇跡の強化。

 降臨願ったトラス=シンク神の力。それにより行われた封印を幾重にも補強すること。


 呪文書のページが砕け散った宝石と混じり、光の帯となって八角形の檻に絡みついた。そして巨大な鎖となって、漆黒の繭玉を覆い隠す。


 魔力を使い果たせば扉が閉じた永劫密林でのケースとは、事情が異なる。

 核となるヴェルガの魂を、消滅させる手段はない。ゆえに封印を選んだ。


 最善の選択。

 けれど、いつまで保つかは分からない。それほどまでに強大で、邪悪な存在。


「勇人……」

「心配ない……って、言えればいいんだけどな」


 操舵室で事態の推移を見守っていたアカネとヨナも、ようやく合流した。再会の喜びなどなく、幼なじみの少女は不安げに名を呼び、ヨナはローブの裾をつかんで放さない。


 災禍の中心に、新たな厄災が姿を現した。

 この世界を、宇宙を滅ぼしかねない存在を前に、ユウトたちはただ天を仰いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ