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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第二章 収束する戦場

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4.精神世界で:覚醒(後)

 すいません。前回「(前)」を入れ忘れていました。

 というわけで、短めですが後編です。

 いつ、どのようにして現れたのか。

 それを疑問に思う者も、追及しようと思う者もいない。


 相手はあのヴェルガだ。それくらい、できるのだろう。


 悪の半神とヘレノニアの聖女が、ユウトを挟んで相対する。

 しかし、ヴァルトルーデはヴェルガを見ているが、赤毛の女帝はそうではない。

 彼女はただ、愛しい男を見つめていた。


「ヴェルガ」


 ユウトは、その視線を真っ正面から受け止める。それが、自身の義務だと言うかのように。

 先ほどまで、ヴェルガには聞かせられないような話をしていた。それでも、話をしないことには先に進めない。彼女の意図がどうあれ、感謝の気持ちに嘘偽りはない。


「ユウト、なぜそこにおる?」

「単に、話をしに来ただけだよ」


 なにもないと言うユウトに対し、ヴェルガは小さく頭を振る。

 一見、会話は成立していた。だが、違う。そうではない、そうではないのだ。


 どうして、側に来てくれないのか。

 どうして、あの忌まわしい聖堂騎士(パラディン)と一緒に、こちらに視線を向けているのか。

 どうして、こんなに距離があるのか。


 これでは、現実の繰り返しではないか。


 ヴェルガが失敗を悟ったのは、この瞬間だったかも知れない。


「彼女から、この世界の話を聞いたよ」

「……なるほどの」


 赤毛の女帝は顔色を変えなかった。予想していた言葉だ。かといって、歓迎できる事態でもなかったが。


「それで、ユウト。妾とその女、どちらの言葉を信じるのかえ?」

「どちらを? そんなのヴェルガに決まってる」

「なんだと!?」


 まさか、今までの流れで否定されるとは思わなかったのだろう。ユウトの背後で、ヴァルトルーデが抗議の声を上げた。

 一方、ヴェルガの顔には、ようやく微笑が戻る。


「ここまで洗脳が進んでいたとは」

「そもそも、なんの権利があって妾とユウトの会話に割り込むのか」

「権利? 不思議な話だな。私は、正しいことを為そうとしているだけだ」

「虫酸が走るわ」


 対立する二人を前に、ユウトは目をつぶった。

 現実逃避をしているわけでも、ましてや、二人の美女が自らを巡って争っているのに浸っているわけでもない。


 ユウトは、心を整えていた。


 すでに、決めたことだ。伝えようとしていたことだ。

 そのタイミングが、少し早くなっただけ。


「妾の版図に土足で入って、無事で済むとは思わぬことよ」

「それには謝罪するが、悪は見過ごせぬ」

「ヴァル、なんかずれてる!」


 草原の種族(マグナー)の指摘に、ユウトは自然と顔を綻ばせる。なんだか、感性が近いように思える。会ったばかりだが、いい友達になれるかも知れなかった。

 それで、すとんと緊張感が抜ける。


「ヴェルガ」


 そして彼は、決意した。

 言葉を探す必要などない。口を開けば、思いが形となってあふれ出す。


「右も左も分からない俺を保護してくれたこと。とても、感謝している。最初にヴェルガと出会わなければ、とっくに野垂れ死にしてただろう」


 そもそも、オベリスクがあるあの空間から外に出られたかどうかも分からない。

 異境の地で、理不尽に死ぬ。

 今でも思わず怖気を振るうほどの恐怖だった。


「そのことだけでも、俺は君に返せないほどの恩がある」

「ユウト……」


 それは、ヴェルガのわがままから発したもの。本来であれば、受け取れるはずもない言葉。

 悪の半神はなにも言えない。

 言えば、自分ですべてを崩壊させてしまうのだから。


「仕事は大変だったけどおもしろかった。呪文もいろいろ使えるようになって、自信がついたよ。全部ヴェルガのおかげだ」


 ちょっとした思いつきでも役に立てる。それを、こんな高校生なんかが実行できる。

 それは、辛くもやりがいのある経験だった。


 理術呪文もそうだ。

 師である吸血侯爵ジーグアルト・クリューウィングから、ダーラに呪文を使えと言われたときはひどく落ち込んだものだが、結果はこの通りだ。


 今でも、力がすべてとは思わない。

 それでも、自らの居場所を作り、それを広げることができたのは確かだ。今でも時折、ダーラから物欲しそうな顔をされるのは困りものだが。


 ヴェルガも、ヴァルトルーデたちも、その述懐を静かに聞いている。ユウトの透明な笑顔には、口出しできない決意のようなものが感じられた。


「ボーンノヴォルのジイさんたちにも、世話になった。まあ、やっぱり最初は殺されそうになったけどさ」


 奴隷集約をはじめとして、関わり合いの多かった諸種族の王。

 友とは言い難い。利害が対立することも多々あった。

 それでも、同じ主を仰ぐ仲間には違いない。もしかしたら、戦友という言葉が、一番近いのかも知れなかった。


 この決断は、彼らとの関係に亀裂を生むことになるだろう。


 それでも、翻意するつもりはなかった。


「でも、彼女に会って気づいた。俺はこの世界のことを、表面的にしか知らない」

「それが、なんの問題となろうか。そも、世界を深く知るものがどれほどいようか」

「ああ……。違うな」


 ユウトは、力なく首を振る。

 転移したときよりも伸びた前髪が、彼の瞳を隠す。

 

「俺の知識は、ヴェルガというフィルターを通してのものばかりなんだ。それに気づかなければ、問題などなかった」


 きっかけは些細でも、もう、過去には戻れない。


 知恵の味を食べたアダムとイヴは、楽園に帰れなかった。

 振り返ってしまったオルフェウスは、妻を取り戻せなかった。


 それと、同じだ。


「俺は、旅に出るよ」


 止められない。

 直感的に、ヴェルガはそれを理解した。


 前髪から覗く彼の双眸が、しっかりとこちらを向いている。その瞳に映っている彼女の姿は、ひどく自信なさげ。まるで、夕暮れ時の迷子のようだ。


 どこで失敗したというのだろうか?


 直接的な原因は、外部からの介入を招いたこと。竜帝の存在は、完全に予想外だった。

 あれですべてが狂い、ヴァルトルーデ(あの女)が現れた。

 この世界でも、もちろん、ヴァルトルーデたちは存在している。しかし、ユウトの出会いをねじ曲げたことで、縁を紡ぐことはないはずだったのだ。


 けれど、二人は出会った。


 まるで、運命に定められたかのように。


 気にくわぬ。許せぬ。


 悪の半神が、密かに憎悪を募らせる。

 ヴァルトルーデを殺そうとしないのは、ユウトの不信を招くから。ただ、それだけだ。自白するような真似はできない。


「自分自身の目で、ヴェルガとヴァルトルーデ……さんの言葉を確かめたい」

「決意は、固いようだの」

「済まない。待っていてくれ、とは言わないから」

「卑怯な男の子よ」


 失敗した。

 賭けに敗れた。


 事ここに至ってそれを認められぬほど、ヴェルガは愚かではない。重苦しい沈黙が、場を支配する。聞こえるのは、ぱちぱちと弾ける焚き火の音だけ。


 ユウトとヴェルガ。その二人がどう思っているのか。経緯を聞いてはいても、余人には深いところまでは計り知れない。しかし、それが破滅の言葉だと理解できたのだろう。

 どうなっても対応できるよう、岩巨人(ジャールート)蛮族戦士(バーバリアン)が錨のように巨大な武器を構え、草原の種族の盗賊(ローグ)はどこかへ姿を消していた。木々の間に隠れ、奇襲をする算段だ。


「妾は、どこで間違ったというのか……」


 女帝が俯き、震える声で言う。


 自白に等しい嘆き。

 ユウトを騙していたと。自らの都合がいいように、彼の価値観を曲げたと。そう、認めた。


「ヴェルガ……」


 それを聞いても、ユウトに怒りは湧いてこない。騙されていたとも、思えなかった。

 どうして自分に執着したのかは分からないが――まさか、前世で出会ったということもないだろう――愛されているのは分かるから。

 そして、それが嬉しかったから。


「最初から本当のことを話していてくれたら、俺も地球の価値観を捨てていたかもしれない」


 選ばせてほしかった。

 善か悪かではない。


 故郷か、彼女かを。


 実際にそのときにならないと、どちらを選んだかは分からない。それでも、こんな冴えない別れにはならなかったはずだ。


「そうか……」


 ヴェルガが、顔を少しずつ上げる。


 下手にごまかさず。誠実に接する。

 そうしていたほうが、良かった。


「これは良いことを聞いたのう」


 悪の半神が、完全に顔を上げる。

 その表情を見て、全員が息を飲む。 


 それは淫魔よりも淫蕩で、悪魔よりも邪悪で、天使よりも慈愛に満ちていた。


「では、やり直すとするかの」


 いっそ、清々しさすら感じる声音。

 いつの間にか、赤毛の女帝の手には王錫が握られていた。それを一振りすると、大鎌へと姿を変える。


 ただし、刃は赤い。

 彼女の髪と同じく、燃えるように赤い。


「次の世界では、上手くやれることであろう」

「させんっ!」


 なにをやるのかは、分からない。

 けれど、猛烈な悪寒に突き動かされ、ヴァルトルーデが悪の女帝へと突進する。それにあわせて、いずこからともなく矢が放たれ、巨大なスパイク・フレイルが細い体を打ち壊さんとする


「ヴェルガ!」


 正しい。

 恐らく、ヴァルトルーデたちが正しい。


 それが分かっていてもなお、ユウトは彼女の名を叫んでいた。心配したのか、殺される前に止めたかったのか。それは、本人にも分からない。


 彼の声を聞き、嬉しそうに微笑むものの、彼女が止まるはずもない。

 矢もスパイク・フレイルも女帝の体に触れる前に弾き飛ばされ、ヴェルガは大鎌を地面へ突き立てる。


 それは、儀式であり、ただのスイッチでもある。

 最初からやり直すための、初期化(リセット)スイッチだ。


「やらせはせぬぞ」


 低い姿勢で、ヴァルトルーデが戦場を駆ける。

 討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを地面すれすれから繰り出し、飛び上がるようにして赤い大鎌を迎撃する。


 アルシアが〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル )との最終決戦で半身不随とならなければ、ほかに方法があったのかも知れない。それにショックを受けたヨナが失踪しなければ、ほかに道もあっただろう。


 そんな未来は、手に入らなかった。


 だから、ヴァルトルーデは前を見る。そして、自分のできることをする。


 ただ、剣を振るう。


「はああっっっ!」

「いつまで、邪魔をするか!」


 善と悪が激突する。

 世界が光に覆われ、音が失われた。


 その光は世界中に広がり、生きとし生けるものすべての意識を刈り取った。


(俺は……。そうか……ッッ!?)


 ただ一人を除いては。

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