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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第一章 広がる戦場

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9.禁断の邂逅(後)

「くっ」


 黒い大魔術師(アーク・メイジ)のローブを着た少年が、突然立ち止まり頭を押さえた。鋭い痛みに、しばし顔をしかめる。


「働き過ぎか?」


 その独り言は、例外なくイエスと答える自問だったが、不快感はすぐに消えた。因果関係はないはずだ。

 そう結論づけたユウトは、磨き抜かれた廊下を、同じく綺麗に磨かれたブーツで進んでいった。規則正しいリズムで奏でられる靴音が、エボニィサークル内に反響する。


 彼が道を行くと、誰もが足を止め深く頭を垂れた。それを当然と受け止め。しかし、一顧だにせず玉座の間へと急ぐ。


 ユウトがヴェルガ帝国に転移し、二年の歳月が流れていた。


 決して長いとは言えない月日だったが、彼には充分な時間。

 内政で実績を積み、魔術を究めた彼は確固たる地位を築いていた。最早、彼は虐げられる側でも奪われる側でもない。逆に、彼が生殺与奪を左右できない相手はほとんどいないほどだ。


 けれど、驕り高ぶることもない。粛々と仕事をこなしているだけ。

 その一環として、ユウトは玉座の間につながる扉を開いた。


「へえ。先客がいるとは思わなかった。出直したほうが良いかな?」

「意地の悪いことよ」


 報告のために玉座の間に足を踏み入れたユウトが、主と気安く言葉をかわす。そのヴェルガも、淫蕩な笑顔で嬉しそうに彼を迎え入れた。


「莫迦にしてくれる!」


 彼ら二人の間に、ユウトの言う客人がいた。

 いきなり激高し、光り輝く両手剣(グレートソード) を床に叩きつける。玉座の間にクレーターができ、もうもうと土煙が上がった。


「天使がなんの用だ……とは聞かないけどね」

「分かっているのならば、話が早い」


 地上が悪に染まって久しいブルーワーズだったが、天上には善を司る神も存在している。時折、代理人を地上に派遣して悪を打ち倒そうとしているらしいが、残念ながら結果は出ているとは言えなかった。


「悪の半神ヴェルガよ。疾く地上より退去せよ」


 天使が両手剣の切っ先をヴェルガへと向ける。輝くような板金鎧(プレートアーマー) から、全身を覆う白い翼が二対生えていた。

 美しい中性的な顔立ちには、悪を憎み打ち砕かんとする決意がにじみ出ている。


「やる気が重要なのは認めるけどね」


 実体験から言うが、今は仕事の邪魔でしかなかった。


「悪いが、多忙なんでね。今度にしてくれるか?」

「なにを言っている? 異世界からの来訪者よ、ヴェルガのあとで正しき――」

「《夢幻転移門(クラウドランド)》」


 呪文書から9ページ切り裂き、天使の頭上に展開。

 虹色の輝きが彼を包み――次の瞬間、玉座の間から消え去った。


「それで、話があるんだけど」


 しつこいセールスを断った。その程度だと言わんばかりに、ユウトはヴェルガの下へと近づいていく。そんな彼の姿を見て、赤毛の女帝は淫猥に微笑んだ。

 もう、すっかり馴染んでいる。なんの心配もないだろう。


「ヴェルガ?」

「ああ……。済まぬ。それで、愛でもささやいてくれるのかえ?」

「公私混同はしない主義なんだ」

「では、プライベートなら良いのだな?」

「俺が悪かった。まずは、報告させてくれ。宰相閣下に怒られる」


 ユウトは今や、ヴェルガ帝国の副宰相へと登り詰めていた。現宰相のシェレイロン・ラテタルは、タイミングを見計らって地位を譲るつもりだったが、保留にしている。

 そんな地位を飛び越えて、皇配となる可能性も充分にあると彼は見ていた。


 だが、ユウトにそれを意識した様子はない。公私混同しないと言った通り、玉座前の階段で立ち止まって報告を始める。踊り場のようになっているこの場所は、かつて政策提言を行なった場所でもあった。


「まず、国営農場はなかなか順調だ。従来に比べて、収穫量は二倍以上になってる」

「では、実際は三倍近くといったところかの」

「概算だけどね」


 様々なところで懐へ入れられ、国庫に入る税が目減りしている。不正が行われていると言っているのに、二人とも笑っていた。それくらい可愛いものだと目こぼししているわけではない。蓄財も才覚の内。有能さを示し、露見しなければ、罪には問われない。

 もちろん、なにかあったときのために証拠は押さえているが。


「大規模化、効率化。それに、やる気を出させるための報奨制度か。金を使った甲斐はあったと見るべきであろうな」

「できれば、長い目で見てほしいね」


 ユウトが知る地球での農法を再現したり、開墾に巨人たちを使用したり、専門家を他国から連れてきたりと、いろいろやったのは確か。

 だが、一番の要因は人間の奴隷たちが見せたやる気だろう。


 奴隷たちへ、担当地区の収穫量に応じたボーナスを支払う。それ自体ヴェルガ帝国では異例の対応だが、効果はあった。

 そして、無駄に重労働を課すことはなく、些細な失敗や監督者の気まぐれで害されることもない。そんな体制を整えただけで、奴隷たちの生産性は瞬く間に改善された。


 それは奴隷から家畜へ変えてしまうような政策だが、ユウトは気づいていない。ただ、この世界というフレームの中で、最大限報いようと思っただけ。


 ヴェルガは、その成果にほくそ笑む。


 もちろん、国が豊かになったことに対して――ではない。


 ユウトの政策が、自然と悪の相を帯びてきたことにだ。


 上納金を渋るロートシルト王国に対し、王都セジュールへ呪文で直接攻撃を行なったのは見物だった。効率的だからとうそぶく彼の表情は、切り取って保存しておきたいほど。あれほど反発していたバーグラーも、それですっかりユウトを認めてしまった。


 そして、ヴェルガ帝国は東へ舵を切る。

 極東の島国リ・クトゥアに、彼が興味を抱いたから。その途中にいくつかの国があったが、力押しで、謀略で、併呑している。


 そうしながら、国営の傭兵団を用いて、西へ南へ戦火を広げてもいた。


 嗚呼。世界が、破壊と死と混乱に満ちている。

 幾重にも、素晴らしい世界だ。


 けれど、そろそろ終わりにしなければならない。名残惜しいが、この世界はあくまでも手段であって目的ではないのだ。ままごとは終わりにして、現実に帰らなくては。

 だが、その前に外のヴァルトルーデ・イスタスは、駆除しなければならない。他意はない。そうしなければ、彼の現実(・・)と齟齬が発生してしまう。それだけだ。


「ヴェルガ?」

「すまぬ、すまぬ。で、なんの話だ?」

「ちょっと、国営農場へ視察に行ってくるよ」

「そんなことかえ」


 思考に没入していたのは悪いが、つまらないことで遮られたと、文句のひとつも言いたくなる。


「まあ、よい。《瞬間移動(テレポート)》であればすぐであろ」

「いや、使わないよ。馬車で行く」

「どういうことかえ?」

「切り札は取っておかないとね」


 それで、すべて伝わった。

《瞬間移動》は、不正を暴くときに温存するつもりなのだ。事前に伝えておけば、不正の証拠を隠す時間がある。その動向も、見張るつもりなのだろう。


「そういうことなら仕方あるまい」


 意地の悪い。それでいて淫蕩な笑顔で、女帝は愛しい男へ許可を与えた。

 それが綻びの始まりになるとは知らずに。

 




 国営農場へと移動する途中。《灰かぶりの馬車ファントム・キャリッジ》のなかで、ユウトは書類を広げて仕事をしていた。

 彼が推進した製紙事業も軌道に乗り、まずは帝国政府の書類を羊皮紙から切り替えているところだ。活版印刷も導入すれば、それを用いていろいろなことができる。


 簡単な確認とサインだけで終わる単純作業。脳のリソースは、ほとんど使用しないため、どうしても別のことを考えてしまう。


 たとえば、地球へ帰ることについて。


 すでにオベリスクの魔力は充填され、それを使用すれば地球へ帰る目処は立っていた。そうしないのは、ヴェルガがいるから……というのも否定できない要素だが、帰る気がなくなったわけではない。

 今の状態で帰ってしまえば、二度とブルーワーズへ戻ってこられない可能性がある。それは、どうしても避けたかった。


 苦労して手に入れたのだ。ヴェルガ帝国でのポジションを簡単に捨てるつもりはない。なにより、地球の技術をこちらへ持ち込んだら、ヴェルガは大いに喜んでくれるだろう。

 もしかしたら、彼女も地球へ行きたがるかもしれない。


 それは、なかなか魅力的な未来予想図だった。


「なんだ?」


 不意に襲ってきた震動に、ユウトは眉根を寄せ思考を中断する。

 続けて断続的に馬車が揺れ、外から怒号が聞こえてきた。


 戦闘が、発生している。


 当然ながら、この馬車一台でだけ移動しているわけではない。ヴェルガの近衛から派遣された部隊が、護衛として一緒についてきている。


「襲撃か」


 ユウトは、内外に敵が多い。それ以上に味方もいるが、それは潜在的な敵対者と同じ意味でもあった。つまり、心当たりが多すぎて特定などできない。


「さて、どうするかな」


 それは、どう切り抜けるかという意味ではない。皆殺しにするか、生け捕りにするか。生け捕りにしたとして、どう処理をするか。

 悪の帝国の副宰相となった男が、邪悪な微笑を浮かべる。


 それを隠そうともせず――というよりは、自分の表情に気づかず――ユウトは《灰かぶりの馬車》の扉を開く。


「おっと危ない」


 その瞬間、彼のこめかみに矢が突き刺さった――ように見えた。

 だが、「花のように明るい笑顔」が実際に花ではないように、矢が刺さったのも現実ではない。一瞬静止した矢が、《反転の矢サクリファイス・アロウズ》の効果を受けて放たれた場所へと戻っていく。

 しかし、残念ながら、矢は地面に突き立っただけに終わる。射手は、とっくに移動したあとだった。


(練度は、それなりか)


 そう称賛しつつ、ユウトは《飛行(フライト)》の呪文を使って馬車の上に飛び乗る。いい的だが、戦況を把握することを優先。


 その結果、確認できたのは全滅に近い護衛たちだった。


 なにか巨大な物で潰されたような、巨人たち。先ほどの射手の仕業か、正確に急所を射抜かれたミノタウルス。ほんの短時間で、近衛部隊は全滅していた。


 そして――


「《降魔の突撃》」


 横合いから、馬鎧(バーディング)を装備した大型の軍馬(ウォーホース)がチャージを仕掛ける。発生する、馬車と軍馬の交通事故。


「まったく」


 漆黒のローブをはためかせ、ユウトは空へと逃げ出した。こんな見事な襲撃は、久しく受けていない。高みから、好奇心とともに、襲撃犯を見下ろす。


「あの馬車も結構するんだがな。いったい、どこのどいつだ」

「私はヘレノニア神に仕える、聖堂騎士(パラディン)ヴァルトルーデ」


 それは、美しい少女だった。


 魔法銀(ミスラル)の鎧で全身を覆い、壮麗な剣の切っ先をこちらへと突きつける。


 黄金を溶かしたような髪も、その前では宝石を石ころに変えてしまう双眸も、実際に光っているように見える。 比べるわけではないが、ヴェルガとは対極の美しさ。


 久しく忘れていた輝きが、彼女にはあった。


「黒の大魔術師(アーク・メイジ)ユウト・アマクサ、貴様をさらいに来た」


 予想外の襲撃者。

 このブルーワーズでは存在しないはずの、善神の使徒。


 いや、そんなことはどうでもいい。


 彼女を見るだけで、激しい動悸に息が苦しくなる。どういう理由か、頭痛もひどい。


 不快だ。

 消えてほしい。


 だが、それでも。ユウトは、あの聖堂騎士――ヴァルトルーデから目を離すことができなかった。

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