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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛 第一章 広がる戦場

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1.広がる動揺

「アルシア……」


 泣きそうなというよりは、泣くのをこらえている声がツバサ号の船室に響く。

 アルビノの少女はユウトの船室へ《テレポーテーション》で戻ると同時に、真紅の眼帯を身につけた大司教(パトリアーチ)に抱きついた。


「ヨナ……?」


 そこだけ切り取れば、彼女にも年齢相応な部分があるのだと安心したかも知れない。《サイコキネシス》で連れてきた、彼の存在がなければ――だが。


「ユウトくん!?」 

「と、とりあえず寝かせましょ」

「あ、ああ。そうだな」


 固くまぶたを閉じ、死んだように眠るユウト。

 まず息があることに安堵し、次に慌ただしく婚約者をベッドに寝かす三人。


 なにが起こってこんな状態になったのか。詳細は不明だが、原因は分かっている。そのためか、無駄なパニックに陥らずに済んだ。不幸中の幸い――とは言えないだろうが。


「怪我をしているわけではないようね……」


 急ぎアルシアが診察し、外傷がないことを確認してほっと息を吐く。けれど、ヴァルトルーデは緊張を解かない。険しい――それでもなお美しい――表情のまま、アルシアには気づけない事実を指摘する。


「ローブが黒くなっている……」

「そうなのですか? いったい、なにが」

「なにって、決まってるでしょ」


 信じてしまった自分が腹立たしいと、アカネは顔をゆがませた。派手な顔立ちな彼女がそうすると、思わず後ずさりそうになるほど迫力がある。


「あの女がやったに決まってるわ」

「……うん」


 まるで自分のせいだと言わんばかりに、しゅんとしながら肯定するアルビノの少女。そんな彼女を、アカネとヴァルトルーデが抱き寄せて慰める。

 こちらは被害者だ。責められるべきは加害者(ヴェルガ)であり、ヨナやユウトではない。


「しかし、このローブが変色するとは……」

「どういうことなの?」

「白いと、良い魔術師(ウィザード)。黒かったら、悪い魔術師ってことだったはずだよ」


 騒ぎを聞きつけ、見張りをヨナに代わってからは操舵室で待機していたラーシアが船室へ入ってくる。いつもの飄々とした雰囲気はそのままだが、目は笑っていなかった。

 いや、雰囲気が違うのは彼だけではない。誰もが、自らの迂闊さに憤っていた。


「こりゃ、ヴェルガに一杯食わされたね」

「信じた結果がこれだわ」


 苦々しい声音で、アカネも同調する。まさかここまでしないだろうと、軽く考えていた自分の浅はかさに腹が立つ。


 それはヴァルトルーデやアルシアも同じ。けれど、相手があのヴェルガだろうと、借りは返さねばならないし、信じることで始まることもある。その甘さ。それこそ、善性の発露でもあったのだが……。


「私の失態だッ」


 壁に頭を打ち付け、血を吐くように言葉を紡ぐ。鈍い音が船室を支配した。珍しくヴァルトルーデが見せるいらだちに、アカネは呆然とし、ヨナとラーシアは思わず背筋を伸ばす。


「あの、ヴァルトルーデさん? 壁にひびが入ったりしてるんですけど?」

「ヴァルも怒らせる、ダメ」

「片言になってるわよ……」


 及び腰の三人とは違い、アルシアは冷静だった。

 幼なじみが落ち着いたのを感じ取ると、額に手を当て《極小治癒(マイクロ・キュアー)》を使用して傷を癒す。


「手間を増やさないでください」

「……すまない」

「壁は、ユウトくんに直してもらいましょう」

「ああ。そのためにも、“常勝”ヘレノニアの名に懸けて、今度こそ決着をつけさせてもらうぞ……ッ」


 全身が怒りに震え、念のためにと着用していた魔法銀(ミスラル)の鎧が場違いなほど涼やかな音を立てる。

 白くなるほど両手を握り、唇をかみしめて、聖堂騎士(パラディン)は神と己に代償を払わせることを誓った。


「アルシア。今のところ、ユウトは命に別状はないのだな?」

「ええ。眠っているだけ……に見えるけれど、実のところどうなっているのかは、もう少し確認が必要ね」

「ラーシアの言うとおり、ローブが着てる人間の善悪で色が変わるなら、精神汚染されてる気がするんだけど。夢の中で洗脳とか」


 アカネの指摘は的を射ていたのだが、残念ながら、ヴァルトルーデたちには今一つ通じない。だが、なんとなくではあるものの理解できたのか、平坦ではあるが納得したかのように、ヨナはヴェルガがユウトになにをしたのかを語り始める。


「たくさんの瞳の王子(オクルス・レグルス)で呪文を使えなくしてから、あの女は《催眠(ヒュプノス)》って言いながらキスした……。こっちはしたことないのに、キスした……」

「なるほど。秘跡(サクラメント)ね……」


 更に詳しく状況を聞きながら、アルシアは顎で細い指をなぞりながら考え込む。

 理術呪文とも神術呪文とも微妙に異なる現実改変の力。だが、対処法に大きな差はない。問題は、それが通用するかどうか。つまり、ヴェルガとの力比べになる。


 不透明だが、彼がいなければそれも試せない。


「ユウトを確保できたのは、ヨナのお陰だな」

「そうね、お手柄だわ」


 ヴァルトルーデは正面から称賛し、アカネは背後から全身を包むように抱きついてヨナを慰める。アルビノの少女に、これ以上、罪の意識を背負わせるわけにはいかない。


 その配慮に感謝しつつ、アルシアは意識を天上に座す死と魔術の女神トラス=シンクへと同調させる。直に会ったことがある分神体(アヴァター)よりも強大な意思に触れ、自らを導管として力を引き出していく。


「魔術の深淵を識る慈悲深き御方よ、我に悪しきを祓う力を与えたまえ」


 不死の怪物(アンデッド)を祓う時と同じ清冽な霊気(オーラ)が溢れ、彼女の呪力を底上げする。 


「《壊呪(ブレイク・カース)》」


 そして奇跡の一端が現界し、ベッドで昏々と眠るユウトを紫色の光が包み込んだ。


 だがその瞬間、ユウトの体からいくつもの黒い球体が現れた。悪しき効果を破壊するはずだった魔力は、そのひとつに吸収され、大きく弾ける。


「アルシアッ!」

「問題ないわ」


 炸裂する球体から飛び出た光をまともに受けたアルシアだったが、心配するヴァルトルーデをなだめる余裕すらあった。派手な見た目の割に、実際、なんら悪影響を受けていない。


「あー。《反魔の星(スペル・リフレクツ)》かな?」

「恐らくは」


 ユウトがいれば確定できたのだろうが、その彼がいれば、こんな困難に直面することもない。皮肉な状況に、ラーシアでさえも、冗談ひとつ言えなかった。


「その《反魔の星》だったとしたら、どうなる?」

「簡単に言えば、呪文が反射されます」

「簡単すぎるわね……」

「攻撃したら、危なかった?」

「するはずがないだろう」


 ラーシアが気づいたことから分かるように、《反魔の星》は理術呪文のひとつだ。しかも、第九階梯の。


「話を聞く限り、とても有用な呪文に思えるのだが、ユウトが使っているのを見たことがないぞ」

「だって、なんでもかんでも跳ね返しちゃうもんね」

「私の治癒呪文まで反射……ということになれば、命の危機もありえます」


 また、個人ではなく空間を効果範囲とする呪文は反射できないなど、効果は凄まじいが限定されすぎて使い勝手が悪い呪文だった。


「でも、今のヴェルガ的には超使えるわけね」

「ユウトだったら、正しい呪文の使い方だってほめてるね」


 そんなラーシアの指摘には誰も言葉を返せず、沈黙の帳が降りる。

 神託を得て対処法を知る、《反魔の星》の効果が切れるまで呪文を使い続ける。まだやりようはあるが、今すぐには、彼を救う術が存在しない。

 それを、全員が理解してしまったのだから当然だ。


「さて、これからのことだ」


 けれど、ここで立ち止まるわけにはいかない。リーダーらしく、ヴァルトルーデが意思の取りまとめに入る。


「こうなった以上、ヴェルガを討つほかないと――」

「いや、ここは帰ろうよ」


 そんな、聖堂騎士(パラディン)にとって思いもしない意見を出してきたのは、草原の種族(マグナー)盗賊(ローグ)だった。


「ユウトを見捨てるつもりか? それに、ヴェルガ帝国の兵も、今まさにフォリオ=ファリナへ上陸しようとしているのだぞ」

「ヴァルこそ、アカネとマナを戦場に置いとく気なわけ?」

「ユウトは、ヴェルガに対し責任を持つと言った。その約束を果たすのは、私たちの役目でもある」


 どちらにも一理あり、どちらも正論だ。

 狭い船室の中央で、二人の意見が対立する。


「私のことは、気にしないでも……」

「するに決まってるじゃん」


 控え目にヴァルトルーデに賛成するアカネの意見を、ラーシアは切って捨てた。


「フォリオ=ファリナの街が蹂躙されたら、そりゃ、ユウトはめちゃくちゃ責任感じると思うよ。でもアカネやマナ……あと、ペトラも入れていいや。彼女たちが傷つきでもしたら、それじゃ済まない」


 だから、ユウト自身の体も含め、安全な後方――イスタス侯爵領へ戻ってしまおうと主張する。


「最悪、この船だって捨てたっていいし」

「ラーシア、それは極端すぎる。私たちは、ここで引くべきではない」


 一歩前へ出て、正論だが極論を述べる草原の種族との距離を詰める。その美しさと内に秘めた苛烈な意思に気圧され、従ってしまいそうになっただろう。普通なら。


「ユウト抜きで、勝てる見込みなんかあるの?」

「分からん」


 嘘を吐くなど考えもしない彼女の、正直な告白。

 

「皆で力を合わせれば、どうにかなるとも言えない」

「なら――」

「だが、ここで逃げ帰っては、私は、私たちはユウトとともにいる資格を失ってしまう。そう思うのだ」

「……人間は、厄介すぎる」


 そう言われては、議論もなにもあったものではない。

 そもそも、いつも通りならヴァルトルーデが議論の矢面に立つことはなかった。ユウトが調整し、彼女が決断する。そのサイクルが、崩れてしまっていた。


「結論を急ぐ必要はないでしょう」


 それゆえ、終着点も自ずと変わっていく。


「……そうだね。とりあえず、魔術学院に行ってマナを回収してくるよ」

「なら、一緒に行く」

「うん。お願い」


 移動手段の事情――超能力(サイオニックパワー)で飛行し、《テレポーテーション》も使える――から、ヨナが名乗りを上げる。連れ帰るにしても、まず本人がいないことにはどうにもならない。


「分かった」


 ヴァルトルーデも、それに同意した。


「ならば、私たちは偵察だ。敵の戦力が分からなければ、動きようがないからな」


 ヘレノニア神がそこまで見通していたのかは分からないが、このツバサ号なら陸地も突っ切り、迅速に行動が可能だ。偵察程度、難なくこなせるだろう。


「では私は、巻物(スクロール)で《伝言(メッセージ)》を使用して、エグザイルや王都に状況を知らせます」

「あ、船は私が動かすわ!」


 次々と役割分担が決まっていく。

 やるべきことがはっきりし、沈んでいた気分が上向きになるのを誰もが感じていた。


 だが、ヴァルトルーデたちはまだ気づいていない。


 本当に偵察だけを目的にするのであれば、斥候役であるラーシアは外せないことを。そして、瞳の王子を相手にするのであれば、超能力を使えるヨナを別行動させるなどありえないことを。


 ユウトがいない。


 ただそれだけ。それだけのことで、歯車が狂い始めていた。

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