表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 8 彷徨える愛

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

237/627

プロローグ 夢の世界で

お待たせしました。Episode8開始です。

また、Episode8からは月~金の更新となります。ご了承いただきますようお願いします。

 そこは、黒で塗りつぶされた空間だった。


 巨大なオベリスクがあった地下空洞から、城の内と思しき通路を抜けてたどり着いた部屋。くつろいだ様子からすると、あの女性――ヴェルガと名乗っていた――の部屋なのだろう。


 そう考えると、逆に落ち着かない。

 勧められるまま椅子に座ったものの、天草勇人はきょろきょろと周囲を見回していた。


 壁は、たぶんコンクリートではなく黒い石なのだろう。綺麗に磨かれた平面は、漆塗りのように光沢のある美しさを誇っている。

 足下の黒い絨毯も、素材は分からないが見るからに高級そうで、靴のまま足を踏み入れるのがためらわれるほどだ。そのため、勇人は微妙に両足を浮かせていた。

 さらに、湯気を立てるティーカップが置かれている黒檀のテーブルも当然。制服を着た日本の少年も、女主人のドレスも黒い。


 そんな中、にこやかに微笑む部屋の主の髪だけは情熱的な赤色。

 その事実に気づき思わず見とれてしまった勇人だったが、彼女が発する淫蕩な声で現実に引き戻された。


「改めて、自己紹介などしようかの」


 当然、否やはない。彼は無言でうなずいた。


「妾はヴェルガ。人と神の子にして、帝国を治めるものよ」


 人がいる。国がある。そして、神がいる。

 自己紹介の言葉だけで、こんな情報が得られた。前者ふたつはいいとしても、最後が問題だ。「神」。その意味をどう受け取ればいいのだろうか。詳しく聞くべきなのか。


(いや、こっちも自己紹介だな)


 疑問は棚上げし、勇人も目の前の美人――ヴェルガへ名を告げる。


「天草勇人。勇人が名前で、天草が名字。ただの高校生――学生です」


 見るからに外人だからと、姓と名の説明をしてみたが、意味があったのかどうかは分からない。なにしろ、今、自分が何語で会話しているかも定かではないのだから。


「東の遊牧民と同じだの」


 感心したように淫靡に笑った女帝は、一拍空けて続きを語り出す。


「やはり、ユウトは別世界からの来訪者であろう」

「別世界……」


 半ば想定していた結論。

 ここは、過去あるいは未来の地球だと言われるよりも、腑に落ちる答え。少なくとも、ここが地球ではないことは直感的に理解していた。

 まるで、初めてではないかのように。


 むしろ、ヴェルガから名前を呼ばれたことのほうが、一大事だ。


「平然と受け入れておるの」

「いや、驚きが大きすぎてよく分かってないだけだと思います。近すぎると、山の大きさも分からないですから」

「なるほど。理に適っておるわ」


 楽しそうに笑う赤毛の美女に、暫時呼吸すら忘れて見とれる。神隠しにあったのは災難だが、彼女と出会えたのは不幸中の幸いだった。

 そんな勇人の不躾な視線も、ヴェルガは平然と受け止める。


「次に、ユウト。そなたの世界のことを聞こうかの」

「ああ……。はい」


 別の世界だといっても、その違いが分からなければ相互理解も生まれない。求められるまま、ユウトは地球の日本のことを語っていく。


 環境、政体、技術、文化、歴史。

 取り留めもない話を、ヴェルガは根気よく。それでいて楽しそうに相づちを打ち、質問してくる。


 鞄の中の教科書なども使ってあらかた語り終えた頃には、紅茶もすっかり冷めきっていた。


「すべて理解できたわけではないが、異世界だけあって有り様がかなり異なるのう」

「やっぱり、そうですか……」


 手ずから紅茶を注ぐヴェルガの言葉に、勇人は落胆を隠せない。

 もっとも、それはこの部屋の様子でなんとなく分かっていたし、神の子と称して胡散臭さを感じなかった時点で、覚悟していた話でもあった。


「ふむ。では、妾の番だの」


 ヴェルガが語る迷い込んだこの世界のこと。

 それを聞いて、ユウトは再び落胆し、そして驚愕した。


 イメージとしてだが、中世から近世。ヨーロッパでいえばルネサンス前後。日本なら戦国時代の後期に近いようだ。

 もちろん、まったく同じ発展をしているわけではないし、なによりこの世界には地球には存在しないものがある。


青き盟約の世界(ブルーワーズ)。妾たちはこの世界のことを、そう呼んでおるが……」

(ブルーワーズ……。青い……高貴な……言葉?)


 知りたいことはいくらでもあった。けれど今は、ヴェルガの言葉に集中しなければならない。そんな心の動きを疑問にも思わず、食い入るように彼女を見つめる。


「聞いた限り、ユウトの世界との差異は五つ。神、魔法、異種族、怪物(モンスター)……否、これらはひとつと言って良かろう。即ち、神秘」

「ファンタジーか……」


 あまり詳しいほうではないが、その手のゲームをやったこともある。もしこの世界に迷い込んでいなければ、幼なじみが料理をしている間に、そんなゲームをやらされていたはずだ。


 混乱する余裕も与えられず情報の洪水にさらされ、勇人は思わず天を仰いだ。

 壁と同じ黒い天井。それを凝視し、目をつぶり、首を振り、再びヴェルガへと向き直る。


 まだ、話は終わっていない。


「あとひとつはなんですか?」

「倫理観かの」

「倫理……?」


 それは、当たり前だ。地球だって、場所と時代で正義は変わる。


(でも、わざわざ言うってことは……)


 勇人の思考は、そこで中断した。いや、させられた。


 この世の物とは思えない秀麗な相貌が視界いっぱいに広がり、いきなり迫られている。長いまつげ、つぶらな瞳、整った顔立ち。鮮烈な香りが鼻孔をくすぐり、吐息が頬をなでる。

 心臓の音まで聞こえそうな、聞かれそうな距離。


 パーソナルスペースへの大胆な侵入にも、驚き固まってしまった勇人は言葉ひとつ返せない。


「殺し、奪い、犯し、殺す。力ある者が支配し、力なき者は服従する。それこそが、ここ(・・)の理よ」

「……ディストピアか。ひどい世界(・・)だ」

「力ある者にとっては、ユートピアであろ」


 彼がなんとか絞り出した感想も、赤毛の女帝には届かない。

 多数の弱きものに、強者が迎合するのか。あるいは、弱者が甘んじて強者からの支配を受けいれるのか。それだけの違いでしかないと、ヴェルガは切り捨てる。


「妾以外の、一般的な我が臣民に見つかっておったら、どうなっていたと思う?」

「それを聞くということは……」

「聡いの」


 彼女は上機嫌で、勇人の耳元へ唇を寄せた。


「良くて、奴隷。悪ければ、身ぐるみはがされ……」

「殺されていた?」


 ヴェルガは淫蕩な微笑で、それを肯定した。

 そして、元の位置へ戻り説明を重ねる。


「だが、そうはならなんだ。これは、双方にとって僥倖であったの」

「ヴェルガ……様にとっても?」

「ヴェルガ」

「え?」

「ヴェルガで良い」


 完全に理解しているとはいえないが、彼女は皇帝らしい。少なくとも、高い身分なのだろう。それなのに、敬称をつけて怒られるなど予想外。

 だが、見る見る不機嫌になる彼女を前にしては、一刻の猶予もなかった。


「ヴェルガも、俺を見つけたことにメリットがあるのか?」

「その通りよ」


 にこやかに。それでいて淫蕩な声音で肯定するヴェルガ。訳が分からないが、間違った選択肢ではなかったようだ。勇人は、心の中でそっと息を吐く。


「なにしろ、ユウトは既知のどの世界とも異なる地よりの来訪者のようだからの。ただの学生と言うておったが、それすらも興味深い」

「まあ、そういうことなら理解できる」

「まずは妾の側に置き、面白い話でもさえずってもらおうかの」

「アラビアンナイトみたいだな……」


 語り手であるシェーラーザードは、千と一夜に渡って王へ物語を奏げ、その命をつないだという。


 だが、ヴェルガの話が真実だとしたら、かなり穏当な扱いかも知れなかった。もし彼女が地球に迷い込み、ファンタジー世界の住人だと知られたら、解剖や実験をされてもおかしくはない。


「ふむ。まずは、そのアラビアンナイトとやらを――」

「陛下!」


 話がまとまりかけた瞬間、黒い部屋に、もうひとつの黒が現れた。


「宰相といえど、妾の私室に入室を許可した憶えはないぞ」

「ご無礼は平にご容赦を。しかし、事は帝国の一大事なれば」


 慇懃に受け答えをする、その男。

 勇人は、しばし呼吸を忘れる。


 紫がかった褐色の肌は、良い。だが、華奢なその男には、ある特徴があった。


「耳が……」


 長かった。

 人間にはあり得ない、その特徴。


 ヴェルガの容姿や雰囲気も人間離れしていたが、それとはカテゴリが違う。


「ダークエルフを見るのは初めてかえ」

「…………」


 勇人は、無言でうなずいた。


 そんな彼を慈しむように眺め、しかし、ヴェルガはすぐに表情を改め闖入者へと向き直る。


「ユウトを妾の側に置くのが不服なのであるな?」

「ご慧眼です。どこのスパイとも知れません」

「ならば、そなたにしばし預ける。文官が足りぬと言うておったであろう。存分に使うが良い」

「しかし……」


 ダークエルフ――闇の神に魅入られたエルフの末裔は、内心を主へ気取られぬように、来訪者の少年へと視線を移した。


 黒髪の、奇妙な衣服を身にまとった男。

 おどおどしている割に、引こうとはしない。


「よ、よろしくお願いします!」


 それどころか、立ち上がって頭を下げてきた。

 ヴェルガ帝国宰相シェレイロン・ラテタルは、不機嫌そうに鼻を鳴らす。いや、実際に不機嫌だった。いくら文官不足とはいえ、こんな海のものとも山のものともつかぬ輩を使ういわれはない。


「承知いたしました」


 だが、彼は女帝の臣である。

 不満は押し殺し、頭を下げた。


 しばらくしてから、処分してしまえばいい。移り気な主のことだ。一ヶ月もすれば、あんな男など忘れていることだろう。


「ユウトの部屋は、妾の隣に用意するように」

「陛下!?」

「それから、何度か様子を見に行くゆえ、励むのだぞ」

「は、はい。ありがとうございます」


 とりあえず、生活の基盤は確保できた。

 安心する来訪者に、微笑む女帝。


「御心のままに、我が女帝陛下(マイ・エンプレス)


 気まぐれにも困ったものだと嘆息しながら、ダークエルフの宰相は、そんな二人に割って入るかのように応えた。


 こうして、天草勇人のユウト・アマクサとしての生活が始まる。


 二度目の。


 しかし、それを知る者は一人しかいない、異世界生活が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ