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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第三章 フォリオ=ファリナへ

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6.ふたつの商談(後)

「あの男は、どうして虐げられている民を救おうと考えるに至ったのだろうか」


 応接室の扉が閉まると同時に、ヴァルトルーデが疑問を口にする。

 視線は、扉へ向けたまま。そこから出ていったイブンの背中へ、問いかけているかのようだった。


「さあ? いろいろ考えられるけどね」


 プライベートなことだろうと、ユウトもあえて確認しようとはしなかった。聞いてもらいたいと思えば向こうから喋るだろうし、フォリオ=ファリナ政府が行うだろう審問で明らかになるかもしれない。


 ユウトとしては、民を助けたいという言葉に嘘はないとヴァルトルーデが断言しただけで、充分だった。


「だが、義憤を感じていたり、正義を信じていたりという印象ではないな」

「人は、少なからずそのような気持ちを抱いているはずだ」

「思うのと実行するのは、また別ってことさ」


 人前にもかかわらず、ユウトは堂々と婚約者の手を取った。指を指の間で絡め、自分の気持ちを伝える。

 言いたいことは、分かっているよと。


 単にスキンシップが嬉しかっただけかもしれないが、ヴァルトルーデはそれ以上なにも言わなかった。


 当てつけられた格好となったパベルとしては見て見ぬ振りをするのが精一杯。

 けれど、彼も既婚者だ。妻との間に、「あの頃は若かった」と遠い目をして述懐してしまう思い出もある。


 恋に落ちた人間は、羞恥心のハードルが勝手に下がるものなのだ。未来の自分への被害など、考えもせずに。


「だけど、推測はいくつかできる。邪推というべきかもしれないけどね」


 大魔術師(アーク・メイジ)が、聖堂騎士(パラディン)の手を握りながら口を開く。

 この光景を妻に見せてやりたいと思いながら、パベルも耳を傾けた。


「まず、イブン船長はこの辺りの出身ではなさそうだった。もしかしたら、解放したいという奴隷たちとは同郷なのかもしれない。俺は、この辺り以外にどんな人が住んでいるのかよく分からないから、的外れかもしれないけどね」


 ユウトが知らないことを、ヴァルトルーデが答えられるはずもない。パベルも、南方の産物に興味はあっても、なにしろ遠く離れた地のことだ、南方大陸の住人は肌の色が濃いらしいという程度の知識しかない。


「あと、イブン船長は南方に何度も行ったことがあるようだった。案外、その虐げられている人たちに恩があるとか、女性の一人と恋に落ちたとか、そういうことかもしれない」

「素晴らしい話ではないか」


 それならなぜ言わないのかと、ヘレノニアの聖女は不満げに頬を膨らませる。

 そんな彼女も美しくて可愛くて魅力的。思わず指でつつきたくなるが、なんとか自制した。


「あくまでも、想像だよ」


 手を握ってなかったら危なかった。

 そんな思考とは別に口が動く。


「それに、もし本当だとしたら、恥ずかしくて言えないんじゃないかな」


 どれもこれも、想像に過ぎない。

 だが、奴隷を囲っている相手に恨みがあるからとか、単純に金になりそうだから――という理由よりは、幾分ましだ。


「さて、それじゃ次で最後ですね」

「そうだが……。いや、それもそうか」


 最後に回したのに他意はないが、パベルとしては話を聞くまでもないと思っていた。だが、先ほどの例もある。今さら門前払いもできないのだから、腹をくくるべきだ。


「それは、どんな話になるのだ?」

「ヴァルの好みの分野じゃないかな」


 先入観を与えたくないのと、文字が読めないため事前に伝えるのも難しいため、彼女には詳しい説明をせず同席してもらっている。

 それとは別の話だが、今までヴァルトルーデが興味を示すような商談は皆無だった。


 俄然やる気を見せ、目を輝かす。


 それと同時に、ノックの音がする。


 パベルが入室を許可すると同時に、二人は手を離して来客を迎え入れた。

 無意識でつないだままにしていたわけでは、なかったようだ。


 げんなりというよりは驚きをみせる世襲議員には気付かず、ユウトは最後の出資希望者へ席を勧めた。


「ウルダンさんですね。特殊(・・)な工芸品を作っているとか」

「はぁ……」

「ウルダンさん?」

「あっ、これは申し訳ございません」


 まるで夢から覚めたように、彼はあわてて居住まいを正し、手の甲で額の汗を拭いた。

 同席しているヴァルトルーデに見とれていたのだが、無理もない。むしろ、正常な反応だ。イブン船長のほうが、特殊な例だろう。


「はい。懇意にしている商会さんから噂を聞きまして。今日は、村の代表としてお伺いをいたしました」


 ウルダンと呼ばれた男は、先ほどのイブン船長とは異なり、色の白い若い男だった。年齢は20代半ばか。やせ気味で背も低く、顔にも特徴はない。

 だが、その両手にはいくつもの傷跡があり、彼の職業を雄弁に物語っていた。


「私どもの村は、竜工芸を生業としております」

「竜工芸?」


 聞いたことがないと、彼女は首をひねる。ドラゴンを象った木工品でも作成をしているのだろうか。


「はい。現物を見ていただいたほうが、よろしいかと思います」


 なるべくヴァルトルーデを見ないようにしている彼へパベル・チェルノフが許可を出し、部屋の外からいくつかの木箱を運びこませる。

 その蓋を開いた途端、聖堂騎士から感嘆の声が漏れた。


「ほう。龍鱗(ドラゴン・スケイル)の鎧か」


 彼女は目を輝かせ、断りもせずに――というよりは、それすら思いつかず――木箱から防具を取り出した。

 上半身の部分だけで、10キログラムはあるだろう。だが、そんな重量は一切感じさせることなく、全体のフォルムを確認し、撫でるように継ぎ目に触れ、強度を確認する。


 まるで、流行の服を広げているようだ。


「はい。村の近くには、竜の墓場がありまして……」


 ドラゴンは、数百から一千年前後の寿命を持つとされている。

 もちろん、種類によって違いはあるのだが、寿命を迎えたドラゴンは溜めこんだ財宝を何処かへと処分し、ブルーワーズでも何カ所か確認されている竜の墓場へと飛び立っていく。


 霊的な存在へと昇華するという説もあれば、本能的なもので合理的な説明がつくものではないとの主張もある。

 分かっているのは、その亡骸はただ朽ち果てるのみであり、持ち去られようと他のドラゴンが妨害しないということだけ。


 ウルダンたちの祖先は、なんらかの理由で故郷を追われた流民なのだろう。

 実害はないとはいえ、気味の悪いその地に第二の故郷を作らざるを得ず、生活のために技を磨いてきたのだ。


「剣もあるのだな」

「はい。そちらは爪や牙を研いだものです」


 ヴァルトルーデは竜牙の長剣を取り出し、バランスを確かめるかのように振り上げ、振り下ろし、横に薙ぎ、型を披露する。

 実戦的で、隙のない動き。


 同時にそれは、この上なく流麗な剣舞でもあった。


「うむ。なかなかの業物だな」


 いずれも、熟練の職人が精魂込めて作り上げた、名工の手による一品(マスターワーク)

 素晴らしい出来映えだと、聖堂騎士は賛辞を惜しまない。


「だが、需要が少ない」


 世襲議員の冷静な指摘が、全員を現実に引き戻した。

 ヴァルトルーデも剣を木箱へしまい、全員で応接室のソファへと戻っていく。


「その通りなのです。村人みんなで良い物を作っているつもりなのですが」

「まあ、そうなんだよな……」


 龍鱗の鎧は、金属製の鎧に匹敵する防御性能と、革鎧の柔軟性を両立する。また、多少ではあるが、赤竜(レッド・ドラゴン)の鱗で作った鎧や盾は、火の源素に属する攻撃への耐性を持つ。


 メリットは大きいが、それだけなのだ。


 まず、素材や竜工芸師の数の問題で、量産ができない。となれば、ドワーフなどの鍛冶師へ依頼も流れていく。また、同じ理由で値段も高くなる。更に仲介するものの利益を考えれば、安くもできない。そして、竜工芸師が少ないということはメンテナンスにも不安が生じる。


「実は、ドラゴン素材のメリットって、あとから呪文を付与したり、魔化すればだいたい再現できるんだよな」

「そういえば、魔化の代金とそこまで開きがあるわけでもなかったか……」


 その結果、エグザイルのように金属製の鎧を好まない一部の層に需要が限られる。

 武器のほうも、まるで鉄を鍛え上げたかのような切れ味を誇るが、それはつまり鉄で良いということでもあった。


 また、ドラゴンは年を重ねるほど強大になるのは常識だが、骸と化せば同じということなのか、材料となってしまえば、違いは量だけで質は変わらない。


 以前、ヨナやエグザイルが氷竜(アイス・ドラゴン)を狩って換金したことがあるが、せいぜい金貨数百枚――日本円にすれば、車一台程度――にしかならなかった。

 労苦を考えれば安いし、ドラゴンの財宝がある以上、そんな“端金”に拘泥する必要もあるまい。


「理術呪文が存在せず、青銅器で戦ってる世界なら、凄い装備になってた」

「その状態で、ドラゴンを狩れるほうが凄いぞ」


 ドラゴンを狩りの対象と見なすほうが凄い――とは誰も指摘せず、パベルもウルダンも沈黙を守った。


「仰るとおりの状況でして、このまま先細りになるよりはと相談に訪れた次第なのです」

「そういう趣旨ではなかったはずだが……」


 最初は、ドゥエイラ商会の経営を任せられる人間を探していた。しかし、そうそうそんな逸材は現れず、ひとつでも良いから事業のアイディアを持つ者への投資へとシフトした。

 だがこれは、逸脱しすぎている。


「聞きたかったのだけど……」


 ユウトもそれは分かっている。

 分かっていて会っているのは、一度専門家に確認したいことがあったから。


「それ、武器や鎧じゃないと駄目なんですかね?」

「と言いますと?」

「ドラゴンから、服とかは作れない?」

「ユウト、鎧下にでもするつもりか?」


 鉄や魔法銀(ミスラル)、アダマンティンといった鎧の下に、ドラゴン由来の衣服を着る。それならば確かに、競合は発生しないだろう。


「それでも良いけど、一度、武器とか鎧とか、そういう発想を捨てたらどうかなって」

「なる……ほ……ど……」


 そんなことは考えもしなかったと、竜工芸師ウルダンはうめくようにつぶやいた。言われてみれば確かに、その通りだ。


「鱗だぞ? それは服にはならないだろう」

「いえ、龍鱗の鎧と称してはいますが、皮も使用しています」


 ウルダンは虚空をまさぐり、龍皮の手触りを思い出す。

 確かに、加工法によっては服を作ることもできるかもしれない。いや、できる。


「そうだ。なら、鱗は砕いて染料にでも……」


 それに、武具には使えなかった部位も、他の物を造るとなったら話が変わってくるかもしれない。


 竜工芸師としての新たな挑戦。

 その予感に、ウルダンの体は震え、それ以上に、思考も止まらなかった。今すぐにでも村へ帰って確認したいことがいくらでも思い浮かんでくる。


「やってみなければ分からないと思いますけど、もし服の素材としても通用しそうなら、朱音に頼んでヴェルミリオで売り出してもいいかな」

「そういうことであれば……」


 確かに、化けるかもしれない。

 いつの間にか、パベルも、強硬に反対はできなくなっていた。


「むう。服か……」


 ヘレノニアの聖女としては、不満が残る結論。


「まあ、そっちの研究の成果次第では、武器や防具のほうでもブレイクスルーが起こるかもしれないし」


 とりあえず、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の時と同じく、金貨五千枚出資し、いろいろな可能性を探ってもらうことにする。

 ただし、パベルの意見もあり、一度に渡すのではなく上限でこの金額となった。


(もうひとつのアイディアまでは、言えなかったか……)


 妥当な結論だと思いつつも、やや不満は残る。


 実は、ドラゴン以外のモンスターの死体で、有用な部位は存在しないのか。調達してくるから確認してほしい――という考えもあったのだ。

 どうやらそれは、将来的な課題となりそうだった。


 客観的には好き好んで仕事を増やしているように見えるユウトだが、断じてそんなことはない。


「これで、終わった……」


 大きく息を吐いてソファに体重を預け、解放感に浸る。

 だが、それも長くは続かない。


「あとは、ヴェルガと……か」


 赤毛の女帝から指定された期日。

 デートの日は、すぐそこに迫っていた。

ドラゴンさん「え? 骨の髄までしゃぶられるってこと?」

  ヨナ  「じゅるり」


そんなわけで、軽く書籍化作業が入ってきたため、今度の土日は更新をお休みするかもしれません。

あらかじめ、ご承知おきください。

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