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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第三章 フォリオ=ファリナへ

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3.不意でありながら必然の邂逅

 ユウトがチェルノフ邸で打ち合わせを行なっていた頃、フォリオ=ファリナへ上陸したヴァルトルーデたちは、ヴァイナマリネン魔術学院を訪れてようとしていた。


 街の中を流れる川の向こう、丘の上存在する灰色の建物。城のようにも教会のようにも見える。

 そこへ向かうには、真名でも初めて見る巨大な石の橋を渡らねばならない。高所恐怖症とも運動不足とも無縁な彼女は易々とそれをこなしたが、理術呪文を使用して一晩で作られたと聞いたときには、さすがに驚いた。


「ユウトも、やろうと思えば同じことできるって言ってたねー」

「なるほど。それは、センパイらしいと言えばらしいですが……。しかし、自然の石材と見た目や感触は変わりありませんね。呪文で生み出したとは、言われるまで気づきませんでした」


 真名が橋の真ん中にしゃがみ込み、手触りを確かめる。通行の邪魔だが、今は彼女たち以外に人はいない。一応、制服のスカートは地面につかないようにしているが、気をつけているのはそれだけでもあった。


 ヴァイナマリネンが使用したのは、《石壁(ストーン・ウォール)》の呪文。それを、ただ壁を作るのではなく“工夫”して形を変えているのだ。

 ただでさえも、第五階梯の呪文である《石壁》は真名だけでなく、賢哲会議(ダニシュメンド)にとっても、未知の領域。その上、使用法も通り一遍ではないとは、まさに驚異的だった。


 だが、そんな理屈はアカネには通用しない。


「女の子なんだから、もうちょっと自重しなさい」

「……ありがとうございます」


 不特定多数の人間が踏みしめる橋に膝を突き、素手で触っていた真名を、見かねた彼女が立ち上がらせる。

 そして、手で払うだけで済ませようとした彼女へ、ハンカチを差し出した。


「ああ、それ持ってたら無理ね」


 小脇にFR-10x――マキナを抱えているのを見て、手ずから拭いてやる。

 真名は、これが女子力というものでしょうかと、自分のことを棚に上げてなすがままに感心していた。


「感謝いたします、騎士様(デイム)

「マキナ、それ、どうにかならない?」


 アカネはげんなりとして言うが、マキナは意に介さない。


 彼女も、真名と同じ学校の制服を身につけている。もっと目立たない服もあるが、ユウトも含めて、これは身分証のようなものだ。

 そんな格好で騎士など言われても、困る。

 しかも、パーティの場でアルサス王から言われただけで自覚もなにもない。それなのに、周りからは変に祝福されて微妙な気分だった。


「申し訳ありません。ですが、これも私の個性ですので」

「すいません。あとで言って聞かせますから」

「ところでご主人様(マスター)、破片を採取して持ち帰っては?」

「よしきた」

「よしきたじゃありませんよ、ヨナ」


 マキナの甘言に乗せられたアルビノの少女を、軽くたしなめる保護者(アルシア)。口調はまだ穏やかだが、その口元は笑っていない。


「ラーシアがやれって」

「冤罪!?」

「他人のせいにしては、駄目でしょう?」


 一音一音区切って、しっかりはっきりとヨナへ伝える。

 言われたほうは、背筋を伸ばしながら同時にがたがたと震え、逃げ場を求めて視線をさまよわせる。


「ユウトくんはいませんよ。あきらめなさい」

「ごめんなさい」


 丸く収まったらしいそちらを気にしつつ、ヴァルトルーデは真名へと自分の考えを告げた。


「まあ、なんに使うかは分からぬが、メルエル学長に頼んでみればいいのではないか? 私からも言ってみよう」


 久々に魔法銀(ミスラル)の鎧を着込み、討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを佩く彼女の言葉には、説得力があった。

 ――逃げ場のない船で、アカネが用意した服の着せかえ人形になっていたという事実を知らなければ。


「学長なら、きっと許してくれますよ、マナさん」

「厚かましいですが、そうしてみます」


 ヴァルトルーデとペトラの助言に、真名は不器用な微笑みを返す。

 ペトラは、ユウトが実家へ行っているのに皆の案内を優先して、気もそぞろだった。ヴァルトルーデの取りなしももちろんだが、そんな状態なのに気を使ってくれる配慮が嬉しい。


 そうしてようやく、魔術学院の門をくぐる。


 コの字型をした学院の中庭。

 学院自体ではなく、そこが今回の目的地だ。


「これが、ドラゴンの……」


 話には聞いていた。

 ダァル=ルカッシュという本物も、見たことがある。


 けれど、目の前に鎮座するそれ――古黒竜ダーゲンヴェルスパーの骨格――は、真名の想像を軽く吹き飛ばす存在感を放っていた。


 全長は30メートル以上。

 フォリオ=ファリナの港に停泊しているツバサ号よりも巨大で、威圧感も比較にならない。


 大きく開いた口とそこから覗く牙は、骨だけになっていると分かっていてもなお、ドラゴンにかみ砕かれるというビジョンを想起してしまう。

 骨格だけにもかかわらず。いや、だからこそ、生きとし生けるものへの怨念を感じずにはいられなかった。


「びっくりするわよねー」


 ここでファンタジー世界の洗礼を受けたアカネが、呆然と古黒竜を見上げる真名の隣へやってくる。


「はい……」


 その気持ちは嬉しかったが、それしか言えない。

 あえて比較するなら恐竜の骨格標本が近いだろうが、何千万年も前に滅んだのに対し、ドラゴンは現実(・・)に存在するのだ。


 畏敬の念が、自然とわき上がってくる。


 ――のは、どうやら少数派だった。


「とりあえず、静止画と動画を撮影しましょう。ご主人様、真っ直ぐ水平に向けてください。そうです、ブレは補正しますが、傾きはめんどうですからね」

「ムービーに、その声も入るんじゃない?」

「…………」

「一度やってみたいから、不死の怪物(アンデッド)になって復活してほしい」

「やだよ。内臓ないし」


 自主的にマナーモードへ移行したマキナを古黒竜へと向けつつ、なぜか安心感を憶える真名だった。


「やあ、久しぶりだな」

「恐れ入ります」

「あの時は世話になった」


 そこへやってきたのは、ヴァイナマリネン魔術学院の学長、大賢者の高弟であるメルエルだった。

 自然と挨拶を交わす、聖堂騎士(パラディン)大司教(パトリアーチ)。一方、ペトラは逃げるわけにも隠れるわけにもいかず、草食動物のようにその場で固まってしまった。


「あんまり久しぶりじゃない。もっと若かったけど」

「どういうことかな?」


 アルシアのお説教から復帰したヨナが、片手を上げて気安い様子で進み出る。背後で、ペトラが目を丸くするが、気づいた様子もない。


「ドラゴンの精神世界で会った。あのジイちゃんの記憶の中の」

「なるほど、それで若い頃の私か。詳しく聞きたいね」

「ショウカンがどうこうって」

「召喚……? いや、そうか。分かった。もう充分だ」


 素早く事態を把握した能力は、さすがヴァイナマリネンの高弟といったところか。その能力を発揮せざるを得なかったのも、ヴァイナマリネンのせいなのだが。 


「そうだ。メルエル学長。実は頼みごとがあるのだが――」


 幸運にも、他にその意味を理解できる人間はいない。

 そのため、メルエル学長の権威は守られ、真名の要望も容易く叶えられることとなった。


「どうせなら、今度、見学でもどうかな」

「ありがとうございます」


 そう約束をし、一行は魔術学院を離れてフォリオ=フォリナの市街へと移動する。目指すは、常設の市場。

 ペトラが先頭に立ってはいるが、ヴァルトルーデたちも何度か訪れたことのある街だ。一番騒ぎそうな二人も、関心が他へ行っていた。


「なんというか、仕事なんかほっぽってヴァルたちと逢い引きでもすればいいのにね」

「それは、教授(プロフェッサー)のパーソナリティでは難しいのではないでしょうか」

「けど、そこがいい」


 仕事ばっかりでダメな人だけど、支えてあげなくちゃ……と言っているように聞こえたのは、きっと気のせいだろう。


「やはり、センパイの街とは規模が違いますね。建物も均質的ではありませんし、人ももっと多いです」

「そこは、歴史が違うもの」


 彼らがいるのは、フォリオ=ファリナの旧市街。二枚目の城壁の内側であり、商業の中心地でもあった。


 そのためか、新旧の建築様式が混在し、建物の高さもまちまち。道路には石畳が敷かれているものの、補修の跡がどうしても残っていた。

 また、ドワーフの比率が極端に高いファルヴと異なり、やはり人間が一番多い。次いで、エルフか。百層迷宮へ潜る冒険者もいるため、他では珍しい岩巨人(ジャールート)ともすれ違った。


「素直に言って、ファルヴの発展速度は異常ですよ」

「でも、ここはファルヴほど清潔でもないです」

「そこは、勇人が頑張ったのよね、きっと」

師匠(せんせい)ですから!」


 上下水道とその浄化システムは、世界最大の都であるフォリオ=ファリナにも存在しない。あれが最先端だとしたら、千年単位でパイオニアの座は守られるはずだ。


「なるほど。最初に見た場所が、例外だったんですね」

「私と同じことになってるような……」


 そんな結論が出され、市場の入り口に到着した直後。


「止まれ」


 ヴァルトルーデが鋭い声を上げ、一気に先頭へ出る。移動しながら抜きはなっていたのか、その時にはすでに討魔神剣の刀身が露わになっていた。


「それは、そう。当然ですね……」


 次に気づいたのはアルシア。


「え? なに?」

「ほう。奇遇ではあるな」


 残りは、同時だった。


「いや、考えてみれば必然だろう」


 赤毛の淫靡な女が、その返答を聞いて淫蕩に口元を緩める。


「久しいのう、ヴァルトルーデ・イスタス」

「そのような間柄ではないだろう、ヴェルガ」


 女帝ヴェルガ。

 悪の半神が、供も連れずに、ただ一人でそこにいた。


「婿殿は、おらんようじゃな」

「安心したか?」


 討魔神剣を油断なく構え、警戒するヴァルトルーデ。

 女帝とは対照的に、口元が引き締まり、眼光も鋭い。そして、戦場へ降りたった戦乙女のように、気高く美しい。


「見透かすのう。同類ゆえかの」

「同類などではない……が、ユウトが言うには、正反対とは、最も引き合うものでもあるそうだ」

「婿殿らしい言葉よの」


 声は立てずに笑うヴェルガ。

 だが、市場を行き交う人間は、誰一人としてこちらを見ようとも、立ち止まろうともしない。


 そもそも、なぜ、こんな近くまで気づかなかったのか不思議なぐらいだ。彼女がいるその場所だけは、ぽっかりと穴が開いたかのように誰もいない。

 まるで、その空間が、ヴェルガ一人で精一杯だと言っているかのよう。


 そして、一度気づいたなら、目が離せなくなる。


「ヴェルガって、あの……」

「確かに地球でも……」


 ペトラにとっては、悪と恐怖の象徴。一方、真名にとっては、凄まじい力を持ち、ユウトたちが警戒する相手という認識。


「ご主人様、なにかあれば私を盾にしてでも離脱を」

「それは……。いえ、分かったわ」


 無駄な犠牲を出すつもりはないし、マキナの分析を疑う気もない。真名は、久々に魔導官としての自分へと切り替わっていった。


 だが、意外なことに、他に戦闘態勢を取るものはいなかった。


 戦闘能力のないアカネは別として、ラーシアは武器も出さずに楽しそうに見守っているし、いつもなら不意打ちを仕掛けそうなヨナは、足下の石を蹴ってつまらなそうにしている。


 アルシアも、警戒してはいるがそれだけ。


「ここで、雌雄を決するのも悪くはないがの……」

「そうだな……」


 ヴァルトルーデが剣を鞘に収め、ヴェルガが無警戒に近づいてくるのは同時。


「ヴェルガは、下見にきただけだろう」

「聖堂騎士であれば、約定は違えぬであろう」


 不倶戴天の二人は、相互理解の確立した二人でもあった。


「だが、やるのであれば相手になるぞ」

「それはこちらの台詞だ」


 同時に、相容れない間柄でもあったが。


「とりあえず、戦いにはならないのね?」


 緊張感から解き放たれたアカネが、確認するように問う。


「街が消し飛んでは、意味がないからの」

「そりゃそうだ。デートが台無しになる」


 草原の種族(マグナー)が、核心を突いた。

 その配慮のない言葉でいくつもの視線に貫かれるものの、気にした様子はない。


「邪魔をせぬのであれば、見学しても構わぬぞ。どうせ、やることは変わらぬゆえな」

「そのようなことは、しない」

「いいじゃない。いざとなったら、約束なんか――」

「そのようなことは、しない」


 ヘレノニアの聖女は、重ねて断言する。


「余裕かの?」

「信頼だ」

「さて、裏切るからこそ、信頼という言葉が存在するのではないかえ?」

「信じることから、すべては始まる」

「そうかそうか」


 ヴァルトルーデの言葉に、ヴェルガは笑う。

 愉悦と侮蔑を隠そうともせず、笑う。


「では、妾も信じるとするかの」

「ユウトをか?」

「否、この愛を」


 同時に、両者はお互いへ向けて歩みを進める。


 善と悪。

 地上におけるその象徴が、交差した。


 だが、なにも起こらない。


 両者はそのまま。

 無言で、別れた。


 ただ、火種だけを残して。

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