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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第三章 フォリオ=ファリナへ

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2.商談の準備

「なるほど。それは確かに理に適っている」


 フォリオ=ファリナを運営する議会。

 その中で九人しかいない世襲議員の一人であるパベル・チェルノフは、自宅へ招いた大魔術師(アーク・メイジ)の提案を聞いて理解を示した。


 広くはないが、落ち着いた応接室。窓からは午後の柔らかな光が差し込み、それだけで一財産はある窓ガラスがきらきらと輝く。

 室内の調度は華美ではないが、気品を感じる。それは、主人のセンスなのか、それとも世襲議員として培った歴史ゆえか。


 ユウトがツバサ号の船室でまとめた資料をテーブルの上に置き、パベルは長椅子に深く身を沈める。


「ただ売り払うだけでなく、それを投資に回すのであれば問題も出にくいだろう。買い手も、いくつか心当たりがある」


 ドゥエイラ商会が、国外の貴族に買収される。

 これだけでフォリオ=ファリナの安全保障を揺るがしかねない大問題だが、幸いにして相手は買い戻しに応じてくれた。


 普通ならばほっと胸を撫で下ろすところだが、今度は商会の経営問題が表面化する。


「危うく、持て余すことにもなりかねないところだった」

「規模がでかすぎて潰すわけにはいかないというのは、故郷でもままある問題でした」

「金貨百枚の借金なら首をくくれば済むが、金貨一万枚の借金ではくくろうにも梁が折れるというやつだな」

「やりすぎると、道徳的危険(モラルハザード)が発生するんですが」

「その通りだな。まったく、ヘルバシオには、どこまでも祟られる」


 娘であるペトラ・チェルノフの伝手で事件に関わり、事態の収束を一任されたパベルは、思わず怨嗟の言葉を吐き出した。


 百層迷宮の第九層にある凍結獄牢へと収監されたヘルバシオ・ドゥエイラ。

 条約を結んだ他国からも凶悪犯・政治犯を受け入れることもあるそこは、極寒の地であるため受刑者の反抗心を萎えさせ、万が一脱獄に成功しても上層のモンスターたちが代わりに始末してくれるという理想的な監獄だった。


 ただし、あの男に関しては、その心配はないだろう。

 ヴァルトルーデの美しさを絶対に手に入れることができないと気づかされた瞬間、ただ不随意運動をするだけの生ける屍に成り果てたのだから。


「失礼いたします」


 眼球が飛び出してしまうのではないかと思うほど目を開き、口から泡を吹いていたヘルバシオ・ドゥエイラの顔を懸命に忘れようとしていたところ、応接室の扉が控えめに開かれた。


 しずしずと入ってきたのは、三十を過ぎたばかりのすらりとした女性。

 アッシュブロンドの髪を編み込んでサイドでまとめ、ワンピースのようなドレスを清楚に着こなしている。


「妻のソーニャです」


 そう自己紹介しながら、ティーポットに入れた高級品の紅茶をユウトの前に置く。

 言われてみれば確かに、ペトラに似た面影がある。


(そういえば、アルシア姐さんに診察をしてもらっただけで、会うのは初めてだっけ)


 呪いを受け昏睡していた彼女を救ったのは、あくまでもペトラとその仲間たちだ。健康状態の診察ぐらいならともかく、ユウトがわざわざ面会する必要もない。

 しかし、そう思っていたのは、彼だけだったようだ。


「ようやく、お目にかかることができました」


 客人にお茶を出しても、彼女は部屋から立ち去る気配を見せない。

 それどころか、柔和な笑顔を浮かべて黒髪の少年を見つめていた。


「その節は、大変お世話になりました」

「いえ、ペトラ――お嬢さんたちがやったことですし、こちらはなにも」


 そう謙遜する――本人にその自覚はないが――ユウトへ、再び穏やかな笑顔を浮かべて、長年の疑問をぶつける。


「ところで、うちの娘はいつ頃そちらへ赴任することになるのでしょう?」

「……はい?」


 思いがけない質問に、ユウトは軽く固まった。

 なんの話だか、分からない。


「そちらの学院へ教員として採用が決まったと」

「え? ああ……」


 確かに、ヴァイナマリネン魔術学院付属ファルヴ初等教育院を開設するとき、教員として手を挙げたペトラに、「君は、もっと勉強をしなさい」と言った記憶はある。

 それを、「ちゃんと勉強したら採用するから」と誤解されたのだとしたら、辻褄が合う。


「私が眠っている間は冒険者として活動していたようですが、今はすっかり落ち着いて……」

「あ、ああ……。そうだな」


 妻の言葉に、夫は曖昧にうなずいた。


 ユウトは直感した。

 パベル・チェルノフ。ツートンカラーのベストとシャツを洒脱に着こなした、この壮年の男は、妻と娘が誤った理解をしていると気付いている。

 気づいていながら、指摘できないのだ。


 それは男親の悲哀ではあるが、同時に、他国への赴任に反対していることを表してもいた。それに勇気づけられるように、ユウトは否定の言葉を紡ぐ。いや、そうしようとする。


「残念ですが……」

「そういえば、先ほど落ち着いたと言いましたけど、しばらく、留守にしてたこともありましたね」

「うっ」


 考えるまでもなく、地球へ来ていた期間のことだろう。

 冒険者であれば一ヶ月や二ヶ月家を空ける程度どうということはないが、半分引退した彼女――しかも、忘れがちだが令嬢だ――がそうするのは差し障りがある。


「その点に関してご挨拶が遅れたのは申し訳ないとは――」

「私としても、せっかく病が癒えて家族との時間が持てるようになったのですから、娘にはここで過ごしてほしいとは思っているのですが」

「そうですか、そうですよね」

「それでも、本人の希望というものもありますし……ね?」


 ひとつひとつ丁寧に逃げ道が塞がれていく感覚。ある意味で自業自得といえなくもないが、リィヤ神から変な話をされた今では、容易にうなずくこともできない。


「ソーニャ、ソーニャ、今は、大切な仕事があるのだ」

「失礼しました」


 夫に注意されると、ソーニャ・チェルノフはあっさりと矛を収めた。そのまま、非の打ち所のない所作で応接室を後にする。


「済まなかったね」

「いえ……」


 微妙すぎる雰囲気が二人を包み込んだ。ユウトは、ヴァルトルーデやアルシアと一緒に来なかったことを後悔する。

 けれど、その二人とアカネは最後の作戦会議だと出かけていったので、どちらにしろ叶わぬことだった。

 しかも、その作戦会議がちょっとした騒動を招くことになるのだが、神ならぬ身であるユウトは知る由もなかった。


「しかし、これでは完全に買い戻すわけにはいかなくなった」

「そこは申し訳ないと思っています」


 フォリオ=ファリナの議会としては、自国の大商会に外国資本が入る。つまり、他国の意向が反映されるようになるのは避けたいところだ。 

 だが、だからといって商会の規模や利益まで目減りしてしまっては本末転倒。


 そして、それを防ぐための事業投資なのだが、それにはユウトの知識や判断を欠かすことができない。

 更に、ヴァルトルーデが協力すれば、悪意のある出資希望者も排除することができるだろう。


 そうなると、商会は売ってくれ。でも、一緒に頑張りましょうではお話にならない。


「とりあえず、うちとそちらで共同保有という形ではどうですかね」

「ああ。私たちも、それを考えていた。だが……」


 最低でも、ドゥエイラ商会の半分を買い取ることになると莫大な金が動く。とてもチェルノフ家だけで賄いきれるものではないし、議会の予算にしてもすぐに動かすのは難しい。


「なるほど……。じゃあ、所有権だけを株券にしましょう」

「株? ギルドの親方株のようなものかね?」

「ええと、俺もそんなに詳しいわけじゃありませんが……」


 断ってから多元大全を広げ、株式会社について軽く説明をしていく。

 といっても、所詮は高校生だったユウトの知識だ。完全に理解しているわけではないし、また、すべてを今回のケースに当てはめる必要もない。


「まず、商会を運営するうえでの法律のようなものを作りましょうか。そこに、『株』を所有するものが、商会の所有者でもあること。複数の所有者がいる場合には、持ち株数による多数決で重大な案件を決めるとすれば、株主がイコール商会のオーナーだと定義できます」

「ふむ……」


 パベル・チェルノフは、その頭脳をフル回転させて、自分の子供でもおかしくない年齢の少年が主張する内容を吟味していく。


「だが、それでは結局、株主だったか? 株を持つ者が始終商会を運営せねばならないのではないか?」

「それは、簡単です。株主は、商会の運営者――経営者と呼んでますけど――を別に立ててしまえば良いんです。そして、その経営者を選ぶのは、株主の多数決です」

「結果を出せない者は、株主に馘首されるわけか……」


 恐ろしい発想だと、世襲議員は心の中で首をすくめた。一方、それを口にしたユウトは当たり前のことだと平然としている。

 本当に当たり前のことなのだから、仕方がない。


「まあ、その分、結果が出たら報酬は多めに渡すべきでしょうが。なんなら、株式の一部を譲渡するのも良いでしょう」

「今のドゥエイラ商会ならば、問題はないか」


 前任者が独裁を敷いていたため、自己主張の強い人間は残っていない。株主の意向を汲んで堅実に運営をする分には支障はないだろう。


「本当は、何百万って株式を発行して、それで事業資金を得たりするらしいですけどね。そして、会社はその金で商売して利益を生み、株主は比率に応じて利益を還元されると」


 だが、今回は所有権の問題だけなので、シンプルで良い。配当も、特に考える必要はない。


「とりあえず、株式を100発行しましょう。一株は金貨千枚でどうです?」


 総額で、金貨10万枚。

 その半分で、5万枚。厳しいが、なんとかならない額でもない。


「分かった。では、50――」

「できれば、51株買ってください」

「それでは……」


 こちらが有利になってしまう。

 最初に50株と言いかけたのも交渉用のブラフで、最初は30も所有できれば良いと思っていた。


「こっちにだけ、時間を取られるわけにもいかないですから」

「話し合いが必要な重大な案件にのみ関われれば良いと?」

「ええ。一応、商会の法は、株式の6割以上持ってないと変更できないとすれば問題ないでしょう」

「しっかりしている」


 パベル――フォリオ=ファリナ政府に譲歩して恩を売っているように見えるが、ユウトも損をしているわけではない。


 アカネとレジーナで立ち上げたファッションブランド、ヴェルミリオの販路を考えれば、フォリオ=ファリナの商会との伝手は残しておきたいところだった。

 それだけでなく、食料品など他の物資の輸出入も円滑になるだろう。


 更に、ユウトは『株式』という概念を提示することで、金貨5万枚もの収入を得た。

 もちろん、ドゥエイラ商会という源があってのことだが、それだけを見れば、無から有を生み出したようにすら思える。


「疑っているわけじゃないんですが」

「いや、感心しているのだよ」


 娘も、存外、見る目がある。

 いや、あったのは、出会いの運か。


 そう思う世襲議員だったが、口にはしない。それは、父親の意地のようなものか。


「商会法の細部は、議会や行政府とも相談して詰めていこう」

「そうですね」


 残るは、公募した事業計画書の選別と、どれを採用するかという問題だけ。道筋がついた今となっては些細なことだ。


 だが、それはあまりにも早計だった。


 肩の荷を下ろしたつもりになっていたパベル・チェルノフは、ユウトが選んだ計画書に目を丸くすることになる。

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