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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第四章 発展編

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1.再びドワーフの里へ

「メインツへ視察へ行こうと思う」

「しひゃつ?」

「うん。ヴァル子は、まず飲み込もうか」


 本来はどんな用途で使用するのか不明だが、手頃な広さなのでダイニングとして使っている城塞の一室。

 いつもの四人――ヴァルトルーデ、アルシア、ヨナ、そしてユウト――が一堂に会して朝食を摂る中、ヴァルトルーデは口いっぱいに頬張ったパンを飲み込もうとしながら美少女らしからぬ声を上げた。


 いや、これはこれで可愛いかと、ユウトはジャッジを下す。美少女無罪。


 今までの習慣からか、朝食だけは揃って摂ることが多い。

 そのため、イスタス伯爵領の重要な方針が、この席で決まることも多かった。

 なるほど。朝廷とか朝議は、こういうことだったのかとブルーワーズ人には分からない感心をするユウト。


「そういえば、そろそろ約束の三ヶ月でしたか」

「三ヶ月……?」


 ようやく飲み込んだヴァルトルーデが首をひねる。味がおかしかったわけではない、心当たりがなかっただけだ。


「知ってる。なんか、ドワーフに無理難題をふっかけて土地を奪おうとしていたはず」


 スープからニンジンを取り分けながら、ヨナが物騒な指摘をする。


「うん。違うからな? 新しい鉱石の研究開発期間だからね?」


 普段はあまり飲まないユウトも、これだけは別と透明な杯に満たされた赤ワインで舌を湿らせながら、必死に訂正。


「ああ、その件か。憶えていたぞ、もちろん」

「絶対、忘れてた」

「そんなことはないぞ?」


 ヨナの指摘にヴァルトルーデが目をそらしながら、次のパンに手を伸ばす。

 卓上には、アルシアが用意した豪華なメニューが所狭しと並んでいた。


 焼きたてのパンは、ブルーワーズで主に食べられている堅い黒パンではなく、バターをたっぷりと使った白パンだ。

 ふっくらでもちもちとした食感は、王侯貴族でも味わったことがないに違いない。

 滋養がたっぷりと染み出したポトフのようなスープは食欲を刺激する芳香を漂わせ、脂の乗った大ぶりなマスのポワレは素材も複雑な味わいのソースもメインの一皿としてふさわしい貫禄を放っている。

 その他、簡単なサラダも見るからに新鮮な野菜を使用しており、食前酒として用意されたワインも薫り高い絶品だった。

 それらがすべて雪よりも白い白磁の皿に盛りつけられており、杯も滅多に目にすることができないようなカットグラスだ。


 朝食にしては重たいメニューのようにも思えるが、その辺りは元冒険者。体が資本だけあって、健啖家が多いというのが、第一の理由。

 ヴァルトルーデはもちろんとして、この食事を用意したアルシア自身も、苦にすることなく平らげていた。


 第二の理由は、この料理がただの料理ではないということ。

 すべて、そう、食器も含めてすべてアルシアの神術呪文《祝宴ディヴァイン・フィースト》により創造されたものなのだ。


 ネクタルやアムブロジアといった神酒、神饌の類にも似た効果を持つ。もちろん、本物の神々の食物には比べるべくも無いが、病を癒やし、毒や精神的な攻撃への耐性を授け、活力がみなぎってくる。


 そんな、大司教(パトリアーチ)でも簡単には使用できない呪文を消費してまで朝食を摂っているのは、やはり、冒険者時代からの習慣からだった。

 朝、《祝宴》で英気を養ってから冒険に出るのが、生活様式になって久しい。彼ら以外の誰が見ても驚き呆れるだろうが、習慣なのだから仕方ない。

 それに、本当に追い詰められた時は、司祭(クレリック)でも使用できる《聖餐(マナ)》で飢えを凌いでいたのだ。あの味がしない濡れた段ボールのような食事は、しみじみと不味く侘びしく哀しかった。


玻璃鉄(クリスタル・アイアン)のお披露目と、商談。それから、予行演習をやりたいなと」


 若干遠回りだったような気がしつつも、ユウトは自らの計画を披露する。

 もっとも、遠回り自体は特に問題はない。《祝宴》の呪文は、最低でも一時間程度かけて食事をしなければ本来の効果は発揮されないのだ。


「そんなわけで、俺は一度ハーデントゥルムへ行って評議員を連れて《瞬間移動(テレポート)》でメインツへ。ヴァルは、ヨナが連れてってくれ。そんで、向こうで一泊か二泊という感じだな」

「また、ユウトが浮気してる」

「浮気とかじゃないから。ほんと、憶えたての言葉を使いたがるな、ヨナは。小学生か」


 確かに、年齢的には小学生だった。


「えーと。そんなわけで、悪いけどアルシア姐さんは留守番で」

「なるほど……。予行演習ですか」


 スプーンを取る手を止めて、アルシアが意味ありげにつぶやく。


「貧乏くじで悪いけど……」

「適任でしょう。私でも、そうします」


 少ない言葉で相互理解するユウトにヴァルトルーデはわずかに頬を膨らませ、誤魔化すかのように大きく切り分けたマスを口に入れる。

 しかし、ヨナはアルシアが残ることに不満なようだった。


「アルシアだけ置いてけぼりは、良くない」

「仕方がないのよ。ユウトくんがいない間に事務が滞らないか、なにか問題が出ないか確認しなくてはならないのだから」

「ふうん……」


 反応としてあったのは、それだけ。


(あれ? リアクション薄くない?)


 大袈裟に悲しんでほしいわけでも引き留められたいわけでもなかったが、淡泊な反応だと、それはそれで哀しい。


「そんなわけで、三日後ぐらいに」

「そうね。その程度の猶予は必要じゃないかしら」

「私は問題ないぞ」

「こっちも大丈夫」


 方針は決まった。


「じゃあ、クロードさんには俺から伝えておくよ」


 クロード・レイカー。ヴァルトルーデの面接を通過した、総白髪の老人。現在は、イスタス伯爵領の官僚を取り仕切る書記官を任せられている人物だ。


「色々びっくりさせてくれそうね」


 その日の午後、ユウトの執務室へとやってきたクロード・レイカーは、視察の話を切り出されると、目を白黒させた後、ほろほろと涙を流し始めた。


「お仕えして僅か二月で、そのように信頼していただけるとは。銃後は、わたくしどもにお任せください。必ず、お守り致します」


 感極まった様子で、枯れ木のように細い体をいっぱいに伸ばして決死の覚悟を伝える書記官の老人。

 銃が一般的でないブルーワーズで銃後の守りなとどいう慣用句が存在するわけもないが、恐らく、ユウトの脳内で日本語へ翻訳された結果だろう。


 有能でいい人なのだ。

 ただ、生きるのに向いてないよなぁと失礼な感想を抱いてしまうユウト。


 下級貴族の出身で、王都セジュールでは財務を司る部署に長年勤めていた。しかし、良く言えば清廉潔白、悪く言えば融通の利かないその性格のせいで、閑職に追いやられていた。


 ただ、見る人は見ていたのだ。

 例えば、石化する前のアルサス王子などは。


 ユウトが頼むより先にクロード・レイカーを推薦してきたアルサス王子は、確かに為政者として得難い能力を有しているかも知れない。


 そんな経緯があり、王都セジュールからこんな田舎へやってきたクロードだったが、その仕事ぶりは勤勉そのもの。ヴァルトルーデの面接を通過して採用された10名ほどの事務官と共に、ユウトの負担をあっという間に軽減してくれた。

 従来は、多元大全で調べた行政についての資料と、ロートシルト王国の国法をすり合わせし、ハーデントゥルムやメインツの行政担当者の協力を得て、なんとかユウト一人でこなしていたのだが……。


 限界は目の前だった。


 というより、破綻していなかったのがおかしい。


 しかし、クロードたちのお陰で、その危機は過ぎ去ったと言って良いだろう。それどころか、世にも珍しい品行方正な官僚団がファルヴの土地に生まれそうだ。

 なお、彼らの働きを見たユウトが「俺、10人分の仕事をしてたのかよ……」と、天を仰いだこともあった。「それって、ユウトが頑張れば、10人分のお給料が要らないってこと?」というヨナの心ない一言で心が折れたというのもある。


「よろしくお願いします。頼りにしていますから」

「もったいないお言葉でございます……」


 ユウトとしては祖父とも言えるほど年上で、ヴァイナマリネンと違って尊敬できる人格の彼にはもうちょっと下手に出たいのだが、そうすると相手がもっと下に行ってしまう。

 クロードにも、ユウトが一年も経たずにいなくなることは、伝えている。その後残るのは、文字も読めない(最近、勉強はしているが絶望的な)ヴァルトルーデと、盲目のアルシアだ。


 やろうと思えば、不正などやりたい放題。


 そういう環境だからこそ、忠誠心が燃え上がるのがクロード・レイカーという老人なのだ。

 実に希有な人材。いや、逸材だった。

今回のメインツ編は全三回の予定です。

そのため、区切りの関係で長さの違いが発生してしまいますのでご了承ください。

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