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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第二章 王都にて

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12.王位継承(中)

 一般で言えば披露宴に当たる催しは、王城の中庭で執り行われることになっていた。

 ガーデン・パーティや園遊会と呼ばれる形式だが、もちろん異例のことだ。

 舞踏会や宮廷会議が開かれた大広間に厳選した招待客を集め、贅をこらした料理や酒が振る舞われるのが通例だった。


 これはアルサス王たっての希望で、より多くの者と喜びを分かち合いたいというありがたい言葉があったため、特別に企画された。

 そのため、城下でも――まったく同じとはいかないが――王家からの心づくしの酒や料理が振る舞われることになっていた。


 ――というのは、歴史書に記される話。


 もちろん、物事には裏と表があり、この場合は二大貴族の蜂起で浮き足立つ人心をなだめ、またセキュリティをあえて緩めることで他の貴族や官吏への信頼を示すという裏の事情もあった。


 そして表裏の事情とはまったく別の次元の話だが、こうでもしないとアカネたちが披露宴に関わるのが難しいという現実が最も大きかった。


 しかし、どのような思惑があろうと、慶事には違いがない。


 戴冠式の終了にあわせ、王城の中庭に宴の準備が整っていた。

 なにしろ、招待客は千人を超える予定だ。そのために、百を超えるテーブルが用意され、その上には大量の料理が用意されている。

 酒類など飲み物のテーブルもあるが、同時に、飲食物は王城に仕える使用人たちが会場を回って出席者に配っていく形式も併用することになっていた。


 雨天の場合は問題だっただろうが、今の王都には大魔術師(アーク・メイジ)が二人もいるのだ。なんの心配もない。

 

「遊園地の休憩スペースみたいだな」


 新郎、新婦。いや、新王と新王妃か。

 主役二人よりも先に会場へ入ったユウトは、ガーデンパーティの会場を見てそんな感想をもらす。

 それも、現代の視点で見ればコスプレとしか思えない、クラシックな服装の男女が集まっているのだ。ユウトの目には、非日常的な光景としか映らなかった。


「ゆうえんち? なんだそれは?」

「そうか。行ってなかったな」


 だが、隣にいるヴァルトルーデには伝わらない。

 地球へ帰還した当初は隠れ住んでいたような状態だったし、賢哲会議(ダニシュメンド)とのコンタクトに成功してからは、モンスターを退治し、魔法具(マジック・アイテム)を作る日々。


 よくよく考えてみると、彼女と二人きりでデートもしていない。


 もちろん、ブルーワーズに残してきたアカネたちが心配でそれどころではなかったというのもあるが、それにしても仕事しかしていなかった。


(俺はバカだ……)


 今さらながらユウトが落ち込んでいると、横からにゅうっと髭をたくわえた禿頭が目前に現れた。


「うおぉっ」

「なんだ。失礼なやつだな!」

「そんな迫力のある顔が出てきたら、驚くに決まってんだろ。せめて、足音と気配ぐらいさせろ」

「それでは、驚きに欠けるだろうが」


 呵々大笑しながら理不尽なことを言うのは、大賢者ヴァイナマリネン。

 功労者たる彼も当然招待されていたが、結婚式と戴冠式は欠席しておきながら、こちらには顔を出していた。しかも、主役の登場前ということで誰もが遠慮しているにもかかわらず、堂々と焼き鳥の串を何本か確保している。


「これ、例の醤油というやつで味付けがしてあるのだな。なかなか美味い」

「なぜ俺の周囲は、こんな自由な人間ばかりなのか」


 アルビノの少女と草原の種族(マグナー)の顔を思い出し、これ見よがしにため息を吐くユウト。その二人も、リトナを伴ってこちらに来ており、この会場のどこかにいるはずだ。


 目を離したのではない。

 姿を消した彼らを見つけることなど、誰にもできないだけだ。


 ヴァルトルーデも、その点は咎めず。反対に、神妙な顔をして一歩前へ出て頭を下げた。


「大賢者殿、この度は世話になった」

「ふんっ。そう思うのであれば、老人のおもちゃを奪っていくでないわ」


 地球で購入したアイテムを取り上げられたことに、不満を表明する大賢者。バルドゥル辺境伯の手勢を撃退したことなど、世話の内にも入っていないようだ。


 リィヤ神に贈呈した予備のノートパソコンにデジタルビデオカメラ。確かに、ヴァイナマリネンの所持品に頼っている面はある。


「それから、もっと背筋を伸ばせ、堂々としておれい」


 そう、最後は年長者らしい激励を残して、会場に溶け込んでいく。大柄な禿頭の老人が溶け込める場所ではないので、かなり目立ってはいたが。


「アルサス陛下、ユーディット妃殿下。ご入来!」


 ちょうどそこで、儀式官の声が響く。

 同時に、誰からともなく拍手が始まる。


 それを合図にして、会場となった中庭の奥に設えられた壇の上に、新王と新王妃が昇った。

 アルサスは戴冠式と同じ服装。だが、ユーディットはお色直しをして、今度は鮮やかなブルーのドレスを身にまとっている。

 美しい新郎新婦の姿に、出席者から思わずため息が漏れる。


 その傍で見守っているチャールトン前王も、感慨深げだ。


「皆、よく集まってくれた。今日は楽しんでほしい」


 飾らないうえに短い、アルサス王からのあいさつ。それを済ますと、新婦とともに手を振って歓呼に応え、すぐに壇から降りてしまった。


 居並ぶ貴族たちは意外すぎる展開に茫然としているが、一部では拍手喝采の大盛況だ。


「話が分かるね! いよ! 王様!」

「料理には適温がある。それを逃すのは冒涜」

「うんうん。酒も良いのを揃えてるね」


 人波に遮られ――なにせ、三人とも背が低い――見えないが、その源は知り合いのようだった。できれば違っていてほしいところだが、聞き憶えのある声が現実逃避を許さない。


「なあ、ヴァル。大丈夫だと思うか?」

「リトナ殿もいるのだ。大丈夫だろう?」


 草原の種族の守護神にして、豊穣も司るタイロン。その分神体(アヴァター)であるリトナの件は、事前に王国側にも伝えてある。

 もちろん極秘事項だが、アルサス王の周囲にいる者は知っているはずだ。


「そうだな。大丈夫だよな」

「問題ない。問題ないはずだ」


 しかし、不安は消えない。

 念のため、もう一度釘を刺し直した方が良いかと移動しようとしたところで、今日の主役であるアルサス王とユーディット王妃が、仲睦まじく寄り添って目の前に現れた。


「イスタス侯、アマクサ守護爵。此度は世話になった」

「陛下……」


 二人そろって、あわてて頭を下げる。

 無作法だが、ヴァルトルーデの美しさでフォローされた格好だ。


「楽にしてくださいませ。お二人は、私たちの恩人なのですから」

「恐縮です」


 王妃となったユーディットがそう言うが、だからといって横柄な態度は取れない。少なくとも、人目がある今は。


「いくら礼を言っても恩を返しきれるものではないが、それでも尽くさねばならぬからな」

「……もったいないお言葉です」


 立場上は、ヴァルトルーデが上。

 そのため彼女に対応を任せようとしたが、イスタス侯爵は家宰を全面に押し立て任せるつもりのようだった。


「後ほど宰相から褒賞の話があるはずだが、希望があれば是非聞かせてほしい」

「それではひとつ」


 守護爵でも大魔術師でもなく、一人の人間としてユウトは言葉を紡いだ。


「王たるを忘れず、英雄たるを忘れず、人たるを忘れず。我らが望みは、他にありません」


 別に、警句めいたことを言いたいわけではない。

 ただ、ユウトは知っている。


 名君と呼ばれるだけの業績を残しながら、一敗地に塗れ後世に手酷い評価を受けた王を。

 後の世の名将たちに多大な影響を与えながら、その死後は家臣たちが相争うことになった王を。

 民を慈しみながらも、最後には国を捨て、その民に処刑された王を。


 王、英雄、人。

 そのどれを捨てても、アルサスという王ではなくなる。そして、バランスを欠いた王ほど、国に民に不幸をもたらす者はない。


 それを、知ってほしかった。ただ、それだけだ。


「承知した。その金言、我が生涯における指針としよう」


 王が手を差し伸べ、臣下が恭しくそれを取った。

 彼らの配偶者が、嬉しそうに頼もしそうに夫たちを見つめる。


 ほとんどの出席者が、その光景を遠巻きに、しかし、固唾を飲んで見守っていた。


 新たな王と、それを支える臣下。

 大魔術師の警告を受け取る、賢明なる英雄。

 身分と立場の差を超えた友誼。


 伝承の一幕に立ち会えたと、感激する者。国の行く末を思い、安堵の涙を流す者。王へ取り入るため、イスタス侯爵に仲介を依頼すべきか計算を始めた者。


 胸に去来する思いは様々だが、二人の言葉が多くの人間の心を動かした。

 それは間違いのない事実だ。


「な、なんだ!? どういうことなのだ。この味! この料理は!」


 そんな空間に、場違いな絶叫が響き渡った。


 その源は、ラーシアでもヨナでも、リトナでも。いわんや、大賢者でもない。


「分からない。知らない。この私が? この美食男爵に知らぬ食材と調理法があるだと?」


 いくら無礼講に近いとはいえ、空気を読まぬ叫び。周囲から男へ厳しい視線が飛ぶのは、やむを得ないところだろう。


 けれど、気にした様子はなく――そもそも気づいていないのか――男は咀嚼し、味わい、嚥下していく。


 その度に、太い首が振動し、ただでさえも巨大な顔が更に膨らんだ。生地も仕立ても上等だが、場の平均であれば構わないという無難な衣服。下手をすると、身長と腹周りが同程度ではないか。少なくとも、そう思わせる体躯だ。


 見ただけで、食事にすべてを懸けていることが心から理解できた。


 その男が、ある一角に並べられた料理を次々と征服していく。


 ヴァイナマリネンもほめていた、たれを何度も塗って炭火で焼き上げた焼き鳥。

 アルサスにも称賛されたハンバーグを具にしたサンドイッチ。

 そして、この味が分かるかと挑戦するかのように置かれた、だし巻き卵。


 そのすべてを慈しむように口へ運び、忘我の幸せを感じ、しかし、食べ終えた瞬間に苦しみ出す。


「調理担当者を呼んでくれ! 死ぬ! 私は死んでしまうぞ!」


 勝手に死ねばいい……。


 というのが出席者の過半で共有する思いだったが、例外も存在する。

 その筆頭であるアルサス王が、男の前に進み出て声をかけた。


「さすがは、美食家で名高いアンソン男爵だな」

「これは、でん……陛下。この度は、誠におめでとうございます。そして、すばらしい歓待をありがとうございます」


 自分勝手な物言いに、周囲から失笑が漏れる。

 だが、気にした様子もなく、アルサスはにこやかに声をかけた。


「その一角は、私と妻が是非にと呼んだ料理人の作なのだ。気に入ってくれたようだな」

「滅相もありません」


 ぶんぶんと、全身のたるんだ肉を揺らして否定する美食男爵。


「この味の秘密を知らないことには、死んでも死に切れません。死んだら、絶対に不死の怪物(アンデッド)になります」

「それは困るな。誰か、アカネどのたちをこちらへ呼んできてくれ」


 新王に仕える侍従の一人が、王命を受けて調理場へと飛んでいく。


「……これは、アカネも予想してなかっただろうな」

「苦労をかけるな、本当に」


 このあと、どうなるのか。

 いや、どうなるかは分かる。質問攻めにあって、周囲から注目されるのだ。


 問題は、そう。

 現実が、その程度で収まってくれるのかどうか。


 それは、誰にも分からない少しだけ未来の話だった。

この後、30日の0時頃を目安に書籍版発売記念短編を掲載します。

時系列的にプロローグの直前の話ですので混乱してしまうかも知れませんが、

書籍版ともどもお読みいただければ幸いです。

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