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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第二章 王都にて

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8.急転直下(後)

「ヴァル!」


 立ち上がってダーク・クロウラーと距離を取ると同時に、聖堂騎士(パラディン)へ真偽を確認する。


「あの言葉に嘘はない」


 ユウトよりも早く反応したヴァルトルーデは彼を背後にかばいつつ、そう言い切った。


「だが、個々の判別までは難しいぞ」


 続く言葉は苦い。マルヴァト公の姿をしたあの者を警戒しなければならないし、なだれ込んできた下僕たちの相手もしなければならない。

 もちろん、ただ排除――殺害するだけなら難しくはないが、それはできない。


 二人の困惑。

 それは、ダーク・クロウラーが従える下僕には、二種類存在することが理由だった。


 ひとつは、ダーク・クロウラーが、人間やエルフ、ゴブリンやオーガといった人型生物の精神を破壊し、肉体を再構成したダーク・サーヴァント。

 生前の特質は、今の能力とは無関係。ただの素材に過ぎない。


 ダーク・クロウラーが“設定”した人格へと作り替えられ、能力も――無論限界はあるが――主の意のままだ。

 そして、主と同じく悪の相を持ち、もはや元の姿に戻すことはできない。


 それとは別に、ダーク・クロウラーは生まれながらの超能力者(サイオン)でもある。それも、精神感応の能力に長けた。

 その能力を使用し、罪のない人々の精神を支配して下僕とする場合がある。こちらは、その支配さえ解けば、元の生活に戻ることも可能だ。


 いずれも主がいなくとも命令を忠実に果たす性質があり、ダーク・クロウラーを倒すだけでは事態は好転しない。


 敵の中に殺して良いものとそうでないものがいる。

 自体を単純化してしまうと、そういうことだった。


「さて、誰がダーク・サーヴァントだろうね? 彼か、彼女か。もしかしたら、全員違うかもしれない」

「ユウト!」

「性質が悪い!」


 即座に思考を戦闘へと切り替えた大魔術師(アーク・メイジ)は、準備した呪文の中から、この状況を打破する手札を検索する。


 翻弄するように言葉を連ねたダーク・クロウラーは、その間に《クローズ・テレポーテーション》の超能力(サイオニック・パワー)を使用して、短距離瞬間移動。

 ユウトと同じように後ろに下がる。


 主をかばう格好になったダーク・サーヴァントたち。

 外見は、人間と変わらない。下女、庭師、馬丁、料理婦、門衛……。公爵家に仕える者が、老若男女の区別なく集まっている。

 その手には、室内でも振りまわせる短槍(ショートスピア)と体を隠せるほど大きな円形の盾を手にして。


 まるで暴動のような光景だが、武装はしっかりとしている。そのアンバランスさに加えて戦闘に臨む熱が感じられず、ホラー映画のような不気味さだけがあった。


 そして、ダーク・サーヴァントであれば、戦闘力も段違いだ。


「ヴァル、とりあえず区別する必要はない。ただし、全員を弱らせてくれ。方法は任せる」

「任された」


 ユウトからの厄介きわまりない注文。しかも、絶対に得意とは言えない内容。

 だからこそ、それを任されたという信頼感に精神が高揚する。


「方陣を組み、押しつぶそう」


 そんなヴァルトルーデの感情など関係ないと、ダーク・クロウラーは従僕たちに命令を下す。

 一瞬で五列の即席ファランクスもどきを作り上げると、槍と盾を突き出し美しき聖堂騎士へと迫った。


「大したものだ」


 その統率力は称賛に値する。

 敵であろうと褒めるべきは褒めたヴァルトルーデだが、それが有効かどうかは別の話。


「征くぞ」


 討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターは鞘から抜かず、腰だめに構えた聖堂騎士が地上を疾駆する。

 広い応接間を埋め尽くす軍団が、家具を蹴散らしヴァルトルーデへ迫る。


 部屋の中央で、両者が衝突した。


「うおおぉっ」


 裂帛の気合とともに、横薙ぎに振るわれた討魔神剣。

 繰り出される無数の槍をかわして繰り出された一撃は、ダーク・クロウラーの従僕を傷つけるためのものではない。


「まったく、むちゃくちゃだ」


 味方のユウトでさえあきれるしかない斬撃は、方陣の最前線にいた者たちの盾を打ち砕き、その勢いのまま後ろへ押し返してしまった。


 相手が、改造されたダーク・サーヴァントであれ、ただ操られているものであれ。ヘレノニアの聖女の前に、違いなど存在しない。


「これ以上の争いは無意味だ」


 量より質を体現した聖堂騎士は、鞘に収めたままの神剣の切っ先をマルヴァト公へと向け、降伏を促す。


「バルドゥル辺境伯の蜂起は失敗に終わる」

「随分と、自信満々だね?」

「陛下と殿下の傍には、大賢者ヴァイナマリネンがいる。万が一にも、計画が成就することはありえぬ」


 倒れたテーブルを横目でちらりと見つつ、ヴァルトルーデは朗々と宣言した。

 ユウトが《透明化(トランスピアレント)》の呪文を使用して密かに持ち込んだのは、ヴァイナマリネンの私物であるデジタルビデオカメラ。

 今はその呪文の効果も切れ、床に転がっている。壊れてはいないようだが、万が一の場合は《物品修理(リペア)》で対処可能だ。


 それを動かぬ証拠にしようと計画したのはもちろん来訪者である彼だが、大賢者を引き込もうとしたのはユーディットのアイディアだった。


 偶然王都セジュールを訪れていた大賢者が、偶々辺境伯の蜂起に出くわし、義侠心から鎮圧に協力した。


 これを表向きの筋書きとすることで、イスタス侯爵家に功績とやっかみが集まることを防ごうとしたのだ。


 ヴァイナマリネンとの交渉はユウト任せだったが――結局、次の賢哲会議(ダニシュメンド)との交易に、かなり食いこまれることになった――英雄を目指す王の妃の面目躍如といえる。


「やはり、そちらが上手でしたか」


 大博打が失敗したにもかかわらず、ダーク・クロウラーは動じない。顔色ひとつ――元々、蒼白だったが――変えず、冷静に事実を受け止めた。


「《理力の弾丸(フォース・ミサイル)》」


 そこへ追い打ちをかけるかのように、ユウトが理術呪文を発動する。ラーシアが魔法の杖(マジック・ワンド)で使用していた、絶対的な精度を誇る純粋魔力の弾丸。

 万が一にも従僕たちに当たらないように選ばれた第四階梯の理術呪文は、狙いを過たずダーク・クロウラーを打ち貫く。


 けれど、本命は別。


「《衝撃の場(スタン・スフィア)》」


 さらに、呪文書からページを切り裂き、崩れた方陣の真下に魔法陣を構築する。

 すぐには発動できない、どちらかというと罠として使用すべき呪文だが、その周囲にいる生物を、弱いものから順番に気絶させる理術呪文。


 つまり、ヴァルトルーデが全員弱らせれば、まとめて無力化できるのだ。


 それに対して、マルヴァト公の姿をしたそれも超能力で反撃する。


「《エレメンタル・バースト》」


 ヨナが得意とする超能力。

 しかし、威力は比べるまでもなく、狙いも不正確。ユウトを大きく逸れて、天井に直撃してしまった。


「ヴァル、こっちは気にするな。今のうちに――」


 天井の崩落に備えるため避難したユウトだったが、最後まで指示を飛ばすことはできない。


 それも当然だ。

 まさか、階上から薄衣をまとった女性が落ちてくるなど、想像するはずもない。


 しかも、ナイフを手にして。


「死になさい」


 しゃがれているが、優しい声。

 それはもちろん、ユウトへ向けた――ものではない。


 天井とともに落下してきた女たちは、うめき、崩れ落ちながらも、主命を忠実に遂行しようとする。

 ある少女は、首筋に。別の女性は心臓へ。また他の娘は手首にナイフを押し当てた。


「やめろっ」

「ユウトッ」


 呪文を使用しては間に合わない。

 身も世もなく駆け寄ったユウトは、ナイフを蹴り上げてその自殺を防いでいく。


(なんとか間に合った……)


 思わず、安堵のため息を吐く。  


「この時を待っていたッ――」


 そう。安心、してしまった。


「《マインド・ルーラー》!」


 千載一遇。

 唯一の好機。


 ユウトが作ってしまった精神の隙間へ、全精神力を込めた渾身の超能力を送り込む。


「くっ」


 ただの人間。いや、歴戦の冒険者や騎士。司教(ビショップ)魔導師(ウォーロック)級の呪文使いでも行動を支配しうる超能力。

 にもかかわらず、ユウトは頑強に抵抗し、肉体の支配権を譲ろうとはしない。


 呪文をひとつ使用させる。

 恐らくは、それで精一杯。


 構わない。

 それで充分だ。 


「行け! あの御方のもとへ!」

「まさかっ」


 ユウトは自らの意思によらず呪文書を開き、そこから7ページ分を切り裂いた。

 そして、そのまま周囲にページを展開し、発動する。


「ヴァル、悪い。この場は任す」

「ユウト!?」


 常に準備をしている、定番とも言える呪文を。


「《瞬間移動(テレポート)》」


 行き先は、遙か遠い北の地。悪の半神の御許。


 女帝ヴェルガの宮殿だ。《瞬間移動》へのなんらかの対処をしているだろう。

 だが、愛するあの御方と、仮にも大魔術師と呼ばれる男だ。きっとどうにかしてくれるはず。


「ああ……」


 満足ではない。

 未練はある。


 それでも、充足感があった。


 このロートシルト王国をあの御方への捧げ物とする。その言葉にも気持ちにも嘘はなかった。だが、目の前に、もっと相応しいものがあるではないか。

 ならば、長年かけた計画を捨てるのに躊躇などあるはずがない。


「貴様ッ」


 聖堂騎士が、憤怒の形相で突進してくる。

 そんなにいきり立つ必要はない。こちらの鬼札(ジョーカー)はこれで最後。もう、なにも残ってはいないのだから。


 勝ったのか、負けたのか。

 そんな線引きに意味はない。


 もしあの大魔術師があの御方の下にたどり着いたなら、自分のことを語るかもしれない。そんな下心はあったが、実現するかどうかは確かめようがないし、実のところどちらでも良かった。


 ただ、そんな光景を想像する自由はあるはずだ。

 そして、そんな希望と期待を抱いて幕を下ろす権利も。


 名も過去も捨て自らが信じる愛に殉じた怪物の意識は、その直後、永遠の闇に落ちる。

 そして、二度と浮上することはなかった。

こんな状態で申し訳ありませんが、所用により明日は更新ができないかも知れません。

あらかじめ、ご承知おきください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 悲しい愛の物語…悲しいか? 悪の相にも、それ也の倫理と論理がある世界観で、一方的でも愛に準じた様はなかなか味わい深いですな。 本来のマルヴァト公は病死とのことでしたが、生前には何を思ってい…
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