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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 間章 閑話編

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5.ヨナの自由な日々(後)

お待たせしました後編です。

「見つけた」


 無表情に、無感動にヨナがつぶやく。

 《タクチュアル・サイト》の持続時間ギリギリで遭遇し、目の前にやや予想外の光景が広がっていても、なんら変わりない。


 生い茂る木々の中、樹上に移動したヨナの視線の先には、車体が無惨に破壊され、車輪も取れてしまった荷馬車があった。

 それがキリヤという商人の荷を運んでいたのか、それとも別口かは分からない。同時に、ヨナにとっての関心事はそこにはない。


 予想外だったのは、荷馬車の周囲に付いている足跡だ。


 敵がいないことを確認してから、ヨナは軽業師のように樹上から飛び降り、改めて観察をする。血痕や足跡を見るまでもなく、ここでなにが起こったかは一目瞭然。

 昨日今日ついたものでもないが、それほど古くもないようだ。


 では、足跡のなにが予想外だったのか。


「ゴブリン、ウォードッグ……。ホブゴブ? オーガ?」


 その足跡は人間ではなく、亜人種族。

 それも、悪の相を持つクリーチャーたちのものだった。


 人間に比べれば肉体的には脆弱だが多産で狡猾で邪悪なゴブリン。

 一般的に、身長は1メートルほど。緑色の肌で全身は無毛。しわがれた醜悪な容貌。しかし、常に集団で襲いかかり、殺害にも略奪にも一切躊躇を覚えないその性質は、脅威となることも多い。


 ホブゴブリンはゴブリンの亜種であり、身長は普通のゴブリンの倍近く。

 それに比例して膂力も驚異的だが、致命的に知能が低い。そのため、ゴブリンの集落で体の良い用心棒として使われることがほとんど。


 いずれも、粗末ながらも剣や槍で武装し、レザーアーマー程度だが、略奪した鎧を身につけていることもある。


 一方、オーガは3メートルはある体躯とホブゴブリンを凌駕する怪力を誇る、亜人種族。巨人の一種と間違われることもあるが、生物的なつながりはない。

 頭頂部に生える二本の角と、発達した犬歯が特徴的。基本的に殺すことと食べることしか考えておらず、動物でもゴブリンでも人間でも食べる悪食。

 オーガが支配者となり、ゴブリンやコボルトといった弱者を従えていることも多かった。


 いずれも、このブルーワーズでは珍しい存在ではない。オーガは別だが、ゴブリン程度であれば、最低で20匹程度の集団がどこにでも存在している。

 このケラの森がエルフや自然崇拝者のテリトリーとはいえ、その全域を管理しているわけでもない。それ故、悪の相を持つクリーチャーがいても不自然ではないが……。


「まだ残ってた」


 “虚無の帳”(ケイオス・エヴィル)の壊滅と時を同じくして、少なくともこの地域では悪の相を持つ亜人種族は、一時的にせよ姿を消したはずだった。

 ヨナの言う通り残党がいたのか、あるいはどこからかやってきたのか。


 どちらとも言えるし、どちらでもいいとも言える。


「ぶっつぶせば同じ」


 一応、荷馬車の中を確認しわずかに眉をしかめたヨナが物騒な台詞を口にするが、少なくともこのブルーワーズでは、間違った認識ではない。


 悪の相を持つクリーチャーは、おしなべて残忍にして狡猾。従順な振りをして裏切りの機会を狙い、貪欲で改心をすることもない。

 言い換えれば、交渉の余地のない存在だ。


 出会えば、殺し合うしかない。


「《サイコメトリィ》」


 破壊された荷馬車から身軽に飛び降りたヨナは、地面に手を突き超能力を発動した。

 物品の来歴を知り、場の過去の記憶を読みとる能力。


「ふうん……」


 今度は、無音。

 矢を射かけるゴブリンたち・護衛の戦士を打ち砕くオーガ・まき散らされる鮮血・戦利品を獲て引き上げていく悪の亜人種族たち。

 視覚情報のみがヨナの脳へ殺到する、情報の濁流。


 しかし、ヨナは平然とそれを受け止め、休みもせずにゴブリンたちが立ち去っていった方角へと足を向ける。

 白髪赤目に華奢な体。そんな外見の印象と異なり、ヨナの体力は並の冒険者程度にはある。つまり、ユウトと違って数時間程度の移動は苦にもならない。


 深い森の中、動物に会うこともなく一人。

 無言で歩き続けた先に、洞窟の入口を発見した。


 時刻はすでに夕方。


「早く帰らないと、怒られる……」


 切実な問題を前に、ヨナの双眸がすっと細まる。


 その視線の先には、見張りのつもりだろうか、数匹のゴブリンが簡素な槍を装備して入り口の辺りにたむろしていた。ギィギィと耳障りなゴブリン語で会話をしている。

 ヨナはゴブリン語を解するが、内容が意味不明すぎて理解できない。


「どうやって殺す……?」


 殺すのは確定事項だった。


「って、そうだ先に情報収集しないと。ユウトに怒られちゃう」


 一人でこんなことをしている時点で怒られるもなにもないのだが、当然そんな現実には目を向けない。

 引き合いに出されたユウトも困るだろう。


「《クレアボワイヤンス》」


 まだまだ、精神力には余裕がある。

 千里眼の能力を発動し、視覚だけを洞窟の内部へと飛ばしていった。


 光量は足りなかったが、様子を見るだけであれば特に問題ない。内部は、オーガでも動き回れる程度には広く、いくつかの枝道が存在していた。

 その先は、それぞれの領域になっているようで、ゴブリンやオーガなどが種族毎に固まっていた。そうでもしないと、オーガがゴブリンを食べてしまうというのもある。


 見たところ、典型的なダンジョン。生活拠点と一体化しているため、罠も無さそうだ。対処すべきは反対側にある入り口と、中央に陣取る人間の魔術師(ウィザード)か。


「人質っぽいのは無しと」


 だが、魔術師など歯牙にもかけない。

 ヨナにとっての問題はただひとつ。


「どうやって、あいつらの装備を傷つけずに倒そうか」


 ヨナは考える。


「とりあえず、入り口と裏口は壁でふさぐ。数が多いから《エナジーバースト》したいけど、壊れそう……。《ソウル・ウィップ》だとめんどう……」


 一番簡単な解決法は、ヴァルトルーデを呼んでくるなのだろうが、後が怖い。


「ラーシアとエグ、使えない……」


 どこかへ旅立った仲間に呪咀を吐きつつヨナは作戦を決める。


「――力押す」


 冒険者の基本だった。





 マーカス・ムノイド。

 それが、最近イスタス伯爵領に住み着いた魔術師の名だった。

 その名が表しているように、三男とはいえ貴族の出であり、適性があったのか、私塾に入り理術魔法を学んだ。


 順調と言っていい人生はしかし、酒に酔って起こした騒ぎで呪文を使ったことで破門され、後はあれよあれよと転落していった。

 典型的。

 どこにでもある話。


 しかしそれは、身につけた理術魔法を自由に使用できるということでもある。なんの掣肘もなく、自分のために。

 力こそすべて。

 暴力が世界の法則。


 正しい。

 それは正しい。


 少なくとも、このブルーワーズと呼ばれる世界では。

 彼はその事実を、残酷なまでに証明することになる。


 今すぐに、ここで。





「行け」


 幼い声に命じられ、ヨナの周囲に侍っていた半透明の怪物が、その爪をオーガに対して振るった。

 その両爪の攻撃はオーガの胸を深く切り裂き、更に傷を抉るかのようにかきむしる。


 ヨナが従えるそれは、怪物と表現するしかなかった。

 体長はオーガと同程度だが、地面に付くほど長い腕を持て余しているのか、常に前傾姿勢。頭部は面長で、目も口も鼻も窪みがあるだけで、実際には虚でしかない。

 水墨画で描かれたかのような、歪で空ろで不気味な存在。


 一方、オーガもやられっぱなしではない。

 棍棒による力任せの反撃は、まともに食らえば頭蓋が陥没する。

 しかし、半透明の怪物になんら痛痒を与えた様子はない。

 魔化されていない武器による攻撃など、精神物質(エクトプラズム)で形成された《アストラル・ストラクチャ》には通用するはずもないのだ。


 抵抗むなしく、一体目のオーガが首を引き抜かれる。


 力押し。

 そう定めたヨナは、入り口のゴブリンを《エナジーバースト》で片付けると、精神物質で作製した従者で蹂躙していた。


 丁寧に一体一体。

 手間はかかるが確実に。


 それを実現する、圧倒的なレベルの違い。


 弱者故に、強者の気配に聡い。あっさりと士気は崩壊し、すでにゴブリンたちは逃げ腰だ。後数秒で、総崩れになる。


「なにをしている。その怪物は無視しろ。操っているのは、その子供だ」


 そのタイミングで、魔術師――マーカスが姿を現した。

 この土地に移って早々、まだ一仕事しただけで冒険者に感づかれたのは業腹だが、見たところ相手は子供。無論、見た目に騙されるつもりはないが、あの怪物よりも与しやすいはずだ。


 共通語の命令を理解し、破れかぶれになったゴブリンたちがヨナへと殺到する。

 《アストラルストラクチャ》も巨体故にそのすべてを足止めはできない。反射的な攻撃をすり抜けた何体かがヨナへと肉薄し、錆び付いた剣や槍で攻撃を繰り出す。


「《氷雪嵐(アイス・ブリザード)》」


 そこへ、マーカスが呪文書のページを飛ばし、ヨナを中心とした方陣を形作る。

 10メートル四方はあろうかという範囲を、氷と岩の飛礫が荒れ狂う。味方であるはずのゴブリンがいようとお構いなし。

 それを咎めるような人間は、この場にいなかったが。


 《氷雪嵐》は第四階梯に分類される理術呪文だ。それを使用できるということはそれなりの実力を有していることになる。

 腕に自信を抱くのも当然だ。


 その自信は、今この場に達するまでの人生で証明されたものでもある。


「歩きにくい」


 だが、ヨナ一人を相手にするのにも完全に力不足。

 ユウトがいたならば、「序盤の街でレベル上げしてたら、敵の四天王とエンカウントしたようなもんだよな」と同情を禁じ得なかっただろう。


 当然のように、ヨナは無傷。

 マーカスは知る由も無いが、《氷雪嵐》はすべて事前に使用していた自己強化の超能力、《フォース・スクリーン》によって、攻撃は完全に遮られた。

 被害と言えば、ゴブリンたちは無惨な屍を晒しているだけ。


「くそっ! 何者だ!」

「……正義の味方?」

「ふざけるな!」


 悪態を吐く暇も惜しく――しかし、罵声を吐かずにないられずに――マーカスは踵を返した。そして、久しく行うことの無かった全力疾走で洞窟の裏口を目指す。

 移動速度を上げる呪文もレパートリーにはあるが、当然、そんな使いどころのないものを呪文書に転写しているはずもない。


 どうしてこうなったのか。

 訳が分からない、理不尽にもほどがある。

 相手が何者かも分からない。

 自分が何者かも問われはしなかった。


 実体を持った死。

 抗い難き運命。


 ただ、財宝はすべて無限貯蔵のバッグに回収済みだ。どこででもやり直すことはできる。今の状態を考えれば僥倖だろう。

 最後のオーガの断末魔の悲鳴を聞きながら男は微笑を漏らす。


「どこに行くつもり? どこへも行けないのに」


 死神の声がした。

 同時に、あの怪物の爪が背中をかすめる。


 逃げねばならない。

 にもかかわらず、魔術師は恐怖に負けて振り返ってしまった。


 そして、彼は希望を見る。


 持続の限界だったのだろう。空振りをした《アストラル・ストラクチャ》は、その一撃を最後に闇の中へ消え去ってしまった。


「ふっ、ふははは」


 狂ったように笑いながら、魔術師は走る。

 まだ、ツキはあった。


 幸運に快哉を叫びながら走る。


 走って。

 走って。

 走って。

 

 たどり着いたのは、行き止まりだった。


「なんだ!? どうなっている!」


 なんのことはない。

 襲撃をかける前に、ヨナが《ウォール・アイアン》の超能力で塞いだだけ。当然、正面の入り口にも同じパワーがかかっている。


 魔術師は、魔術師であるにもかかわらず、狂ったように鉄の壁を打ち付ける。

 だが、厚さ数センチメートルはある鉄の壁を、今すぐにどうにかできるわけがない。


 ああ、その通り。どこに行けるわけでもなかったのだ。


 振り返った魔術師が目にしたのは、二体目の《アストラル・ストラクチャ》。

 しかも、一体目よりも巨大な。


 恐らく、洞窟の中ではスペースの関係でサイズを落としていたのだろう。

 この通路を抜けた先では、本来の大きさで創造することができたと、そういうことなのだろう。


「あ、ふは。あふぁははっははははは」


 不条理に笑うしかない。

 道を外れ、悪を率いた魔術師は、笑いながら息絶えた。





「これでよし」


 ファルヴの城塞、宝物庫。

 無限貯蔵のバッグにあの洞窟で得た財宝――金貨、宝石、魔術師が持っていた魔法具――を無造作に積み上げていく。


 パーティの一員であるヨナがこの宝物庫に入るのに、障害があるはずもない。

 しかも、何度目かの侵入。財宝を置く手並みも慣れたものだった。


 なお、まだ手つかずだったため、ハーデントゥルムの商人の荷物はあの酒場の前に置いてきた。さすがに、その先までは面倒を見きれない。


「ユウトは使うばっかりだから、たまには増やしておかないと」


 ダメな子ほど可愛いとでも言いかねない言葉を残し、ヨナが宝物庫を後にする。

 もしかしたら、餌をねだる雛に餌を運ぶ親鳥の気持ちで、こんなことをやっているのかも知れない。


 後にこの事実を知ったユウトが、驚きのあまりテーブルに頭をぶつける羽目になるのだが。

 それはまだ、先の話。

閑話編は終了です。

次回からは発展編。内政ターンその2となります。


皆さんの応援は大きな励みになっています。

これからも、よろしくお願いします。

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