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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第二章 王都にて

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4.言葉の戦場(中)

「こちらをお使いいただきますよう、お願いいたします」

「ありがとう」


 ヴァルトルーデが、控え室から議場まで案内してくれた女官へ微笑みと労いの言葉を送る。

 それを真正面から受けて、彼女は硬直した。


 身構えていようと耐えられるものではないし、同性だからと通じないわけでもない。30近いだろう年かさの女官は、耳まで顔を真っ赤にしてあたふたと離れていった。

 恐らく、下手に騒ぎ立てないよう落ち着いた性格の者を選んだのだろうが、その程度でなんとかなる彼女の魅力(カリスマ)ではない。


「どっちかというと、慣れの問題だよな」

「なにか言ったか?」

「いや、ヴァル子は綺麗だなって」

「ば、バカものっ」


 そんな不謹慎な言葉を小声で交わしながら、二人はそろって指定された席につく。


 この程度の冗談――内容は無論本音だが―であれば、特に心配の必要はない。

 100人近くいる宮廷会議の出席者たちは、会場を遊弋ゆうよくしてにこやかに挨拶を交わし、またある者は所属する派閥の人間と集まって何事か話をしている。

 ユウトとヴァルトルーデの睦言も、そのざわめきの中では泡のように消えていくだけ。


「しかし、ここに来るのも久しぶりだな」

「あんまり良い思い出もない気がするけど」

「それは確かにそうなのだが、それだけではないからな」


 邪悪なる炎の精霊皇子イル・カンジュアルを滅ぼし、世界を破滅から救った後。直接的には、王都へ飛来した黒妖の城郭を撃退した功績だろうが、この部屋で行われた舞踏会に出席したことがある。


(すぐに外に出て、そして……)


 彼女から、誘われたのだ。

 秘書にならないかと、不器用に。


 確かに、それだけではなかった。


 先程の女官のように顔を赤くしながら、ごまかすように部屋を見回す。


 その時は儀式の間のように煌びやかに飾られていたここも、今では絨毯から壁紙まで落ち着いたものに替えられ、たくさんの椅子や証言台が並べられている。

 地位や身分によって分けられたこの光景は、ニュースで見た国会中継を思い出させた。まさか、似たような場所に立つことになるとは、想像もしてはいなかったが。


大魔術師(アーク・メイジ)殿。いや、今はユウト守護爵か。久しぶりだな」

「ご無沙汰しております、アハティ侯」

「相変わらず活躍しているようだな。この隠居老人にも、いろいろ評判は届いておるよ」


 久々に会う祖父のようなやりにくさを感じつつ、はにかむような笑顔で突然の来客と握手を交わす。


 アハティ・ハルヴァニ。

 チャールトン王の信頼も厚く、短期間ではあるがアルサス王子に軍略を指南したこともあるという。長年北の塔壁で対ヴェルガ帝国の先頭に立ち、ロートシルト王国を。否、人類の領域を守り抜いた老将。

 今は一線を退き、王都近くの荘園に引きこもっている。ただ、家督自体は譲っておらず、ハルヴァニ侯爵家自体が武の名門ということもあって影響力は大きい。


 そして、まったく年齢を感じさせない盛り上がるような体躯は、彼が歴戦の勇士であることを雄弁に物語る。ユウトなど、その胸板であっさりと弾かれてしまうことだろう。


「こちらから挨拶をすべきところ、痛み入る」

「なに。先程までの主役には、いろいろとありましょう」


 現役では最も在任の長い侯爵であるアハティと最も新しい侯爵であるヴァルトルーデとの握手は、周囲の驚きをもって迎えられた。


 二人が親密にしているということは、成長著しいイスタス侯爵家がアルサス王子に与する決断を下した。

 その意図がなくとも、この空間ではそう解釈される。


 そして、それを最も苦々しい表情で見ているのが、バルドゥル辺境伯。


 クロニカ神王国に隣接する領土を持つ辺境伯とは、クロニカ神王国やその周辺で有事があれば、単独で軍を出し、事態の収拾を求められる存在である。

 前線である北の塔壁とは離れているが、王国の柱石であることに疑問の余地はない。


 そんな栄誉は、一対百の決闘で無残に敗れ、家宝をすべて失ったという事件により、すべてが灰燼に帰してしまった。

 ユウトたちへ報復を行わなかったのは正しい判断ではあったが、それで評価が反転するわけではない。

 

 口さがない吟遊詩人たちから悪人に仕立て上げられ、宮廷では肩身の狭い思いをしていた。息子を北の塔壁に送りはしたものの名誉回復には至らない。


 ハルヴァニ侯爵とイスタス侯爵――成り上りものが同格だ――が文字通り手を握った以上、アルサス王子に与することはできない。


(すべて、あの男が……っっ)


 無残に力を失う家宝の武具。

 散々に蹴散らされた軍勢。

 (ドラゴン)と化し、我が子を脅迫する悪の魔法使い。


 今でも、悪夢に見る光景だ。


 思い出すだけで体が震え、肌や口髭から艶が失われていく。めっきり酒量も増えた。


 もはや、栄華と健康を取り戻すには、王甥であるマルヴァト公爵が王太子となり、それを盛りたてるしか道がない。

 少なくとも、そう信じている。


 その暗い熱意とは裏腹に、マルヴァト公爵の視界にバルドゥル辺境伯は入っていない。

 中立派や反アルサス王子派の貴族たちと歓談するのに忙しいようだ。


 マルヴァト公は、アルサス王子よりも年下。今年で30歳になるやせぎすの男だった。

 顔色は化粧で隠せても、その眼窩がくぼんでぎょろっとした瞳や、詰め物をして威厳を出そうとした衣服はいかんともしがたい。


 それでも人が集まるのは、彼がアルサス王子の対抗馬――しかも、唯一の――だからだろう。


 20年にも亘り、行方不明だったアルサス王子。

 死亡したものとして廃嫡する動きは何度もあったが、それはチャールトン王やユーディット――後者は表ざたになることはないが――の抵抗により頓挫した。


 それが許されたのは、ロートシルト王家に適当な人材がいなかったからでもある。


 直系の子が少なく、代わりとなる王族は臣籍降下したマルヴァト公のみ。

 アルサス王子がヴァルトルーデたちによって救出されるまで、チャールトン王の最大の仕事は『死なないこと』だったと言っても過言ではないだろう。


 そのマルヴァト公にも問題がある。

 本人は病弱を理由に自領へ引きこもり、公の場には滅多に姿を現さない。今回も、従兄の結婚式ということで、珍しく王都へ姿を現した。


 自領を大過なく治めていることから統治能力はあるのだろうが、通常なら、アルサス王子の対抗馬になるはずがないマルヴァト公爵。

 その台頭を許したのは、アルサス王子自身に原因がある。


 まず、長きにわたる不在による統治能力への疑問。

 石化していたため年を取っていないという不気味さ。

 武断的な性格への不安。

 与党とでも言うべき側近の欠如。


 ここに、ヴェルガ帝国が長い時間をかけて浸透してきた反戦派や、マルヴァト公を傀儡として権力を握ろうとする者が集い、様々な意図や欲望が坩堝るつぼのように溶け合っているのが、今のロートシルト王国だった。


(さて、どうなることか)


 一応、宰相やアルサス王子と協力して絵は描いている。けれど、その通りに行くのか、あるいは実行するのか。それは、まだ分からない。


 しばらくして、会議前の社交に忙しかった貴族たちが自席へと戻っていった。


 一番奥側には空の玉座があり、その近くにはアルサス王子や宰相であるディーター・シューケルらが控えている。

 そこを半円状に、席が何列か囲んでおり、玉座に近いほうが身分が高いという分かりやすい席次となっていた。


 そのため、ヴァルトルーデ、ハルヴァニ侯、バルドゥル辺境伯。そして、マルヴァト公爵は非常に席が近い。


「チャールトン三世陛下、ご入室」


 その儀式官の宣言にあわせ、老王が議場へ足を踏み入れる。頭上には王冠が輝き、王権を示す指輪をはめ、長剣を佩いた姿は威風堂々。

 王の臣下は皆、席を立ち厳粛に主君を迎えた。


 玉座に腰を下ろし、身振りで着席をうながす。

 このときばかりは利害や派閥に関係なく、皆が神妙に振る舞う。


(なんか卒業式みたいだな)


 などと考えていた、一人を除いて。


「皆に会えたこと、嬉しく思う」


 玉座に腰を下ろしたチャールトン三世が、臣下を見下ろし語りかける。その声は力強さの中にも慈愛があり、長い治世による熟成を感じさせた。


「自領の経営に心を砕いているだろうこと、余は感謝に堪えぬ。さりとて、すべてを己のみで完結させることは不可能であろう。助言や判断が必要なこともあろう。大いに歓迎する」


 勝手にやりすぎるなよ。

 許可を取れよ。


 つまりこう言っているわけだが、ユウトには耳に痛い話だ。表情を変えず、隣で黙然と聞いているヴァルトルーデはさすがだった。


「だが、虚偽は許さぬ。誤魔化しも要らぬ。すべてを詳らかにし、“常勝”ヘレノニアに照覧いただくことを余は望む」


 力強く言い切ったチャールトン王は、立ち上がると再び口を開く。

 

「宮廷会議の開催を宣言する」


 その言葉と同時に、拍手が鳴り響く。

 ユウトでさえも、畏敬の念を抱いてしまった。


 特別なことはなにもない。しかし、王という存在が、特別だった。


「イスタス侯ヴァルトルーデ、前へ」


 進行役である王国宰相ディーター・シューケルが、一番手に美しい聖堂騎士(パラディン)を召喚する。


「ユウト、私を信じるか?」


 けれど、ヴァルトルーデは動かない。ただ、唇を隣に座る最愛の男に寄せて、ささやくように言った。


「ヴァル?」

「どうだ?」

「自分自身より、よほど信じてる」

「分かった」


 二度目の呼び出しよりも先に、彼女は立ち上がって証言台を目指す。

 重力を感じさせない、軽やかな動き。あまりにも自然な動作で、彼女が武装していることに違和感を憶えない。むしろ、討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを携えていないほうがおかしく、白く煌びやかな魔法銀(ミスラル)の鎧もヴァルトルーデをドレスアップする衣装のようにも思えた。


「主に、クロニカ神王国との案件と聞き及んでおる。詳細を述べよ」

「謹んで」


 宮廷会議の議場が、静かな喧噪に包まれる。

 誰も彼も、敵も味方も、彼女とその所領に関心を抱かずにはいられない。


 数年は免除される予定だった軍役を、魔法具(マジック・アイテム)による物納だとはいえ、一年目からこなし。たった一人でバルドゥル辺境伯家の世評を地に落とし、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)製品で市場を席巻し、税を納めていなかった都市をあっさりと屈服させた。


 けれど、内情を探ろうとしても上手くいかない、秘密めいた場所だったイスタス侯爵領。

 侯爵へと昇爵した功績とあわせ、その一端が明らかになるのだから、当然だ。


「しかしながら、ひとつ、お尋ねしたき儀がございます」

「……よかろう」

「この議場に、人ならぬ者、悪しき者の存在を許したのは、どなたでしょうか」


 答えはない。

 当然だ。


 言葉もない。

 大騒ぎにならなかったのは、糾弾者の存在に飲まれていただけ。


「では、直接問いただすとしよう」


 そうして、世界で最も美しき審問官は、居並ぶ貴族たちを睥睨し、その視線を一人の男に据えた。


 マルヴァト公爵。

 王の甥に。


「御身は、人なりや」


 激高することなく。

 同時に、証拠を示すこともなく。


 骨骸兵(スケルトン)のような公爵を真っ直ぐに見据える。


「御身は、善を奉じるなりや」


  討魔神剣を打ち鳴らして問いかける、気高く正義を代弁するかのようなヴァルトルーデ。


 その姿は、その言葉は。

 罪を糾弾し、罰を下す天使そのものだった。

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