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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第一章 隣国へ

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6.安息の都での交渉(後)

「ファルヴの街は、クロニカ神王国への参入を要求します」


 隣に座る婚約者が発したその言葉を、アルシアは表情ひとつ動かすことなく聞き終えた。

 事前に知っていたわけでも、ましてや予想していたわけでもない。


「ユウトだからね」


 草原の種族(マグナー)盗賊(ローグ)ならこう言うところだろうが、つまりそういうことだった。


「それはそれは……」


 ギルロントは思わず激発しそうになったものの、相手の言葉に一定の理があることを悟って口をつぐんだ。

 背後で武器を抜こうとした護衛の神官戦士たちを片手で制す。


「それはいったい、どういうおつもりなのでしょうか?」


 瞬時に取り繕った司教(ビショップ)は、ユウトへ真意を問いただす。表面的なものに過ぎなくても、立派なものだ。

 背後に立つ護衛たちなど、今でも噛みつかんばかりにユウトをにらみつけている。


「我がファルヴの街はヘレノニア神が下賜された城塞を中心に発展を続け、つい最近のことですが、美と芸術の女神であるリィヤ神が手ずから歌劇場も建てられました」


 正確にはリィヤ神の分神体(アヴァター)だが、それを説明する必要はない。


「また、私の願いを聞き入れ分神体が降臨された際には、昆虫人(インセクティアン)の侵略から街を住民を守ってくださいました」


 こうして事実だけを並べると、もの凄いことだな。


 ユウトは、そう神々の降臨を振り返る。

 実際は、ヴァイナマリネン老をスケールアップさせたうえに数が増えたという、とんでもないインパクトを残していったのだが。


「条件が不足していますか?」


 そんな感想はおくびにも出さず、ユウトは問いかける。


「確かに、条件は充分に満たしているように思えますね。ただ、神王陛下がどのようにお考えになるか。それは、私では計り知れぬことですが」


 不足などありはしない。

 否。どの神都よりも、神都と呼ぶにふさわしい。奇跡の塊のような街だ。


 クロニカ神王国の版図にあれば、言われるまでもなくこちらから認定していたことだろう。


「仮に神都と認定されたとして――なにをお望みですか?」


 形のない名誉や声望を求めていると信じられる人間が、渉外の立場にいるはずもない。率直に、ギルロント司教が問いかける。


 もはや、プレイメア子爵の問題など、遙か彼方へ吹き飛んでしまった。どうでもいい。些末事だ。

 そう。つまり、本題から外れている。だから、この先を聞く必要などない。


 だが、彼も子供の遣いではない。神都の認定を求めています。理由は聞いてないので分かりません。こんな報告ができるはずもなかった。


「神王選の即時開催を求めます」

「それはそれは……」


 同じ反応になったのは、余裕がなかったから。

 ギルロント司教も護衛の神官戦士たちも、驚きで二の句が継げなかった。不敬だと騒ぎたてないのは、新たに神都が認定され総大司教が擁立されれば、神王の選び直しをするのは道理であると考えたからに過ぎない。


 一方アルシアは、最初にユウトの言葉を聞いた段階で、すべてを理解した。


 なんのことはない。秘密にしていたのも、この理論だけは正しい無茶な要求も、還元してしまえばヴァルトルーデのためなのだ。


 クロニカ神王国の神王が持つ数少ない権利のひとつである兵権。

 ヴァルトルーデの意志であり、“常勝”ヘレノニアも近いうちにあると認めたヴェルガとの対決。


 それを結びあわせれば、簡単に分かる。

 きたるべきヴェルガ帝国との決戦に、このクロニカ神王国を引っ張り出そうとしているのだ。


 ヴァルトルーデに知られていたら、猛反対を受けていたことだろう。

 それが分かっているから、ユウトは誰にも――正確には、仲間内には誰にも――話そうとしなかった。 


「つまり、イスタス伯爵家はロートシルト王国から離れ、我らがクロニカ神王国へと鞍替えをすると?」


 そうであるならば、クロニカ神王国にも、ギルロント司教にも充分メリットはある。

 人口は多くないが、裏返せばそれは増加する余地が存在するということでもあった。玻璃鉄(クリスタル・アイアン)や服飾事業など新たな産業は育っているし、なにより救世の英雄が参画するというインパクトは大きい。


「いいえ」


 しかし、ユウトは目をつぶって首を振る。

 そうして、目と口を開いて説明を続けた。


「クロニカ神王国への参入を求めるのは、ファルヴの街のみです。その他の地域は、ロートシルト王国の版図であり続けます」


 ヴァルトルーデは、ロートシルト王国の貴族とクロニカ神王国の総大司教――あるいは神王――を兼ねるということだ。


「それは随分と、自由なお話ですな」

「はい。自覚しています」

「ユウトくん?」


 あまりにもストレートな肯定に、アルシアが冷たい声を出す。


(調子に乗りすぎたか)


 反省したユウトは、テーブルの下で彼女の手を握る。さすがにこの場では恥じらうこともできず、大司教(パトリアーチ)の威厳で何事もなかったかのように振る舞う。


 それを良いことに、ユウトはそのままで再び口を開いた。


「ですが、完全に無理な話ではないと思っています」

「そう。それはその通りですね」


 内心どう思っているかは別にして、ギルロントも同意する。


 自分勝手な話だが、筋が通っていないわけではないのだ。


 王侯貴族の血縁関係は入り組んでおり、ある国の貴族が、別の国にとっては最も血のつながりが濃い後継者であるという事態が発生する。

 これは、ブルーワーズも地球も変わりない。


 ただやはり、それは机上の理論。


「しかし、受け入れられるかどうかは別の話です。両国の友好関係をないがしろにされるのであれば、相応の対処が必要となりますが」


 かなり強い抗議の言葉。

 空気が重たい。さわやかな天候が嘘のようだ。


 しかし、ユウトは動じない。アルシアの手をぎゅっと握りながら、淡々と必要な情報を伝える。


「この提案は、ロートシルト王国の宰相閣下やチャールトン一世陛下もご存じです」

「なる……ほど」


 筋さえ通っていれば――あるいはいなくとも――力を背景にした話し合いという名の恫喝で、要求を受け入れさせる場合もある。

 今は、まさにそれだ。


 クロニカ神王国からの悪感情をものともしない。

 要するに、本気だ。


 本気で、ヴェルガ帝国と対峙しようとしている。


「ですが、どうでしょう。そちらの代表が神王に選ばれる可能性はないのでは?」


 神王は、総大司教による互選だ。結託するわけではないが、任期途中で割り込んできたような人間が選ばれるとは思えない。


 そんなリスクを背負ってまで、強行することではないのでは?

 エルフの司教は、そう言って再考を促した。


「私の故郷にはこんな言葉があります。それは『神のみぞ知る』ですね」


 婉曲的だが、伝わるだろうか。


 そう思いながら、ユウトはティーカップを手に取りぬるくなった紅茶で喉を潤す。

 周囲を確認する余裕ができたため隣のアルシアはと見れば、ユウトとヴァルトルーデだけが分かるだろう、薄い微笑を浮かべていた。


 ドラヴァエルの時とは異なり、今のところ彼女の助言は必要ないようだった。

 それよりもむしろ、あとで怒られないかが心配だ。


 そんな恐妻家のようなことを考えていると知ったなら、ギルロント司教はどうなったことか。

 けれど、幸か不幸か彼は自らの思考でいっぱいいっぱいになっていた。


『神のみぞ知る』


 神々が実在するこのブルーワーズでは、その言葉は重たい。


 無意識に胸の聖印をまさぐりながら、それを考える。


 仮に、太陽神フェルミナや月の女神ネルラ、力の神レグラらがヴェルガ帝国との闘争を決意した場合、旗印として英雄たるヴァルトルーデ・イスタスを神王に選出するよう神託を下す可能性はあるだろうか?


 ありえる。


 それが、ギルロントの結論。


 そこに達して、むしろ彼の心は晴れやかだった。完全に、冷静さを取り戻す。もしかしたら、ネルラ神の加護かもしれない。


「お話は、よく分かりました」


 作り物ではない笑顔を浮かべ、エルフの司教は口を開いた。


「それでは、本当のご希望をお伺いしましょう」

「まいったな……」


 あっさり見抜かれてしまったかと、ユウトは苦笑を浮かべる。

 それは年相応の表情だったが、むしろ、底知れない印象を与えた。


 だが、アルシアは、それが本音だと知っている。彼の手の力が、緊張から解放されたかのように緩んだから。


「ユウトくん、そろそろ」

「別に、今のも嘘ではないんだけどね……」


 さりげなく恐ろしいことを言いながらも、大魔術師(アーク・メイジ)は両手をあげて降参の意思を知らせる。

 それは、隣に座る婚約者に対してか、それとも対面にいる交渉相手にか。


 触れ合っていた手が離れてしまったことを残念に思う自分に驚きつつ、アルシアは“本当の希望”に耳を傾ける。


「まずひとつは、正規軍とは言いません。北の塔壁に義勇兵を送ってくれませんか? 少なくとも、その働きかけを行なってほしいと思います」


 これが、エリザーベトの薫陶を受けたユウトが発案し、ロートシルト王国宰相ディーター・シェーケルやアルサス王子――実質的にユーディット・マレミアス――と短時間だが濃密な話し合いをした結果に導き出した本当の要求。

 エルフの司教には、国王陛下も承認済みと伝えたが、実際には追認しただけ。アルサス王子に王位を譲った際に、非難材料にされないよう配慮した結果にすぎない。


「断るのは……難しそうですな」


 それに、希望者を募ればそれなりの数が集まるだろう。費用や期間などクリアすべき問題はあるが、そもそも、同じ善の神々を信奉する国同士だ。問題はないはず。


「承りましょう」

「よかった」


 ユウトが、心からの笑顔を浮かべる。

 ギルロント司教もつられて相好を崩しそうになるが、油断は禁物とあわてて顔と心を引き締めた。


「それから、もうひとつ」


 やはりきたか。


 今の妥結は、ファルヴの参入という要求への妥協案。すでに過去の話のような気分がしているが、プレイメア子爵の賠償放棄とは無関係。

 そう。無関係な話で狼狽させられたのだ。

 自分の1割も生きていないだろう若者に。


 バックグラウンドと保有する力が違うとはいえ、厄介なことだ。


「メインツと貴国の間にある山にトンネルを通し、新たな交易路を作ることを提案します」

「なるほど。交易路ですか」


 ようやく、まともな交渉になりそうだ。

 なによりもまず、それに安堵してしまう。


「トンネルはこちらで作ります。維持整備もこちらで」

「随分と好条件に思えますが……」


 もちろん、それだけで終わるはずがない。


「山の向こう側に、交易のための拠点――小さな町のようなものを作らせていただきたい」

「こちらの領土に?」


 そんなもの受け入れられるはずがないと、拒絶のポーズを見せる。


「ですが、そうですな。賠償との相殺で、付近の土地を貸し出すというのではどうですか?」


 どうせ、山の近くの土地など利用価値もないし、採掘権を与えるわけでもない。


 ギルロント司教の提案に、ユウトはゆっくりとうなずいた。明らかに、安堵している。

 それが演技ではないと、傍らのアルシアには分かった。


「では、期間や更新に関しては、改めて詰めるということでいいかしら?」

「そうですね。事務手続きができる人間を同行させていないので」


 クロード老人を派遣するから、頑張ってもらおう。

 ネルクート側も同意したのを見て、話は終わったと緊張の糸を切る。


「では、よろしければ歓迎の宴を――」

「そうだ」


 司教の外交辞令を遮って、ユウトは椅子に座り直す。気づけば、日も落ちてきた。ネルクートの街が、安息の都の名に相応しく闇の褥に抱かれようとしている。


「その租借地での交易ですが、お互いに関税をなくしましょう」


 どちらの収入にするか、もめたくありませんからね。


 そう、なんでもないことのように言う。


「本気ですか?」

「もちろん。あと、こちらからは、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)などの他に、塩も輸出できますよ」

「ほう、塩ですか」


 当然のように、ブルーワーズでも塩は戦略物資のひとつだ。

 ネルクート周辺では、ロートシルト王国。正確には、隣接するバルドゥル辺境伯領地から岩塩を輸入していた。


 質や量にもよるものの、それが無税で購入できる。


 あまりにもできすぎた話だ。


(そういえば、バルドゥル辺境伯は、反アルサス王子派。そして、イスタス伯爵家はアルサス王子の与党とも言える存在でしたか……)


 なるほどと、得心する。


 これは、一種の踏み絵だ。

 ロートシルト王国で継承者問題が発生した場合、どちらにつくのか。旗幟を鮮明にするよう求められている。


「それは、願ってもないことですな」


 最後になって、簡単な問いが出てきた。

 ギルロント司教は、苦くも作り物でもない笑顔を浮かべて、若き交渉相手を正面から見据える。


「総大司教猊下の裁可が必要ですが、このギルロントも尽力しましょう」

「ありがとうございます」


 二人ががっちりと握手して会談が終了する。


(私には、やろうと思っても無理ね)


 根本の部分ではヴァルトルーデと同じように善人であるアルシアでは、こうも相手を翻弄する交渉などできはしない。


 ただ、向き不向きと経験はまた別の話。


 こんな慣れないことは、二度とごめんだ。


 そう思っているだろう婚約者の手を、そっと握り返して労いの気持ちを伝えた。

ギルロント司教「金も力もある上に、神様まで押さえられてるとかマジ無理ゲー」


そんなわけで、Ep7の第一章は終わり。

第二章では、やっとメインヒロインの出番が。

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