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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第一章 隣国へ

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5.安息の都での交渉(前)

 クロニカ神王国に五つ存在する神都。

 ドラヴァエルたちの集落を出たユウトとアルシアは、その日のうちに神都のひとつ安息の都ネルクートに入った。

 そして、観光をする暇もなく、翌日には交渉のテーブルにつくこととなった。


 場所は、ネルクートの中心部にある月の女神ネルラ神殿。高台に建てられた神殿の中層にある、露台(バルコニー)へと通されている。


 その日は天気もよく、風も心地よい。

 ここからは、ネルクートの街並みも一望できた。


 神殿内にも会談用の部屋はあるだろうが、あえてここを指定された理由はなんなのか。下に見られているのかもしれないし、歓待の証なのかもしれない。


(まあ、こっちのほうが気楽でいいか)


 テーブルも、椅子も。そして、珍しい紅茶も一級品。

 少なくとも、粗略に扱われてはいないはずだ。


「お待たせいたしました」


 しばらくして、交渉相手が姿を現す。

 アルシアと似たような黒いローブに、満月を意匠化した聖印を首から下げたエルフの男。


 物腰は柔らかく、聖職者らしい優しげな笑みを浮かべている。


 エルフといえば師であるテルティオーネしか知らないが、金糸のような髪と木の葉のように尖った耳という特徴は共通。彼と同じく、人間の目には眉目秀麗に映る。


「本日は、お時間をいただきありがとうございます」

「とんでもない。ご迷惑をおかけしているのは、こちらのほうです」


 ともすれば白々しいとも思える、社交辞令の応酬。

 しかし、これも必要なこと。


 ユウトは立ち上がり、ヴァルトルーデには見せたくない愛想笑いを浮かべてがっちりと握手をした。続けて、アルシアも同じように挨拶をする。


 一通り定型的な儀礼を終えると、そろって露台の席に座り会談が始まった。


「私は、ネルラ神に仕える司教(ビショップ)ギルロントと申します」

「イスタス伯爵家の家宰ユウト・アマクサです」

「その介添え人、トラス=シンク神の僕、アルシアです」


 ギルロントと名乗ったエルフの背後に護衛の神官戦士が二人立つものの、彼らは自己紹介をしない。同時に、ユウトの意識からも消えた。


「プレイメア子爵が体調不良のため、管轄するネルクートの者が代理として対応をいたします」


 地位の高い人間の病気は解釈の難しいところだが、事前に聞いていた話でもあった。

 ユウトは見舞いの言葉を返してうなずいたが、神都と称されるとはいえ、なぜ子爵の代理を都市の、それも神殿の人間が務めるのか。その経緯は、いささか複雑だ。


 クロニカ神王国には、五つの神都が存在する。


 レグラ神がエグザイルを誘った大競技大会が開かれるレグラクス。

 太陽神フェルミナが降り立ったとの伝説を持つルテティア。

 大瀑布ルーンの滝壺に浮かぶ、水の源素の加護を得た船上都市ミルラノン。

 ドワーフの守護神ドゥコマースとその従属神の彫像が山肌に掘り抜かれた、山岳都市アーチワーグ。


 そして、イスタス伯爵領地と隣接する地域にある安息の都ネルクート。

 奈落から悪魔(デーモン)の大軍勢が押し寄せた際、月の女神ネルラの奇跡により闇のヴェールで都市全体を覆い尽くし、奇禍を逃れたという伝説がある。


 この五つの神都で選出される一名の総大司教。

 その互選によりクロニカの神王が選出され、10年の任期の間、国権を預かり神々の地上代理人として民草を導く。


 現在の神王は、太陽神フェルミナの生まれ変わりとも呼ばれる、セネカ二世。

 ユウトは見たことはないが、光り輝くような絶世の美女という話だ。


「まあ、ヴァルには負けると思いますけどね」

「そういうことを言うんじゃありません」


 ――という会話は、歴史の闇に追いやられ公式な記録には残っていない。


 その神王だが、実権よりは権威のほうが大きかった。


 実質的に、神都が存在する五つの地方が連邦国家を形成しているようなものであり、実際の統治は神都とその下に属する地方貴族たちが行なっている。

 神王の役割は、外交と裁判、非常時に神軍を召集する権利など、ある程度制限されていた。


 地理的に悪の勢力とは隣接しておらず、友好国に囲まれているために集権化が進まなかったとも言えるし、その必要がないとも言える。


 国土は肥沃で、地方によりばらつきはあるが気候も温暖。神王国と自称するだけのことはあり、民は信心深く比較的豊かでもある。

 もちろん、ゴブリンなど悪の相を持つ亜人種族の跳梁や悪神ダクストゥムの信徒らによる暗躍は存在するが、充分対処できていた。


 今回セッティングされた、ユウトたちとギルロント司教との会談。

 本来であれば神王の専権事項である外交に属する問題だ。出発前に、アルシアはこの点を指摘したのだが、ユウトは苦笑して答えた。


「国同士ではなく、地方領主同士ですから」

「詭弁に思えるのだけど」

「そうですね。でも、ここで国が出てくると大げさなことになってしまうわけで」

「……なんにせよ、厄介ね」

「とりあえず、アルサス王子と宰相から委任状はもらってます。戦争にでもならなければ、結果に口出しはされませんよ。相手も、たぶんそうでしょう」


 このとき、ユウトが浮かべた表情。

 それを見ることができなかったアルシアは、同時に、その後の展開を予想することはかなわなかった。


 その悲喜劇におけるもう一方の当事者であるギルロント司教は、実に難しい立場にいた。


 そもそも、プレイメア子爵の不始末自体が頭の痛い問題であり、他国の貴族に詐欺をしかけるなど言語道断の所業である。

 懲罰的な賠償だとはいえ、領主間である程度の決着をみたのは、ネルクートとしても歓迎できる流れだった。


 しかし、プレイメア子爵家が抱える借財が当初の想定を超え、イスタス伯爵家への支払いに問題が出る――支払えば領民が困窮する可能性が高い――となると、話は変わってくる。


 ネルクートあるいはネルラ神殿から援助することは可能だ。他の貴族からの反発や不満を無視すれば、だが。


 そこに向こうから、見直しに関して申し出があった。

 プレイメア子爵の体調不良は事実だが、そうでなくとも、ネルラ神殿で渉外を担当するギルロント司教が出馬する運びになったことだろう。


 そして、ギルロント司教はできうる限り交渉相手――ユウトの情報を集めた。


 ヘレノニアの聖女、救世の英雄ヴァルトルーデ・イスタスに仕える大魔術師(アーク・メイジ)。理術呪文を極め、その術は亜神の階に足をかけているという。

 また、異世界からの来訪者であり、この世界にはない発想で領内を大いに発展させてもいた。

 かの大賢者ヴァイナマリネンの高弟とも――信憑性は低いが――師とも呼ばれ、事実、ヴァイナマリネン魔術学院と提携して領内で初等教育を推し進めてもいる。


 そのうえ、なにかの陰謀か、あるいは冗談のような話だが、かの悪の首魁。ヴェルガ帝国の女帝ヴェルガから求婚されているという噴飯ものの噂もあった。


 どのような領主、いや、国王でも欲しがるような人材だが、本人は立身出世に興味はないようだ。以前、叙爵の話も断っていると聞いている。

 それでいて山のような財産を築いているのだから、為政者からすると扱いに困る存在だろう。


 しかも、虎の尾を踏めば強烈なしっぺ返しを受ける。

 クロニカ神王国ともう一方の国境線を接しているバルドゥル辺境伯家は、1対100の決闘に敗北し――勝負が成立する時点でおかしいのだが――計り知れないダメージを負っていた。


 これらの情報を総合すると、ユウト・アマクサ個人は善良で庶民的なパーソナリティを有している。

 しかしながら、世界でも五指に入る理術呪文の実力と圧倒的な資産を背景に、どんな権威にも屈せぬ信念をも持っている。


 その矜持を傷つけたならば、躊躇せずこちらを排除しようとするだろう。


 懐柔するのは、至難の業だ。


 なにしろ、イスタス伯爵家にとってクロニカ神王国は必須の存在というわけではない。食料を輸出はしているが、貿易港を持っている以上、唯一のルートにはなりえなかった。


 また、ユウト個人の態度を軟化させる手札も持ち合わせてはいない。

 財産も地位も名誉も女も必要としない人間に、なにを与えろというのだ。


 分析を終えたギルロント司教がめまいを起こしたのも、当然と言えるだろう。

 非がこちらにあるのは分かっている。交渉材料も少ない。


 それでも、諦めるわけにはいかない。


「では、まず最初にこちらの要望を伝えさせていただきましょう」


 にっこりと人好きのする笑顔を浮かべ、エルフの外交官は平然と切り出した。


「私どもとしましては、プレイメア子爵への賠償権の放棄を要望いたします」


 厚顔無恥のそしりは免れまい。

 聖職者の行いでもないだろう。


 けれど、ギルロント司教も長く生き、そして渉外の責任者になった人物だ。無理だと分かっていても、主張すべきは言わねばならない。


「なるほど」


 深刻な顔で、ユウトが思案の様子を見せる。


 表情は変えないが、ネルラ神の僕は心の中で安堵していた。席を立たれてしまうかもしれない、危険な言葉。相応の覚悟で放ったそれは、予想よりも穏当に受け取られたようだ。


 もしかすると、あの大魔術師もプレイメア子爵家の窮乏を理解しているのかもしれない。妥協をしやすいように、トラス=シンクの愛娘を同席したのかもしれない。

 楽観は厳に戒めねばならないが、希望が芽生えたのは否定できなかった。


「いいでしょう」

「おお、なんということか」


 隠す必要はない。

 喜色を満面に浮かべて、抱擁しそうな勢いで歓喜を表現する。


 しかし、これで終わるはずがない。


「代わりと言ってはなんですが、こちらからもひとつ」

「承りましょう」


 ここからが本番だと、ギルロント司教は気を引き締める。

 どんな言葉が出ても、驚かないよう。事前に想定していた要求を再度、頭に思い浮かべた。


 プレイメア子爵家に請求をしない代わりに、クロニカ神王国自体との交易において関税率を下げるなどの便宜を図る。

 なんらかの魔法具(マジック・アイテム)の譲渡。

 国内の重要人物への紹介状。


 他にも複数の想定があったが、必ず、妥協の余地はあるはずだ。


 しかし。


 当然と言うべきか、ユウトから発せられた言葉は非常識とさえ言えるものだった。


「ファルヴの街は、クロニカ神王国への参入を要求します」


 前代未聞の要求は、劇的な演出もなく、ただ淡々と伝えられた。

モンスター文庫のホームページで、カバーが公開されております。

是非、ご覧になってください。

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