4.岩漿妖精ドラヴァエル
「実は、この辺にトンネルを作ってお隣とつなげたいんですよね」
眼下に広がるのは、雄大な山々。
雲がかかった稜線は、ただそこにあるだけで見る者の心に感動を呼び起こされる。天気も良く、空気も澄んでいて、空飛ぶ絨毯からのぞき込む景色は格別だ。
飛行機が存在しないこの世界では、呪文や魔法具の力を借りねば見ることはできない。そんな特権を、ユウトは存分に行使していた。
もっとも、《耐熱・耐寒》の呪文の恩恵がなければ、そんな悠長なことは言っていられなかっただろうが。
「でも、あっちの了解を得ないと勝手にやれないしなぁ」
逆に言えば、そこさえクリアできれば実現は可能ということではあった。
ユウトは、制服のポケットに入れたままにしている地の宝珠を服の上から触れる。
リスクを恐れず使用すれば、山を貫通してトンネルを作ることも容易い。あとは、馬車鉄道の線路を敷いてつなげれば準備は終わり。
狭く細い山道を越えて行われていた交易は、爆発的に拡大することだろう。
「便利になるってことは、軍も派遣できることになるわけで……。難しいな」
メインツに滞在したのは、ほんの数時間。
昼前には、二人そろって空の住人となっていた。
実際に現地に来ると、アイディアがいろいろ出てくる。政治家の視察も完全に無駄ってわけじゃないんだな……と思っているが、もちろん工事の下見に来たわけではない。
ドワーフの近縁種だというドラヴァエルの集落を目指す旅の途中だ。
「あの、ユウトくん?」
「なんですか?」
空飛ぶ絨毯の上。ユウトの横に座ったアルシアが、少しあきれ気味に声をかける。真紅の眼帯に頼る彼女にとっては、風景など意味はない。
二人でいられればそれでいい。ヴァルやアカネが一緒にいて、それを引いたところから見ているほうがもっといい。
だが、それよりもまず、確認しておかなければならないことがあった。
「ドラヴァエルとの交渉、成算はあるのですか?」
「ん~。あるといえばあるし、ないといえばないかな」
ある意味で、大魔術師らしい返答。アルシアにも、まったくの無計画であることが伝わり……今度はあきれではなく、驚きの表情を見せた。
「今日は、アルシア姐さんの表情がいろいろ見れて楽しい」
「怒りますよ?」
真面目にやりなさいと、声と表情がフラットになる。ヨナだったら、危機を感じて逃げ出しているところだ。
「とりあえず、お酒は持ってきてるし。なんとかなるんじゃないかな」
持ってきているというよりは、入れっぱなしだったと表現したほうが正しい。
地球から持ち込んだアルコール類の残り。神々の降臨により――というよりは、レグラ神とエグザイルによりあらかた消費されたのだが、なにかあったときのために、少しだけ確保していた。
足りないだろうが、挨拶のようなものだと考えてもらおう。
「それに、必ず口説き落とさなくちゃいけないわけじゃないし」
「それは……。確かにそうですが」
魔法銀やアダマンティンの鉱石を領内で加工できないのであれば、売り払ってもいい。準備が整うまで、貯蔵してもいいだろう。
別に、魔王を倒すために伝説の剣を打ってもらわなければならないというわけではないのだ。そういう意味では、気楽なものだった。
「それなら、クロニカ神王国での用事を済ませてからで良かったのでは?」
「まあ、日程的には余裕があるから」
山々から目を離し、アルシアに向き直って言う。
確かにそうだ。
空を飛び、《瞬間移動》を自在に使用する彼らの旅は迅速。世界を縮めているのと同じ。
「さて、族長から聞いたのはこの辺だけど……」
大雑把な地図に、これまた大雑把につけられた印。
それを手がかりに、ユウトは空飛ぶ絨毯の高度を落とし、ドラヴァエルの住処を探す。
「カーナビが欲しい」
途中でそんな愚痴が出たものの、なんとか一時間ほどでそれらしい洞窟を発見した。
しかし、本当にここでいいのか疑問が残る。
「随分と暑いですね」
「《耐熱・耐寒》でも補正しきれないとか」
呪文で守られてはいるものの、実際は空気が薄く、その空気もほとんど蒸気に近い。数分もいたら、命の危機を感じるようになるだろう。
そのため、植物も生えておらず、岩しかない。
明らかに、生物が住むべき環境ではなかった。
「火砕竜がいた洞窟を思い出すなぁ」
「そうですね……」
かつて、全滅寸前にまで追い込まれた強大な古代種のドラゴン。呪文の効果を抑止されたうえに溶岩の中から奇襲を受けて、
仲間たちは蘇生し、リベンジも果たしているが、やはりいい思い出ではない。
「さて、どうします?」
「呼び鈴もないし、中に入らせてもらおうか」
日本なら立派な不法侵入だが、それを気にする人間は冒険者にはいない。
特に躊躇もなく洞窟へと足を向けると、その中から、のっそりと赤い影が姿を現した。
(これは好都合)
そう思いつつも、警戒は怠らない。
「きさんら、なにもんじゃ」
訛りのきつい共通語で発せられる、誰何の声。
ドワーフと同じような体格だが、髪は暗褐色で全身を覆っている。
顔も、ほぼ髪と一体化した髭が覆っており、粗末な服で隠れて肌はまったく見えない。かろうじて見える団子のような鼻とくぼんだ瞳で、そこが顔であることが伝わった。
「この一帯を治めるものだ」
「ワシらには関係なか」
「分かっているよ。今日は、依頼に来たんだ」
無限貯蔵のバッグから、鉱石を取り出して手の上に載せる。
拳大のそれを見せつけるように突き出すが、相手はなにも反応をしない。
そのまま数分。
いい加減、ユウトも不安になったところで、突然ドラヴァエルの男は踵を返した。
ついてこいということだろう。
「むしろ、違ったら困る」
「ミランダ族長が偏屈と言うだけのことはあるわね」
そんな感想をささやきあいながら、ユウトとアルシアの二人も洞窟の中へと入っていく。
内部は自然の洞窟に手を加えたものなのか、一応地面は均されているものの天井が低く歩きにくかった。また、熱気もひどく、やはり人が住めるような環境ではない。
先に進みながら、それを実感する。
けれど、ここは彼らにとって最適の環境なのだ。
ドラヴァエルは、生きていくうえで食料を必要としない。驚くべきことに、溶岩にその身を浸すことで生きる糧を補給するのだという。
理屈は分からないが、多元大全で調べた結果だ。間違いはないだろう。
酒は、完全に嗜好品。
それを除けば、金を稼ぐ必要もなく、ただ鍛冶に打ち込む。
「鍛冶の妖精ね」
「仙人みたいだ」
そんな二人の感想は、ある意味で的を射ていた。
長い時間をかけ、ドラヴァエルという種族は、そのように進化していったのだ。
「ここに、入れ」
ユウトたちを先導していたドラヴァエルが、ある横穴を指さした。
ヨナやラーシアなら余裕。ユウトはギリギリ。エグザイルなら、自ら拡張するだろう大きさだ。
「じゃあ、俺が先に」
四つん這いになってしばらく進むと、大きな空間に出た。
半径は10メートルほどだろうか。奥に溶岩だまりがあり、かなりの熱気を感じる。壁に当たる部分には岩がならんでおり、その陰にはドラヴァエルたちが取り囲むように集まっていた。
だが、外見上の区別はまったくつかない。幻術を疑い目を凝らすが、消えはしない。
本物なのはいいが、残念ながらメルヘンにはほど遠かった。
「アルシア姐さん、大丈夫ですよ」
「分かったわ」
その声に従い、アルシアも入り口から顔を出す。
真紅の眼帯に頼る彼女は同じ顔をしていることには気づかなかったが、同じ体格の存在が複数いることに、少しだけ首を傾げていた。
気になるところだが、聞いたところでまともな答えがあるとは限らない。
それに、本題の前には些細なことだ。
「俺は、付近を治める領主の代理、ユウト・アマクサだ。今日は依頼があって来たが、まずは、これを」
挨拶もそこそこに、ユウトはいくつかの酒瓶を並べていく。
日本酒の一升瓶、ウィスキー、ワインなど種類は多いがそれぞれ1~2本程度しかない。足りないかもしれないと、メインツでもらってきたエールの樽も取り出した。
「これは、話を聞いてもらう礼のようなものだ」
「見事なもんよな」
いつの間に近づいていたのか。
一人のドラヴァエルがウィスキーの瓶を手にとって、その細工をまじまじと眺める。さらに、周囲を取り囲んでいたほかのドラヴァエルもそれぞれ好き勝手に群がっては、中身を空けていく。
(どこの日本むかし話だ)
その異様な光景に焦って変なことを考えながら――そもそも日本ではないのだが――ユウトは距離をとる。そんな彼の背を、アルシアが支えてくれた。
「頼みを聞いちゃる」
ものの数分で、飲み干してしまったドラヴァエル。
彼が代表者なのだろう。ユウトの足下まで近寄り、上目遣いで――ほとんど目は見えないが――言ってきた。ほかのドラヴァエルは、また周囲の岩陰に消えてしまったが、異論はないようだ。
「剣か? 槍か? 鎧は採寸が必要ぞ」
「そんなものは要らない」
思わず、アルシアは声をあげそうになった。
魔法銀やアダマンティンを持ち込んで、武具は不要とは、どういうつもりなのか。
少し前、地球から戻ってくる前ならば、確実に問いただしていただろう。
けれど、今は違う。
むしろ、予想しているべきだったとすら思っていた。少なくとも、アカネならば予想はできずとも、聞けば納得したはずだ。
「ユウトらしいわね」
と。
だから、アルシアも邪魔はしない。ただ、自分の出番があればサポートできるように耳を傾ける。
「要らんとはどういうことぞ」
「武器も防具も要らない。でも、あなたたちの腕は必要だ」
「ユウトくん、彼らになにを作ってもらうつもりなの?」
「それは、彼ら次第です」
大きな二人の人間の言葉に、ドラヴァエルは意味が分からんとその場に座り込む。
「難しい話は好かん」
まるで、子供のようだ。
「参ったな……」
さすがに、これは予想外だったのだろう。
ユウトは、考えをまとめながら口を開いた。
「俺の仲間は、もう充分な装備を持っているし、ほかに魔法銀やアダマンティンの武具を持つにふさわしい勇者もそうはいない。大量の鉱石を必要とするほどにはね」
だから、武器も防具も必要ない。
「そこで、君たちに求めたい。武器でも防具でもない、それでいて役に立つ物を、この鉱石で作ってほしい」
ユウトは、無限貯蔵のバッグから、次々と鉱石が入った革袋を取り出していく。
一方、ドラヴァエルたちは完全に沈黙。
台風の時に積む土嚢のように、革袋が積み上がっていった。
「ユウトくん」
取り出し続ける彼の耳元に、アルシアが唇を寄せる。
そして、補強するアイディアをつぶやいた。
「それはナイス」
ユウトは破顔し、思わずアルシアの両手を包み込むように握っていた。
手と感情感知の指輪から伝わる思いに、自然とアルシアの表情もゆるむ。
「《完全幻影》」
ユウトは呪文書からページを切り裂き、呪文を発動した。
ページが姿を変え、円形の空間に映像が投射される。
「ここが、俺たちが住んでいるファルヴという街だ」
ヘレノニア神の城塞、リィヤ神の歌劇場、舗装された道、街灯、立ち並ぶ家々、城壁のない街並み、馬車鉄道とその線路。
次々と、風景が切り替わっていく。
「そして、俺の故郷がこれだ」
次に映し出されたのは、高層ビル群。
電車と駅、道を走る自動車、行き交う人々、港に停泊する船、飛行機と空港、海沿いの工場、巨大な橋。
そして、家の中や学校、いろいろな道具。
思いつく限りの風景を投射していった。
その未知の光景に、ドラヴァエルたちはざわざわと声にならない声をあげる。
「できれば、俺たちが驚くような物だと、もっと嬉しいな」
生半可な物では驚かない。
これは、挑戦だ。
財産ではなく、矜持を賭けた。
「どんなもんでも、酒がうまいのは当たり前よう」
髭が、わずかに揺れる。
人間で言えば、相好を崩したと表される動き。
「じゃから、うまい酒は千の鋼の価値を持つもんよ」
「それじゃあ……」
「月が一回りしたら、また来い。腰を抜かしたるわい」
それが、ドラヴァエルの総意だった。
先ほど酒に群がったように大量の鉱石の下に集うと、次々と運び出していく。
そして、部屋の奥にあった溶岩だまりへと飛び込んでいった。
止める暇などありはしない。
「大丈夫……なのかな?」
「そう思うしかないわね」
あとには、狐に摘まれたような顔をした二人が残された。




