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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 間章 閑話編

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4.ヨナの自由な日々(前)

今回は前編。

そのため、やや短めです。

 ヨナの朝は二度ある。

 一度は、皆で食卓を囲む朝食時。


 もう一度は、その数時間後。


 朝食後に改めてベッドに入ったヨナは、太陽が中天に達した頃にむくりと起きあがる。

 そして、まずはユウトの執務室に向かうのがいつものパターンだった。


「ユウトは、いつもここにいるからね。むしろ、ここにしかいない」

「反論しようかと思ったけど、なにひとつとして材料がなかった……」


 日々業務に追われるユウトが、肉体的な疲労とは別に精神攻撃を受けて遠い目をする。

 窓の外には木が生えており、そこに鳥(ツバメのようだが、地球のそれと同じかは分からない)が巣を作っていた。

 今も、親鳥が雛へせっせと餌を運んでいる。


「でも、ここにいるのが一番、効率が良いんだもんよ……」


 ヴァルトルーデやアルシアに心配された時は大丈夫と言い張っていたが、真っ正面からワーカホリックと言われるとダメージが大きい。


「俺はファンタジー世界に来て、なにやってんだろうなぁ……? まあ、ドラゴンを剣で倒してこいとか言われるよりはマシだけど……」

「そんなことよりも」


 無表情で酷いことを口にしながら、「んっ」とユウトへ手のひらを差し出す。

 要求はいつも通り――お小遣いだ。


「その清々しいまでの態度、怒りも呆れも越えて、ひざまずきそうになるわ」

「そう言ってくれるのはユウトだけ。ヴァルとアルシアには、もっと規則正しい生活をしろって言われる」

「あの二人は、わりと村人で農家なメンタリティだからなぁ。俺はそんなこと言わないぞ。なにせ、ヨナでも寝ている間は面倒を起こさないからな」

「ん。がんばる」

「頑張らなくていいから。ほらよ」


 さすがに苦笑を浮かべながら、ヨナの手のひらに銅貨を十枚ほど置いた。


 幼いながら、ヨナも立派な仲間の一人。

 きちんと頭割りした報酬を与えるべきだしそうしようとしたのだが、それはヨナの方から拒否をしてきた。


 そのため、ヨナの将来を考え別に積み立てもしていたりする。

 また、冒険――つまり、戦闘――に必要な装備は相談しつつ買うなりユウトが魔化をするなりして平等に強化していたので、今のところ実害も無かった。


 それを考えれば、銀貨一枚程度のおこづかいなど、微々たるものだ。

 少し多めの昼食代とでも思えばいい。


 ――というのは言い訳。どうしても、末っ子には甘くなるのだった。


「しかし、そんな頻繁に外で買い食いして飽きないもんだな」

「毎日、新しい発見がある」

「子供のポジティブな精神がまぶしいなぁ……」


 ブルーワーズの食事に不満はないが、満足しているわけではない。

 同時に、それを改善する能力もないユウトには無い前向きさだ。


「こんなことなら、朱音に料理でも習っとくべきだったか。でも、こっちには米もみそもしょうゆもなぁ……。いや、東の方に行けばあるのかも?」

「ユウト?」


 いきなりぶつぶつしゃべり出したユウトへ、ヨナが凍死寸前の犬でも見るかのような哀れみの視線を向ける。


「やっぱり、休んだ方が良い」

「大丈夫だから。それより、ヴァルとアルシア姐さんには、内緒だからな」

「分かってる」


 しかし、ユウトは知らない。

 この後、ヨナはヴァルトルーデとアルシアにも小遣いをねだり、それぞれから口止めされていたという事実を。





「やっぱり、港町は魚介がおいしい」


 銀貨三枚ほどの軍資金を手に入れたヨナは、ハーデントゥルムの市場を彷徨していた。

 あてどなくさまよいつつ、屋台を冷やかしては軽食を次々と買い込んでいる。

 今は、ホタテのような貝の串焼きをほおばっている最中。


 アルビノの少女はただでさえも目立つ。

 神秘的な容姿の幼女が食べ歩きというギャップもあるが、新しい商品には必ず手を出し、気に入らない店には断固として行かないという行動から、ハーデントゥルムの一部ではすでに、知る人ぞ知る存在になっていた。

 ユウトが知ったなら、「座敷童か!」とツッコミを入れていたに違いない。


 ただし、食べ歩きのためだけにハーデントゥルムにやってきているわけでもなかった。その気になれば超能力(サイオニック)能力(パワー)のひとつ、《テレポート》で王都にでも移動可能なヨナだ。


 ハーデントゥルムでなければならない理由はひとつ。


「《シャープ・イアーズ》」


 お小遣いのほとんどを消費して満足したヨナが、能力を発動した。

 一定の範囲内――ヨナであれば、半径50メートルほど――の声をすべて拾い上げるという超能力。

 瞬間、意味を持つ人の言葉が、ヨナの脳へと洪水のように流れ始める。


「畜生っ! 足下見やがって!」「最近、景気が良くて人手が足りやしない」「なにか問題があるか?」「今夜は時化だってよ」「キリヤの所の荷が届かないらしいな」「俺の子供だなんて、あの嘘つき女め。金を巻き上げようったってそうはいかねえぞ」「待て、おまえを知っているぞ」「品薄でね、これでも勉強しているんだよ」


 でたらめで膨大な言葉の奔流。

 それを受け止めているヨナは、しかし顔色ひとつ変えていない。時折買い物客とすれ違うが、ヨナがすさまじい情報処理をしているなどとは思いつきもしない。


 時折、なにかを考えるかのように首を傾げるヨナ。

 そうしながら市場を抜け、一軒の酒場の前で立ち止まった。

 どこの街にもあるような安酒場。酒と汗と埃の匂いが染みた薄暗い店だ。


 確認するかのようにうなずくと、ヨナはなんのためらいもなく店内へと足を踏み入れる。


「おいおい、嬢ちゃん。こんなところに来るもんじゃないぞ……」

「すぐに出る」


 入り口近くに座っていた中年の男からの親切な忠告を聞き流し、ヨナは一直線の奥のテーブルを目指す。

 

「さっきの話、詳しく」

「はぁ?」

「なんだよいきなり」


 驚いたのは、声をかけられた二人組だ。

 アルビノの少女が現れたかと思うと、脈略もない声をかけられた。なにをどうしたらいいのか分からないのも当然。


 しかし、ヨナは意に介さない。


「キリヤの所の荷が届かないって話」


 金貨を数枚テーブルの上にぶちまけ、あごで続きを喋るように促す。

 滅多に目にすることのない大金に、男たちの目の色が変わる。

 白髪赤目という異相に気を取られて気付かなかったが、幼女の格好をよく見れば、濃紺のチュニックも一枚布のマントも高級品。

 テーブルの上の金貨では、その端切れも買えないに違いない。


 その輝きに、不信感も訝しさも塗り尽くされた。


「いやな、俺の知り合いの商人でキリヤってのがいるんだが、そいつが王都で買い付けた荷が期日になっても届かないって青い顔をしててよ」


 視線はヨナに向けながら器用に金貨を懐に入れた男が、滑らかに口を動かす。


「山賊?」

「さあな。事故かも知れねえし、まあ、商人やってれば、こんなんざらにある事さ」

「そうよ。運が悪かったってな。今のハーデントゥルムは景気も良いし、やり直す気がありゃなんとかなるもんよ」

「ルートを詳しく」

「さあなぁ? 知ってるか?」

「知らねえ。まあ、最近はあんまりねえが、荷が消えるって言えばあそこの森の辺りだろ」

「ああ。ケラの森か」


 過去の偉大な自然崇拝者(ドルイド)の名を冠したというハーデントゥルムとファルヴの間に広がる森林地帯。 ドルイドやエルフが多く住んでいるため、領内の自治区のような場所になっていた。


 支配体制の確立という意味では良いことではないが、そこまではユウトの手が回らないという現実が横たわる。そのため、問題がない限りは放置するつもりのようだ。


「ありがと」


 聞くことは聞いたと、ヨナが更に金貨を放る。

 これだけ持っているのに、ユウトたちに小遣いをねだる行為に呆れるべきか、子供らしい甘えと微笑むべきか。

 そんな事情は知らない二人が金貨を懐に収め振り返ると――そこに、アルビノの少女の姿はなかった。


「え……」


 絶句する二人。


「この金貨、明日になったら泥に変わらねえだろうな?」

「知るかよ……。使っちまうか?」


 こうしてまた、ハーデントゥルムに都市伝説が生まれた。





 ケラの森の入り口。

 超能力の《テレポート》で瞬時に移動したヨナは、自己強化用の能力をいくつか使用していった。


 超能力には、理術呪文と似た効果を持つ能力が多い。

 しかし、両者は本質的に異なる。


 学習により習得し、呪文書へ転写した呪文を行使する理術呪文に対し、精神力という有限のリソースの範囲内であれば、自由に能力を行使できる超能力。

 そして、才能が努力を駆逐する超能力。才能のない者は、学ぶことすらできないのだ。


 その意味では、人工的に才能を植え付けられたヨナを超える超能力者(サイオン)は存在しない。


「《タクチュアル・サイト》」


 最後に使用したのは、触覚を周囲に張り巡らす能力。

 これで、ヨナの周囲十数メートルは事実上死角が無くなる。どこに隠れていようと、あるいは透明化していようと直接触れられるなら問題ない。

 この能力の持続時間――ヨナであれば数時間――をかけて、森の中をしらみつぶしに捜索し、山賊を退治するつもりなのだ。


 ユウトやヴァルトルーデ、アルシアが忙殺されている今、大好きな三人の邪魔をする害虫を駆除する。


 それが、自らに課す使命。

 誰に言われたからではない。ヨナ自身が望んだ役割だ。

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