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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 第一章 準備編
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1.英雄譚の終わり

 太陽は中天にありながらも、世界は闇に閉ざされ陽光は地上に届かない。

 ロートシルト王国の王都セジュール。世界をそこだけと規定するならば、それは比喩でも誇張でもない、純然たる事実だった。


 長大な城壁を備える古き都は、その歴史上初めて外敵の侵入を許していた。

 それは、南方数百kmの彼方から訪れた、空からの侵略者。誰が想像するだろう、城郭が空を移動し、王都の上空に居座るなどと。


 黒曜石で構成された漆黒の城――黒妖の城郭。


 その周囲に立てられた尖塔から放たれる雷光により、王都セジュールは蹂躙され、十万にも及ぶ住人が逃げ惑う。


 この黒妖の城郭は〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル )と称する絶望の螺旋(レリウーリア )を奉じる集団の本拠地にして、邪悪な企みが行われようとしている儀式場。


 〝虚無の帳〟は深く影と闇の中に潜伏し、長い長い準備と共に悲願成就の日を待ち続けた。

 即ち、絶望の螺旋が復活するその時を。


 絶望の螺旋。


 世界そのものを虚無へと還元する旧く偉大なるもの。

 かつて、善と悪の神々が共闘しても消滅させられず、牢獄へと繋いだ絶望の象徴。


 すべての準備は整い、〝虚無の帳〟は明確な意志と共に行動を開始した。

 その象徴が、天高くにあって地上の有象無象を見下し、その心を折り、反抗の意志すら挫く、不浄なる暗黒の城。


 抗う術はないかに思えたが、不意に雷光の雨が止んだ。


 王都セジュールの人々――性別も年齢も身分も関係なく、すべての人々が空を見上げる。

 なにか予感があったのか、それとも無意識にか。誰かが、自らが信じる神に祈るためその場で跪き、頭を垂れた。

 その動きは、波紋のように広がり、王都セジュールを覆っていく。


 人々は後に知る。世界の行く末を決定する戦いが、今まさに始まろうとしていたことを。




 黒妖の城郭の最上階。

 そこもやはり、全面黒曜石で覆われたドーム状の空間だった。天井の高さは20メートルほどか。天井に比例して、部屋自体も広い。


 最後の決戦に臨むため、一年に渡って〝虚無の帳〟と戦い続けた六人の冒険者たちは素早く、しかし警戒は怠らずに階段を上り、最上階へとたどり着いた。


 その中に一人、暗闇を行くかのようにおっかなびっくりついてくる少年の姿があった。

 左手に分厚い呪文書を抱え、ローブを身に纏っていることからも一目で魔術師(ウィザード ) と分かる。


 通常、魔術師と言えば学究の徒でもある。ならば戦いの場に慣れていないのかも知れないが――今この場にいるということは、様々な戦いを切り抜けてきたことを意味してもいた。

 加えて、人間同士の戦やゴブリンやコボルトといった異種族との抗争も珍しくないこのブルーワーズ世界の住人が、戦いの気配におびえるのにも違和感がある。


 どこか、異質な印象を与える少年だった。


「どうやら、儀式は終わっちまったようだな」


 十数メートル先の祭壇を指差し、魔術師の少年が静かに事実を告げる。

 単純な事実確認であると同時に、短時間でこの城郭を攻略するのは不可能であると織り込み済みだったからの発言。


 王都に被害が出たことには忸怩たるものがあるが、事前に警告はしている。被害は最小限にとどめられているはず――そう思うしかない。


 一段高くなった場所にある、いくつもの燭台で照らされた祭壇。


 床には複雑な魔法陣が描かれ、まともな精神を持った人間ならば理解できない。いや、理解したら発狂しそうな冒涜的なモチーフが精緻で繊細なタッチで彫られたレリーフが飾られている。


 中央には、漆黒のローブと仮面を身につけた三人の最高指導者――トリアーデたちが、侵入者たちを睥睨していた。


 その背後には、炎をまとった巨人。邪悪なる炎の精霊皇子――イル・カンジュアル。


 黒妖の城郭を重力の束縛から解放し、雷光により王都に住まう人々の魂を奪って儀式に用い、絶望の螺旋を解き放つための核。

 威容を誇る異界の存在を背後に従え、トリアーデたちは敵対者を静かに迎えた。


「〝虚無の帳〟よ、貴様らの企てもここまでだ」


 冒険者たちの先頭に立つのは、強力な魔力を帯びた魔法銀(ミスラル )製の板金鎧で包んだ金髪碧眼の少女。左手には籠手と一体化した大型の盾を構え、美事な造型の片手剣をすでに抜き払っている。


 彼女は、その所作ひとつで場を支配した。


 誰も、目を逸らすことができない。

 同時に、直視し続けることがはばかられる。

 圧倒的な魅力(カリスマ)


 それは、外見の美しさだけではない。聖堂騎士(パラディン)としての高潔な魂と、彼女の善を奉じる生き様と、人の身としては限界まで鍛え上げられた剣技と。


 そのすべてが合わさって構成されているのだ。


「聖堂騎士ヴァルトルーデが、“常勝”ヘレノニアの名において、その企てをくじいてくれる」


 討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターの切っ先を邪悪に向け、少女が凛とした声で討滅を宣言する。

 飛び抜けて端麗な相貌に、今は邪悪への闘志をたたえていた。


 そんな表情すらも、美しい。


「無駄なことだ」

「わずか五名でなんとする」


 しかし、トリアーデたちはヴァルトルーデの宣言にも美貌にも心動かされた様子はなく、仮面の奥からくぐもった声を上げた。


「邪悪なる炎の精霊皇子イル・カンジュアルは、このブルーワーズに顕現した。なれば、神々の牢獄に囚われし、我らが主レリウーリアの帰還も、もはや必定」


 世界を形作った“始源”

 その際に残った“混沌の領域”

“混沌の領域”を統べる、七柱の皇子がひとつ。神や奈落の王にも匹敵する超越者。

 本来であれば、この物質界に顕現するなどあり得ない存在。


 そのイル・カンジュアルすらも、レリウーリアが幽閉された、神々の牢獄への扉を開くための生贄でしかなかった。


「やっぱり、それが最終目的かよ。レリウーリア――絶望の螺旋を束縛から解いたら、この世界、ブルーワーズだけでなく、あらゆる次元界が滅びるぞ。文字通りの意味で」


 善の魔術師であることを示す、純白のローブ。

 サイズが大きめのそれを身にまとった黒髪の少年が、手にした呪文書から目を上げトリアーデたちに問いかけた。


「然り」

「それこそ、我らが宿願」

「世界滅ぼして、何がしたいんだよ」

「そなたらも、我らも、いずれ死す運命」

「正と負の天秤が揺れ続ける今の世界はあまりにも無様」

「なれば、我らが主に諸共滅ぼされるべし」


 燭台の明かりに照らされ、仮面がゆらゆらと揺れているような錯覚に襲われる。平坦で、誰が喋っているのか分からない声も、その一端を担っているのだろうが……。


 狂気。


 根本に、常人には理解できぬ独自の哲学があった。


 “始源”から誕生したこの世界は、正が溢れると同時に負に満ちている。完璧な物から産まれ出でたのならば、この世界もまた瑕疵があってはならない。

 ならば、すべてを無に帰す絶望の螺旋レリウーリアを神の牢獄から解き放ち、世界を完璧な姿――“始源”に戻さねばならない。


 それこそが、〝虚無の帳〟の最終目的。


「自殺なら、一人でやってくれ」


 魔術師の少年が片手に呪文書を持ったまま、お手上げだと呆れる。


 トリアーデたちの部下である七人の大司祭たちやゴブリン、オーガ、ジャイアント、ドラゴンなどの邪悪な存在と戦い続けた経験から、説得ができるとは思ってはいなかった。

 だが、ここまで非人間的では文字通り話にならない。


「話は終わりだ」

「分かったよ、ヴァル子。後は、任せる」

「お前も一緒に戦うのだ!」

「まあ、やるけどさぁ……」

「気合いが足りないぞ!」

「痴話喧嘩は、それくらいにしましょうね」

「アルシア! こ、これは痴話喧嘩などではないぞ?」

「では、夫婦喧嘩かしら?」

「アルシア姐さん、緊張感が無くなるから勘弁してください。マジで……」


 趨勢を見守っていた女司祭が、場をまとめた。


 首から下がっている聖印は、魔術と死を司るトラス=シンクのもの。夜空のような黒髪が特徴的で、ヴァルトルーデには劣るものの整った顔立ち。


 しかし、まず目を引くのは顔の半ばを覆う真紅の眼帯だ。

 両目を完全に覆ったその眼帯のせいで、アルシアの表情はようとして知れない。あらゆる印象を吹き飛ばしてしまう異相だった。


「ヨナ、準備は良いか?」

「ん。だいじょうぶ。エグザイルもしっかり」

「おう」


 苦笑を浮かべつつ、岩巨人(ジャールート)の戦士エグザイルがスパイク・フレイル――長い鎖の先にスパイクがいくつも生えた棍棒――を構える。

 ゆうに2メートルを超える巨体。腕は丸太のように太く、筋肉の鎧をまとっているかのような圧迫感がある。

 それに、岩巨人の種族名通りごつごつとした岩石のような肌。


 そんな岩巨人が、困ったように微笑を浮かべた。

 それも当然だろう。


 この岩巨人は、身長だけでもヨナと呼ばれたアルビノの少女と比べれば倍はある。特注の龍鱗の鎧(ドラゴン・スケイル)のだけでも、ヨナより重たいに違いない。

 戦場以外のどこに身を置いても違和感を憶えるだろうエグザイルに対し、ヨナの方こそ、およそこの場に似つかわしくなかった。


 ヴァルトルーデのような鎧を身につけているわけでもなければ、ユウトやアルシアのように、自らの立場を示す装備があるわけでもない。

 濃紺のチュニックと一枚布のマントは、仕立ても生地も一級品だが戦いに赴くような姿ではなかった。そもそも、白髪赤目で肉付きも薄く背も低い少女がいる時点で、根本的に間違っている。

 しかし、アルビノの幼女が岩巨人を激励するという構図に苦笑を浮かべながらも、その場の誰もがヨナの存在を当たり前のように受け入れていた。


 トリアーデの三人とイル・カンジュアル。そして、冒険者たち五人が戦闘態勢を整えたその時。

 まず、六人目(・・・)が動き出した。


「それじゃ、こっちからいくよ」


 先頭にいたヴァルトルーデやエグザイルよりも数歩先から、その軽い声が聞こえてきた。

 同時に、虚空から数本の矢が放たれる。

 うなりを上げ、回転しながら大気を斬り裂く閃光だ。


 それらはトリアーデの一人の眉間と両目と喉と心臓に突き刺さり、絶望の螺旋に仕える最高司祭は、声もなく倒れ伏すことしかできなかった。

 攻撃が終わると同時に《完全透明化(インコグニション)》の呪文の効果が切れ、襲撃者が姿を現す。

 そこにいたのはヨナよりも身長が低い、子供としか形容しようのない姿。しかし、ヨナと違って年齢は外見と一致しない。


「さすがラーシア!」


 魔術師のユウトが上げた歓声にも反応せず、ラーシアと呼ばれた草原の種族(マグナー)盗賊(ローグ)は油断することなく、たった今5本の矢を同時に放って倒したトリアーデを観察し続けていた。


「まだ、死するわけにはいかぬ」


 むくりと。

 急所に受けた矢はそのまま、トリアーデの一人が起き上がった。声にも動きにも、なんら変わりはない。

 突き刺さった矢さえなければ、仮面で表情が見えないことも相まって、なんの痛痒も与えていないかのように見えただろう。


「やっぱりね」

《克死の(フェイト・オブ)天命(・アンデス)》か。まあ、かかってるとは思ったけどな」


 ユウトが、死と同時に発動する肉体修復の呪文の名を口にする。


 魔術師が学び操る、理術呪文。

 神官が祈り唱える、神術呪文。


 どちらの系統も、個々の呪文は威力や習得難度に応じ、第一から第九までの階梯によって分類されている。


 さらに、第一から第三階梯の呪文の使い手を魔術師(ウィザード)、第四から第六階梯は魔導師(ウォーロツク)、第七階梯以上では大魔術師(アークメイジ)と呼ばれている。

 同様に、神術呪文の使い手は、司祭(プリースト)司教(ビショップ)大司教(パトリアーチ)と称される。


 第七階梯に属する神術呪文である、《克死の天命》を行使できるということは、トリアーデたちも敬虔な神の僕なのだ。

 その相が虚無であるとしても。


「これで手も足も出まい」


 一度殺されたというのに、恨みどころかラーシアに対して特別な感情ひとつ見せない。

 冷静というには無関心すぎる態度で懐から大振りな宝石をふたつ取り出し、足下に投げ捨てた。

 同時に、巨大な土と水の塊が出現する。

 邪悪に染められた、土精霊と水精霊。


 その巨体がトリアーデたちを隠し、ラーシアの致命の一撃から遠ざける。元より急所を持たぬ精霊であれば、小柄なラーシアの弓術など、大した効果は見込めない。


「また、このパターンだよ。また!」


 しかし、辟易してはいるものの動じてはいなかった。

 素早く、背負っていたエルフの女神から祝福を受けた矢筒に弓を仕舞うと、流れるような動作で短い魔法の杖(マジック・ワンド)を抜き出した。


「《理力の弾丸(フォース・ミサイル)》」


 特殊な魔法のクリップで三本のワンドが一纏めになったそれを振るうと、純粋な魔力の弾丸が三発発射され土精霊の巨体を砕く。

 威力自体は源素由来の呪文には劣るものの、純粋な魔力に抵抗力を持つ存在など皆無。

 その信頼感は他に代え難い。特にエレメンタルを相手にするときには、なおさら。


 巨大な土精霊が土塊と化し、なにもできずに源素界へと帰還していった。


 今ラーシアが放った《理力の弾丸》は、第三階梯の理術呪文。キーワードひとつで簡単に発動できるように装填した魔法具(マジック・アイテム)魔法の短杖(マジック・ワンド)だ。

 しかし、魔術の素養の無い人間が使えるほど便利なものではない。つまり、弓の達人である盗賊が、魔法すらも学んでいることになる。


 通常は、あり得ない。


 トリアーデたちは、今、身をもって知ることとなった。

 彼らが築き上げたこの〝虚無の帳〟と一年の長きに渡って戦い続け、その組織をほぼ壊滅に追い込んだ彼らが、ブルーワーズ世界でも有数の実力を誇る冒険者たちであるという事実を。


「絶望の螺旋よ、我が願いを聞き届けよ。冒涜の声(ブラスフェミィ)を響か――」


 魔術師が唱える、理術呪文。司祭が祈る、神術呪文。成り立ちや効果は異なっているものの、共通した弱点がある。

 発動には精神集中が必要であり、精神集中をしている間は攻撃から無防備になってしまう。


「隙あり!」


 とはいえ、それも目の前に剣を振るう戦士がいれば警戒しなければならない――という程度のものでしかない。


 誰が想像するだろう。

 10メートル以上も離れた先から放たれたスパイク・フレイルの一撃が、そのわずかな隙を突いて術者の頭蓋を砕くなどと。

 フレイルというよりは、船の碇を武器にしているに等しい威力だ。


「ついでだ!」


 その余勢を駆って、エグザイルが両腕をぶんと回してスパイク・フレイルを召喚されたばかりの水精霊に叩き付けた。


 岩巨人の筋肉が軋み、魔法で強化されたスパイク・フレイルが衝撃で歪み、水精霊はあっさりと水たまりへと変わってしまった。


 さらに、もう一撃。


 再度、返す刃が振るわれ、《克死の天命》で蘇ろうとしたトリアーデが絶命した。


「なかなかの強敵だった」

「うそつけよ、おっさん」


 エグザイルは動じない。


「本当だ。反動で、ちょっと怪我してしまったぞ」


 エグザイルのスパイク・フレイルには、インパクトの瞬間に雷撃が発生し、攻撃そのものの威力を底上げする魔化がなされている。


 魔化をしたのはエグザイルをおっさん呼ばわりした彼自身なのだが、強力な一方その反動は使用者にも向かう。

 見れば、10メートル以上届くスパイク・フレイルを振るう丸太のような腕には、汗に混じって血が流れていた。


「もしかして、自分が最強の敵とか、そういうオチに持ってきたいわけ?」

「その傷、治すのは誰なんでしょうねぇ?」


 アルシアの冷静を通り越して冷たい声に、二人揃って背筋を伸ばす。


 いつも通りのやりとり。

 それに和みかけたのも一瞬。

 トリアーデの背後で身じろぎひとつしなかった、炎の精霊皇子イル・カンジュアルがついに一歩前へ出た。


 それだけで、空気が一変。六人の間にも緊張が走る。


「身の程を知ることだ、定命の者(モータル)よ」


 20メートル以上はあるだろう、高い天井の最上階。

 それに届かんとする巨体はヴァルトルーデと同じように全身鎧で包まれ、さらに墨のような邪炎が覆っている。


 盾は持たず、それだけで人間をまとめて何人か串刺しにできそうな巨大な槍を構えていた。

 しかし、まだ彼我の距離は離れている。

 そのため、前線に立つヴァルトルーデは盾を構え精霊皇子の突撃に備えた。


「《放逐(イジェクション)》」


 だが、その予想は外れる。


 イル・カンジュアルが唱えた力ある言葉が暴風となって襲った。魔法の風に吹き飛ばされそうになり、その場に踏みとどまるのが精一杯。


「なんの呪文だ!?」


 顔を腕で覆うのがやっとで、呪文の解析が追いつかない。

 ほんの数十秒で風は止み、地下空間に沈黙が訪れる。否、静寂か。誰もいない空間なのだから。


「えっ?」


 風に煽られたローブが落ち着き、魔術師の少年に周囲を観察する余裕が戻った。しかし、そこにはなにもない。

 仲間が、誰もいなかった。


「消滅? いや、それは理屈に合わない。俺だけが、助かるはずがない」

「なぜ、残っている」

「ああ……。そうか、そういうことか」


 自失から立ち直ったのは、皮肉にも、トリアーデから発せられた純粋な疑問がきっかけだった。


「この世界――ブルーワーズに生まれた存在を別次元へ追放する。それが、その呪文の効果なんだろう」


 言いながら、推測が確信に変わる。


「残念だったな。俺は、日本人だよ!」


 その宣言と同時に、白いローブが揺れる。

 ローブの下にユウトが身につけているのは、黒い詰襟の学生服だった。魔法で修復しつつ、ずっと着続けていた故郷の服。


 天草勇人。


 それが、この世界ではユウト・アマクサと名乗る魔術師の、本当の名前だ。


「ニッポンジン?」


 耳慣れぬ言葉をトリアーデが繰り返すが、ユウトはすでに次の手を打っていた。追放された仲間たちを帰還させる一手を。


「伝家の宝刀ってのは、抜くためにあるんだぜ」


 自暴自棄ではないが、思い切るためにはそれなりに覚悟が必要だった。


 金貨にして二万五千枚分の価値がある大振りなダイヤモンド。庶民にとっては五十年分の収入に等しいと言えば、その価値が分かるだろうか。

 それを放り投げたかと思うと、ユウトは呪文書を9ページ分切り裂いた。


「《大願(アンリミテッド)》」


 第九階梯に分類される、理術呪文。

 どんな願いでも叶える、本当の魔法。


 ダイヤモンドが砕けて光となり、その光を受けた紙片が数多の魔法陣を形成する。

 光で描かれた平面的な魔法陣がいくつも合わさり、三次元的な積層となってドーム状の儀式空間を覆い尽くした。


「帰ってこい!」


 その願いは、聞き届けられた。

 光が収束すると、その光よりも美しい少女が発する茫洋とした声がユウトの耳朶を打つ。 


「むう、戻ったのか?」


 ヴァルトルーデを始め、仲間が皆、元いた場所に出現した。


「俺が戻したんだよ。表現は正確にな」

「なんだか分からんが、とにかく助かったようだな」


 細かいことを気にしない、顔に似合わず実は大ざっぱなヴァルトルーデだが、そのギャップにも一年もあれば慣れる。


「よかろう」


 再び、イル・カンジュアルが動いた。

 巨大な槍の穂先を突き出し、そこに炎が螺旋を描く。


「業炎」


 螺旋は尾を引く焔の帯となり、ユウトたちの中心で炸裂した。


 光・音・熱。


 三つの要素が渾然となって暴力的に打ちのめし、焼き尽くし、滅び尽くそうとする。

 この地下空間が崩壊しないのが不思議なほどの熱量だ。恐らく、魔法で素材そのものを強化しているのだろう。


「帰ってきたと思ったら、なんか焼かれてる!?」


 ラーシアの絶叫が響く。

 だが、それに返答できる余裕は誰にもなかった。


「業炎」


 さらに、もう一撃。


 もちろん、ユウトとアルシアが中心になって炎の魔法への対策は取っている。

 火炎そのものへの完全耐性を得る《完全属性耐性(レジスト・エレメンツ)》も全員に付与してあるし、温度変化や呼吸できなくなった際の対策も万全だ。

 さらに、それを超える火炎を浴びせかけられた時も考え、素早く火炎から逃れられるようになる魔術も施していた。


 にもかかわらず。


 その周到な準備をあざ笑うかのようにイル・カンジュアルの業炎はパーティを焼き尽くしていった。


 体の小さなヨナやラーシアは爆風で吹き飛ばされ、咄嗟に防御壁を張ったユウトとアルシアのスペルキャスター二人も全身を蝕む業炎にひざをついている。

 岩巨人のエグザイルは小動もしなかったものの、無傷ではいられない。全身に火傷を負っており、立っているのは意地だった。

 生きているのが不思議なほどの惨状だ。


「みんな、生きていますね?」

「ああ。私は無事だ」


 爆炎が晴れ、全員が最初に目にしたのは凛とした聖堂騎士の立ち姿。

 煤で汚れ、やはり火傷を負っているだろうに、その美しさに翳りはなかった。


「生きていれば、私が癒やします」


 その言葉は、事実に対してやや過小だった。大司教位を持つ彼女ならば、死者すら現世に引き戻すことが可能なのだから。


 アルシアが聖印を手に神に加護を祈る。

 彼女が信仰する魔術と死を司るトラス=シンク神は、敬虔で力持つ信徒の願いに応え、アルシア自身も含めた仲間たちに治癒の加護を与えた。


 しかし――


「治らねえ。もしかして、この業炎は呪いなのか?」

「……そういうことですか」


 火炎に晒され、負傷をしたのではない。呪いを受け、その結果として爆炎による損害を被った。

 結果は同じでも、原因が違う。


 短い会話で、スペルキャスター二人はその事実に行き当たる。他のメンバーには到底理解できない内容だったが、この二人ならどうにかしてくれるという安心感が士気の崩壊を防いでいた。


「よく分からんが、とにかく倒してしまえば勝ちだろう」

「ヴァルトルーデ、先走らないで」


 紅の眼帯をした女司祭から、冷静さは失われていない。


「魔術の女王、トラス=シンクよ。死後の魂を守る慈悲深き御方よ。死は忌むべきものに非ず。されど、我らは死すべき運命にあらじ。御身自身の力をもって、運命を打ち砕かん」


 祈りが終わったその時、天を仰ぎ見ることのできぬ儀式空間に優しき月光が降り注いだ。それは、祈りを捧げたアルシアのみでなく彼女の仲間たちすべてを照らし、業炎によってもたらされた障害をすべて癒やしていった。


 ただの治癒の呪文ではない。


 神性を降ろし、その介入で皆の状態を元に戻す《奇跡(テウルギィ)》だ。第九階梯に分類される神術呪文に、不可能はない。


「ユウトくん、ヨナ。左右の壁際にも敵がいますよ」


 神術呪文の奥義を発動させたにもかかわらず、アルシアは息ひとつ乱さず仲間たちに警告を飛ばした。

 真紅の眼帯は、盲目の彼女に擬似的な視覚を与える瞳。それ故、ラーシアのように姿を隠している敵の存在にも気づいたのだ。


「オッケー」


 トリアーデに劣らず抑揚のない声で、ヨナがイル・カンジュアルたちがいる正面の祭壇から、右手側に視線を移す。

 肉体的に最も脆弱な彼女だが、《奇跡》により完全復活を遂げていた。


「《エレメンタル・バースト》」


 少女が伸ばした手の先に、風が集まっていく。

 辺りの大気を吸い取って形成された風の塊。こぶし大を超え、一抱えもある球状まで成長したそれが、アルシアの指定した壁際へとまさに音の速さで飛んだ。


 そして、爆発。


 地下空間を大音声が包み、それは消えると《透明化(トランスペアレント)》で潜んでいた、ダークエルフの暗殺者たちの無惨な死体が突然現れた。


 魔法への耐性を持つダークエルフたちをあっさりと屠った音波の爆発。


 つまり、これは魔法ではない。


 人の精神を源とする、超能力(サイオニック)の技術体系。そのパワーだった。


「ヨナは派手だな」


 その様子を見ていたユウトは、苦笑しつつ呪文書をめくる。


「まあ、何がいるか知らんが、倒すのも面倒だ」


 呪文書から今度は8ページ切り取り、大爆発が起こったのとは反対側の区画へと飛ばす。


 宙に浮かんだ羊皮紙が、等間隔に並んだ。


 一般的な魔術師のイメージと言えば、老人かエルフと相場が決まっている。それはつまり、魔術の習得には時間がかかるが故に構築されたイメージ。

 その法則に当てはめれば、ユウトはあまりにも若すぎる。


 同時に、このブルーワーズ世界では、魔法に才能は関係ない。

 使って、経験を得て、学習をする。それだけ。

 その意味では、彼ほど短期間に経験を積んだ魔術師は他にいないだろう。


「《七光障壁(レイウォール)》」


 羊皮紙が虹色の光に包まれ、部屋を斜めに仕切る。


 物理的な破壊ができないわけではないが――


「よし。ちゃんと働いてるな」


 ――壁の向こうから、いくつも重なった悲鳴が聞こえてきた。一方、虹色の壁は小動もしていない。


《七光障壁》


 近づき、害を為したものには火炎・冷気・雷撃・音波・強酸・猛毒・発狂の七色の光線が壁から発せられ、自動的に排除される第八階梯の上位理術呪文。


「ま、なにがいたか知らんが、これでなにもできねーだろ」

「じみー」

「塩試合でも、勝てば良かろうなんだよ!」


 痛いところを突かれたのか、ユウトがヨナに子供っぽく反論する。


「それより、行ってこいヴァル。ちょっと世界を救ってこいよ」

「任せろ」


 ヴァルトルーデは振り返らず、声にユウトへの信頼感を乗せて駆けだした。


 目指すは、邪悪なる炎の精霊皇子イル・カンジュアル。


「愚かな定命の者よ」

「“常勝”ヘレノニアよ、邪悪なるものを討つ汝の忠実なる(しもべ)に加護を!」


 勝利の神に祈りを捧げたヴァルトルーデの全身が、黄金のオーラに包まれる。討魔神剣を構え、ブーツの踵を打ち合わせた。

 ブーツの両サイドから、実体を持たぬ魔力の白い翼が現れる。


 一時的ながら着用者に飛行能力を与える魔法具、飛行の軍靴(ブーツオブウィングス)。その力を使い、イル・カンジュアルへ向かって無謀にもチャージを行う。


 善や秩序の神が、自らの聖堂騎士へと授ける《降魔の一撃》という特殊な力がある。悪や混沌を討つための加護だ。

 それを、ただの斬撃ではなくより強力な突撃に変えるのが、《降魔の突撃》。ヴァルトルーデが用いれば、20センチ以上もある鉄の壁を砕くことすら可能だ。


 無論、それを座視する炎の精霊皇子ではない。


「その蛮勇を悔いよ」


 手にした巨大な槍をヴァルトルーデ目がけて突き降ろす。


 否。違った。


「定命の者など、その聖剣を失えばなにもできまい」

「はあぁぁぁっっ」


 強力な魔力を帯びた巨大な質量が、片手剣に集中する。それは、地上に落下する隕石の墜落にも匹敵する衝撃。

 ヴァルトルーデの突撃が止まり、肩が、全身の筋肉が歪み、軋み、悲鳴を上げた。


 耐えきれるはずがない。


「“常勝”ヘレノニアより下賜されし神剣が砕けるものか!」


 ――ただの、魔剣であれば。


「聖剣進撃――倒悪」


 神の刃は砕けない。


 それどころか、ヴァルトルーデは討魔神剣を構え直して突撃を続ける。


「やあぁあっ」


 そのまま天を征き、巨大な槍の穂先を砕いてしまった。


「生意気な。定命の者が」


 ヴァルトルーデは止まらない。


「やらせはせぬぞ。《腐敗せし沼(スティンキン・グリス)》」

「《対呪抗魔(カウンターディスペル)》」


 最後に残ったトリアーデの一人が、ヴァルトルーデの突進を止めるため、一瞬地上に降り立った足下に奈落の沼地を召喚しようとする。


 だが、ユウトの対抗呪文によって、あっさりとかき消された。


 もはや、阻むものは無い。


「やれ! ヴァルトルーデ!!」


「聖撃連舞――陸式」


 聖騎士ヴァルトルーデが振るう討魔神剣の連撃が、無数の閃光となって邪炎を撃ち払った。残像を発するほどの速度で放たれる、六連の剣閃。

 そのすべてが、《降魔の一撃》だ。瞬間的にこれだけの《降魔の一撃》を繰り出す聖堂騎士は他にいまい。


 邪悪なる炎の精霊皇子イル・カンジュアル。その轟炎の肉体を、斬り刻み、砕ききり、討ち滅ぼす。斬撃という線の攻撃でありながら、巨体を打ち砕く連撃。


 儀式によりその身を破壊し、絶望の螺旋を神々の縛鎖から解き放つはずであった超越者。

 それが、まるで人間のように苦悶の声を上げた。


「グッッオオオオオオッッッ」


 絶叫。

 沈黙。

 静寂。


 天井近くまであったイル・カンジュアルの巨体が、恒星の最期のように膨張と収縮を繰り返す。


 その中核となるのが、秘法具(アーティファクト)――黒檀の狂熱の宝珠(エボニィ・オーブ)


 ブラックホールのような宝珠に、トリアーデたちやその配下の異種族たち。それに、ユウトが張った《七光障壁》とその向こうにいた死体がすべて吸い込まれていく。


 それだけなら、自業自得。当然な悪の最期と言えるが、それで済むはずがない。


 充分に燃料を蓄えた宝珠が砕け、黒曜石で作られた広大な儀式空間を、炎と熱と光が灼いた。

 爆心地にいるようなもので、助からない。


 ――普通なら。


「最後の大盤振る舞いだ」


 呪文書から、9枚の紙片が切り離されて宙に舞う。

 それは真紅の光を帯びた鎖に変化し、このままであれば黒妖の城郭はおろか、直下の王都すらも爆砕しかねない炎と熱と光を包み込む。


「《魔力解体(アイソレーション)》」


 魔力の奔流が、その拘束から逃れんと荒れ狂うものの、《魔力解体》の鎖が対消滅し、複雑に絡まり合った紐を解くかのように少しずつ光の熱風が勢いを減じていく。


 伝説の大魔術師が開発したとされる、第九階梯の対魔術呪文。


 即ち、究極の対抗呪文。


「ちっ、くっしょう」


 それでもなお、作業は困難を極めた。

 ユウトの両手が、いくつものマリオネットを操るかのように、結び目を解きほぐしていくかのように複雑に動く。


「ユウト、今度はすべてお前に任せるぞ」

「責任重大だな、くそっ」


 抑え込むのは無理だ。

 最後は、すべての鎖をひとつに集め、打ち付け、絡みつかせ、縛り上げる。


 数瞬の、しかし、永遠にも感じられた時を経て。


 魔力の暴走は抑え込まれ、魔の痕跡は完全に消滅した。


 後には、イル・カンジュアルの邪炎に包まれた肉体も、それだけで人間の身長はあった二本の角も、1トン近くあっただろう全身鎧も。

 完全に吹き飛び、何も残っていなかった。


「どうにか勝ったか……」


 前線にいた岩巨人のエグザイルが、パーティを代表してつぶやく。

 ようやく疑惑が確信に変わり、美しい金髪をなびかせてヴァルトルーデがゆっくりと振り向いた。


 そして、討魔神剣を掲げて勝利の声を上げる。


 伝説の1シーンを切り取った、名匠の手による絵画のよう。


 だが、ユウトにはそれに追随する気力は残っていなかった。盛大なため息で安堵を表現した後は、制服のズボンが汚れるのも構わずその場に座り込んでしまう。


「ユウト、かっこわるい」

「ヨナは採点辛すぎだろ。少しは大目に見てくれよ。俺はただの高校生なんだぜ?」

「コーコーセー? 相変わらず、ユウトの発言は意味不明だし」


 白髪赤目、アルビノの少女が上から目線でユウトを非難した。


 ヨナは、超能力に適合した人造生物として〝虚無の帳〟に生み出されたため、正確な年齢は分からない。

 日本だったら、小学校の高学年か新中学生といったところだなとユウトは当たりを付けていた。


 触れたら折れてしまいそうなほど華奢な肉体で、女性らしさもまだない。ぼさっとしたショートカットのため、エグザイルなど最初は男だと勘違いしてたぐらいだ。


「ユウト、ヴァルが誉めてほしそうにこっちを見ていますよ。頭でも撫でて労ってください。いつものように」


 頼まれたら否とは言えない。


 紅の眼帯を身につけたクレリックは、その異相にもかかわらず、実際に接してみれば人当たりも良いし、話しているだけで気分が良くなってしまう。さらに、さすがにヴァルトルーデには劣るものの相当の美人であることに気づくだろう。


 しかし。

 どんなに美人だろうと、パーティの中で一番恐ろしいのはこのアルシアだと全会一致しているのだ。


「あ、ゆっくりとね。ボクはちょっとこの部屋のお宝とか漁ってくる」

「まったく、好き勝手言いやがって……」


 一方、人間の恋愛には踏み込まないスタンスのラーシアが、盗賊の本領発揮とばかりに、邪神復活の儀式が行われた〝虚無の帳〟の中枢を家捜しを始めた。

 その弓から放たれる矢の一撃は寸分違わず急所を射貫き、数々の戦果を上げているのは先ほどの神業を見ても分かるだろう。

 だが、最も嬉しそうなのは、この戦利品集めの時だった。


「ユウト、やったぞ」

「ああ、見てたよ」


 いつまでもへたり込んじゃいられないと、ユウトが呪文書を片手に立ち上がる。善の魔術師である証の白いローブは汚れていて、ヴァルトルーデの輝きとの違いに頭が痛くなるものの、今はどうしようもない。


「相変わらず格好良かったぜ、ヴァル子」


 別に言われたからじゃないけどな。

 そう心の中で言い訳をしつつ、ヴァルトルーデの綺麗で長い金髪に手を置いて、くしゃっとなでてやる。


 気持ちよさそうに眼を細め、ぶるっと震えた。

 ユウトは、なんとなく地球にいた頃に飼っていた愛犬を連想する。


「う、うむ。これで、この長い戦いも終わりだな」

「そうだな……。ほんと、色々あったぜ」


 青き盟約の世界(ブルーワーズ)


 ユウトの故郷でも、多くの大人と、もっと多くの子供たちが夢想する剣と魔法のファンタジー世界。

 彼も、同じサッカー部の友人からそんなゲームを借りたことがあった。

 ここは、ユウトにとっては異世界。

 地球の日本。首都東京のさらに南で生まれ育った彼は、なんの因果かこの異世界で大魔術師として冒険者をやる羽目となり。


 そして、今、英雄の介添人の一人となったのだ。


 そんな冒険の日々も、今日で終わり。

 地球に帰る手段はすでに見つけてあった。あとは、その準備をするだけだ。


「う~ん。最後の割に、あんまりめぼしいものはなかったね。全部で、20万Gぐらいだ。あの爆発で、お宝に被害が出なかったのは良かったけどさ」


 大小様々な宝石、装飾品、金貨、白金貨、魔法具等々。見つけ次第、無限貯蔵のバッグに放り込んでいるラーシアが、そんな郷愁を吹き飛ばした。


「いや、充分大金だろう」


 丸一日働いても金貨一枚――1Gを稼げるような職業は稀だ。

 単純比較は難しいが、買い物だけ考えれば1Gで五千円から一万円程度の価値があるのではないかというのが、ユウトの体感。


 つまり、20万Gを現代日本の貨幣価値に換算すると10~20億円ぐらいになるのだろうか? 山分けし、命懸けであることを考えても破格の報酬だ。


「でも、怪しげな宗教団体の本部を家捜しした結果と考えると、そうでもないような気がするのはなぜだろうなぁ?」

「知らず知らずのうちに、慣れてしまうものだな……」


 それも仕方がないのかも知れない。


 反省した風情のエグザイルの手にあり、猛威を振るったスパイク・フレイル。

 希少な凍える鋼で拵えられた特注の武器は、近接武器にもかかわらず10メートルを超える射程を誇り、様々な魔法の力が付与されていた。

 これひとつで10万Gを超える価値がある。城が建ってもおかしくない額だ。


 それに、エグザイルが身につけている龍鱗の鎧や、宙に浮いて自動的に所有者を守る魔法の盾、その他諸々の装備を加えたら、どうなることか。


 嫌味でも自慢でもなく、彼らは百回ぐらい人生をやり直しても一生引きこもりをやって過ごせるだけの財産を持っているのだ。


 それでも、その収入をよりよい装備と交換し、旅と戦いを続けるのが冒険者という生き様(スタイル)だった。


「む。地震か?」

「ああ、心配ない」

「そうだよ、浮いてるのに地震はないよね」

「ヨナ、なんだかもっと拙いことになるのではないか?」


 この黒妖の城郭が王都に落下することを考えたのか。ヴァルトルーデが端麗な相貌を白くして冷や汗をかく。


「いいや、大丈夫だよ」


 ユウトが天井を指さした先。


 ドーム状の天井は確かに崩壊していたが、それは物理的なものではなかった。紐が解けるようにするすると、実体を失っては空中に霧散していく黒妖の城郭。


「宝珠と一緒に《魔力解体》したからな」

「そうか、なるほど」

「いっそ清々しいね」


 まったく理解した様子のないヴァルトルーデにラーシアが茶々を入れるが、いつも通りの光景なので、問題ない。


「心配はないのですね? それなら、そろそろ行きましょう」

「そうだな」


 アルシアの提案に、ユウトは軽く頷いた。

 敵は倒し、世界は救われ、財宝も手に入れた。身も蓋もない話だが、これ以上、長居する必要は無い。


 呪文書をめくりながら、ユウトは皆を自分の周囲に集めた。

 呪文書からきっちり7ページ分を切り取って宙に放ると周囲をぐるりと取り囲み、淡い魔術光を放ち始める。


「《瞬間移動(テレポート)》」


(最初は、目的地とは別の場所に転移しちゃったこともあったなぁ……)


 思い出に浸りながら発動するが、今は多少の集中を乱してたところで、そんな失敗はあり得ない。

 ユウトたちは事件の顛末を報告するため、足下の王都セジュールへ飛んだ。


 その後、どんな大騒動になるか正確に理解せぬまま。

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