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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 7 はたらく冒険者たち出張編 第一章 隣国へ
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プロローグ

 神々の来臨と、昆虫人(インセクティアン)たちとの激闘から二週間。隣国、クロニカ神王国への訪問を数日後に控えたその日、ユウトの下に二通の手紙が届いていた。


 一通は、厳密にはヴァルトルーデに宛てられたもの。一ヶ月後に迫った、ユーディット・マレミアスとの結婚式への招待状だ。使者により届けられた親書であり、アルサス王子の直筆でもあった。


 もっとも、内々には知らされていることでもあり、アカネはすでに準備を始めている。ユウト自身、彼女を《瞬間移動(テレポート)》で王都へ送ったことが何度もあった。


 そして、用件が分かっているという意味では、もう一通の封書も同様ではあった。それが、問題なのだが。


「ついに来たか……」


 ファルヴの城塞の中枢とでも言うべき、家宰ユウト・アマクサの執務室。その主はソファに座り、問題の一通を明かりで透かして、苦々しい表情を浮かべていた。


 こうしていても、中身が変わるわけではない。


 ただ、開くには勇気が必要なのだ。


「……よしっ」


 自分を奮い立たせるように声を出し、ペーパーナイフで封を切る。


 正式な外交ルートで送られた親書。あの差出人にしては、常識的な手紙。


 ただし、内容は極めて私的なもの。


「意外と、まともだ」


 ユウトへ宛てられたその手紙は、簡潔に言えば女帝ヴェルガからのラブレターだった。


 時候の挨拶から始まり、大魔術師(アーク・メイジ)への愛を綴ったそれは情熱的でありながら純真。内容を目で追うだけで気恥ずかしく、とてもあの奔放な半神が認めたとは思えない。


 メールなど文章だと人格が変わる人間もいるが、彼女もそうだとは思いもしなかった。あるいは、普段と違う自分を演出してユウトに揺さぶりをかけているのか。


 どちらにしろ、とても口に出しては読めないし、誰にも見せられない。


「そういや、ラブレターなんて初めてだな……」


 地球にいた頃は――いたずらも含めて――そんなイベントとは無縁だった。目立たなかった高校時代はともかく、サッカー部にいた中学時代にもなかったのは、アカネがいたからかもしれないと、今なら想像できる。


 そして今は、まあ、ヴァルトルーデもアルシアも、手紙は無理だろう。


 もちろん、どこかの貴族令嬢から送られるお誘いの手紙は、計算に入っていない。


「んで、問題はデートのお誘いか」


 手紙の終盤には、約二ヶ月後の日付を指定し、フォリオ=ファリナで会える日を楽しみにしているという一文が添えられていた。場所も、デート自体も、地球で交わした約束通りだ。


 忘れたわけではない。


 できれば忘れたかったところではあるが。


 それに対し、返事はどうするか。


 いや、それは決まっている。やむを得なかったとはいえ、ヴェルガには大きな借りがある。自ら虎穴に入るようなものだといえ、反故にはできない。


 とはいえ、それを一人で決めるのも危険だ。結論は変わらないだろうが、みんなで意思形成をしたというプロセスが大事になる場合もある。


「ヴァルたちを、呼ぶか……」


 それしかない。

 それしかないのだが、手紙の封を破ったその時よりも、憂色は深かった。


「まったくなぁ……」


 好きな人たちに、他人から送られたラブレターを読み上げる――なにしろ、ヴァルトルーデもアルシアも字が読めない――など、どんな悪行に対する罰だというのか。


 一網打尽にした昆虫人の呪いだと言われたら、素直に信じてしまうかもしれなかった。





「婚約者に送られたラブレターを読めるとか、貴重な体験よね」

「俺としては、浮気と大騒ぎされないだけ、ましと思うしかないな」


 メイド服姿のアカネと、微妙な笑顔を交わす。

 その服装もすっかり板に付いてきたというか、慣れた。


「これ、ユウト以外の人間が読んだら死ぬとか、あぶり出しになってるとか、そういうことはないのね?」


 テーブルの上に置かれた手紙を指さしてアカネが言うが、さすがに本人もその可能性を信じてはいない。だから、アルシアからまじめな返答があるとは思ってもみなかった。


「大丈夫です。きちんと検査済みですから」

「調べたんだ……」

「もちろん。油断できる相手ではありませんから」


 普段よりもやや冷たくはっきりとしたアルシアの声。表情はすっと引き締まり、心なしか態度も硬い。この場にヨナがいたならば、不機嫌さを敏感にかぎ取り嵐が去るまでじっとしていたことだろう。


「それじゃ、読むぞ」


 テーブルの中央に置いた手紙を手に取り、不自然なぐらい顔に近づける。もちろん、突然近視が進行したわけではなく、婚約者たちに顔を見られたくないからだ。


「ええと、『親愛なる婿殿。なにやら騒動が持ち上がっているようであるが、健やかに過ごしていると確信するものである。妾は婿殿のことを想い、共に過ごしたあの日を懐かしく――』」

「ユウト、ちょっと待ってくれ。共に過ごしたあの日とは、どういうことだ?」

「というか、その辺いる?」

「たぶん、ダァル=ルカッシュの精神の中でのことじゃないかな。あと、俺だって読みたくない。でも、ヴァルやアルシア姐さんに隠し事もしたくないし」


 その実直さは好ましいものの、なにかの暗号が隠されているというわけでもないのだ。愛する男へ横恋慕する女の手紙など、わざわざ読み聞かせなどされたくはない。

 そんな雰囲気を読み取ったユウトは、一番肝心な部分。二ヶ月後に、フォリオ=ファリナでヴェルガと会うことになると、要点だけを伝えた。


「案外、先の話ね」

「そのほうが、助かると言えば助かる」


 隣国への訪問に、アルサス王子の結婚式。そして神々の来臨の後始末。通常業務に加え、ユウトがやるべきことはいくらでもある。


 身の危険を感じるところではあるが、ユウトにとって、この「デート」は既定路線だ。それは、苦々しいという表情を浮かべた――それでも、その輝きは損なわれない――ヴァルトルーデも同じではあった。


「ブルーワーズに戻ってから、今まで連絡がなかったのは、どういう理由なのか……」


 ヴェルガには、借りがある。聖堂騎士(パラディン)としても一人の人間としても、なかったことにはできない。

 それを理解していてもなお、女としては承伏できかねるとパラドックスを抱えるヴァルトルーデ。


「そうね。私も、そこは気になるわ」

「ユウトくんから誘ってほしかった。そんな可能性もあるのでは?」

「でも、我慢しきれなくなって自分から? そんな負け犬みたいな真似を、あの女帝様がするのかしら」


 ユウト不在で、検証が始まる。


(俺、いなくなっても構わないんじゃ……)


 その感想はある意味で正解ではあるものの、現実問題として退出が許されるはずもない。会議というものは、往々にしてそういうものだ。


「俺を焦らすことが目的だったりは?」

「ありえなくはないな。というよりは、ヴェルガならばなんでもありえるか」

「でも、焦らすぐらいなら惚れ薬でも作ってたほうが、あの女のキャラっぽいわよね」

「わざわざ作らなくても、あるけどな」

「あるの!?」

「ああ。確か……恋に破れた死霊(ゴースト)が巣くってた屋敷で見つけたんだったかな」

「笑えない冗談ね」


 その死霊が生前手に入れた物なのか。それとも、未練に捕らわれ死後大切にしていたものか。いずれにしろ、安いものではない。切なすぎる話だ。

 もちろん、その死霊はすでにアルシアが成仏させている。


「惚れ薬――恋慕の霊薬エリクサー・オブ・ラブといっても、それほど強い効果があるものではありません。せいぜい、半日ぐらい。そして、意志が強い相手にも効きませんし、対象があまりにかけ離れている場合も発揮しませんよ」

「なるほど……。でも、あの女の特製とかだったら」

「それを言ったらきりがありません」


 ユウトを父母の愛の巣へ送り込んだ実績があるヴェルガだ。いざとなったら、なんでもやるだろう。


「だが、そう考えると、あくまでも逢い引きだという枷をはめたと言えるのではないか?」


 ヘレノニアの聖女から発せられる鋭い意見。

 相手を信用しすぎかもしれないが、女帝の誇りを刺激する見方でもある。


 あの手紙への返事に盛り込もうと、ユウトはメモを取った。


「なにを言っても、詮無きことだな。ユウトは行く。私たちは待つ。これは、決まった話だ」

「そうね。あの大賢者のおじいちゃんが見張ってるんじゃ、下手なことはできないし……」

「結局は、俺の対応次第か」

「信用してますよ、ユウトくん」

「だが、相手が相手だ。油断せずにな」

「なんなのかしらね、このシチュエーションは……」


 信頼を寄せる二人とは対照的に、アカネの表情は懐疑的。

 彼女からすれば、散々探し回らされたあげく、再会したら超美人の恋人ができていたという実績がある。全面的に支持されないのも当然だろう。


 ユウトとしても、あまり信用されすぎても困る。これくらいのバランスがちょうどいいのだ。支持率100%など、独裁国家でしか見たことはない。


「さて、具体的にはどうするかだけど……」

「逢い引きにはついていかないが、フォリオ=ファリナに来るなとまでは言われていないからな」

「そういや、商会の件で行かなくちゃいけないしな」

「それで名分も立つな。エグザイルも言っていたぞ、兵はキドウなりと」


 完全には分かっていないが、憶えたての言葉を使ってみたかったという風情のヴァルトルーデを、暖かな空気で迎え入れる。このとき、皆の心はひとつになっていた。


「では、デートの前に、支援呪文を使用しましょう。《祝宴ディヴァイン・フィースト》や《抵抗力増幅(スペリアー・レジスト)》で毒などへの抵抗力を高めて……。それから、《生命の防壁(ヴァイタル・ウォール)》も念のため。あとは、瞬間移動にも警戒しなくてはいけませんね」

「確か、触れられると火を噴く呪文もあったな」


 聖堂騎士が言う呪文とは、正確には『攻撃を受けると、全身が炎に包まれ自動的に反撃する』ものだ。


「あと、もうひとつ」


 呪文はよく分からないからと推移を見守っていたアカネが、一段落したところで口を開く。まるでいたずらを思いついたかのような――つまり、ラーシアやリトナのような――表情で。


「きっぱりと誘惑を振り払うアイディアがあるわ」

「……自信ありげで不安なんですが?」

「残念ながら、当日までは秘密よ。残念ながら」

「私も、女だ。やる時はやるぞ」

「私まで……」


 よく分からないが、三人そろってやるものらしい。

 ラーシアには、絶対に知られてはいけない気がする。予測や予想ではなく、確信に近い。


「とりあえず、そんなところだな」


 不安はあるが、これ以上の対策は難しい。


 冒険者時代と同じだ。


 情報収集は怠らない。準備も万全に。


 だが、最後は臨機応変に――出たとこ勝負だ。

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