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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第三章 天から地から
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エピローグ

「ユウト、今のはなんだ!?」


 飛行の軍靴ブーツ・オブ・ウィングスで空を翔ける、艶めかしく清純な聖堂騎士(パラディン)

 昆虫人(インセクティアン)の痕跡を地上から完全に消し去った直後、地の宝珠を片手に呆然とするユウトの胸に、ヴァルトルーデが飛び込んできた。


 そこだけ切り取れば、落日の最中に重ねられる逢瀬のようでもあった。


「この宝珠の真の力……かな?」


 空中だけに踏み止まることができず、そのまま数メートル押し流されながら、かろうじてそれだけを伝える。

 大写しになった、色白で目鼻立ちのはっきりした顔。虚飾も邪念も存在しない純粋な瞳。鎧を着ていても容易に想像させられてしまう、しなやかな肉体の感触。

 正確には、全身で受け止めた彼女の存在に、口も思考も停止しかけていたからなのだが。


「だが、尋常ではないぞ」


 いつも通りのユウトに思わずほっと息を吐くが、彼女の長い睫は不安に揺れ、瞳も潤んでいる。いつもの裏表のない美しさとは異なる、妖しい美。


「確かに、まったくデメリットがないわけじゃないんだが……」

「詳しく話せ!」


 今にも婚約者を締め上げかねない幼なじみを見かねて、背後からアルシアがそっとその肩に手を触れる。


「ヴァル、落ち着きなさい。ユウトくんも、後で説明すると言っていましたよ」

「……そうか。すまん」

「まあ、いきなりあれだからな。心配してくれたのは嬉しいよ」


 気が抜けていたからか、他人の目も気にせずにヴァルトルーデの頭を撫でる。戦闘の影響など微塵も感じさせない、さらさらとした手触り。

 深い意味はなく、ヨナやレンにしているのと同じ意味だったのだが、周囲はそう解釈してはくれなかった。


「えっと、終わった? 夫婦の会話は終わった? ボクたちが、話しかけて良いタイミング?」

「もう、話しかけてんじゃねえかよ」

「残念。いちゃいちゃに乗り遅れた」

「してないからね?」

「邪魔なら、どこかへ行くが」

「素敵な仲間だなぁ!」


 半分やけになったように叫び、しかし、それで落ち着いたのか、ユウトは順序よく説明できるよう話を組み立ていく。

 嘘を吐いても、ヴァルトルーデには分かってしまう。人間、正直が一番だ。


「この地の宝珠のことは、ある程度みんなにも説明してたけど……」


 上空で始まる説明会。

 とはいえ、あまり言うべきこともない。


 宝珠の中には竜帝――リ・クトゥアを治めていた過去の英雄――の残留思念が宿っており、彼から使い続ければ竜人(ドラコニュート)へ変異すると教えられたこと。

 それから、この宝珠を所有する対価として、リ・クトゥアで圧政者が誕生するようであれば対処してほしいと頼まれたこと。


 竜帝は宝珠を対価とするつもりはなかったが、ユウトはそう解釈していた。


「ふうむ。征服してしまえば良いとは言ったが……」


 外見がどうなろうと、魂がユウトであれば問題ない。それは確かだ。

 しかし、めんどうな事柄がそれだけとは限らない。滅多なことが起きる前に、本当にそうしてしまったほうが良いかもしれないと、ヴァルトルーデは半ば真剣に検討する。


「言ったのですか、そんなことを」

「楽しそう」


 ややあきれ顔のアルシアに対し、ヨナはいつでもやる気に満ちていた。


「まあ、ユウトなら大丈夫なんじゃないの?」

「そうだな」


 そんなに心配する事態でもないと分かったためか、草原の種族(マグナー)岩巨人(ジャールート)の反応も冷静。


「というかむしろ、今のボクらよりも大変な人が確実に一人いるよね」

「なんのこと……あっ」


 脳裏に浮かんだ幼なじみの少女の姿。不満に頬を膨らませ、こちらを糾弾する視線を向けていた。

 想像上のものだが、妙にリアルだ。


「忘れてたね?」

「忘れてたわけじゃない。ただ、虫退治に一生懸命になっただけだ」


 ここぞとばかりにいじるラーシアから目を逸らし、言い訳にもならない自己弁護にもならない言い訳をするユウト。


「そうだな。アカネのことも心配だ。片付いたのなら、ファルヴへ戻ろう」


 そうはいっても、あれだけ大騒ぎしたのだ。

 もう、満足して帰っている可能性の方が高いのではないだろうか。


 そんな希望的観測を抱きつつ、ユウトは呪文書からページを切り裂いて《瞬間移動(テレポート)》を発動させた。





「どうしてこんなことに……」


 ユウトは、温かな湯に全身を浸しながら、天を仰いだ。

 昆虫人たちとの戦いから数時間。太陽とともに沈んだ彼らの存在など星々は知らぬと、満天にきらきらと光が瞬いている。


「それは、天草勇人。そなたが我々を招いてくれたからだな」

「俺の意図としては、そこが複数形ではなかったんですが……」


 傍らで惜しみなく裸身を晒す知識神が、来訪者の少年から発せられた疑問にあっさりと回答した。しかし、今から言っても詮無きこと。

 そして、丸く収まったのだからいいかと、温泉の魔力に負けてすべてを水に流しそうになる。


 今、ユウトたち――当然、ファルヴに降り立った分神体(アヴァター)すべてを含む――は、ハーデントゥルム近郊の温泉旅館にいた。


 東方屋で散々飲み食いした後で、しかも、準備もしていない。そのため、純粋に温泉へ浸かるだけの訪問になったのだが、それで良かったと思えるのは、なにか大事な神経が麻痺してしまったからに違いない。


「温泉旅館での歓待は、また今度だね」


 ――というゼラス神の発言を聞かなかったことにできたのも、同じ理由からだろう。


 隣にある女湯でも、神々と人々の入浴が行われているはずだ。

 おそらく、湯の中で力の神と岩巨人と大賢者が互いの筋肉を見せ合うこともなく、草原の種族がぶくぶくと沈むこともないはずだ。穏やかで芸術的な光景が広がっているに違いない。


「アルシア姐さんが願った、『平和と皆の安寧』とは、いったいなんだったのか」


 ただ今にして思うと、ファルヴに侵攻してきた昆虫人の一団を排除してくれたのは、この願いを叶えたということではないだろうか。

 きちんと、下々の願いは聞き届けていてくれているのだ。


(だからこそ、性質が悪いと言えばそうなんだけど)


 そう結論づけつつ、ユウトは木の板で仕切られた隣の女湯へと視線を向ける。

 見えるはずはないのだが、向こうの様子が気になっていた。


 もちろん、下心は欠片もなく、世界の平和を気にするヒーローにも似た心境で。





「どうしてこんなことに……」


 時を同じくして、アカネもユウトと同じ後悔に襲われていた。


 何度目かになる一緒の入浴だが、ヴァルトルーデは女神と同じ風景にいてもその美しさに翳りはまったく見られない。

 リィヤ神はまったくの異文化が興味深いのか忙しなく周囲を見回し、対照的にアルシアはゆったりと湯に身を委ねている。


 ヨナとリトナ、そしてトラス=シンク神は、泳ぎまではしていないものの、露天風呂の中を一緒に動き回ってははしゃぎ、ある意味で一番楽しんでいた。


 隣にある男湯でも、神々と人々の入浴が行われているはずだ。

 もちろん向こうの様子は分からないが、こちらに声もほとんど聞こえてこないところからすると、落ち着いた雰囲気なのだろう。


 東方屋での惨劇に比べれば、今は大人しい一行だが、ユウトたちが昆虫人の殲滅に出かけたあと、まっすぐここに訪れたわけではなかった。


 アカネは顎まで湯に身を沈め、全身を弛緩させながら、あのあとのことを振り返る。

 それは断片的で、所々記憶が抜け落ちている部分もあったが、それを補完できる人間は他にはいなかった。


 まず、神々はファルヴに存在する神殿を訪問した。

 名乗らずとも、その姿で、その霊気(オーラ)で何者かは分かる。予め伝えられていたこととはいえ、神殿が集中するファルヴの一角に緊張が走った。


 分神体に遭遇することすらなく生を終える聖職者がほとんどだ。当然、神々を迎えるための作法など定められているはずもない。

 それでも、彼らは精一杯の誠意を示し、なんとか大過なく視察は終了した。


 今頃、関係者はほっと一息ついていることだろう。


「そろそろ、考課表を見つけておるころなのじゃ」


 ――神々の置き土産に気づいていなければ、だが。


「私は、ここにいて良いものなのかしら……」

「安心するのじゃ。他の神殿にしか、細かい粗探しはせぬのじゃ」


 アルシアもその考課表の対象になるはずだが、ひいきが発生していた。もっとも、アルシアが監督するトラス=シンク神殿には瑕疵がなかったという可能性もあるのだが。


「それはそれでどうなの……」

「迷惑なのは確実。レグラみたいに」

「アタシのように、なにもしないのが一番ってことね」

「ソウデスネ……」


 このような神々を引き連れて――というよりは離してくれなくて――神殿を回ったアカネの心労は、その時点で危険水域を迎えつつあった。


「……違う。私のように、ちゃんとしたお土産を残すべきだった」


 ほてった体を冷ますかのように、湯から半分あがって、風に当たるリィヤ神。声には、得意げな響きがあった。


 温泉に佇む、芸術神。

 まさに、絵になる。否、絵にすべき光景。


「ちゃんとした……?」

「私はまだ実物を見ていないのだが、すごいのか?」

「それは、もう」


 小声で語り合うアカネとヴァルトルーデ。

 美と芸術の女神リィヤの置き土産、それはファルヴに建設予定の劇場だった。


 そう。

 アカネの記憶から地球の有名な歌劇場の姿を読み取り、ある程度のアレンジはあるものの、ほぼ同じ建物を建設予定地に造り上げてしまった。


「……しかも、多目的ホールも併設する心配り」

「むう。今回の勝負は、リィヤの勝ちなのじゃ」


 死と魔術の女神も認める創造ではあった。美と芸術の女神の矜持も満たされたようで、とても満足げだ。


 定命の者からすると、乾いた笑いしか出てこないのだが。


「……でも、アカネ先生からは対価ももらってしまった。お返しできたとは言えない」

「そうじゃな。ヴェルミリオとやらの、服もそうじゃしの」


 ついでとばかりに、ファルヴへ出店したばかりの支店へ案内をさせられ、何点かお買い上げ。さらに、異変をかぎつけて駆けつけたヴァイナマリネンから予備のノートパソコンを譲ってもらい、アカネのパソコンから"芸術作品"のデータを移行させてリィヤにプレゼントすることになってしまった。

 今でも、客室でハードディスクは読み書きを続けていることだろう。


「全部、ユウトが悪い」

「アカネ、そう言うものではないぞ」

「そうですよ。分かっていても、黙っているほうがいいこともあるのですから」

「二人とも、擁護になってないわよ?」

「まあ……」

「それは……」


 困難だった。


「ところで、タイロン……。否、リトナか。そなたはこれからどうするのじゃ?」

「……一緒に、戻る?」

「え? なんで?」

 

 その分神体は、まだファルヴにいるらしかった。





「嗚呼、楽しみよのぅ」


 北の果ての玉座の間で、一柱の半神が淫靡に笑う。


 ただの村娘でもできる約束にその身を焦がし、自らの都で過ごしてきた。まるで、ただの乙女のように。


「ほんに、楽しみなこと」


 闇を凝縮させたようなドレスごとかき抱き、豊満な胸が潰れるのも気にせずに、強く強く力を込める。

 まるで、愛しい人に抱かれる様を想像するかのように。

 その頬は淫蕩な色に染まり、半開きになった唇からは熱い吐息が漏れ出でる。


「今度こそは、はっきりと応えてもらわねばならぬぞ」


 脳裏に浮かぶ、愛しい人。

 彼の声を思い出し、彼との会話を反芻し、彼の所行に頬を緩ませ。


 悪の女帝は、玉座から一歩踏み出した。少しでも、彼へと近づけるように、一歩ずつゆっくりと。


 けれど、ゆっくりであろうと歩みが止まることはないだろう。

 愛しい人を抱き寄せるその日までは、絶対に。

これにてEpisode 6は終了となります。

Episode 7も内政編ですが、とりあえず一区切り。


感想・評価などいただけましたら幸いです。


それから、申し訳ありませんが、いつものように一週間ほどお休みをいただきます。

次回更新は、10月10日(金)の予定です。

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