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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第三章 天から地から
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10.竜帝

「俺を後継者候補と呼ぶ……ってことは、竜帝陛下でよろしいのでしょうか?」

「話が早くて良いな。いかにも、俺はかつて竜帝と呼ばれた者だ。宝珠に宿った残留思念でしかないがな」


 死霊(ゴースト)幽鬼(レイス)といった不死の怪物(アンデッド)も実在する世界なのだ。伝説的な英雄であれば、そういうこともあるだろう。

 アカネに知られたら、「それはどうなの?」と言われかねない認識だが、残念ながらユウトのほうが正しかった。


「本名は、もう、忘れたから好きに呼ぶがいいさ」


 脇息にもたれかかったままの男は笑い、ユウトを手招きする。

 ここがどこなのか、分からない。正確には、推測はできているが確証はない以上、この空間の主である男に逆らうという選択肢はなかった。


 いや、それ以上に、この男がなにを言うのか興味がある。


 靴を脱いで畳の上に上がり、竜帝の前に正座をした。いきなりあぐらをかくのは、抵抗があった。


「ほう。分かってるじゃないか」

「まあ、リ・クトゥアではありませんが、似たような所の出身なので」

「そうかそうか」

「俺……私は、天草勇人。魔術師(ウィザード)です。そっちでは、呪い師と呼ばれていましたが」

「ふむ。魔術師天草勇人よ、敬語など不要だぞ。楽にしろと言われてできるもんでもなかろうが、普通にしろ」


 神々といい、竜帝といい、地位も立場もある相手にそう言われたから「では、タメ口で」といかないのを理解していない。

 そう、ユウトは心の中でため息をつく。ラーシアやエグザイルであれば気にしないのだろうが、自分には無理だ。


「じゃあ、まあ、変にへりくだらない感じで」

「そうしろ、そうしろ」


 後輩が距離を詰めてくれたのが嬉しいのか、竜帝と名乗った男は満面の笑みを浮かべる。だが、次の瞬間、なにかを思い出したかのように顔を引き締める。


「さて、まずは礼を言おう。俺の民を守ってくれて、ありがとう」

「成り行きですよ。それに、俺が殺したのも、あなたの民でしょう」

「違いない。だが、感謝の気持ちは変わらん」


 理解しがたい感覚だったものの、ユウトは素直に受け入れる。

 民同士が争うのはやるせないのだろうが、それでも、異郷の地で生き続けているのは嬉しいことなのだろう。


「しかし、他はなにから語ったもんかな。いろいろありすぎて困るなぁ、おい」

「俺としては、戦闘中になんで呼ばれたのか気になりますが。あと、戻った後に、どうなるのか」

「理由は、タイミングの問題だな」


 もっともらしくうなずいて、竜帝は再度脇息にもたれかかる。自然体というべきか、単に細かいことを気にしていないだけか。王者の風格ともいえるかもしれない。


「推測通り、ここは地の宝珠の中の異空間。ここにしばらくいても、外じゃほんの数秒だ」

「安心しました」


 おそらくそうなのだろうとは思っていたが、お墨付きを得てほっとする。同時に、ユウトは足を崩して楽な姿勢をとった。ここから、話は長くなるだろう。


「それで、なぜ今なのかは、いろいろ理由があるんだが……」


 癖なのか、喉元の鱗をさすりながら、その理由をあげていく。


「この地の宝珠を使用して何度目かで、ようやく波長が合ったってのがひとつ。もうひとつは、さっきから神気のような波動を受けて、中にいる微弱な俺の思念が活性化したからってのもある」


 神気のようなではなく、分神体(アヴァター)ではあるが神気そのもの。しかし、ユウトは賢明にも沈黙を守った。言わなくてはならないことでも、ないだろう。


「それから、大規模に力を使うみたいだから、先に説明をしておかなくちゃならないだろうよ」

「説明というと……?」

「まあ、すぐにどうこうってわけじゃねえんだが……」


 今度は額から生える竜の角をさすりながら、竜帝は口を開く。いつのまにか、笑顔は消えていた。


「使えば使うほど、宝珠は魂に馴染み力が増す。同時に、使用者を竜の末裔と認定し、根元から作り替えちまう」

「……俺も竜人(ドラコニュート)に変化してしまうと?」

「そういうこったな。まあ、かなり大規模な使い方を10回もしたら、角か鱗が生えてくるだろうってところか。その後は、加速度的だろうな。土の栄養をいじるぐらいなら、それほど問題はないんだが」


 その竜帝の言葉を受けて、ユウトは黙り込んでしまった。

 ただし、ネガティブな沈黙ではない。いろいろと、腑に落ちたのだ。


 あれほど強力な秘宝具(アーティファクト)だ。そのくらいの反動があっても不思議ではない。そして、ジンガがその件を知らなかったのも、当然。なにしろ、竜人以外の使用者などユウトが初めてなのだろうから。


 それに、竜帝は生きながら、ドラゴンへと変じた伝説の英雄だったはず。むしろ、疑ってしかるべきだったとすら言える。


「ありがとうございます」


 だから、ユウトは素直に頭を下げた。

 それを、男は珍しいものを見たような顔で見つめ、我に返ると大声で笑った。


「感謝されるとは予想外だなぁ、おい。だまされたと言われても仕方ないと思ってたんだがな」

「最後まで黙っていられたら、そうだったでしょうけどね」


 タイミングにはやや問題があるが、それは事故のようなもの。秘宝具を使わせてもらっている立場で、文句などあるはずもない。


「逆にいえば、十回程度は大丈夫ということでしょう?」

「そうなんだが……。ここまで力に飲まれないと、逆につまらんな」

「そこで文句を言われても」


 このブルーワーズに来た当初のユウトは、非力な一般人でしかなかった。理術呪文を学び、力を手に入れたが、それも段階を踏んでのこと。

 敵も徐々に強くなり、力におぼれる暇などなかったのだ。


 そして、ヨナがいたから自分はしっかりしなければならないと律した部分もあるだろう。


 そんな彼に、地の宝珠という力が加わったところで、今さらでしかなかった。


 竜帝は、なにかを思案するかのようにして顎をさすり、押し黙る。


「いや、考えるのは俺の性に合わんな。なあ、天草勇人よ」

「……なんでしょう?」

「俺もこんな状態だが、外のことは多少は分かっているつもりだ。俺がいなくなった後、リ・クトゥアの島々がどうなっているかってのも含めてな」

「たぶん、俺よりも詳しいと思いますが」


 ユウトが訪れたのは、七つあるリ・クトゥアの群島のひとつ。それも、その狭い地域だけ。地勢も為政者も歴史も、ほとんど知らない。


「そのうえで言う、俺の後継者になれ」

「お断りします」


 即答だった。

 その返答を、予想はしていたのだろう。落胆も激昂もしなかったが、竜帝はあきれたように口を開いて大魔術師(アーク・メイジ)を見つめる。


「やれやれ、もう少し悩んでほしいもんだな」

「薄情だとは思いますが、そこは俺の領域じゃないですから」


 今はある程度行き来できるものの、故郷を捨ててブルーワーズに残ったのは、ヴァルトルーデがアルシアがみんながいたから。

 領地経営に力を尽くしているのも、領主である彼女のため。


 リ・クトゥアは、手に余る。自分の仕事ではないと、ユウトは拒絶した。


「まあ、どうしようもなくなったらやりますけど」

「仕方ないわな。強制もできん」

「……すみません」

「謝る必要はないぞ。リ・クトゥアの外に地の宝珠が存在する意味はあるからな」

「意味……?」


 どういうことだろうかと訝しがるユウトを前に、竜帝は初めて居住まいを正して正座した。あわてて、勇人もそれに倣う。


 正座をして異空間で向かい合う二人。

 端から見るとよく分からないシチュエーションだが、少なくとも竜帝は真剣だった。


「少しでいい、リ・クトゥアのことを気にかけてくれ」

「気にかけろと言われても……」


 情報伝達手段が限られるこの世界だ。東の果ての情勢を知るだけでも難しい。


(一番簡単なのは、不定期でもいいから俺が《瞬間移動(テレポート)》で飛ぶことか。でも、日本と行き来できるとあんまりメリットがなぁ。俺以外が普通に貿易できれば、金銭的なメリットはある?)


 ユウトは実現性を検討するが、どうも今一つだった。

 不器用なまでに真剣な後継者候補を見て、竜帝はまたさわやかな笑顔を浮かべる。


「そんなに大げさな話じゃねえさ。そうだな。今はまだだが、いつか天や人の宝珠を継承するヤツが現れたら、その目で見定めてくれ」

「それくらい、なら……」


 リ・クトゥアでは大ニュースだ。

 注意して噂を集めれば、この地からでも知ることはできるだろう。


「おまえさんの眼鏡にかなうようなら、悪いが地の宝珠を譲ってやってくれ」

「駄目そうだったら、どうすれば?」

「代わりに、征服してくれ――と言いたいところだが、まあ、煮るなり焼くなり教育するなり、好きにしてくれ。任せるぜ」

「……お節介なことですね」


 無責任にも聞こえるが、竜帝は過去の英雄。とっくに、物質界からは退場している身だ。むしろ、こんな状態の彼に心配されているリ・クトゥアの民に問題があるようにも思える。


(戦国時代みたいだから、仕方ないんだろうけど)


 なんにしろ、結論は出た。


「貴重な秘宝具の所有権を譲られたんです。それくらい、やりますよ」

「所有権? もう、そいつは、おまえさんの物だがな」

「蒸し返されても困る」


 二人はそのまま笑顔で。

 そして、無言で綱引きを続けるが、それ以上の展開はなかった。


「まあ、気が変わったら呼んでくれ。他に用事もねえんだ。なんか助言ぐらいはするぜ」

「雑談ぐらいならしに行きますけど、借りを作るつもりはありませんからね」

「なんだよ、何人も嫁を作ってる割に慎重な男だな」

「それ、関係ないよね!」


 破顔一笑し、竜帝は再び脇息にもたれ掛かる。

 話は終わりだ。


 特に意味はないが、スムーズな移行のためにユウトは立ち上がり、そっと目を閉じた。


 同時に、ふっと意識が途絶える。


 次の瞬間、聞こえてきたのは異空間にはなかった風の音。

 まぶたを開くと、こちらを見るアルシアとヨナの顔が飛び込んできた。心配をされるほど時間が経ったわけではないはずだが、やはり、あの光が溢れた後だ。

 いろいろと疑問はあるだろう。


「後でみんなに説明するよ。いや、聞いてほしい。それと、地上のヴァルたちに、空へ上がるように言って」


 そう一方的に伝え、ユウトは再び地の宝珠へと意識を傾けた。

 以前よりも、はっきりとその存在を感じる。竜帝の言っていた、波長が合うとはこういうことか。


 宝珠を媒介にして、地の源素力を強く感じる。思わず、全能感に酔いそうになるほど。


 竜帝が危惧していた理由も分かる。

 他のふたつの宝珠にも、ジンガのように立派な守護者がいるだろう。そんな彼らが認めた人物でも、この力に踊らされないとは断言できない。

 ユウトが冷静でいられるのは、良くも悪くも、自らと宝珠やリ・クトゥアを同一視していないためだ。


「地の宝珠よ、東方を守護し、帝王を言祝ぐ秘宝よ」


 決まった合い言葉など存在しない。

 ただ心の赴くままに、ユウトは言葉を紡ぐ。


「虫どもに鉄槌を! 大地に安寧を! 遠き西の地にありて、東方の威を示せ!」


 ヴァルトルーデたちが地上を離れたのを確認しつつ、地の宝珠の、秘宝具の力を解放する。本当の意味で、今回が初めてのことだ。


 ユウトの命令は、ただひとつ。


 あの虫どもを駆逐せよ。


 地の宝珠は、忠実に命令を実行した。


 大地が揺れる。

 大地がうなりを上げる。


 その前兆が通り過ぎると、昆虫人(インセクティアン)たちの足下が消失した。

 そう表現したくなるほど瞬間的に地割れが広がる。それはまるで計ったように昆虫人の群れの幅だけ広がり、蟻人間(ミュルミドン)も、蜂人間(メリサ)も、蠍人間(スコルピオス)も、巨大蟷螂(ヤナギヤス)も。すべてを平等に飲み込んでしまった。


 遠目には、塵芥が処分されるようにも見える。そして、空へ逃げ延びたわずかな蜂人間も、ラーシアの矢の餌食となった。


 地の宝珠は、まだ止まらない。

 まだ、命令は果たされていない。


 まるで巨人が集団で大地を打ち付けたような震動が、周囲を、昆虫人の要塞を襲う。ヨナからの攻撃を受けた巨大な蟻塚に、それに抗する命数は存在していなかった。


 天へ届こうかという塔が根本から折れ、重力に掴まり地に落ちる。昆虫人たちが落ちた地割れを埋めるように、その亀裂へと倒壊した。


 最後の仕上げと、再び大地が揺れる。


 天変地異が起こったかのような惨状は、ゆっくりと大地へ沈み、徐々に均され、まるで何事もなかったかのように整形される。


 ユウトが地の宝珠に命を下してから、ほんの数分。

 地上に、昆虫人たちの痕跡は、一片たりとも残されてはいなかった。

虫さんたち死んじゃったの?

ううん……。自分の家に帰ったのよ……。


というわけで、残りエピローグが1~2話ほどでEp6は終了となります。

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