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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第三章 天から地から
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6.混沌の宴

「納得いかーーん!」

「え? なにか問題がありましたか?」


 突如復活したラーシアから発せられた大音声に、煮物を鉢に入れて持ってきたカグラが戸惑いの声を上げる。

 このまま料理を運んで良いものかと、立ち尽くしてしまった。


「ああ、こっちのことなので」


 ユウトが立ち上がり、素早く彼女を手助けする。一抱えはありそうな器だ。なにかあっては危険だろう。


「いえ、そんな。ユウト様はお客様ですから」

「まあ、細かいことはいいから」


 下心の欠片もない、完全に善意で構成された行為。それに抗いきれず、竜人(ドラゴニュート)の巫女は大魔術師(アーク・メイジ)に身を委ねた。


 ――といっても配膳を手伝ってもらう程度なのだが、カグラはそれで充分満たされていた。友達と助け合いながら作業をするのは初めてだと、思考は明後日を向いていたが。


「まあ、ラーシアくん。とりあえず、飲もう」

「張本人が、なんか懐深いこと言ってる!? ヴァル、法律的なサムシングで取り締まれないの?」


 座敷から矢のような勢いで飛び出してきたラーシアは、ユウトとカグラを微妙な表情で見つめる聖堂騎士(パラディン)に詰め寄るが、無言で首を振られただけ。


 カグラから受け取った煮物――なかなか美味そうだ――を中央のテーブルに置きながら、代わりにユウトが口を開く。


「崇める神の分神体(アヴァター)との遭遇だなんて、とっても『素敵な出会い』だろ? そういうことだよ」

「オーノー」


 いったい何語で喋っているのかユウトには判別できないが、気持ちは伝わった。

 そう。どうしようもないのである。


「もう、飲むしかない……っ」

「そう言ってるのにさ」


 ドワーフが醸造した酒精度数の高いビールを、一気にあおるラーシア。ビールって冷たいものだよなという、ユウトとアカネの常識(・ ・ )により、東方屋では氷の冷蔵庫で冷やしたものが提供されている。


 そのため、まず清涼感すら感じる喉ごしを味わう。続けて、酔いつぶれるほどではないが、かぁっと酒精が全身を駆けめぐり、頬が熱くなった。


 それですべてを洗い流せるわけではないが、なにか吹っ切れたような気もする。気のせいかも知れないが。


「なんとも、見たこともない料理なのである」

「さて、ここからは本格的に無礼講だ」


 知識神の宣言により、なし崩しに宴が始まる。


「カグラちゃん、これは初めてだね?」

「はい。アカネさんから調理法を教わった、焼売という料理です。お醤油につけて食べてください」

「ほうほう。シューマイね」


 竜人の女衆が、フライや豚汁など次々と料理を運び入れていくが、リトナの目は竹で編んだせいろごと置かれた焼売に釘付け。

 まだ湯気を上げるそれを器用につまみ、彼女は口の中に放る。


 もっちりとした皮の食感に、粗いひき肉の歯ごたえが続き、ジューシーな味わいが口の中に広がった。そこに醤油のうま味が混じり合い、ただでさえも笑顔だったリトナがさらに蕩ける。


「……悪くない」


 食事なんてどうでもいいと言っていた芸術の女神も、最大限の賛辞を述べる。

 初めて見るはずの箸をも使いこなすのは、神ゆえの力なのか。ユウトは変なところで感心してしまったが、確認するわけにもいかない。


「見たところ、ただの揚げ物のようであるが……」

「これはね、冷えたビールを一緒にやるんだよ」


 半信半疑といったところだが、アジフライの衣が浸るほど醤油をかけたレグラ神が、大きく口を開けてその八割ほどを口に入れる。


「ほうっ」


 脂の乗ったアジの旨さは当然。油が良いのだろう、からっと揚がった衣が、かけ過ぎとも思える醤油

でひたひたになっているが、その味の濃さがレグラ神の嗜好ど真ん中だった。


 はふはふと味わいながら、タイロン――今は、リトナか――のアドヴァイスに従って、ぐいっとビールを流し込む。


「うーまーいー!」


 瞬間、力の神が吼えた。

 先ほどのラーシアの声など問題にならない、まさに絶叫。


「至高であるな、絶品であるな。これを独占していたとは罪深いのである」

「だから、みんなを誘ったんじゃん」


 どうやら、和食は神々にも好評のようだ。普段どんな食生活をしているかは分からないが、普通の人間に比べればタブーも少なく許容範囲も広いのだろう。


 それにしても、揚げ物を口に入れてビールを流し込むだけの機械に成り果てた感のあるレグラ神は異常だった。


「む?」

「独占は困るな」


 レグラ神の箸と、エグザイルのフォークが皿の上で対峙する。


「おっさん……。なんで、神さまと取り合ってるの……」


 まったく箸が進まず、酒に逃げるわけにもいかないユウトは頭を抱える。ヴァルトルーデを見るが、困惑顔を浮かべるだけ。それはそれで胸に響くものがあったが、問題解決には寄与しない。

 アルシアはといえば、トラス=シンク神に料理を取り分けるなど甲斐甲斐しく世話をしていた。当然の役割だが、ずるいと思ってしまう。


「男には、譲れんものがある」

「その通りなのである」

「子供も生まれるんだし、大人になろうぜ!」


 しかし、外野の声は届かない。

 一人と一柱は同時に箸とフォークを引く。次いで、岩巨人(ジャールート)は無限貯蔵のバッグから私物の酒を取りだした。


「……ほう」

「……うむ」


 とくとくとくと、清々しい音を立てジョッキへと透明な液体が注がれる。

 地球との交易の時に、自分で楽しむためと発注したウォッカだ。


 ジョッキで飲むようなものではないが、当然、どちらも気にしない。そもそも、ストレートで飲む物でもないが。


 無色透明で匂いもしない。


 それを、二人で同時に酒杯を傾ける。


 焼け付くような酒精の刺激。

 それが通り過ぎた後に感じる、わずかな甘み。


 酒杯を傾けた時と同様、同時にため息をもらした。


「これは生命そのものなのである」

「分かるか」


 どうやら、飲み比べに入るらしい。


(おっさんに任せよう、そうしよう)


 決して責任の放棄ではない。適材適所だ。ヨナも嬉しそうにしている。うらやましそうにしているヴァルトルーデはどうすれば良いのかという問題は残るが。


 そこに、次の料理を持ってカグラが現れる。

 店内の惨状にも、にこやかな笑顔は絶やさない。


「ヨナさん、お酒の肴ばかりでごめんなさい。おにぎりを作ってきたから、これでも食べて」

「お酒でも……」

「駄目に決まってんだろ」


 蒸らし終えた炊きたての白米。

 それをカグラが手ずから握った握り飯。具は、作り置きの佃煮――この世界に『佃嶋』は存在しないが――や漬物だ。


「おおっ、米か」


 神妃と同様、アルシアに取り分けてもらいながら夫婦で酒と食事を楽しんでいたゼラス神が、食いつくような興味を示す。


「米ですが、なにかあったのですか?」

「なにかって? それはあるさ」


 ユウトの問いに、知識神は得意満面に答える。


「今、この周辺で主食になっている小麦の倍は収穫量が期待できる。しかも、水田なら連作障害もない。これがどれほどのことか!」


 知識神は、その小さな手をおにぎりへと伸ばして遠慮なくかぶりつく。


 それほど質は良くないが、様々な工夫もあって充分に美味い。よくかみしめれば甘みを感じるし、炊きたての米は、ただそれだけで美味い。

 具の漬物のしょっぱさや、佃煮の甘辛さもよく調和しているではないか。


「うん。美味い。もちろん主食がすぐに切り替わるはずはないが、主食の生産量は人口、人口は即ち国力に――」

「ほれ、お前さま」

「ん? んぐっ。うん。悪くない」


 知識を披露していた口に神妃から煮物を運ばれ、用途を咀嚼へと切り替える。発言は遮られたが、満足そうだ。


「遅くなって、ごめん――」


 神と人が飲み比べをし、人が神に愚痴り、自由に飲み食いをする宴。


 城塞の厨房で用意していた料理のうち、すぐに出せそうなものを無限貯蔵のバッグに詰め込んだアカネが見たのは、カオスの権化のような光景だった。


「ごめん。帰るわ」

「アカネ先生!」

「先生……だと……?」

「あー。それ、もうやったから……」


 しかし、今回は、レグラ神はエグザイルと意気投合して場所を変えて飲みつつ腕相撲をしているし、ゼラス神とトラス=シンク神は自分たちの世界にいて、暴走するリィヤ神を止める存在がいない。

 そして、ヴァルトルーデやアルシアでは、畏れ多いと神を制止するなど考えもつかないだろう。


「あの、朱音も困ってますから。ここは冷静に」

「……む」

「リィヤ様、ちょっと準備するから離れて、ステイ」

「仕方がない」


 勇気を出してユウトが間に入ろうとしたが、アカネの言うことならちゃんと聞くようだ。損をしたとは思わないが、精神的な疲労は隠せない。


「カグラさん、この鍋を温めて出してあげて」

「承知しました」


 厨房から早足で出てきたカグラが、今日のために作り置きしていたシチューの鍋を受け取った。


「クリームシチューね。焦げやすいから気をつけて」


 そこまで指示を出したところで、アカネは美と芸術の女神に連行される。店内の別のテーブルで、『芸術』の鑑賞会が行われるのだろう。


「クリームシチューか。ただのシチューとは違うのだろうな。しかし、こうも次々と未知の料理が出てくるとは……。また改めて地上に行かなくてはならないね。知識神として」

「うむ。それは名案なのじゃ」


 賢明にも、それは聞かなかったことにしてユウトは席に戻る。なんとなく、エグザイルの褒賞である温泉旅館で神々の宴会というビジョンが浮かんだが、即座に消し去った。


「このこりっとした歯触りが良い」

「静かだと思ったら、ずっと食ってたのかよ!」


 刺身を一品ずつ吟味するように咀嚼していたヨナに、ユウトは思わず声を声を荒らげそうになるが、トラブルを起こされるよりはましだと思い直す。


 それにしても、この騒ぎはいつまで続くのか。

 見守ることしかできないユウトとヴァルトルーデの二人は顔を見合わせ、同時に天を仰いだ。





 混沌。

 それは、“始原”による創世の際に残された未分化な世界の欠片。


 やがて、すべてが入り交じり、整理されておらず、渾然一体となっている様を表すようになる。かの半神ヴェルガも、混沌を愛し、ブルーワーズと地球の混交を企図したことがあった。


 それとは別の意味ではあるが、ユウトたちの目に映る光景は、混沌そのものだった。


 誰が想像するだろう。


 想像もできるはずがない。


 それが分神体(アヴァター)とはいえ、降臨した神々ができたばかりの料理屋で大いに騒ぎ宴を繰り広げるなどと。


「いや、神々としては普通なのかもしれない……」

「そう思いたくはないものですが……」


 喧噪から離れ、東方屋の隅でユウトとアルシアが小声で言葉を交わす。せっかく、あのカオスから逃れられたのだ。雉のように鳴くわけにはいかない。


 宴会も終盤に差し掛かり、なんとなく空気が淀み白く色が付いているように思える。さすがに料理の追加はもうなく、食べ散らかした皿の山がどことなく物悲しい。倦怠感と疲労感が場を支配し、しかし、終盤のはずだがゴールはまだ見えなかった。


 そんな中、一度ノートパソコンのバッテリーがきれ、それを呪文で直したあとも語り続ける二人がいた。

 店の隅で小声で語り合っているはずだが、不意に周囲の会話が途切れたタイミングで聞こえてくる。


「……なぜ、同性の恋愛表現がこんなに美しく、胸に響くのか。それが分からない」

「そこに女は必要? ないわよね? つまり、不純物もないの」


 人はどこから来て、どこへ行くのか。そんな問いにも似た疑問に対して、アカネはなにかの権威のような明哲さで教え、諭す。


 芸術の女神はずり下がった眼鏡を直し、惚けた顔でつぶやいた。


「……一理ある」


(あるのかっ!?)


 詳しくはない――詳しくなりたくもない――ので分からないが、なにか違う気がする。気はするが、あまりにもあの一角は混沌濃度がかなり高くて近づきたくなかった。


 それから、たまにこちらを見るのはやめてほしい。


 次いで、ユウトは、最大の被害者へと目を向ける。


「タイロン神って、うちらの生みの親じゃん」

「そうだけど?」

「それ、母ちゃんじゃん。めっちゃ好みだけど、母ちゃんじゃん」

「えー。でも、アタシはラーシアくん好きだけど?」

「うがー」


 異界の女王に迫られ、種族神から愛をささやかれるとは、さすが草原の種族の勇士。さすが、世界を救った英雄。明日は、吐くまでゲームに付き合ってやろう。


 そう。ユウトにできるのは、せいぜいそれくらいだった。


(ところで、あの話、何回続けるのか……)


 この二組に比べれば、他の神々はかなり「マシ」だ。


 エグザイルとすっかり意気投合したレグラ神は、飲み比べも痛み分けで終了し、一人と一柱で肩を組んで……やはり、飲んでいた。


 今回の歓待用に、珍しいアルコール類を大量に用意したのでそれは構わないのだが、林立する酒瓶を見ると空しさを感じてしまう。


「次のレグラクス大競技大会に是非、出場するのである」

「それは、楽しめるのか?」

「もちろんである」


 レグラクス大競技大会。

 装飾過多な名称だが、レグラ神から口に出されると、それほど違和感がないから不思議だ。


「大競技大会とはなんだ?」


 あまり酒も食事にも手を伸ばさず――精々、常人の五人前程度――節度を持って出席するヴァルトルーデが、やはり小声で聞いてきた。


「俺も、当然見たことはないけれど、クロニカ神王国のレグラクスという街を舞台に繰り広げられる、運動会みたいなもんだよ」

「名物は、夜明けから日没までの間に、街の外壁を何周回れるかを競う徒競走。街で一番高い塔の外壁を登って、誰が尖塔に一番たどり着くか。あと、街中を舞台にしたなんでもあり鬼ごっこもあったかな」

「――というわけだ。ちなみに、鬼ごっこは呪文はなしだけど、武装は認められてるらしいぞ」

「わ、わざわざ解説いただき、ありがとうございます」


 ヴァルトルーデの微妙な敬語を鷹揚に受け入れるゼラス神。無礼講というのは、確かに嘘ではなかった。


 知識神ゼラスと、死と魔術の女神トラス=シンクは、基本的に二人で仲睦まじく飲み語り食べているが、たまに会話に割り込んでくるから気が抜けない。


 ただ、それがなくてもユウトは、ここから簡単には離れられない。


「うみゅ。もう、食べられない……」

「起きてるんじゃないだろうな、こいつ」


 ユウトの膝に頭を乗せ、満足そうな笑顔で夢の国へ旅立ったアルビノの少女。子供には夢を見る時間が必要だが、この状況で寝られる神経には感心する他ない。


 上手く逃げ出したなと思わなくもないが、寝ているヨナは無害だ。


「ところで、お前様。そろそろ、宴もお開きじゃな?」

「そうだね」

「え?」


 唐突に、終了宣言が下される。

 思いがけない言葉に、ユウトは素で聞き返してしまった。


「正確には、少々それどころではなくなるというところじゃがな」

「ちょっと忙しくなるはずだからね」


 久々に神の威厳を取り戻した二柱の神々が、徒人を試すように莞爾とした笑みを浮かべた。

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