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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 間章 閑話編
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3.イスタス伯ヴァルトルーデのお仕事

日間ランキング急上昇で驚きつつも、大変励みになっています。

ありがとうございます。

 イスタス伯爵家当主ヴァルトルーデの仕事は、本拠地である城塞の外にあることがほとんどだ。

 文字や貴族としての教養を身につける勉強をこなした後は、大抵、工事中のヘレノニア神殿へと赴いている。


「だいぶ、できあがってきたな」

「お陰様であります!」

「私は何もしていないが、良いことだ」


 いつものように迎えに来たアレイナ・ノースティンに頭が悪そうな返答をしつつ、ヴァルトルーデはファルヴのヘレノニア神殿予定地へと足を踏み入れる。


 名目上であっても、この神殿のトップはヴァルトルーデということになっている。責任者がこの発言は問題のように思えるが、問題だと思う人間が誰もいないので問題ない。


 アルシアのトラス=シンク神殿がすでに完成しているにもかかわらず、こちらが工事中なのは単純な理由だ。

 そもそも規模が違うのだ。


 英雄ヴァルトルーデが治め、ヘレノニア神自らが奇跡により城塞を下賜した地に下手な神殿は建立できない。それに加えて、元々ヘレノニア神殿は軍事施設としての側面も合わせ持つ。

 結果、後数年はかかりそうな情勢だ。


 ユウトは、それを許した。

 代わりに、ファルヴの街の各所に分神殿を設置し、治安維持に当たることを条件に。


「俺の故郷に交番という制度があってね。地域の治安維持とかちょっとした相談を受けたりとか、結構役に立つと思うから、試しにやってみよう」


 こんな感じのことを言っていたように思う。

 よく分からなかったが、結果として住民からの評判も上々のようで、ヴァルトルーデも誇らしい。


「それで、今日もいつもの稽古で良いのか」

「はっ! よろしくお願いするであります!」


 工事が続く一角を抜け、アレイナ・ノースティンのぴんとした背筋を見ながら、将来的に神殿の中庭になるはずの場所へと足を向ける。


 こうした姿と、先ほどからの態度。それに、同じ金髪であることを考え合わせると、ユウトが彼女を「量産型ヴァルトルーデ」と表現したのがよく分かる。

 もっとも、「量産型」に「劣化」という意味が含まれているとは、ユウト以外には理解できないだろうが。


「待たせたようだな」


 ヴァルトルーデが中庭に足を踏み入れると、既に数名の聖堂騎士(パラディン)が完全武装で待ち構えていた。

 鈍色のチェインメイルに金属製のラージシールド。

 武器はそれぞれで、ヘレノニア神が好むロングソードを使う者もいれば、メイスを装備している聖堂騎士もいた。


 一方、この場ではヴァルトルーデは軽装と言うのもためらわれる。

 草色のチュニックに馬革のレザーパンツには防御力など望みようもなく、いつもの討魔(ディヴァイン・)神剣(サブジュゲイター)も持ち込んでいない。


「どうぞであります」

「ああ、すまない」


 アレイナから受け取ったのは、刃を潰した訓練剣と使い込まれた木製のラージシールドのみ。

 明らかに劣った装備だが、誰も気にしていない。


「さあ、始めようか」


 無造作に、ヴァルトルーデが中心へと足を進める。

 同時に、それを取り囲むように移動する聖堂騎士たち。


「開始であります!」


 アレイナ・ノースティンの合図と共に、聖堂騎士の一人がヴァルトルーデへと突進した。

 盾を前面に押し出し、ロングソードを振りかぶる。

 その威圧感には、悪の相を持つ者でなくとも圧倒されることだろう。


「はあああっっっ」

「もっと脇を締めて、コンパクトに振り下ろせ」


 しかし、ヴァルトルーデは盾すら使わずあえて紙一重でロングソードの一撃を回避してみせる。目の前を鋼の刃が通過しても、顔色ひとつ変えない。


「大振りだから、こうなる」


 わずかにバランスを崩した聖堂騎士の胸へ目がけて、ヴァルトルーデが蹴りを繰り出す。

 ダメージはほとんど無いだろう。

 しかし、数歩押し出され、背に地面を付けてしまうには充分だった。


 戦場であれば、致命的な隙。


「立て」


 だが、これは訓練だ。

 ヴァルトルーデは追撃することなく、聖堂騎士に暇を与えた。そうしながら、反省と対策を促しているのだ。


「……理解したか」


 最初の聖堂騎士が立ち上がると同時に、周囲の聖堂騎士も包囲を狭める。

 今までは、数の有利があったとはいえ、それを活かしてはいなかった。英雄に対し、腕試しをしたいという空気があった。


 それが、一変する。


 ヘレノニアの教えには、確かに騎士道に近い部分がある。

 神に帰依し、弱きを助け、国と共同体を守り、真実を貫き、正義を行う。


 しかし、それ故に、多対一の戦闘を恥とは思わない。


 常に悪の相を持つ者たちとの闘争に晒されている彼らは、覚悟を固めるのも早かった。


 この辺り、一対一の試合を申し込んだと思い込んだ相手に対して、火縄銃を装備した配下まで連れてきた挙げ句「これが試合である」と言い放った戦国武将にメンタリティは近い。


「おっ、おおっっ!」


 居並ぶ聖堂騎士の中でも一際体格の良い男が、ヴァルトルーデへと突進する。

 走りながら、メイスや盾をヴァルトルーデ目がけて投げつけながら。


 メイスを盾で受け、盾を切り払うヴァルトルーデ。


 その隙に、男は彼女の腕を取り、引き倒そうとする。


「その発想は良い」


 ヴァルトルーデも、剣を捨てた。

 そして、華奢と言って良い体躯からは想像もできない膂力で腕を引き抜くと、逆に関節を取ってねじり上げた。


「だが、ジャイアントは元より、オーガやホブゴブリンなども、人間に比べると怪力だ。いつも、通じるとは思わぬことだ、このようにな」


 男がヴァルトルーデを締め上げる間に他の聖堂騎士たちが攻撃を仕掛ける。

 その算段は、あっさりと崩れた。


 男を解放し、剣を拾い上げたヴァルトルーデが言う。


「次は、連携しての攻撃だな。すべてさばくから、安心して斬り込んでくるがいい」


 驚くべきと言うべきか、当然と言うべきか。

 この日、ヴァルトルーデに一太刀でも当てられた者はいなかった。


 このように、数名ずつローテーションで行なっている訓練を終え、城塞へと帰ろうとしたヴァルトルーデが、ふと思い立って見送りに来たアレイナ・ノースティンに声をかける。


「明日は、訓練には付き合えない。王都へ行かねばならぬのでな」

「了解であります!」


 元気溢れるアレイナ・ノースティンの返答を、しかしヴァルトルーデは聞いていなかった。

 こちらとは違って、明日は実戦。


 失敗は許されない戦いなのだから。





「よし、やるか」


 ロートシルト王国、王都セジュール。

 王宮の一室を借りて行われる、イスタス伯爵家への登用面接。あまり多くはないがコネクションを活用して集めた人材のため、試験は免除。

 その代わり、書類選考の段階でかなり振り落としている。


 つまり、能力的に及第点の者しかいない。今日は、その人柄を見るだけという本来の意味での面接が行われる。


 ここが、彼女の戦場だ。


 ユウトから任されたヴァルトルーデは、その美貌に気合いをみなぎらせ、手元の資料に目を落とす。


「まず、最初は……」


 そして、重大な事実に気付いた。


(うむ。読めぬ)


 ヴァルトルーデは冷静に現実を認め、書類を机上へ戻した。

 冒険者の識字率は、一般に比べると驚くほど高い。それ故、ヴァルトルーデが文字を読めないという事実を忘れてしまうことがある。

 今のように。


 それにしても、一人でできると啖呵を切ったにもかかわらず、このていたらく。

 始まる前に躓くとは、なんたる失態か。


 だが、今から焦っても仕方ない。ピンチなど、いくつも乗り越えてきた。


「来る順番は決まっているのだから、支障はないな」


 英雄は動じない。

 無垢の胡桃材の机にゆったりと肘をつき、射すくめるように扉をにらみつける。


 ほどなくして、ノックと共に最初の面接者が現れる。


「ヴァルトルーデ・イスタスだ」

「エドムンド・ファーナーと申します、ヴァルトルーデ卿」


 対面に座らせたヴァルトルーデは、まず、自己紹介をさせることで相手の名前を知ることに成功。

 こうして、登用面接は始まった。


「なぜ、こんな海のものとも山のものともつかぬ名ばかりの伯爵家に仕えようなどと思ったのだ?」

「率直ですな。それではこちらも本音を言いますが、金払いが良さそうだからです。いつまでも、部屋住みの三男などやってはいられませんので」

「なるほどな」


 正直なら良いというわけではない。

 礼を失している発言に、しかし、ヴァルトルーデは眉ひとつ動かさずにただ頷いた。


「その……よろしいのですか?」

「なにがだ?」

「いえ、自分で言うのもなんですが、かなりぶしつけではないかと……」

「率直な気持ちなのだろう? なら、なんの問題ない」


 ヴァルトルーデは公明正大な聖堂騎士であり、それは自他認めるところだろう。

 同時に、現実的で直裁的でもあった。


 つまり、こんなもの失礼には当たらない。むしろ、本音で語ってくれて嬉しいぐらいだ。


「ああ。本来は断りたいが義理で受けているというのであれば、別だが」

「そんな見合いみたいな事情はありませんが」

「ならば良い」


 とりあえず、最初は合格。

 手元の書類の一番上に丸を付ける。これなら、読み書きなど関係ない。


 しかし、率直すぎる志願者は珍しかったようだ。

 次からは、とてもスムーズに進んでいった。


「はっきり言ってしまうが、今のところたった一人で事務を片付けている状態でな。始めは、相当苦労することになると思うが」

「問題ありません。仕事がきついのは、当たり前です」

「充分な対価を払える保証はないぞ」

「それならば、払わせたいと思わせる仕事をするだけです」


 面接を終えたヴァルトルーデが考え込む。

 しかし、それもわずかな間。


 数秒後には、羽根ペンで書類に「×」を描く。


 何が悪かったわけでもない。

 それどころか、非の打ち所もなかった。


 しかし、信用できない。

 それだけで、それがすべて。





 面接は、こんな調子で進んでいった。

 この日ヴァルトルーデが面接を行なったのは12人。

 その内、彼女が不採用の判断を下したのは3人だった。

 そして、ユウトとアルシアは、その判断を全面的に支持した。


「本当に、私の判断だけで決定して良かったのか?」


 後日、ヴァルトルーデがユウトとアルシアに確認をするが、二人は、不思議な微笑みを浮かべて首肯した。


「当然のようにヴァルの判断は信頼してるけどさ、不採用者を《念視(リモート・サイト)》なんかで追跡調査をしたら……どうなったと思う?」

「その言い方からすると、ろくなものではなかったようだな」

「ヴェルガ帝国の諜報員や他領の紐付きだったよ」

「まあ、ヴァルなら当然でしょうね」


 アルシアは涼しい顔で称賛するが、ヴァルトルーデは浮かぬ顔だ。


「もしかして、その後始末でユウトにまた……」

「いや、その辺はアルサス王子に丸投げしたから。というか、俺なんかが関わるのは逆にマズイ」

「……本当か?」

「嘘吐いても分かるんだろ?」


 じっと見つめ合う二人。

 アルシアは息を潜めて、自分はいないものとしてガンガン行けアピールをする。


「……私が役に立ったというのであれば、それでいい」

「もちろん、ヴァル子に任せて正解だった」

「そうか。うん。そうか……」


 嬉しそうな。本当に嬉しそうなヴァルトルーデの表情。

 それをまともに見てしまったユウトは、動くことはおろか喋ることもできない。


「まあ、この辺が限界ですか」


 冷静なアルシアの声も、しかし、二人には届かなかった。

閑話編は次回で終了ですが前後編になる予定なので、もう少しだけ続きます。

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