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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第二章 極東同士文化交流
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幕間

「やあ、久しぶり」


 イスタス伯爵領内を繋ぐ、馬車鉄道。ファルヴの駅に停車する客車で、草原の種族(マグナー)が草原の種族を笑顔で迎えた。

 ボックスシートが左右に何列か並んだ車内。しかし、その中にはたった二人しかいない。


「アタシ、つきまとわれてるの?」

「人を勘違い男みたいに言ってほしくないなぁ」


 メインツの街で出会った草原の種族の少女、リトナ。彼女が現場に残していった平たい帽子を投げて寄越しながら、ラーシアは笑顔で答える。


 それを受け取った彼女は、赤茶色の癖毛を無理やり帽子の中に押し込み、納得したように大きくうなずき、ひまわりのような笑顔を見せる。

 やはりこれがないと調子が出ないといった仕草に、思わずラーシアの相好が崩れる。


 けれど、それも一瞬。

 すぐに顔を引き締め、まだ客車内に立ったままのリトナへ、席に着くよう促した。


「もうすぐ出発するから、座った方が良いよ」

「本当に? アタシらしかいないじゃない」

「そういう日もあるさ」


 ファルヴ発ハーデントゥルム着の便は、昼下がりとはいえ本来、もっと乗客が多い。そうでなくては、ユウトはともかくアルシアは赤字に眉をひそめることだろう。


 単純に、リトナを迎えるため貸し切りにしたのだ。一時間ほど遅れて臨時便が出発する手筈になっているので、迷惑はそれほどかけていない。

 むしろ、一般の利用者に迷惑をかけないための措置だ。


「アタシみたいなちんけなこそ泥に、また会いたかったの?」

「まあ、そういうことだね」


 大きな振動に、客車が揺れる。

 それを合図にして、滑るように馬車が発車した。


「へえ。馬車だけど、馬車とは違うんだ」

「そりゃ、ボクの友達が作ったものだからね。どれもこれもバカみたいに手が込んで面白いに決まってる」

「それ、ほめてる? それとも、けなしてる?」

「誇ってるのさ」


 本人の前では絶対に言わないような賛辞とともに、客車はどんどんと加速していく。体感で、普通の馬車の数倍。それでいて、振動は一般的な馬車よりも少ない。

 また、線路のお陰で馬への負担も比較的少なく、その分、多くの乗客や貨物を運ぶことができる。


 地球――あの刺激的な世界――では時代の徒花だったらしいが、こちらでは次世代の主力になりそうだ。どこかの大魔術師(アーク・メイジ)が余計なことをしなければ。

 とにかく、この馬車鉄道のためだけに呪文を新しく開発し、それが世界を救う一助にもなったというのは、ラーシアにとっても密かな自慢だ。


 絶対に。絶対に本人の前では言ったりしないが。


「いやぁ、速いねぇ。噂には聞いてたけど、実際に乗ってみると、また感動もひとしおだ」


 丸く大きな目を好奇心に見開き、流れるような風景を眺める。ラーシアは風景ではなくそんなリトナを見つつ、おもむろに口を開いた。


「新しもの好きは、ボクらの習性みたいなものだからね。仕方ないね」

「なるほど。それで、アタシが来るってバレたんだ」


 リトナがすとんと正面の長椅子に座り、ラーシアと向かい合う。


「ボクの目は多く、手は長いのさ」

「さすが、悪の首領」


 ラーシアの名乗りを憶えていたのか、喉の奥でくくっと笑う。イタズラっぽいが、可憐な笑顔だった。


「そういえば、ちゃんと名乗ってなかったね。ボクはラーシア」

「ラーシアね。アタシはリトナだよ」


 改めて自己紹介を済ませたラーシアは、その弛緩した空気の間隙を縫うかのように、言葉の刃を放つ。


「リトナ、キミは何者なんだい?」


 それは、いつもの急所を穿つ矢のように、的確に確実に相手を穿つ。


「自慢じゃあないけど、ボクから無事に逃げ果せる密偵なんて、そうはいないよ。それなのに、どれだけ洗っても背後関係が分からない」

「そんなことまでしてたんだ。本当に、つきまとわれてる系?」

「どういう系統かは分からないけど、話す気はないんだ」

「空の財布から銅貨は支払えないよ」

「あっても払わないだろうに」

「くふふ」


 やはり、簡単に口を割らないか、とラーシアは密かに嘆息する。

 凄腕の盗賊(ローグ)。しかも、草原の種族となれば、多少なりとも噂にならないわけがない。

 リトナという名前が偽名だとしても、これだけの特徴があるのだ。その過去をたどれないなどあり得ないはず。


 ファルヴの城塞のように、突然降って湧いたかのようだった。


「ラーシアくんは、意外と真面目系だったんだね。あ、でも、ちょっと玻璃鉄(クリスタル・アイアン)をもらおうとしたら怒ってたし、最初からそうだったのかな?」

「いや、ラーシアくんって」


 意外と悪くない。決して悪くないと思いつつ、一向に悪びれないリトナに警告を飛ばす。


「下手なことはしないほうが良い。他に人がいないからどうとでもなると思ってるんだろうけどね。この馬車の御者は、世界最強だよ」


 相手の力量を考えれば、下手に人員を増やしても意味はない。それなら最強の戦士をぶつけるべきだ。

 こちらの様子をうかがってるだろう岩巨人(ジャールート)を思い浮かべる。エグザイルならば、この客車ごと粉砕してでもリトナを捕らえてくれるはずだ。


「え? なんのこと? アタシは、珍しい乗り物に乗りたかっただけなんだけど」

「ボクらは、本当にバカだよね!」


 せっかくの作戦を台無しにされたこともそうだが、草原の種族の宿痾とも言うべき好奇心にラーシアは頭を抱えた。

 その気持ちが自分でも分かるだけに、ダメージも大きい。


「なにを警戒されてるのかよく分かんないけど、アタシは密偵とか間諜とかスパイとかそういうのじゃないから」

「それ全部、同じ意味だけどね……って、本気で言ってるの? このボクと互角の腕前で、どこからも息はかかってないただの旅人だって? 玻璃鉄を盗もうとしといて?」

「ああ、あれ。あのあと、自分で買っちゃった。結構するのねー」


 そう言って、思わず見惚れるほど鮮やかな動作で玻璃鉄のナイフを取り出した。特別な能力はないが、刀身は煌めき美しい。

 実用に供するが、値段などを考えると、やはり芸術品に近い。


「この状態で武器出すかな……」

「え? なにが?」


 なにを言っているのか分からないという、リトナのきょとんとした表情。

 少しだけ心惹かれながら、それとは無関係にラーシアは警戒レベルを落とす。もちろん演技の可能性も残されているが、こんな密偵がいるはずがない。


 ゆえに、事前に考えていたもうひとつの計画に移行する。


「分かった。それなら、ボクに雇われない?」

「え? 働くの?」

「なんで、そんなに嫌そうなの」

「働くんでしょう?」


 心底嫌そうに言うリトナに一瞬同意しかけたが、理性を総動員してなんとかこらえる。それはそうだ。働かずに飲む酒は美味いに決まっている。


「なんて危険なんだ……。ボクが培ってきた道理が崩壊しそうだよ」

「なんの話?」

「いや、なんでもない。それよりも、ボクに雇われるんなら、ちゃんと報酬は出すよ。一日金貨10枚ぐらい」

「ラーシアくん、誰を殺せば良いの?」

「なんでそうなるの!? あと、斜め上に前向きすぎるよ!?」

「じゃあ、誘拐? アタシたちの身長だと、それはちょっと難しい……ああ、だから金貨10枚なんだ」

「勝手に納得しないでくれるかな!?」


 ただ手元に置いて監視したかっただけなのに、なぜこんな話になっているのか。

 ちょっと、ほんの少しだけ一緒にいればお近づきになれるかもなどと思ったのがいけなかったのだろうか? ユウトやエグザイルのように無欲でいなければならなかったのか。そういえば、王都のトラス=シンク神殿から戻ってきたユウトとアルシアは怪しかった。今度問い詰めよう。そうしよう。


「しばらくはボクと一緒にいてくれれば、それで良いから」

「それはそれでなんか怪しいけど、乗ったわ」

「じゃあ、契約成立で」


 笑顔で握手をかわす二人。

 ラーシアは、最低限の目的を果たす。結局出番のなかったエグザイルのことはすっかり忘れていたのだが……。





「時ハ 満チタ」


 決して陽が差すことなく、闇に抱かれた地下世界。

 一頭の蟻人間(ミュルミドン)が、満座の昆虫人(インセクティアン)へと計画の順調な進行を伝える。


「我ラガ城ハ完成シ 上面人ノ街ヘノ道モ整ッタ」


 彼らに、地上への憧れはない。

 太陽に、その光への執着もない。


 ただ、彼らは知ってしまった。


 地上には新鮮な肉が餌が溢れていることを。

 地上は生命に満ちあふれ、新たな子を産むための苗床が掃いて捨てるほど存在していることを。


 食らえよ、産めよ、世界を支配せよ。


 蠍人間(スコルピオス)が、黒曜石の槍を振り上げ士気を上げる。

 巨大蟷螂(パナギヤス)が興奮に巨大な鎌を振り回す。

 蜂人間(メリサ)たちが一斉に翅を鳴らす。


 ギチギチギチギチ。

 顎が不気味にかち合わされ、羽根が蠕動し、ぞっとするような音が地下世界に反響する。


 その音は、やがて太陽の下にも溢れ世界を満たすことだろう。


 ギチギチギチギチ。

 昆虫人たちの宴は、これから始まる。

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