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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第二章 極東同士文化交流
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8.波紋と責任(後)

 色とりどりの花が咲き乱れる地下空間。次元竜(クロノス・ドラゴン)ダァル=ルカッシュの本体が鎮座するファルヴの地下にも似た、矛盾した空間。神威の象徴とも言える場。

 その中央に泰然と存在し、場面を支配する死と魔術の女神トラス=シンク。


 身の丈は、ヨナやレンより少し大きな程度。ゼラス神との釣り合いを考えれば当然ともいえるが、実際に目にした神々は幼い姿が多かった。理由は分からないが、特異性が際立つ。

 もっとも、幼い顔立ちだが、それゆえの魅力はユウトにも伝わってくる。そして、ただの童女ではないことも。


「お言葉に従いまする」


 ユウトやアルシアへの態度が幻だったかのように。老枢機卿は彼の神に平伏し、すべてを委ねた。諍いなどないと抗弁できる状態でもない。


「魔術を以てか……」


 老枢機卿と同じように平伏するアルシアの姿を認めつつも、ユウトはその場で棒立ちになって女神の言葉を反芻する。

 信者でもなく、異世界からの来訪者である彼に、神とはいえトラス=シンクを崇め奉る道理はない。敬意を抱き、尊重するのは当然だが、それと神意に従うかどうかは別の話。


「俺……いや、私としては決着をつける意義がないのですが」

「ユウトくん!?」


 このまま喧嘩別れでも構わない――アルシアの感情を別にすれば――ユウトが、率直に死と魔術の女神に異議を唱える。

 即座にアルシアがたしなめようとするが、意外にもそれを制したのはトラス=シンク本人だった。


「よい。もっともなのじゃ」


 幼い相貌に理解の色を浮かべ、鷹揚にうなずく。

 その反応を意外そうに眺めたユウトは、居住まいを正して膝を折った。


「失礼しました。お許しください」

「謝罪される謂われもないのじゃ。迷惑をかけているのは、我が子らであるしな」


 身振りで立ち上がるよう指示し、ややためらいながらもユウトは従った。ただ、周りが平伏している状態では、なんとも居づらい雰囲気だ。


 そんな人間の感情など斟酌せず、黒いトーガを翻したトラス=シンク神は、まず老枢機卿へと歩み寄る。


「此方の意をくみ取り、道を進むは重畳じゃ。なれど、人の輪を乱してなんとするのじゃ」

「面目次第もございません」


 神直々――分神体(アヴァター)だが――の説教に、枢機卿といえども、ひれ伏すことしかできない。同時に、やり方が悪かっただけだと、擁護もされている。


「じゃが、とっととやることをやるべきだったのも確かじゃぞ」

「いろいろ事情とかしがらみとかが……」

「申し訳ございません」


 次にアルシアへと声をかける死と魔術の女神に、こちらは悪くないと主張するユウト。一方、アルシアは、ただただ顔を伏せるのみ。


「さて」


 信徒へ直接言葉をかけたトラス=シンク神は、部屋の中心へと戻り徒人たちを睥睨する。

 自然な所作で圧倒し、支配する様は、まさに神の行い。声は快く響き、反抗する気も起きない。


「此方にとっては、我が愛娘の子が才能を開花するのか否か確認することも、その子が自然に成長を遂げるのも等価値である。この諍いに正邪は存在せぬのじゃ」


 改めて、老枢機卿とアルシアの主張は、死と魔術の女神にとっては同じことであると説く。しかし、諍いは収めねばならぬ。


 ゆえに、魔術を以て決着をつける。


「俺が出て構わないんですね?」

「無論なのじゃ」

「ルールは?」

「一対一での決闘がよかろう。魔術を使用し、相手を屈服させるのじゃ。死しても、此方がなんとかしてやるのじゃ」


 幼い顔でさりげなくとんでもないことを言い放つトラス=シンク神に、どことなくヨナを思い出しながら、ユウトは枢機卿に視線を向ける。


「偉大なる御方のご慈悲に、深く感謝いたします」


 向こうもやる気だ。


「本来であれば、もう少し凝った勝負をやりたいところじゃが、今回は別件のために現れたため、用意がないのじゃ」


 別件とはなんだ? と気になるが、聞いても良いことはなさそうだとユウトは忘れることにした。


「魂を庇護するいと気高き御方、それで、勝者と敗者にはなにが下賜されることになりましょう」


 アルシアのもっともな疑問に、稚気に溢れる笑顔を浮かべて死と魔術の女神が答える。


「勝者は、改めて要求を述べるのじゃ。このトラス=シンクが責任をもって履行させようぞ」

「それでは、俺に受けるメリットがない」

「分かっておるのじゃ。それとは別に、勝者には此方が特別な祝福を用意するのじゃ」


 ユウトとしては負けるつもりもないが、世界に絶対が存在しない以上、危険があるならば避けるべき。

 それは分かっているが、相手の面子のため、勝負を受けてほしいというトラス=シンクの懇願にも似た条件。


 正直、その特別な祝福にも危険を感じないでもなかったが――


「承知しました」


 事ここに至っては、他に選択肢はない。


「ならばよし。まずは、呪文を選ぶのじゃ」


 トラス=シンクの濡れ羽色の髪が、わずかに逆立つ。神威とも言うべき霊気が幼い体を覆い、それが弾けるとユウトと老枢機卿の前に呪文書が現れた。


 一度使用する理術呪文を決定したならば、その日のうちにやり直すことはできない。

 そんな原則をあっさりと覆す神の力。


 けれど、ユウトはそれに感心する暇もなく、この決闘のためだけに呪文を選んでいった。


「……準備は終わった」

「こちらも、問題ありませぬ」


 二人の宣言に、満足そうにうなずく。


「我が愛娘は、此方がしっかり保護するのじゃ」


 その言葉通り、アルシアはいつの間にかトラス=シンク神の傍らへと移動しており、球形の防護結界に覆われ、宙に浮いた。


「では、始めよ!」


 最初に動いたのは、老枢機卿。

 ユウトには及ばないが、老枢機卿も神術呪文と理術呪文の双方を究めた特別な存在。まずは、理術呪文の呪文書には触れず、目の前に分神体に、天上の死と魔術の女神に祝詞を捧げた。


「黒の女神よ、深奥を究めし者よ。我に、鋼の下僕を貸し与えん」

「ハンデをつけよう」


 枯れ木のような老人が祈りを捧げる姿に感銘を憶えることもなく、ユウトは唐突に口を開いた。

 それを聞いて、トラス=シンクは黒い瞳を輝かせ、アルシアは頭を抱える。


「俺はあんたに、三回勝つ。逆に、そっちは一回でも俺に『まいった』と言わせれば良い」

「――世迷い言を。《鋼鉄魔導人形招来コール・アイアン・ゴーレム》」


 魔導師(ウォーロック)以上の理術呪文の使い手が数ヶ月の時を費やして産み出す魔導人形(ゴーレム)。鋼鉄の肉体に、体躯に見合った剛力、直接的な攻撃呪文への耐性を誇る。

 それを、短時間とはいえ呼び出し、意のままに操る第九階梯の神術呪文《鋼鉄魔導人形招来》。


 ヴァイナマリネンのように規格外(非常識)の存在であれば別だが、魔術師(ウィザード)が。否、そうでなくとも、正面から相手取るのは困難。


「征けい」


 狭い地下室を完全に塞ぐ巨体が、主の命に従い鈍重に、しかし、威圧感を伴って移動する。


 とはいえ、老枢機卿もこれで終わりとは思わない。この鋼鉄の魔導人形(アイアン・ゴーレム)で時間を稼ぎ、ニの矢・三の矢を放つつもりだった。


「まずは、一勝目」


 一方、なにが出てこようとユウトがやることは変わらない。むしろ、都合が良いぐらいだ。


「《雪崩(アヴァランチ)》」


 呪文書のページを8枚切り裂き、周囲へ展開。周囲の魔力と呼応し、源素界への扉を開く。


 淡い光が放たれると、呪文書のページで象った門扉の向こうに、純白の世界が見えた。


 水の源素界に存在するという雪嶺山脈。

 彼の地から大量の氷雪を召喚する第八階梯の理術呪文。


「バカなっ。それでは――」

「加減するに決まってるだろ」


 地下空間が銀世界に征服された。正確には、ユウトの手前までの空間が氷雪で埋め尽くされた。鋼鉄の魔導人形も含めて、生き埋めだ。


「喋れないですけど、俺の勝ちで良いですよね?」

「無論、無論じゃ」


 楽しそうに言うトラス=シンク神だが――


(前に《雪崩(これ)》を使った時も、地下室を埋めるためだったな)


 ――ユウトは、まったく別のことを考えていた。


「では、二戦目じゃな」


 トーガとともに、腕を一振り。

 それで鋼鉄の魔導人形も含めて、雪も綺麗に消え去った。


「ユウトくん……」


 頭上から聞こえる、アルシアの心配そうな声。けれど、今のユウトには届かない。

 それでいて、怖いぐらいに冷静。


「おのれっ」

「先にどうぞ」


 死と魔術の女神から促され、呪文を選び直した時に想定した流れ通り。また先手を譲ったのも、作戦通り。


「《光輝襲撃シャイニング・アサルト》」


 老枢機卿は、短時間だったために無事だったのか、それとも分神体が介入したのか、健在。神術呪文では珍しい、同時に最強の攻撃呪文を放つ。


 聖なる光の粒子が周辺を覆い、神威の欠片が敵を打ち倒す――ことはなかった。


「《対呪抗魔カウンター・ディスペル》」


 素早く呪文書を6枚裂き放ち、その発動を阻害。なにもなかったことにした。


「ええい、《隷続支配(チャーム・エタニティ)》」

「《対呪抗魔》」


 精神を操る第八階梯の神術呪文も同様に、少しずつ近づきながら呪文を散らしていく。


「《脱水(ドライニング)》」

「《対呪抗魔》」


 いわんや、神術呪文に劣る理術呪文では、結果は火を見るよりも明らか。


「おぬしの夫は、なかなかに過激じゃな」

「お恥ずかしい限りで……」

「なんのなんの。此方の夫の若い頃を見ておるようじゃ」

「さ、左様ですか……」


 ユウトには及ばないが、老枢機卿も神術呪文と理術呪文の双方を究めた特別な存在。

 だが、ユウトには及ばないがゆえに、神術呪文も理術呪文も、すべて打ち消される。


「二勝目でいいかな?」


 手を伸ばせば届く。

 そんな距離で、ユウトは再び勝利宣言を行なった。


「嬲りおって」

「じゃあ、三勝目だ」


 本当は、自分の手でやってやりたかった。

 だが、魔術を以てと言われては仕方がない。


「《岩石拳(ストーン・フィスト)》」


 理術呪文を学んだ修道僧(モンク)が開発した第二階梯の理術呪文。偶然学ぶ機会があっただけで、使う機会が来るとは思わなかった呪文。


 ユウトの拳が数倍の大きさと数十倍の質量に変化し、枯れ木のような老人に振り下ろされる。容易く頭蓋を砕き、あるいは首をへし折る――寸前。


 彼はぴたりと拳を止め、こう言った。


「まいりました」

「なんじゃと?」

「俺の負けです」

「ふうむ……」


 トラス=シンクが、死と魔術の女神がその不可解な宣言を吟味する。しかし、それも長い時間ではない。


「ふむ。勝者は定まったのじゃ。では、敗者への要求と此方への希望を述べるがよい」


 球体の防護結界とともに地上へ降りながら、トラス=シンク神が問いかける。

 童女の相貌に、思慮深き微笑をたたえながら。


 その意味を推し量れぬ、老枢機卿ではない。


「ありませぬ」

「なんじゃと?」

「なにも、ありませぬ」


 絞り出すようなその声を聞き、アルシアは安堵のため息をついた。先ほどから、分神体の傍らにいたという緊張も相まって、膝が砕けそうになる。


「アルシア姐さん、大丈夫?」


 そんな彼女を、心労の元凶とも言えるユウトが支える。

 なんて憎たらしい。


 勝者(・ ・ )が矛を収めた以上、今回の騒動も使命(クエスト)も、すべてなにもなかったことになった。

 元通りだ。


 結局、ユウトが綺麗に収めてしまった。

 なんて憎たらしい。


「ユウトくん」

「なんですか?」

「覚悟してくださいね」

「え? なにを?」


 もう、離れてあげませんから――とは言わず、アルシアは唇を押しつけて、それ以上は言葉を紡げないようにした。

 感情が乱れて溢れて、なにを口走るか分からない。


「うむうむ。若い頃を思い出すのじゃ」


 そんなラブシーンを眺めながら、降臨した元々の理由を思い出す。


 招きに応じ、一月後に地上へ降り立つということを伝えるその用件。

 さて、どうやって切り出すべきか。

 トラス=シンクにとっても、思案のしどころだった。

これにて、EP6の第二章は終了。

明日はラーシアメインの幕間をはさみ、その次からEP6最後の第三章開始予定です。

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