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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第二章 極東同士文化交流
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7.波紋と責任(中)

切りどころの関係でやや短め。

明日から、毎日更新に戻ります。

 ロートシルト王国の首都セジュール。

 古く、その歴史に比例して広大な都。黒妖の城郭による被害からも復興を果たし、アルサス王子の婚姻が近いという噂もあって、活気づいている。


 しかし、何事にも例外は存在する。


 トラス=シンク神殿の地下。

 地下墳墓のさらに下層に存在する空間。空気は冷たく、暗く、呪いでもかかっていそうな場所。他者を拒絶するかのようなおどろおどろしい神殿の外観が、まだまともに思えてくる。


 方形で、圧迫感を与えることを目的にしたような地下室。

 ユウトとアルシアは、そこで死と魔術の女神の地上代理人と向かい合っていた。


「…………」

「…………」


 呼び出しを受けてではあるが、望んで枢機卿(カーディナル)との会談を行おうとしているにもかかわらず、ユウトは無言。対する枢機卿――枯れ木を人の形に整えたかのような老人――も、口を開こうとしない。


 まるで、長年の敵国が不本意の交渉を行おうとしているかのよう。

 人間関係に温度というものが存在するならば、そこは周辺で最も低い一帯に違いなかった。


「ファルヴのアルシア、異界の大魔術師(アーク・メイジ)、用件の推測はできるが語らねば物事は先に進まぬぞ」


 しわだらけの顔にふさわしい、しわがれた声。いかにもな、もったいぶった物言い。薄暗い室内が、相対する老人の不気味さを否が応でもかき立てる。


 座ろうともせず、立ったまま枢機卿を見下ろすユウトは相変わらず喋ろうとしない。その瞳に友好の色はひとかけらも見つからず、邪視(イヴィル・アイ)のように冷たかった。


「…………」


 彼に任せているからか、アルシアも沈黙を守っていた。ただし、枢機卿からの圧力との板挟みで、やや落ち着きを欠いている。珍しいことに、顔色も悪かった。


 そのまま、数分が経過した。

 誰にとっても、時は平等に流れる。けれど、その意味と価値は個人や状況により千差万別。


 この場合は、ユウトが設定した猶予。つまり、物事を穏便に済ます機会が失われたことを意味していた。


「なにを語れと言うんだ? 結果によっては、これから敵同士になるのに? 今の俺に、敬老精神は期待するなよ」

「ユウトくんっ……」


 挑発的というには荒っぽい。考えなしの誹りを受けても仕方がないユウトの言葉。傍らでそれを聞いたアルシアは驚き、同時に昏い喜びを憶えてしまう。


 婚約の証に贈られた感情感知の指輪から伝わるのは、真っ赤な怒り。その対象は目の前の枢機卿やトラス=シンク神殿に対してのもの。

 だが、その源は自分のため。


 不謹慎だと分かっていても、感情は理性に従ってはくれなかった。


「ファルヴのアルシアへの使命(クエスト)の件であれば、それは神殿内部の話。いかに大魔術師ユウト・アマクサといえども、口出し無用」


 譲ってみせたのか、話が進まないとあきれたのか。その乾いた声音からは判断できないが、事態は一歩だけ先に行った。

 その道がどこへ続いているのか意識もせずに。


「俺が無関係などありえない。無意味なやりとりが好みなら、こちらにも考えがある」

「とっとと、まぐわっておればいいものを」


 挑発でもしているつもりなのか。枢機卿が皮だけの唇を歪めて、嘲笑を浮かべる。我慢をするつもりも必要もないが、ユウトはそれを受け流す。


「それは俺たちが決めることだ。あんたらに言われることじゃあない」

「貴様らの子を魔術師(ウィザード)司祭(クレリック)として育て、観察する。それは、我らトラス=シンク神殿が総意。異論、反論、いずれも許さぬ」


 一年以上前に、アルシアへと下された使命。

 あまりにもあまりな内容で、適当に流していたのだが、二人の婚約で事態は一変する。未婚の二人を無理やりつがわせるのではなく、いずれ子供ができるのは自然な話。ただ、その時計の針を進めようというだけ。


 もちろん、その子供の進む道を強制する時点で問題という見方もあるだろうが、トラス=シンク神殿は想像以上に本気で、ある種の狂気に支配されていた。


「我らは魔術の深淵を覗き、すべてを解き明かす者なり。そこに妥協も怯懦も存在せぬ」

「黙れよ、警告はしたぞ」


 熱すら帯びる枢機卿の弁。

 けれど、ユウトは一筋の感銘も受けることはない。それどころか、彼の視線も心も氷点下へと下降していく。明らかに、平静を欠いている。それどころか、暴力的な手段に訴えないのが不思議なほど。


「さっさと子供を作って、神殿に預けろと言ったそうだな」

「然り」


 交渉であれば、妥協点も相手の逃げ道も用意する。

 メインツに初めて行った時は、玻璃鉄(クリスタル・アイアン)という腹案があった。ハーデントゥルムでは、ブルーノ・エクスデロの悪事を暴いて着地点を用意した。


 それがないということはつまり、ユウトが行っているのは会談ではあるが話し合いではない。


 宣戦布告に他ならなかった。


「さぞや才能豊かであろうよ」

「知ったことか」


 自分の子供。

 まだ具体的にイメージできる存在ではないが――それを取り上げられ、よそで育てられるなど、想像するだけで吐き気がする。

 それを当然と、むしろ喜ばしいと語るこの老人にも。


「それに応じなければ、アルシアに他の男をあてがうとまで言ったそうだな」


 この会談の前に、ヴァルトルーデにだけは話を通していた。その彼女が激怒し、自ら乗り込んでくれると討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターを取り出したほどの内容。


 それを淡々と伝えるユウト。


「…………」


 沈黙。

 それは肯定の証に他ならない。 


 そのふてぶてしさに、ユウトはいらだちを隠さない。


「それは、どういう意味だ?」

「他の解釈が存在する余地があると思うてか」

「潰されたいらしいな」


 枢機卿と大魔術師。

 祖父と孫ほども年の離れた二人の視線がぶつかり合う。


 かつて、死と魔術の女神トラス=シンクは彼女の信奉者へと命を下した。

 魔術の秘奥を解き明かし、トラス=シンクが庇護した古代の魔術師たちへの慰めとせよ、と。


 また、知識神ゼラスの妻神でもある彼女はこうも言った。

 知を継ぎ、発展させるため子を育てよ、と。


 枢機卿の行いは、その教えに合致しているのかもしれない。少なくとも、神殿内の秩序を乱す異分子は、確実にこちらだろう。


(知ったことか)


 そう。知ったことではない。所詮、それは人の解釈だ。 


「すべては、死を悼み魔術を究めし御方の意思也」

「神の意思を都合よく捏造するなよ。それは、貴様らの興味だろう」

「我らに対して、神を語るか」

「ゼラス神には二度会ったし、北にいる半神とはイヤになるほど話してるよ」


 その言葉に、老いた枢機卿はわずかに鼻白む。交神は行えても、実際に神と相対する機会など滅多にあるはずがない。それは、最高位の神官でも同じこと。


 聖職者への最大の侮辱だ。


「枢機卿閣下」


 そこに、今まで沈黙を守っていたアルシアが意を決したように口を開いた。しっかりと、ユウトの手を握って。


「その使命は、辞退いたします。私のことは、私と私の大事な者とで決めさせていただきます」


 最初の段階で、はっきりと断っておけばよかった。それを、神殿との関係に鑑みて引き延ばしてしまった。ユウト同様、彼女も真剣には考えていなかった。


 その代償を、今支払っている。


「では、ファルヴから神殿は引き上げざるを得ぬな」

「致し方ないでしょう」


 神殿との決別。

 それが、神の信徒にとってどれほどの痛みを伴うものか。残念ながら、ユウトには理解できない。組織と信仰は別だと考えてしまうのは、日本人だからなのだろうか。


 分からない。分からないが、アルシアはすでに決意を固めていた。

 

「神殿を破却するか、建物だけを買い取るかは、いずれお伝えいたします。貸してくださった神官たちも、頑張ってくれていましたが……これも仕方のないことでしょう」

「本気のようだな……」


 枯れ木のような老人が目を見開く。

 同時に思い違いに気づいたが、遅い。


「偉大なる死と魔術の庇護者の声は、今なお届いています。私と、私たちの決断は、意に沿わぬものではないようです」

「神の寛大さを己が肯定とするなど。牽強付会も甚だしいわ」


 神殿の権威などその程度だと断じるも同然の物言いに、枢機卿位を持つ老人が声を荒らげる。だが、徒手空拳で巨竜と対峙するようなもの。

 破門も神殿の引き上げも、唯々諾々と受け入れられては、それ以外に打つ手はない。


 神が実在する世界の信仰は、ユウトが想像するよりも遙かに堅固だった。


「仕方あるまい……」


 いや、打つ手がひとつだけあった。

 すべてを投げ捨て、なかったことにする。


 頭を下げるのはただだと体を動かすが――


「残念ながら、使命を拒絶したのは私のほうです。それでは、示しがつかないでしょう」


 ――冷たく、それを拒絶した。


「我が愛し子らが相争う姿を目の当たりにするは、本当に哀しいものなのじゃ」


 荘厳にして、妙なる声音。

 花の蜜のように甘く、母のように優しく、巌のように峻厳な声。


 それが、唐突に響き渡った。


「なんだ?」


 予想もしていなかった事態に、ユウトはアルシアを背にかばって周囲を警戒する。流れるように呪文書を取り出し、ページを千切ろうとする――手を婚約者が止めた。


「アルシア姐さん!?」


 呼び方が戻っているのを指摘する余裕もない。アルシアは感動に打ち震え、嗚咽すら漏らしている。そしてそれは、あの枯れ木のような枢機卿も同じだった。


 地下空間に光が降り注ぐ。

 心が洗われるような暖かな光。天井の楽士が奏でる至高の音楽。澱んでいた空気も、今は甘ささえ感じる。


 そのただ中を、漆黒のトーガに身を包んだ少女がゆっくりと落下してくる。いつの間に出現したのか、この地下空間が花畑に変わっていた。


 天井の高さも物理法則も無視した登場。


「その諍い、此方が引き取るのじゃ」


 死と魔術の女神。知識神の妻。魂の守護者。知の深淵を覗きし者。理術呪文を開発せし廃王国の庇護者。


「此方が眼前にて、魔術を以て正義を示すがよい」


 トラス=シンクの分神体(アヴァター)が、現世の信徒たちの前に来臨した。

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