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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第二章 極東同士文化交流
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4.秘宝具(アーティファクト)の行方、心の行く先

「できてしまった……」 


 つい、出来心で、不注意で。本気ではなかったんだと言わんばかりに、ユウトは微妙な笑顔を浮かべた。確かに、そのつもりではなかったという意味で、その表現は正しい。


 ここはいつもの執務室ではなく、工房と自称している魔法具(マジック・アイテム)を作成するための部屋。

 武具や触媒などで散らかった部屋の中央。作業机に突っ伏しながら、ユウトは30センチメートルほどのガラス瓶を眺めていた。


 まだ中身が入っていないガラス瓶。

 それは正確には、ガラス瓶ではなかった。 


 ガラスではなく玻璃鉄(クリスタル・アイアン)でできている――というだけではない。最近、やたらと使う機会の増えた《腐敗(ロッツ)》の対呪文《防腐(アンティセプティス)》を付与している。


 その用途は、食品の保存。つまり、瓶詰だ。


 効果がいつまで保つかは不明だが、呪文との親和性が高い玻璃鉄であれば長期間の保存が期待できる。また、普通のガラスよりも重たいが頑丈な玻璃鉄であれば使い道も広い。

 それに、本来の瓶詰のように煮沸殺菌をすることもできる。コストの問題はあるものの、ブルーワーズにおける保存食の歴史が塗り替えられた瞬間だった。


 しかし、それが現実逃避で作られたと、後の世に伝えられることはないだろう。


「こんなことをしている場合じゃないんだが……」


 それは分かっている。けれど、すべての人間が勤勉でいられるはずもなく、それはユウトも例外ではなかった。


「地の宝珠ねぇ……。どうしたもんか……」


 ジンガの頼みを聞いてから、数日。

 きちんと政務はこなしているものの、なんとなく気もそぞろで、集中できずにいた。


 保存瓶を傾けて指先でもてあそびながら、憂いに満ちた表情を浮かべる。だが、この数日間に亘って悩んできた懸案がすぐに解決できるはずもない。ここまで迷い悩むのは、ユウトとしては珍しいことだろう。


「ユウト、入るぞ」

「ああ……。ヴァルか……」


 応えを待ってから颯爽とした足取りで工房に入ってきたのは、聖堂騎士(パラディン)にしてイスタス伯爵たる、彼の婚約者。

 ユウトの現在位置を知ることができる婚約指輪(エンゲージリング)がなくとも、どこにいるか知るのは容易いことだ。


 こんな散らかった部屋で迎え入れるには、もったいない――とは思わない。どんなに煌びやかで豪奢な空間だろうと、彼女に比肩することはできないのだから。

 どこにいても、彼女は変わらない。どんな環境にいようと、ヴァルトルーデはヴァルトルーデ以外の何者でもないし、他の何者にもなれない。


「まったく、自分のことになると、途端に駄目になるのだな」


 両手に腰を当て、きりりと顔を引き締めたヴァルトルーデがユウトを見下ろす。


「駄目か?」

「駄目駄目だ」


 さらに強調され、ユウトは苦笑する。内容にではなく、「駄目駄目」などという言葉を口にした彼女が愛らしく愛おしかったから。


「アカネから、聞いたぞ。紙づくりの相談をしに行った直後から、なんだかおかしいと」

「それを認めるのは、やぶさかじゃないけど――」

「話すつもりはないか?」


 先回りして言う聖堂騎士へ、大魔術師(アーク・メイジ)の少年は起きあがってから無言でうなずいた。


「これは俺の問題だから」

「そうか」


 遅滞なく、相づちを打つヴァルトルーデ。それはもちろん、納得したから――ではない。


「ならば、私の問題だな」


 複雑な編み目を両断するかのような言葉に、ユウトは諸手を上げて降参した。やはり、彼女には勝てる気がしない。


「やっぱり、ヴァルには敵わないな」

「私は、いつも逆のことを考えているぞ」

「それは喜ぶべきなのか、どうなのか……」


 これも、似たもの同士と言えるのか。そんなことを考えながら、ユウトはヴァルトルーデをじっと見つめる。


「恥ずかしいから、あんまり言いたくないんだけど……」


 呪文の巻物(スクロール)を載せていた椅子の上を綺麗にして婚約者へ勧めながら、ユウトは素直に告白をした。


「東方……リ・クトゥアに行ったとき、ジンガさんから地の宝珠という秘宝具(アーティファクト)を渡されたという話をしてたと思うけど――」


 それは、大地を意のままに操る秘宝具であること。

 竜帝と呼ばれる、東方を治める伝説の王に関するアイテムであること。

 ジンガの一族は代々それを守護してきていたこと。


 ある程度の経緯は話をしていたが、忘却の大地からラーシアを追ってやってきたエリザーベト女王の問題、プロポーズ、ヴェルガ帝国訪問、地球への帰還と騒動が多すぎて棚上げになってしまっていた。


「ふむ。それで?」

「どうも、土の質が違うらしくて、こっちじゃ米の生育が悪くなるかも知れないって言われて……」


 だが、地の宝珠を使用すれば土壌の改善や開墾も思いのまま。

 話を聞く限りでは、ファルヴの街を造成し、馬車鉄道の基礎を一瞬で作った第九階梯の理術呪文《大地の王(マスター・アース)》よりも強力なようだ。

 おそらく、ジンガには別の目的――ユウトに地の宝珠の持ち主としての自覚を促す――もあるのだろうが。


「つまり、必要なのだな?」

「そういうことだね」


 他に選択肢がないというのであれば、ユウトも決断を下していただろう。けれど、リ・クトゥアから土を運んでくる、日本から肥料を持ってくる、なにか使えそうな呪文を探すといった解決策が他にある。


 ただ、地の宝珠を使用した方が簡単に片付くのは確か。


「使えばいいだろうって言うんだろうけど」

「使えばいいではないか」


 二人は顔を見合わせる。

 ユウトは、いたずらが成功したときのラーシアのような表情で。彼女がなにを言うか、完全に理解していた。

 一方のヴァルトルーデは、彼女でしかあり得ないきょとんとしているのに保存したくなるほど魅力的な表情で。


「なぜ忌避しているのか。そもそも、それがわからぬな」

「なんていうか、便利に使いすぎると反動がありそうで」

「なるほど。その気持ちは分からないでもないが……。実際に、あるのか?」

「いや、使用回数の制限があるぐらいで、他は特に」


 デメリットがなにもないのだ。本当に、驚くぐらいに。

 それだけに、ただほど高いものはないと、警戒をしてしまう。


「いったい、なにが問題なのか……」


 美しい相貌に疑問を浮かべ、さらに距離を詰めるヴァルトルーデ。元々、1メートルもなかった空間が、ほとんどゼロになった。

 きめ細かい肌、甘い香りすら感じる吐息、神の手による造形と言われたら素直に信じてしまう輪郭。どれをとっても刺激的で、いつもより近くて、心臓が勝手に暴れ出す。


「ふうむ」


 そんなユウトの気持ちも知らず。匂いを確認する犬のように、正面から横から、至近距離で凝視し続ける。

 まるで、そうすれば彼の本音も深層心理もわかると言わんばかりに。


「わかったぞ。責任の問題だな?」

「なんかこう、ヴァルから責任とか言われると、別の意味で心臓に悪いんだけど」

「なんの話をしているのかわからぬが、過ちを犯すのは仕方がないが、責任の取り方が重要だぞ」

「返す言葉もありません……」


 正義と正論でできているような婚約者。

 それに踊らされる場合もあるが、それは芯がぶれることなく強固であるという意味でもあった。


「例の宝珠を使ったら、竜帝とやらにならなければならないと思っているのだな」


 椅子に戻り、膝が触れるような距離で、ヘレノニアの聖女は断言した。


「そこまで確定的じゃないけど、まあ、それに近いかな」


 力には義務が付随する。

 秘宝具の力を使っておいて後は見て見ぬ振りというのは、やりたくなかった。


「良いではないか」

「……なにが?」

「平定すればいいではないか」

「……なんだって?」


 たまに、言語の翻訳機能に不具合が発生する。たいていは、女性と話をしている時に発生するのだが……。

 そして、それは往々にして不具合ではなかった。


「地の宝珠を使用する。その代わり、リ・クトゥアに平和をもたらせばいいのだろう?」

「聞き間違いじゃなかった……」


 真っ直ぐすぎるほどの正論。

 言葉だけなら、ただの夢物語。


 しかし、ユウトには、ヴァルトルーデには。彼らの仲間たちには、それを実現する力があった。


「だが、今すぐというのは困るな。ヴェルガとの決着がついていない。それに、アルサス王子の結婚式も近々あるだろうし……」

「ははっ、ははははははっ」


 ユウトは笑った。自分の悩みの小ささに、ヴァルトルーデの凄さに。

 こうなると、感情をコントロールするのも難しい。いや、我慢する必要などどこにもなかった。


「うん。ヴァルの言うとおりだ。ヴァルは尋常じゃないな。俺には絶対に思いつかないぜ。そうか、征服してやれば良かったんだな」

「そこまで言われると、逆に馬鹿にされているようなのだが……」

「そんなことはないさ」


 だが、これ以上言葉を重ねても伝わらないだろう。

 では、どうするか?


「本当だって。俺の婚約者は、世界で一番凄い女性(ひと)だって思ってるよ」


 笑いは収めて、でも笑顔で。

 ユウトは顔を近づけて二人の距離を完全にゼロにした。


「ユウト……」


 一瞬驚きに目を見開いたヴァルトルーデだったが、瞳も声も蕩けさせて最愛の人を受け入れ、受け止める。


 そのまま、どれだけの時が経ったのか。少なくとも、冒険者として体を鍛えている二人の肺活量が限界に達するまでだったのか確か。

 離れた二人の間を銀色の橋がつなぎ、それが消え去ると顔を真っ赤に染めたヴァルトルーデがもじもじと言った。


「その、なんだ、いきなりは困るぞ、いきなりは」

「……わかった、これからは事前に了解を取る」

「それも困るのだが……」


 自分でも、理不尽さを理解しているのだろう。それ以上はなにも言えず、唐突に話を変えた。


「ところで、この瓶はいったいなんなのだ? やたらとたくさんあるようだが……」

「ああ……」


 ユウトとしても、これ以上先に進めるつもりはない。いや、進めるつもりがないわけではないが、聖職者に婚前交渉などもってのほかだし、結婚式もアルサス王子の先にするわけにはいかないという事情がある。


 だから、その露骨なごまかしは、彼にとっても渡りに船だった。


「玻璃鉄で瓶を作るだろ? そこに《防腐》の呪文をかけて、中の食べ物を長期間保存できないかなと思って……完成してしまった」

「またか。ところで、長時間とはどのくらいだ?」


 ユウトがなにか魔法具を作るのは、地球でもそうしていたように珍しいことではない。

 だから、特に驚きは見せなかったが……。


「年単位で」

「年!?」


 その効果には、面食らってしまった。


「別に、そんなに驚くようなことじゃないと思うんだけど。せいぜい、不作の時のために備蓄ができるぐらいじゃないかなぁ」

「いや、それは充分凄いことだぞ」


 そうかも知れないね、と言いつつもユウトはあまり価値があるとは思っていないようだ。


「悩みがなくなったのは良いが、アルシアにまた怒られても知らないぞ……」


 ヴァルトルーデはそう、世界で一番美しいため息をついた。

あと一週間ぐらいは隔日ペースでの更新になりそうです。

大変申し訳ありませんが、ご了承いただきますようお願いします。


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