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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 間章 閑話編
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2.大魔術師ユウト・アマクサの日常

閑話編第二話です。

主人公の社畜っぷりをお楽しみください。

 ユウトの朝は、呪文書への転写で始まる。


「《魔力解体(アイソレーション)》は、まあ、一応、移しておくか。あとは、今日も魔化があるから、それ用が必須。《学識(メモライズ)》も多めにだな……」


 魔法の巻物(スクロール)を読み解き、あるいは師から手ほどきを受け、理術呪文を記憶する――それだけでは、呪文を使うことはできない。

 毎日、毎朝、その日に使用する呪文を呪文書へ転写。ただし、一日に転写できる呪文の数は限られるため、数あるレパートリーから選び抜かなければならないのだ。


「はぁ……。昔は、楽だったなぁ。情報収集と戦闘で役立つ呪文を準備しとけば良かったし」


 今は違う。土地開発やデスクワークに必要な呪文が求められる。

 《学識》など、その最たるものだろう。


 第一階梯に属するその呪文は、効果時間中に読んだ本の内容を完全に記憶するという受験生垂涎の魔法。

 その効果でロートシルト王国の法令・判例集を記憶していなかったら、領地経営のスタートラインにも立てなかったに違いない。


「かといって、攻撃や支援呪文を完全に外すのも不安だ。そういう意味じゃ、エグザイルのおっさんなんて、悩み無さそうで良いよな……」


 今頃どこを旅しているのか。今は別れた仲間を懐かしむユウト。


「まあそれはそれとして、他の呪文は……」


 朝の呪文選択は、アルシアから朝食に呼ばれるまで、そのまま一時間ほど続いた。





 四人そろっての朝食が終わると、ユウトは再び執務室に戻る。


 最初に手を付ける仕事は日によって様々だが、今日は資産の整理に取りかかっていた。

 整理といっても、売却するわけではない。文字通りの意味で、雑多に積み上がった貨幣、宝飾品、芸術品、魔法具(マジック・アイテム)をリスト化し、大ざっぱな価値を表にまとめ可視化するのが目的だ。


 手間はかかるが、単純作業。

 こつこつとやり遂げ、さあ二重チェックを……となった段階で問題が発生した。


「計算が合わねぇ……」


 表計算ソフトでもあればもっと楽なのだろうが、それはさすがに高望みのし過ぎ。

 《製造(クラフト)》の呪文で作った用紙にまとめ上げたリストをひとつひとつ確認しながら計算をしているのだが、何度計算しても、前回の結果と合わない。


 もう何度目か分からないため息を吐くが、やはり結果に変わりはない。


 まあ、携帯電話の計算機があるだけましではあるのだ。《物品修理(リペア)》の呪文でフル充電に戻ってくれるお陰だった。


「なぜ、資産が増えている……」


 そう。

 減っているのであれば、まだ話は分からないでもない。なのに、現金も、宝石も、魔法具も増えているのだ。


「他は数え間違いで済むけど、魔法具はなぁ……。そうそう数え間違うようなもんじゃないし。でも、低ランクの武器や防具ばっかりだし、どっかに紛れてたのが出てきたとかか……?」


 考えにくいが、他に原因も思い当たらない。


 なにしろ、このファルヴの城塞の宝物庫は王都セジュールの自宅にあった地下倉庫の防備――魔法の鍵、合い言葉を唱えないと爆発する魔法陣、《念視(リモート・サイト)》からの隠蔽、各種瞬間移動阻害等々――を移設しているのだ。

 そんな危険な場所に、誰が侵入して財宝を置いていくというのか。


「愉快犯にも程があるよなぁ……。この辺は、ヴァルやアルシア姐さんにも相談しよう」


 どうしようもないと、ユウトは資産管理台帳を放り投げた。


「良いんだ、どうせこれは個人財産なんだ。形式的には、みんなの財産をイスタス伯爵家に貸し出しているだけなんだ。無利子無期限で」


 町工場よりもいい加減な財務管理を言い訳にしつつ、ユウトは次の仕事に取りかかる。


 といっても、書類仕事しかない。


「戸籍管理の報告書、こっちは出店許可証の申請書、トルデクたちの作業進捗状況報告書、それから陳情書に、請求書……。面接用の経歴書に推薦書も紛れてるわ」


 書類の海に溺れそうになるが、唯一の救いは早々に書類のフォーマットを定め、木版で大量に印刷したことだろう。

 当初の誓いを破って《製造》で洋紙もどきを大量に生み出してしまったが、省力化のためには止むを得ない。


 そんな書類をファルヴの街中――建設途上でも、街は街だ――に建てた出張所に置いて、申請と受付を行なっている。それだけなら、人を一人雇う程度で事足りた。


「結局、全部、俺が見るわけだが……」


 そんな愚痴を言いつつも勤勉に書類を分類し、手早く処理していくユウト。

 まずは、明日に迫った面接の資料だろう。書類の時点である程度ふるいにかけなければならない。《学識》の呪文のお陰で、斜め読みでもある程度は対処できるのは幸いだ。


 しかし、日に日に増えていくその書類の山に、限界を感じつつあるのも事実。


「人手が欲しい……。でも、変な人間は雇えないし……」


 今のところはまだ、メインツやハーデントゥルムの行政担当者のヘルプを受けているのでなんとかなっているが、ユウト一人の負担が大きく、ヘルプも常態化させるわけにはいかない。


「ヴァルの面接結果次第かぁ……。まあ、採用してもすぐに仕事を任せられるわけじゃないだろうけど……」


 こうしてほとんど休憩も取らず、ユウトはデスクワークに従事し続けるのだった。





「くくくくく、やっとこの時が来たぜ……」


 書類の処理から解放されたユウト――諦めたとも表現できるが――は、夕食を終えるとある一室へ転がり込んだ。

 とても、仲間たちには見せられない表情で。


「さて、昨日の続きだ」


 いつもの白いローブまで着込んだユウトは、遠慮のない足取りで雑然とした部屋の中央へと進み、作業台の上に置かれた一振りの剣を手にした。


「あと、2~3日ってところかな」


 それを見つつ、作業の進み具合を確認する。


 ユウトが手にしている鋼鉄製の片手剣は業物だが、それ以上でも以下でもない。

 これから、それ以上――魔法具になるのだ。


「《鋭刃(ポインテッドブレイド)》」


 既に、基礎的な魔化は終わっている。今のまま剣を振るったとしても、ただの業物より扱いやすさも切れ味も数段上。

 それをさらに《鋭刃》の呪文で強化しようとしているところだ。


 冷たい鋼の刃は暖かな光に包まれ、時折、魔力が共鳴して甲高い音がする。


「一応、王家への献上品というか、試供品だしなー。あんまり手抜きはできないが、時間かかるしなぁ」


 ユウトほどの大魔術師(アークマギ)であっても、魔化にかかる時間は魔術師(ウィザード)魔導師(ウォーロック)と大差ない。


 では、なにが変わるのか?


 それは極めて単純な話。

 ひとつの武具や道具に込められる呪文の数と質が違う。

 つまり、位階の高い魔術師ほど、より強力な魔法具を生み出せる……のだが。


「献上品とはいえ、性能はそこそこでしかないからなー。全力を出す必要もないけど適当にもできないって、中途半端すぎる。まあ、書類の処理してるよりは生きてる実感があるけどさ」

「ユウト、ここだったのか。探したぞ」

「ヴァル? なんか用か?」


 魔剣となる予定の剣から目を上げずに、しかし、ユウトはヴァルトルーデを歓迎する。ちょうど、話し相手が欲しいと思っていたところだ。


「まったく。もう仕事はしていないだろうと思って部屋に行ってもいないのだからな。勤勉すぎるのも――っと、話しかけても大丈夫か?」

「ヴァル子に対して閉ざす扉の持ち合わせはないよ」

「そうか。それなら良いのだが……」


 作業中だったからだろうか。自分のものとは思えないキザな台詞にユウトは、逃げ出したくなった。


 だが、そういうわけにもいかない。

 冷静さを装い作業に集中している振りをして、ヴァルトルーデに話しかける。


「まあ、こっちは単純作業だから喋るぐらいなら大丈夫だ。それで、どうしたんだ?」

「明日のことを相談したくてな」

「明日? ああ……。面接のことか」


 大した話じゃなかったかと、目に見えてユウトの関心が下がる。

 それを感じ取ったヴァルトルーデは唇をとがらせた。


「明日は、ユウトも同行する予定だったが、私だけに任せてくれないだろうか」

「え? それは、《瞬間移動》の効率悪すぎだろ」

「効率など、どうでもいい」


 強く言い切るヴァルトルーデに、ユウトは思わず手を止めた。


「私に言う資格があるとは思わないが、最近、働き過ぎだ。夜だって、ほとんど寝ていないだろう?」

「ちゃんと、8時間寝てるって」

「あのベッドの力は無しだぞ」

「まあ、それなら半分になるけど……。いや、前にアルシア姐さんに言われて休んだんだけど、逆に暇になってさ……」


 ユウトの言い訳に、ヴァルトルーデから怒りの気配が消える。

 代わりに、とても哀しげな表情を見せた。


「うっ……」


 ユウトは言葉に詰まった。ヴァルトルーデのような美少女が憂いを帯びるとそれだけでものも言えなくなる。それに、そんな表情をさせたのが自分であるという罪悪感が想像以上だった。


「とにかく、明日は私に任せるのだ」

「まあ、そうだな……。書類で経歴は確認してるし、ここはヴァル子が決めなくちゃいけないところだよな」

「そうか」


 ぱあっと、ヴァルトルーデの表情が明るさを取り戻す。

 天岩戸が開いた瞬間もこんな感じだったのだろうかと、魔化の作業をしつつユウトは思う。

「任せておけ。悪人を見抜くのは得意だからな」


 さっぱりとした表情で、作業部屋から出ていくヴァルトルーデを見送るユウト。

 再び《鋭刃》の魔化へ意識を傾けるが……。


「まさか、あんなに心配をかけているとは思わなかった」


 思わず、自覚ゼロの反省の言葉が出ていた。

 言い訳でもなんでもなく、「仕事多すぎだろ」とは思っていても、無理をしているとは思っていなかったのだから、より性質が悪い。


「でも、もう何ヶ月かでいなくなる人間だからな、俺は……」


 ヴァルトルーデたちには言えない言葉は、魔化中に発生する魔力の共鳴音に紛れて消えた。


「とりあえず、新人さんが入ったら仕事は減るさ」


 そんな未来予想は、あっさりと外れる。

 手元から単純な仕事が離れると、今度は、ユウトしかできない新しい仕事を見つけてしまうからだ。


 天草勇人は、異世界でも日本人だった。

昨日から、たくさんの評価・お気に入り登録をいただいています。

本当にありがとうございます。

これで良いのかと迷いもありますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

これからも、よろしくお願いします。

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