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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第二章 極東同士文化交流
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1.出会った二人(前)

「ここが、ファルヴのお城ですか……」


 ファルヴの街の中心部へつづらを背負って歩いていたカグラが城門の前で立ち止まると、感心したように城壁を見上げた。


 威風堂々。頑健無比。質実剛健。

 敵には諦念を、味方には希望を与えるようなたたずまい。仮に、神に下賜されたという事実を疑っていたとしても、一目見ればあっさりと意見を翻す偉容。


 また、リ・クトゥアでは見かけない形式の城でもあった。

 まず、石造りの城壁で城を囲むという発想がリ・クトゥアにはほとんどない。ファルヴの街ほど外部との境になにもないのも珍しいが、簡単な柵や塀、堀などがある程度なのが一般的。


「ここに、あの方がお住まいなのですね」


 竜人(ドラコニュート)の巫女カグラは、友人であるユウトの姿を思い浮かべる。

 白いローブに、異界の衣服をまとった大魔術師(アーク・メイジ)。眼光は鋭いが優しい笑顔。困った者を見捨てることのない優しさと、意志を貫く強さを同居させた少年。


 その評価を本人が聞いたら「新手のイジメか?」などとコメントしたかも知れない。けれど、これがカグラの中での真実だ。


「ここはイスタス伯爵家――領主の城館なんですが、どんなご用でしょうか」


 そんなカグラに声をかけてきたのは、ヘレノニア神殿の神官でも岩巨人(ジャールート)でもない。街の入り口を守っている衛兵と同じく、イスタス伯爵家に雇用されている数少ない人間の兵士だった。

 上質な長槍(ロング・スピア)革鎧(レザーアーマー)を支給されてはいるが、とても精鋭とは言えない。

 しかし、それでいいのだ。

 なにしろ、守る対象が規格外過ぎて多少腕が立とうと意味はない。それならば、どんな相手にも居丈高にせず、丁寧な対応を取れる者の方が良い。


 今も、見慣れない千早に緋袴という巫女装束に全身を包み、濡れ羽色の髪をショートボブに切り揃えた女。

 しかも、大荷物を背負い、額に小さな角を生やしているカグラを前にしても、きちんとした態度を崩さない。


「これは大変失礼を」

「おおっと」


 自分が不審者に見えていただろうことに気付き、竜人の巫女は思わず頭を下げる。そうすると背中の荷物のせいでバランスを崩しかけるが、あわてて支えてやりながら、衛兵の男は疑っているわけではないと補足してやる。


「落ち着いてください。別に、見物人は珍しくもありませんから」

「いえ、見物しているわけではないのですが……」


 呼吸を落ち着けてから、カグラはゆっくりと口を開く。


「わたくしはカグラと申します。ケラの森より参りました。ユウト様にお取り次ぎいただけますでしょうか」

「ああ……」


 衛兵の男も、自然崇拝者(ドルイド)に代わって、遥か東方からケラの森に移住してきた一団の話は当然聞いていた。

 実際に目にするのは初めてだが、確かに聞いていたようにドラゴンの面影を持つようだ。


 通常、そんな集団が領内にやってきたらもっと話題になってしかるべきなのだろう。

 だが、同時に訪れた異世界からの船や、領主不在の間の騒動に、ハーデントゥルムを中心に大きな噂になっているヴェルミリオの服など、良い意味でも悪い意味でも関心事が多数あり、そこまでの大騒ぎにはならなかった。


「ああ。もう少し早く出てきたら良かった」


 そこに、カグラの記憶にあるとおりの格好をしたユウトが徒歩で姿を現した。ただ、想像よりも気安い笑顔を浮かべている。

 久しぶりの、数少ない――と言うよりは唯一 ――の友人との再会に、カグラの胸が自然と高鳴った。


「これは、家宰様……」

「お疲れ様。彼女なら大丈夫だよ」

「はっ」


 暗に荷物のチェックも不要だと告げ、衛兵を下げさせる。入れ替わりに、久しぶりに会うカグラを城塞内に招き入れた。


「ユウト様、ご無沙汰いたしております」


 衛兵の姿が見えなくなると同時に、カグラが深々と頭を下げる。今度は荷物を下ろしてからなので、先ほどのような失態は見せない。


「こっちこそ、しばらく様子も見に行けずに申し訳ありません」

「いえ。慣れぬ土地ではありますが、皆、平和に過ごしております。また、来年には本格的に米作りも始められそうです」

「おー。それは期待したい」


 地球との行き来が可能になったとはいえ、持ち込む物資は最小限にする方針だ。質が違うのは分かっているが、こちらで調達できるのであれば、それに越したことはない。


「ただ、今年の稲作は、実験のような規模になってしまいそうです。その分、森の警邏には力を入れると兄が」

「ああ。それもありがたい。よろしくお願いします」


 ケラの森は特に危険なクリーチャーが多く住んでいるというわけではないが、とにかく広大だ。どこからかゴブリンなど悪の相を持つ亜人種族が入り込んでくるかも知れないし、密猟者や違法な伐採業者の暗躍する余地もある。


 その上、ヘレノニア神の分神体(アヴァター)が守っているとはいえ、悪魔諸侯(デーモンロード)の封印まであるとなっては、警備をおろそかには出来なかった。


 そのため、岩巨人(ジャールート)部隊の一部を派遣しているのだが、森林での活動は専門ではない。それに、ケラの森の守備に裂く人員を減らせば、部隊の自由度も確保できる。そうなると、テルティオーネからせっつかれている、村々への馬車鉄道の運行も軌道に乗る可能性が出てくるのだ。


「おっと。立ち話もなんだし、中へ」

「そんな、ユウト様に持っていただくわけには」


 カグラが背負っていた重たい荷物を、当然のように運ぶユウト。確かに重たいが、持って歩けないほどではない。

 一方、恩人にそんなことはさせられないとカグラがつづらを取り返そうとするが、ユウトもそれを許すはずがなかった。


「まあまあ、これくらい」

「いけません」


 彼女の兄ジンガが見ていたらよくやったと一人うなずきそうな光景だが、お互い譲らず奇妙に蛇行しながら城塞内へ足を踏み入れる。


 内部も、やはり、リ・クトゥアの城とは根本的に異なる構造だった。


 継ぎ目がほとんど分からない石造り――本当に石なのかも分からない――城塞内。廊下は馬でもすれ違えるほど広く、採光用のガラス窓も定期的に設置されていた。

 清潔で頑強で、神々しさすら感じる。


 《不可視の邸宅(クリィネェル)》にも驚いたものだが、この建物はしっかりと存在している。神が生み出した建物という話も、むしろ当然と思えた。


「ところで、この荷物は?」

「ああ、はい。こちらでは見かけない食材や調理器具を見繕って持ってきました」

「それは嬉しいな」


 荷物を運びながらも笑顔を振りまくユウトから目を背けて、カグラは話題を逸らした。


「そういえば、お仕事は良かったのですか?」

「うん。さすがに溜まってた仕事は片付いたしね」


 緊急を要するのは、近日に迫った次元門(ゲート)の創造についてぐらい。

 前回はこちらに戻ってくるだけでやっとだったため、個人の荷物や予め備蓄していたものぐらいしか持ち込むことができなかった。


 そのため、今回は更にその次の開門時に円滑な取引ができるよう打ち合わせがメインになるだろう。特に、こちらから賢哲会議(ダニシュメンド)へ代価としてなにを渡すかが一番の難題。ほんの数時間の滞在で決められるかどうか分からない。


 もしかしたら、ユウトだけでも地球に残るか。あるいは、賢哲会議から誰かがブルーワーズへ赴くことになるかも知れない。


「まあ、仕事を増やす連中もいたけどさ」


 城塞の廊下を二人で歩きながら、つい愚痴が出る。


「それは、厳重に抗議した方がよろしいのでは」

「聞く相手じゃないからなぁ」


 憤るカグラに、ユウトは苦笑を返す。

 取引希望リストに『ゲームソフトあるだけ』や『お菓子いっぱい』などという記載がさりげなく紛れ混んでいたのを見つけた時と同じ表情だ。

 別に本気で怒っているわけではないが、精神力は確実に削られる。


 ただ、「友達にも食べさせたい」というアルビノの少女からの哀願に負けて、駄菓子屋のひとつぐらい買い占めても良いかなと思ってしまったのは事実である。


 ゲームは当然ながら却下として、アカネからの温度計がついている組み立て式家庭用石窯など、検討の余地がある提案はあった。

 ユウト一人だったなら、絶対に出てこない発想だろう。

 なにしろ、そのリストにユウトが希望した品はひとつとしてないのだから。三人分の結婚指輪など、恥ずかしくて書けるはずがない。


「あと、演劇や演奏などを披露する芸術劇場を建ててほしいっていう請願もあったっけ。カグラさんはどう思います?」

「芸術劇場ですか?」


 劇や歌といっても、半竜人(デミ・ドラコ)と蔑まれた者たちが路上や河原などで披露していたものぐらいしか知らない。たまに街に行く際には楽しみにしていたが、基本的にははぐれ者の芸である。


「国が、そんな場を用意するなど、見たことも聞いたこともありませんので、どうにも……」

「じゃあ、安い料金で劇を見れたり音楽を聴けたりしたら?」

「それは楽しそうですね」


 ごく当たり前の意見を言うカグラだが、ユウトは考え込んでしまう。荷物を取り落とすようなことはなかったが、廊下を進むスピードはあからさまに落ちた。

 けれど、カグラはむしろそれを嬉しいと感じてしまう。


「パンとサーカスじゃないけど、やっぱ需要はあるか……」


 元々分かっていたことだが、娯楽の提供というのは重要だ。それに、文化の振興にもなる。ユウトは演劇にも音楽にも造詣は深くないが、箱さえ作れば後は専門家――このブルーワーズには芸術神とその信徒もいるのだ――に任せる手もある。


 請願書にあわせて記載されていた、ユウトへの演出協力の打診――どうも、あのファッションショーを関係者が見ていたらしい――でやる気がそがれたのだが、それを除けばまっとうな提案であることは間違いなさそうだ。


「箱物は、それだけ金も使うしな」


 これまたドワーフの建設者集団を束ねるトルデクに丸投げしようと――勝手に――決めると、ユウトは再び足取りを速くする。

 目指す先は、執務室ではなく厨房だ。


「ところで、他の方はいらっしゃらないのですか?」


 それは以前に顔合わせをしたヴァルトルーデやユウトの幼なじみであるというアカネを念頭に置いた質問だったが、返答を聞いてすべて吹き飛んでしまった。


「他? ああ、今日はヴァルなんかは出かけてて。二人だけですよ」

「え?」


 ラーシアは温泉旅館のためハーデントゥルムへ。エグザイルは休暇で身重のスアルムと一緒。ヴァルトルーデとアルシアはそれぞれ神殿での仕事があり、ヨナは学校だ。


「といっても、上の階では書記官たちが仕事をしていますけど」


 その言葉は、残念ながらカグラの耳に届いていなかった。

 意識しているわけではない。ユウトに、婚約者が何人かいるという話も聞いている。

 そう。決して意識しているわけではないが、兄から輿入れさせると言われている相手といきなり二人きりと言われれば動揺もする。


「……なにかボタンのかけ違いが起こっているような」


 カグラの様子を見て、ユウトは異変に気づく。気づくが、原因が分からない。

 そのため、直前の台詞を思い出す。


(「ああ、今日はヴァルなんかは出かけてて。二人だけですよ」だっけ? 別に、普通だよね)


 この発言のどこに、問題が――


(って、二人だけがまずかったか?)


 ユウトは二人だけとは言ったが、二人きりとは言っていない。

 そして、カグラがふともらした「アカネとあって話をしてみたい」という希望を、しっかりと憶えていた。


 だから、今日は「ユウトとアカネの二人だけ」なのだが、誤解を招く表現だったかも知れない。お互いそのつもりが無くても、男と二人などと言われては取り乱すのも無理はないだろう。


「ええと、カグラさん。もし俺の勘違いだったら申し訳ないんだけど――」


 申し訳なさそうな顔と声で、ユウトは説明を試みる。簡単に言えば、アカネだけはいて、今そっちへ向かっているんだよと。


「まさか。ユウト様には婚約者が何人もいると聞いていますのに、そんな勘違いなんて」

「ですよね」

「ハハハッ」

「ハハハッ」


 白々しい笑い声が城塞内に木霊する。

 そういうことにしておいた方が良い。世の中、それで平和に回ることが結構多いのだ。


「勇人、なにしてるの?」


 異常に気づいて厨房からアカネが出てきたが、二人とも答えることはできなかった。

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