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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第一章 新たな芽吹き
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11.小さな冒険(完結編)

 そこは、荒野に似ていた。

 草木も獣も存在せず、ただ乾いた風が吹きすさぶ。生命の気配が感じられない土地。本来であれば生命の息吹が溢れる季節にもかかわらず、目に見える範囲にその痕跡すら確認できない。砂と岩と土、ただそれだけだ。


 山道を越えた先。これ以上は馬車では進めないと停車したそこには、より峻厳な山々が待ち受けていた。


「ここが、ゴドランの故郷?」


 馬車から降りた子供たちが、気圧されたようにつぶやく。こんな寂しい場所に住んでいたというのだろうか?

 信じられない。いや、信じたくない。


 瓦礫のような岩が散乱し、人の侵入を拒む地。


 かつてはいくつかの山村が存在していたが、〝虚無の帳〟(ケイオス・エヴィル)の活動が活発化し、黒妖の城郭が飛び立つに至ってすべて廃村と化した。あの事件以来、一般人がここに近づくのは初めてのことだろう。


 ロートシルト王国の版図ではあるものの、それは地図上での話。誰もいない土地を、管理するはずもない。


 悪は滅び、この土地もまた、死んだ。


「待ってたよ」


 誰もが呆然としていたところに、周囲の偵察を終えたユウトたちが空から地上へ降り立つ。

 あの後、ヴァルトルーデたちと合流を果たし、二重の意味で掃除を行いながら、先行していた。そのためもあって、あまりにも速度が出すぎる《天上の騎馬ソレスタル・スティード》を使用しなかったという理由もある。


「ユウト、久しぶり」

「楽しかったか?」

「……うん」


 ためらいがちに、だが真っ直ぐに告げるヨナの頭を撫でる。それだけで、苦労した甲斐があるというものだ。


「それは確かにそうなのだが、この釈然としない気持ちはなんだろうか」

「嫉妬? ヴァルもやるじゃん」

「そんなはずがなかろう」


 遅れて降り立った二人は置いて、ユウトはエグザイルに目配せする。「油断はできない」そう目で伝えると、岩巨人はゆっくりとうなずいた。


「さて、ここからは俺たちも一緒だ。なにかが襲ってくる可能性もあるから、こっちの指示には絶対に従ってもらうよ」


 ユウトが、強くはないが真剣な口調で言うと子供たちの間に自然と緊張が走る。怖がらせるつもりは無いんだけど、加減が難しいなと内心苦笑した。

 行動に問題がある場合もあるが、ヨナは接しやすい相手なのかも知れない。


「……ゴドランがっ」

「グウゥッ」


 そう思っていたところ、お下げ髪のララから悲鳴にも似た声が上った。

 見れば、一緒に《灰かぶりの馬車》から出てきた黄金竜の子が、なにかを振り切るかのように空へと飛び立とうとしているところだった。


「ゴドラン!」


 子供たちの声が重なった。


「ユウト……ッ」

「分かってるよ」


 ヨナの切羽詰まった声にも、大魔術師は冷静。無限貯蔵のバッグから空飛ぶ魔法の絨毯を取り出し、アルビノの少女に預ける。


「みんな、乗る」


 友達を押し込むように空飛ぶ絨毯へと載せると、自身は超能力(サイオニックパワー)で飛行して先導する。


「うぉっ、空を飛んでる」

「ヨナヨナと一緒だと、スペクタクルだわ……」


 驚きとある種の諦めに包まれるが、怖がられるよりもずっと良い。

 ユウトもエグザイルに《飛行(フライト)》の呪文を使用し、共に後を追う。


 幸いと言うべきか、ドラゴンの基準でも子供でしか無いゴドランの飛行速度はそれほどでもない。

 それに、ゴドラン自身も逃げだそうとしているわけでもないようだ。


 しばらくすると追いつき、共に飛行して荒野のような山地を抜けていく。


「すげぇ。ゴドランと一緒に飛んでる……」


 感動の面持ちで、普通であれば絶対にできなかっただろう経験をかみしめる子供たち。その一方でユウトたちは、なにかあればすぐに対処できるよう周囲を警戒する。


「今のところは、大丈夫っぽいかな?」

「油断はできないぞ」

「さっきまでゲームやってた人に言われちゃったよ」

「やらせたのはラーシアだろう。それに、もうドリンクは忘れないからな」

「オレたちだけなら、むしろ出てきてほしいと言えるのだがな」


 圧倒的な破壊力で、率先して敵を叩きのめすのがエグザイルのスタイル。防衛戦、しかも後ろにいるのが年端もいかない子供たちではやりにくいのだろう。

 保護者という立場にやや困惑気味の岩巨人(ジャールート)だが、子供が生まれる前に経験して良かったんじゃないかと、ユウトは思う。


 入り組んだ崖を飛び越え、いくつかの隘路を通り抜けると、不意にゴドランが空中で静止した。

 その視線の先には、自然の洞窟がぽっかりと口を開けている。


「ここが、ゴドランの家か?」

「きっとそうよ」

「帰ってきたんだ」

「良かった……」

「うん。そうだ……ね」


 口々に祝福するレンたちだったが、ヨナは黙ってゴドランのことを見つめている。ユウトたちも、完全に保護者役に徹していた。


「グウゥッ」


 仔黄金竜が大きな鳴き声を上げる。

 同時に、その口を開き、光の吐息(レーザー・ブレス)を放出した。


 それは洞窟の天井に突き刺さるものの、直径10センチメートルにも満たない光線では、子供の頭ほどの大きさをした岩塊がいくつか落下するが、それだけ。崩落には遠く、破壊するには至らない。

 それでも諦めず、ゴドランは光の吐息を吐き続け、自らの巣穴だろう場所を破壊しようとするゴドラン。


 いや、そもそもなぜそんなことをしようとしているのか。


「なんで!?」

「……ヨナ」

「分かってる」


 意味の分からない行動だが、それは知らないだけ。なら、知れば良い。その機会は、まだ失われてはいない。


 ユウトに促されたヨナは、一人ゴドランに近づき、その金色の鱗に手を押し当てる。ほんの数日しか一緒には過ごしていないが、すべすべとした感触はすでに馴染んでいる。

 毛皮の様な質感とは無縁だが、ひんやりとした手触りは快い。


 そうしながら、ヨナは《マインド・ボンド》の超能力を発動させた。


 まだ幼く、種族も違う存在の精神。

 未発達なそれでは、完全な意思疎通など望むべくもない。


 それでも、イメージは伝わった。


 孤独。

 ただ一人、親が死んだ地に住む。


 暗闇。

 ギィギィと鳴る不快な音。

 邪悪なる意志。


 死闘。

 相討ち。

 撤退。


 それを咀嚼し、重ね、アルビノの少女は心象風景を言語化する。


「地下から、なにか悪いものが出てこようとしている。だから、この洞窟を埋めなくてはならない」


 自らの巣であろうと、構わない。

 親竜が果てた地でも、関係ない。


 否、だからこそ自らの手で意志で決着を付けねばならない。


 それが、それこそが、善と秩序の守護者である黄金竜の生き様なのだから。


「ゴドラン」


 優しく名を呼び、ヨナは自らの意志を伝えた。

 その思いを受け取ったゴドランはヨナの顔と巣穴を何度か見比べると、上へ飛んでその場から離れた。


「グウウッ」


 そして、承諾の声を上げる。


「代わりに、やる」

「俺がやっても良いんだぞ」


 呪文書をちらりと見てから、ユウトが翻意を促す。成竜でも行き来ができるほどの洞窟だが、準備済みの呪文でどうとでも処理はできる。


 ヨナは、今までも《テレポーテーション》や念動力(サイコキネシス)などは見せていても、直接的な破壊と殺傷のための超能力を使用はしていなかったはずだ。

 もちろん、そんなものを使う必要が無かったというのはある。


 それ以上に、そんなことをさせないよう、ユウトたちが先回りをしていたのだ。


 友達になったから、大丈夫。

 そんな簡単な問題ではないはずだ。


「ゴドランの代わりだから」


 それでも、ヨナは頑としてその役割を譲ろうとしない。その決意は固いと見たユウトは、それ以上のお節介を止めた。


「ヴァル、子供たちを頼む」

「任せろ」


 ユウトたちもその意志をくみ取り、ヨナから距離を取った。

 なにが始まるのかと不安がる子供たちをラーシアとレンでなだめ、ヴァルトルーデとエグザイルは周囲への警戒を怠らない。


 一人洞窟の前に残ったアルビノの少女は、目をつぶって赤い瞳を隠し、意識を集中させる。


「《フレア・バースト》――エンハンサー」


 そして、集約した精神力を前面に収束させた。

 瞬時に、一抱えはあろう灼熱の塊が出現する。


 燃えさかる、破壊の象徴。


 それを前に、ヨナはちらりと頭上――ゴドランを見やる。


「グウゥッ」


 応えを確認し、ヨナもうなずき、《フレア・バースト》を解き放った。


 加速するにつれ、灼熱の火球はどんどんとその体積を増し、熱量も膨れあがる。


「すげぇ……」


 ハマルは、その現実感の無い光景に感嘆の声を上げた。


「きれい……」


 ララは、その光景を素直に表現した。

 他の二人も、似たようなもの。案外、最初から暴君に近い立ち位置だったのが奏功したのかも知れない。


 洞窟の入り口と同じ程度にまで肥大化した紅蓮の塊が、吸い込まれるように虚へと侵入し――炸裂した。


 大音声が鳴り響き、熱風が吹きすさぶ。土砂を巻き上げ、山ひとつ吹き飛ばす大爆発に、魔法の絨毯が翻弄される。


「落ち着い……て」

「大丈夫大丈夫。これくらい、いつも通りだから」


 レンが子供たちを落ち着かせ、ラーシアは空飛ぶ絨毯の裾を握って巧みに制御する。


「《大魔術師の盾イージス・オブ・アークメイジ》」


 それを視界の端で確認しながら、瞬間的に魔力の盾を生み出してユウトは皆を守った。


 それでも、熱までは完全に遮断しきれない。

 そのまま、噴火のような爆発を見守ること数分。


 強い風が吹き、粉塵を吹き飛ばすと、そこは完全に崩落した洞窟――黄金竜の巣があった。


「グウゥッ」


 それを見届けた黄金竜の子は惜別の声を上げる。


 夕焼け空を黄金竜が飛ぶ。

 鱗が光を反射し、輪郭が歪む。


 どこへ行くのか。行く当てがあるのか。

 分からない。


 ただひとつ確かなのは、特別な時間が終わったそのことだけ。


 子供たちは皆、その光景を瞳に焼き付けた。


 今は鮮烈なこの記憶も、いつか風化し、薄れていくことだろう。


 それでも構わない。

 今、感じているこの思いに嘘はないのだから。

ヨナの話、全部で三話ぐらいの予定だったんですが三倍ぐらいの量に……。

どうしてこうなった。

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