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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 6 はたらく冒険者たち 第一章 新たな芽吹き
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10.小さな冒険(後)

あまりにも長くなりすぎたため、明日の完結編へ続きます。

先に謝罪いたします。申し訳ありませんでした。

 出発の日を迎えたファルヴの街は、それを祝福するかのようなさわやかな陽気で、空も青く澄み切っていた。ユウトが《天候操作(ウェザー・ブレイク)》を持ち出す必要も無い晴天だ。


 いつでも使用できるよう、準備はしていたのだが。


「全員、そろったな?」

「そろった」


 早朝のファルヴの城塞。

 その前庭に並んだ子供たちへ、《灰かぶりの馬車ファントム・キャリッジ》を背にしたエグザイルが確認をとる。


 平坦な声で返答したヨナに対し、集まった子供たち――ハマル、サマル、ミリヤ、ララ――は、この状況に圧倒され返事もできなかった。


 ヘレノニア神が一夜にして建造されたという城塞はファルヴのシンボルであると同時に、英雄たちが住まう館でもある。

 そこに招き入れられた挙げ句、世界を救った英雄の一人が引率者になるというのだ。呆然とするのも当然だろう。


 とはいえ、ユウトからの手紙を渡された時の子供たちの保護者は、その比では無かったのだが。


 一方、そんな驚きとは無縁のレンは、少し離れた場所で、ゴドランに朝食を与えている。


 不意に、馬車を引く馬がいななきを上げた。黄金竜が近くにいることで、少し興奮しているのかも知れない。それでも、訓練された馬は怯えることも暴走することも無かった。


 帝都ヴェルガから永劫密林へ移動したときのように、ヴァルトルーデが神術呪文で召喚することも可能だったのだが、せっかくの小旅行だ。

 どうせなら、非常識な空の旅ではなく、普通の陸上ルートの方が良いだろう。


 そう方針を定めたユウトたちは、《灰かぶりの馬車》に馬場から選りすぐった馬を四頭もつないで、出発の準備を進めていた。


「つまり、いつものボクらの移動方法はちゃんとしていないわけだね?」


 ……という草原の種族(マグナー)からの指摘は綺麗に黙殺されたが。

 

岩巨人(ジャールート)騎士団のエグザイル団長だ……」

「団長と普通に話してるとは。さすが、ヨナの姐御だぜ」


 岩巨人騎士団は、正式な名称ではない。公式にはイスタス伯爵家の私兵でしかなく、そもそも、この一隊だけしか存在しないのだから、他と区別をする必要もなかった。


 しかし、揃いの玻璃鉄(クリスタル・アイアン)胸甲(ブレストプレート)で身を固めた岩巨人の一団は馬車鉄道の護衛や山賊・モンスターの討伐に活躍し、人気も高い。

 また、どこから漏れたのか、プレイメア子爵が仕掛けてきた詐欺事件で果たした役割も噂という形で広まっている。それ故、自然発生的に愛称で呼ばれ、定着しつつあった。


 ドワーフの兄弟がエグザイルを見上げるキラキラした瞳を見れば、アレーナ・ノースティンが抱いていた危機感も理解できるだろう。


「こっちの準備は、終わったわよ」


 エプロンドレス姿のアカネ――最近、この服に抵抗感が無くなってきた――が、馬車の中から降りてきた。木箱に、《灰かぶりの馬車》に置きっぱなしになっていた酒類の回収を終えたところだ。


「うわぁ……」

「ヨナヨナ、もしかして、あれがアカネ様なの?」

「アカネだけど」

「やっぱり」


 その服装と艶やかなアカネを目の当たりにして、ミリヤとララの二人が歓声を上げる。どうやら、ヴェルミリオの評判はそれなりに広がっているようだ。

 アカネも、決して悪い気はしない。それどころか、ある意味でチャンスだ。


「今度、遊びにいらっしゃい。ヴェルミリオの試作品をいろいろ着せてあげるわよ」

「俺が言ってたら、大変なことになってる台詞だな」

「つまり、私は大丈夫ってことよね?」


 それはどうだろう? と思ったが、深入りは避ける。


「お弁当を作っておいたから、みんなで食べてね。中にある代わりの飲み物も、好きに飲んでいいわよ」

「……ありがと」


 小さな声で、微妙に目も合わせずに言うヨナ。

 しかし、アカネは微笑を浮かべてそれを受け入れた。普段の彼女と比べたら、大した成長ぶりではないか。


 アルシアと一緒に留守番となる来訪者の少女が、木箱を城塞内に運び入れるためその場を離れる。

 それと入れ替わりに真紅の眼帯を身につけた大司教(パトリアーチ)がヨナへと近づき、おもむろに口を開いた。

 心持ち、アルビノの少女の背がぴんと伸びる。


「ヨナ、気をつけてね。忘れ物はない?」


 無言で、何度もヨナがうなずく。

 さすがに、全員で城塞を空けるわけにもいかないため、アルシアは居残りと決まっていた。もちろん、なにかあればユウトかヨナが瞬間移動して彼女を連れてくる手筈にはなっているが、それは起きない方が良い事態だ。


「何事も起こらないとは思うけれど、怪我をしてはだめよ。元気に戻っていらっしゃい」


 その場で屈んだアルシアがヨナを抱きしめ、頬にキスをする。

 恥ずかしそうに両手を使って引きはがそうとするが、当然、許してくれるはずもない。


「……行ってくる」 


 そう、ヨナが口にするまで抱擁は続いた。


「ヨナの姐御が子供扱いだ」

「トルデクおじさんが、ここは魔窟だって言ってたのは本当だったんだね」


 その評価を心のメモに残しつつ、ユウトは口を開く。


「さあ、そろそろ出発しようか」


 まずヨナが率先して馬車の中に移動し、その後にハマルをはじめとした子供たちがついていった。


「レン、よろしくな」

「任せ……て」


 ゴドランと一緒に歩く姉弟子の少女の頭を撫で、後事を託す。もちろん、ユウト自身もフォローはするのだが、馬車の中ではレンだけが頼りだ。


 ハーフエルフの少女がはにかみながらも、やる気に満ちた瞳を向ける。あっという間に追い抜いていった弟弟子に頼られる機会など、そうはあるものではない。


「今の勇人も、充分、通報事案じゃない」


 荷物を置いて戻ってきたアカネの指摘は、綺麗に黙殺。


「じゃあ、出すぞ」


 深く重たい声で、御者台の岩巨人が出発を宣言した。同時に、滑らかに馬車が動き出す。


「うわっ、なんだこれなんだこれ」

「ふかふかだな」

「ひろーい」

「ヨナヨナの家って、どうなってるの?」

「グウッ」


 そんな歓声を残して、《灰かぶりの馬車》は南を目指して出発した。





 城塞での見送りにいなかった、ヴァルトルーデとラーシア。

 その二人はヨナたちに先行し、道の掃除(・ ・ )に取りかかっていた。


「ラーシア、援護を頼むぞ」


 軍馬(ウォー・ホース)から飛び降りた聖堂騎士(パラディン)が空中で靴の踵を打ち鳴らすと、魔力の翼が生成され飛行能力を与える。


 宝石よりも美しいヴァルトルーデの双眸の先には、朽ち果てた道をふさぐように蠢く麻痺長虫――パラライズ・ワームの群れがいた。

 通常は、地下深くを根城にする長虫ども。その一咬みで人も家畜も行動不能にし、巣へと運んでゆっくりと時間をかけて食事をするという。

 最低で5メートル。大きなものでは10メートルを超える長虫に遭遇して生き残るのは至難の業。


 とはいえ、滅多に地上へ現れることはなく、それも群での出現例などほとんど無かったため問題視されたことはあまりない。


 だが、出てきたものは仕方ない。


「はいはーい」


 気のない返答とは裏腹に、小型軍馬(ウォー・ポニー)の上からラーシアが矢を射かけた。不安定な馬上弓だろうと、彼にはなんの関係もない。それは狙いを過たずパラライズ・ワームの口腔へと吸い込まれ、草原の種族の十倍はあろうかという虫が次々と絶命する。


 けれど、数が多い。

 数体倒した程度では焼け石に水だが、このヘレノニアの聖女が臆するはずもなかった。


「地に還るが良い!」


 すれ違い様に一閃。

 神より下されし討魔神剣ディヴァイン・サブジュゲイターが横薙ぎに振るわれ、美麗と醜悪な両者が交錯すると同時に、軍配が前者に上がる。


 切り裂かれると同時に毒の体液がまき散らされるが、それすらもヘレノニアの聖女を侵すに能わない。


 両断された青痣色のパラライズ・ワームが崩れ落ちると、それを見届けもせずにヴァルトルーデは次の獲物へと空中を移動した。

 今この瞬間に、天を翔る戦乙女の伝承が生まれても不思議ではない。

 それほどまでに、聖堂騎士とパラライズ・ワームのコントラストは鮮烈で……圧倒的だった。


 一体を屠るのに、10秒もかからなかっただろう。

 逃げ散るのも許さず、3分程度で殲滅させてしまった。


「なにかが起こっているのか。それとも、ただの偶然なのか?」


 討魔神剣を一振りしてから鞘に収めたヴァルトルーデが、誰へともなくつぶやく。


 密かに入手した――空き教室に転がっていた物を回収しただけだが――仔黄金竜に刺さっていた虫のような足を鑑定しても、確かなことは分からなかった。


 ユウトでも分からないなにかが、どこからか現れようとしている可能性がある。いや、アルシアの神託からも、なにか悪しきものの影が見え隠れしていた。

 今回は、その偵察も含んだ遠征だ。ただ、ヨナのわがままに付き合うだけで、これだけの人員が動かせるはずもない。


 建前としては。


「はいはい、シリアスはそこまで。さっさと片づけるよー」

「……そうだな」


 危険はなくなったのは良いが、馬車が通るにも邪魔だ。

 埋めるのはさすがに無理なので、どこかへ運び出さなくてはならないが……。


「この量はさすがに骨が折れるな。この辺りに、崖がなかったか?」

「それなら、簡単に処理できるね。がんばろー」

「そうか。私が運搬するのか」


 どう考えても、5メートル以上もある長虫をラーシアが運べるとは思えない。ではヴァルトルーデなら可能なのかというと――実は可能なのだが、さすがに山のように積まれたそれを見るとため息が出る。


「じゃあ、ユウトを待てば良いじゃん。呪文でどうにかしてくれるよ」

「……そうだな」


 任せきりにするつもりは無いが、無理なものは無理だ。

 そう判断したヘレノニアの聖女は、魔法銀(ミスラル)の鎧を身につけたまま道ばたの岩に腰掛ける。あの程度の相手に疲労など残らないが、休める時に休むのも仕事だ。


「じゃあ、ユウトを待つ間にチキューから持ってきたゲームでもやらない?」

「それはさすがに不謹慎ではないか?」

「ただ待ってるだけじゃ暇じゃん。こっちは仕事済ませたんだし、どう休憩したって構わないって」

「まあ、そこまで言うのなら、少しだけであれば構わないが……」

「モンスターを狩るゲームだからね。今のボクたちにぴったり」


 草原の種族特有の軽く皮肉の利いた提案と共に、ラーシアが携帯ゲーム機を2台取り出した。この機会に、布教をしたいのだろうが――思わぬ壁が立ち塞がった。


「ふむ。文字が読めぬ」

「盲点だった!」


 そんな具合に白鳥の水かきが一休みしている一方、《灰かぶりの馬車》の客車内では、かつてない狂騒が繰り広げられていた。


「なんか、すさまじい速度で景色が流れているんですが。その割に、まったく揺れませんし。どうなっているんですかね」


 サマルの驚きと感心はもっともなのだが、しかし、鑑みられることは無かった。


「グウゥッ」

「負けん……。ドゥコマースの髭に誓って!」


 客車の片隅で、ゴドランと力比べをするハマル。馬車でやることではないが、先ほどまで何度も何度もやっていた絨毯へのスライディングは飽きたのだろう。


「すっごい、手触りね」

「住みたい……」


 その絨毯を飽きもせず撫でているミリヤとララは、客車内の調度に目を輝かせている。

 ふかふかの絨毯、王侯貴族でも座れないようなソファ、体が沈み包まれるようなベッド。室温は過ごしやすいよう一定に保たれ、サマルの言うとおり振動はほとんど感じない。


「構わない」

「構うと思う……よ?」


 いさめるレンも、弟弟子であるユウトがほめられているようで満更ではなかった。発動はできないが、彼女が知る《灰かぶりの馬車》は、ここまでの呪文ではない。

 つまり、みんなが喜んでいるのはユウトの実力故なのだ。


「それより、そろそろご飯にしよう……か」


 御者台のエグザイルにも声をかけ、一旦休憩を取ることにする。


 アカネが用意したのはオーソドックスにサンドイッチだったが、バスケットに並ぶ色とりどりのそれは、この世界ではあまりにも斬新だった。


「すごい……」

「綺麗ね」

「うまそう」


 男女で反応に違いはあるが、好評なのは変わりない。

 アカネお手製のよく冷えた果物のジュースに牛乳も用意され、《灰かぶりの馬車》内でランチタイムが始まる。


 まずヨナが分厚いハムのサンドイッチを選び、それに続いて他の皆も手を出していく。ちなみに、エグザイルには専用の弁当が用意され、気を使うだろうと外で食事をしていた。


「なんか、この白いソース美味しいわ」

「この揚げ物が挟んであるのも美味い」

「こんなの食べたことない……」


 それぞれエビとマヨネーズのサンドイッチ、チキンカツサンド、タマゴサンドを食べた感想だが、大好評だった。


 レンはそれをお姉さんらしく見守り、確保した分をゴドランにも分けていた。


 アカネがこの場にいたら、「なんだか、小学生の遠足みたいね」と感想を述べていたことだろう。


 楽しい時間を過ごすヨナたち。

 楽しい時間が過ぎていく。


 出発から数時間。

 日がやや傾き始めた頃に、《灰かぶりの馬車》は目的地へと到着した。

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