7.小さな出会い(後)
ちょっとこのシリーズが長くなったので、サブタイトルの修正を行いました。
前話は「6.小さな出会い(前)」となります。申し訳ありません。
「ヨナちゃん、空からなんか落ちてくるよ?」
「下がる」
川辺で遊んでいた、ヨナを含め5人ほど――あのドワーフの少年、ハマルもいる――のグループ。
最初は水切りで競っていたがそれにも飽き、今は靴を脱いで川の中に入っていたところ、ララという人間の少女が異常に気付いた。
リーダーであるヨナの命に従い、子供たちは素早く退避。そんな彼らの頭上から、なにかが川へ向けて落下した。
やろうと思えば念動力で受け止めることもヨナなら可能だっただろうが、友達――面と向かって言えば否定するだろうが――を守るために待機と警戒をしていたため、そこまでは手が回らない。
そういう意味では、すでにユウトがアルビノの少女を初等教育院に通わせた目的は達成していた。
着水。
同時に水飛沫が盛大に跳ね、鈍い音が周囲に広がる。
「なんだったのでしょうか?」
興味はあるが危険かも知れない。
やや腰が引けた様子で、ドワーフの少年――ハマルの弟のサマル――が誰にともなく言う。
「俺が見に行ってくるぜ」
無鉄砲さ故か、それともリーダーに良いところを見せようとしてか。ハマルが率先して川へ入ろうとしたが、ヨナが押しとどめた。
「そこで見てる」
説明もせず、落下物の辺りに指を突きつけて念動力を発動。
金属のようなそれがふわふわと宙を浮き、こちらへ向かって飛んでくる。
息を飲み、言葉も出ない。
けれど、ヨナが川辺へ謎の落下物を置くと、状況は一変した。
「ど、どど、ドラゴンだ!」
ハマルの弟、サマルが真っ先に叫びを上げたが、その衝撃はヨナ以外の全員で共有したものだ。
所々傷ついてはいるが、黄金に輝く美しい鱗。優美な尾。強大な四肢。あこがれすら抱く翼。美しいが、畏ろしい存在。
ただし、サイズはヨナたちと、そう変わらない。
空からの落下物。それは、黄金竜の子供だった。
「おいおい、なんでドラゴンが落っこちてくるんだよ」
ハマルが大声を上げるが、その疑問には誰も答えられない。
「それよりも、どうしますの?」
大きなリボンで長い髪を二つ結びにした気の強そうな人間の少女が、現実の問題を提起する。声は震えているが必要以上にドラゴンから距離を取ることは無い。気の弱いララの手前、自分がしっかりしなくてはと気を張っているのだろう。
「とりあえず、怪我を治す」
血は流れてしまっているようだが、黄金竜の子供はぐったりと動く気配が無く、また、鱗も傷だらけだ。
そもそも、水面とはいえ落下してただで済むはずが無い。
「でも、どうやってですか? アルシア様を呼ばれるんですか?」
「アルシアは、出かけてる」
死と魔術の女神の大司祭は、タイミング悪く王都へ出向いている。
例の報告会だが、ユウトと婚約したという噂が王都まで届いてしまったため、今回は長丁場になりそうだと、珍しくうんざりとしていた。
そうなるとヴァルトルーデの《手当て》が次の候補になる。けれど、なんとなくだが、この件は仲間たちには頼りたくなかった。
「……ちょっと連れてくる」
そう言い捨てて、ヨナが《テレポーテーション》で姿を消す。先ほどの念動力と同じく、この程度の、攻撃的なものは除く超能力は見せていた。
「……置いていかれましたね」
「ヨナの姐御なら、すぐ戻ってくる」
「この子、死んじゃってるの?」
「いくらなんでも、死んでたらどうにもできないでしょうよ」
四者四様の反応で、残された子供たちは黄金竜の子供を遠巻きにしながらヨナを待つ。基本は沈黙だったが。
ララがおさげの髪を揺らして泣きそうになった頃、実際はほんの数分だったが、ようやくヨナが戻ってきた。
「連れてきた」
その言葉通り、同行者が一人いる。
「ヨナちゃん、回復の魔法薬をありったけって、どういうこと……?」
小さな体躯をすっぽり覆ってしまうほど、長い髪。木の葉のように尖った耳。瞳は狼狽に揺れてやや潤み、何事なのかと不安げに周囲を見回す。
かごに魔法薬のビンを詰め込み、《テレポーテーション》でやってきたのは、ハーフエルフの魔術師レンだった。
「なおして」
「……黄金竜?」
かなり理不尽にドラゴンが悪逆を働くことの多いブルーワーズだが、その中にあって黄金竜は数少ない例外。法と善の守護者であり、少なくとも人に害を為すことは無い。
それは、この幼体でも同じことだろう。
なぜ、こんな場所に。なぜ、こんなに傷だらけで。
疑問はいくらでも湧いてきたが、レンはその疑問を一時的に封印した。
「手伝って」
近くにいたドワーフの少年に魔法薬入りのかごを押しつけるようにして手渡すと、レン自身は一番効き目の強い回復の魔法薬を抜き取ってドラゴンのもとへと急いだ。
「承知しました、レンさん」
グループ内の上下関係に厳しいハマルが、率先して雑用を請け負う。そこから更に弟のサマルへと流れていくのだが、今は非常時だ。
「飲んで」
ドラゴンの口元に魔法薬のビンを持っていくが、ほとんど反応が無い。びくびくと痙攣しているだけだ。
「仕方ない」
「ヨナヨナ、本気!?」
ミリヤが二つ結びにした亜麻色の髪を揺らし、子供にしては整った顔を驚愕に染めて悲鳴を上げた。
商人の娘でもある彼女は、魔法薬の価格を漠然とではあるが知っている。それをヨナは、ためらいなく何本も開封し、文字通り湯水のように使って鱗へとかけていく。
魔法薬は飲み込むのが一番効果が高いのだが、要は摂取すれば良いので、傷口にかけるだけでも効果はある。
「緊急事態だから」
「そうだ、ね……」
レンも、ヨナに倣って洗うように仔黄金竜の滑らかな鱗へと魔法薬を流していく。
「さすがだぜ……」
「さすがっていうか、もう、なんだろうね……?」
ドワーフの兄弟は、感心と理解不能。
「やっぱ、ヨナヨナは大物だわ……」
「ドラゴンさん、助かるのかな……」
少女たちは、達観と心配。
それぞれの感情を抱きながら、固唾をのんで治療を見守る。
「おっ、目が開いたぜ」
「このバカハマル。見れば分かるわよ」
「ミリヤちゃん、この子、助かる?」
「さあ、どうでしょう? まだなんとも言えないと思いますよ」
「このバカ兄弟。そういう時は、大丈夫だって言っておけば良いのよ」
「それは気休めにも……」
「このバカドワーフ!」
外野がヒートアップするが、ヨナとレンの二人は気にも止めない。改めて、残ったポーションのビンを長い口にあてがい、二人で協力して半ば強制的に中身を喉の奥へと流し込んだ。
「飲んだわ!」
「ヨナちゃん、レンさん、どうなんです?」
「もう、大丈夫だと思う……よ」
「同感」
まだ動ける状態ではないが、呼吸も安定し、傷もだいぶ塞がっている。
少なくとも、命に別状は無いだろう。
濡れるのも厭わず治療を行ったため二人とも酷い格好だが、充実感はあった。ヨナは相変わらずの無表情で、外からは分からないだろうが。
「とりあえず、今度金貨500枚ぐらい渡す」
「それは多すぎる……よ」
「ヨナの姐御すげぇ」
「まあ、ヨナヨナだからね」
アルビノの少女の資金力と気前の良さは、もう初等教育院に知れ渡っている。
クラスメート全員を連れて市場へ繰り出し、屋台や露店の食べ物を好きなだけ自由に食べさせたのだ。もちろん、ヨナのおごりで。
頭が良く、腕っ節も強く、気前もいい。
しかも、反発の急先鋒だったハマルが真っ先に軍門に下ったのだ。ヨナがリーダーの地位に立つのは当然の成り行きだった。
そして、実のところ、市場で飲み食いした代金など散財した内にも入らないのだから、魔法薬の代金も大した負担ではない。
「……よく分からないけど、良かった」
ミリヤはララの無垢な反応に癒しを感じつつ、同時に、再び現実を口にした。
「助かったのは良いけど、この子、どうするの?」
「確かに、僕たちで運ぶにしても……」
現実派のサマルも、ミリヤに追随する。
大きさは子供と変わらないとしても、重量まで同じとは限らない。いや、確実に重たい。
「それに、どこへ運ぶって話だよな」
「うちでは飼えないかな……」
「ララ、それは無理でしょうよ」
ドラゴンが落ちてきたという非現実。
その命を救えたという達成感。
そんな高揚感があっさりと消えてしまう、現実という壁。
しかし、彼らのヨナがそんなものを気にするはずも無かった。
「最終的には、巣に帰す」
「そうだ……ね」
恐らく、何ものかに襲われたか、事故に巻き込まれたかした結果なのだろうが、どこかに住処があるのは間違いない。
「家に帰すのは当然だよな。この辺で飼うわけにはいかねえし」
「ハマル、あんたドラゴンを飼うってね……」
「この大きさだとまだ言葉は喋れないと思うけど、知能は人間並にある……よ」
ヨナは知っていてもわざわざ補足などしないため、この中では必然的にレンが知恵袋のようなポジションになる。
「それで、ヨナさん。それまでは、どうするおつもりですか? やはり、領主様に――」
「ヴァルとユウトには預けない」
相変わらず平坦な声で無表情だが、確固とした意志を感じさせる宣言。ハマルたちは、まだ自分たちが関われると喜びの表情を浮かべるが、レンは驚きを隠せない。
「どうして、お兄ちゃんに言わない……の?」
「みんなで見つけたから」
「分かった。私も、お兄ちゃんには言わない……よ」
子供らしく、大人に秘密を持ちたい。
そういうことなんだろうと、レンは微笑んだ。
「やった! レンレンも手伝ってくれるのね」
「いっしょ」
「……もしかして、私もヨナちゃんと同じグループ……なの?」
魔法薬店を経営し、自活もしているハーフエルフの少女のプライドが崩れかける。こう見えて実年齢は20歳。人間換算してもその半分なのだから、かなり年上のはずなのに。
自活しているとは言え、確かに、魔法薬の納品先はユウトがメインではあるのだが……。
そんなレンの懊悩は誰にも伝わらず、とりあえず《テレポーテーション》で学校へ運ぶこと、餌の用意、面倒を見る順番など、方針と役割分担が決まっていく。
その様子を見守る影がひとつ。
「どうすべきか、これは……」
アレーナからの情報を基に様子を見に来たユウトは、予想以上の事態に出ていくべきかどうか悩んでいた。
ヨナたちに追いついたのは、レンが瞬間移動で連れてこられ、仔黄金竜の治療を始めた頃から。
正直、第三階梯の理術呪文《魔術師の瞳》で子供たちの様子を観察するというのはほめられたことではないのだが、完全に任せきりにもできない。
致命的な事態が起こったら出ていこうと待機し……結局、出番が無いままになってしまった。
今更出ていくのも、気が引ける。
それに、子供の自主性も大事にしたい。
犬や猫を拾うのとは違うのはよく分かっているが、黄金竜であれば問題が起こる可能性は低い。
「まずはみんなに相談だな」
ヨナの決断をできる限り尊重したい。
そう決めたユウトは、こっそりとその場を後にした。