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レベル99冒険者による、はじめての領地経営  作者: 藤崎
Episode 1 レベル99から始める領地経営 間章 閑話編
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1.大司教アルシアの連絡会

閑話編スタートです。

(早く終わらないかしら、会議(これ)


 アルシアは、周囲に気付かれないようそっとため息を吐いた。


 ロートシルト王国、王都セジュール。

 その地下に、トラス=シンク神に仕える者たちが集う神殿があった。


 元々トラス=シンク自体が他の神々に比べればマイナー信仰ではあり、さらに、魔術の研究と死後の安寧を祈るという教義自体が、閉鎖性に拍車をかけていた。

 この神殿を訪れるのは、神官や研究者を除けば、地下墓地に親類縁者を埋葬した者しかいない。


 その奥まった場所。

 5メートル四方も無いだろう装飾が排除された一室に、十名ほどが集っていた。


 理術と神術の双方を極めた、希代の術者がいる。死霊術の専門家も、肉体を別次元の怪物と同化させた者も。実に、個性的で多彩な出席者。


 共通点はひとつ。


 首から、トラス=シンクの聖印を下げていること。


「ファルヴのアルシア」


 司会役の枢機卿――大司教よりも上位のロートシルト王国における総責任者――が、アルシアの報告を促した。


 “虚無の帳”(ケイオス・エヴィル)を駆逐したことで、環境や待遇が変わったのは、ヴァルトルーデ一人ではない。アルシアもまた、トラス=シンク教団での立場が大きく変わっていた。

 従来はただの冒険者として、権利も義務もほどほどに距離を取っていたのだが、ファルヴに腰を落ち着けたとなると、今まで通りとはいかない。


「ファルヴ神殿の運営は順調よ。派遣してもらった神官(クレリック)たちも、よく働いてくれているわ」


 数ヶ月に一度は、ロートシルト王国各地から集まった他のトラス=シンクの司教、大司教らと共に、報告会のようなものに参加しなくてはならない。


(神殿の建設費用も人も出してもらったのだから、この程度は安いものだけど……)


 ヴァルトルーデのヘレノニア神殿が警察機能に注力しているため、トラス=シンク神殿は炊き出しや診療所など慈善活動を担当していた。


 これは、トラス=シンク神殿としては、異例の活動だ。


 太陽神フェルミナなど他の神殿が行なっているからというのもあるが、トラス=シンクの信仰者は、概ね地下神殿にこもって魔術の研究や知識の研鑽に耽っているのが常だからだ。

 アルシア自身も診療所の手伝いが日課になっている。もちろん、よほどのことがない限りは神術魔法による治療ではなく、一般的な診療がメインだが。


「“虚無の帳”との抗争の中、入手した魔法具(マジック・アイテム)や呪文の解析にも、近いうちに取りかかる予定よ」


 これには、アルシアは関わっていない。

 というよりは、興味がない。


 死と魔術の女神の愛娘は、トラス=シンクを敬愛し崇拝していても、一般的な信徒のような魔術の研究に重要性を感じていないのだ。


「それから、大魔術師(アーク・マギ)と共同開発した新しい魔法具の資料とサンプルを、後ほど提出します」

「ほう……」


 居並ぶ司教、大司教から、初めて明確な反応があった。

 特に、大魔術師――ユウトの名前が効いている。


(実態は、下水処理の魔法具なのだけど……)


 新しいというだけで、それが歓迎されるか。それとも、次の報告会でつるし上げを食らうか。


(次回はなんとか休みましょう)


 神術魔法にも《帰還(リターン)》の呪文があるため、指定したいくつかの拠点へ瞬間移動は可能だ。それだけに言い訳が難しいところだが、なんとかしなくてはならない。


「以上よ」


 そんな計画を練っているとはおくびにも出さず、アルシアは堂々と報告を終えた。


 後は、他人の報告を聞いている振りをしながら時が未来に進むのを待つだけ。


 ――そのはずだった。


「ファルヴのアルシアよ。教団より、使命を与える。これは、我らの総意でもある」

「なんでしょう?」


 枢機卿の言葉に、怪訝な表情を浮かべるアルシア。

 しかし、紅の眼帯のせいで、それが周囲へ伝わることはない。


 アルシアの表情を読みとれるのは、仲間たちぐらいのものだろう。


 そして、クエストはその仲間たちに関するものだった。


「…………」


 内容を聞いてから、たっぷり一分間は絶句したアルシアが、なんとか答えを絞り出す。


「考える時間をいただきます」


 保留以外のなにものでもなかったが。





「アルシア姐さん、どうかした?」

「……いいえ」


 ユウトの執務室。


 いつの間にか習慣化した一日の終わりの報告会。それぞれの進捗を確認し、明日以降のスケジュールを整えるという……名目の雑談。

 ユウトの気遣わしげな言葉を否定するアルシアだったが、わずかなためらいにユウトは気付いた。


「なんか、この前王都へ行ってから様子がおかしい気がするんだけど。ちなみに、ヴァルもヨナも同意見」 

「普段は鈍いくせに……」

「心配したのに罵倒されるとか。それ聖職者としてどうなの?」

「聖職者も人間よ」


 そう。人間だから、あんな使命を出されるのだ。


「そうね。簡単に言うと、ユウトくんのせい……かしら」

「なにそれ。心当たりが……無くもないか」


 その心当たりは確実に的外れなのだが、アルシアは黙っていた。八つ当たりなのは分かっているが、いい気味でもある。

 ソファに深く腰掛け、グラスにワインを注いであおった。


「まあ、アルシア姐さんには負担をかけているとは思うけどさ……」


 そんなアルシアを半眼で見つつユウトは言うが、それは事実とは異なる。

 負担であれば、こちらが一方的に背負わせているのだ。


「トラス=シンク神殿には、診療所もやってもらってるし、墓地の管理から派生して戸籍の管理も任せちゃったし。そっちの運営も忙しいだろうに、村からの陳情も引き受けてもらってるし……」

「そちらは別に、大したことではないわ。実務は、神官たちに任せているし」

「うらやましい……」

「でも、あの“健康保険”とやらのせいで、診療所は大忙しね」

「暇な方が良いんだろうけど、活用されていると思うと嬉しいな」 

「最初は、まったく理解できなかったけれど。結果が証明しているわね」

「俺の故郷じゃ普通の制度だったしさ。金で命を諦められるのは、嫌だった」


 自らのわがままであると、ユウトは認める。

 確かに、今のところ、“健康保険”は赤字だった。診療代金もそうだが、保険証や本人確認など不正防止にコストがかかりすぎているのだ。


「こう言ってはなんだけど、財政的には大問題ではないわ。私は、素晴らしい制度だと思うわよ」

「そう言ってもらえると、うん。素直に嬉しい。照れるけど」

「現場が大変なことを除けば」

「そういうオチをつけるの、止めてもらえませんかね!」

「嫌よ、面白いもの」 


 なぜだろう。

 こんなやりとりで、心が軽くなってしまうのは。


「子作りよ」


 だから、つい秘密をもらしてしまった。


「……はい?」

「偉い人から言われたのよ。子作りしろって」

「セクハラ? パワハラ? ねーわ。そりゃねえよ、アルシア姐さん」


 余りと言えば余りの内容に、ラフな口調でユウトが意味をなさない言葉を繰り出す。


「ちなみに、相手はユウトくんとよ」

「…………」


 たっぷり一分間は絶句したユウトが、なんとか答えを絞り出す。


「考える時間をください」


 そのリアクションが自分と全く同じで、アルシアは思わず声を上げて笑ってしまった。


「ああ……。おかしいわ」

「笑うところじゃないと思うんだけど? 俺も酒を口にしてたら、大惨事だったよ?」

「そうね。でも、私の悩みは分かったでしょう?」

「俺じゃどうにもできないってこともね」

「そうでもないわよ? まず、ユウトくんがヴァルと結婚するでしょう?」

「いきなり、そこかぁ」


 現代日本とファンタジー世界の恋愛観・結婚観はギャップが大きすぎた。


「そうしたら、私は側室として子育てに専念するわ」

「その理屈はおかしい」


 ソファの上で頭を抱えるユウト。

 この方向は良くない。なので、矛先を変えることにした。


「アルシア姐さん、落ち着こう。そもそも、なんでそんな無茶苦茶な話になったのさ」

「実験ね」

「実験?」

「そう。若き大魔術師。しかも、異世界からの来訪者。そんな彼と、死と魔術の女神に愛された女神官との子供。どれだけの才能を持って生まれてくるか、気になるのも仕方ないんじゃない?」


 もう、これ以上の爆弾はないだろう。

 ある意味開き直って、ユウトもワインで――他にまともな飲み物がないのだから、仕方ない――舌を濡らす。


「どうなると思う?」

「遺伝はそこまで便利なものかなぁ。まあ、英才教育を受けられる可能性は高いだろうけど……。根本的な問題として、異世界人と子供できるのかな」

「ユウトくんは否定的なのね。あと、ジャイアントとかドラゴンとかエンジェルとかとのハーフもいるし、そこは大丈夫なんじゃない?」

「それは知ってるけど……。そもそも、肯定するわけにもいかないでしょ」

「そう? せっかくだからとか、思わない?」

「地球へ帰る身でなければ」

「……ちっ」

「今、聞こえちゃいけない舌打ちが聞こえたんだけれども?」

「私は、友達思いなのよ」


 つまり、ヴァルトルーデもアルシアも、ユウトの帰郷を受け入れてはいるが納得はしておらず、機会があれば手段を選ぶつもりはないらしい。

 これには、ユウトも苦笑いをするしかない。


 というより、まともに答えたら色々危険だ。


「まあ、この件でアルシア姐さんが不利になるようだったら、俺を悪者にしていいよ。最悪、ファルヴからトラス=シンク神殿が出ていくことになってもいい」

「良くないでしょう、それは」

「構わないよ、アルシア姐さんの方が大切だ」

「……分かったわ」


 この人が良すぎる年下の少年の態度にあきれと喜びを覚えてしまい、それをすべてワインで飲み込んで、アルシアは席を立った。


 後日、この件に関してアルシアは「継続して説得中」と報告した。


 可能性と選択肢は多い方が良い。


 つまり、そういうことだった。

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